第30話「真実にあらがう者」
「フゥは本来、生まれる必要のない未来人種だったんだ」
壁と床を覆う白い塗料によって眩しいその場所で、マスターと呼ばれるAIはそんな言葉を平気で使った。
「おい、生まれる必要がないなんて間違っても使うなよ。アンタは自分を神様かなにかと勘違いしているのか?」
「……ああ、すまない。私は少し合理的に物事を考えてしまっているようだ。ただフゥは本来、制御解除の生体認証としてだけ使われる生体データだったのだ」
謝りつつも、マスターは申し訳そうにもせずに会話を続けた。
「ならどうしてフゥが存在しているのか。それは私が生み出せる人間のデータがフゥだけだったからだ。通信が繋がらない以上、過去人種の君と話をするには、生体の身体が必要だったからね。人工子宮と培養保育で急いで造ったのさ」
「だけど、俺が解凍されているなんてよく知ってたな」
「それはそうさ。私は未来人種が君を起こすように、工作したのだからね」
「……なんだと?」
浜之助は再び聞き捨てならない言葉に反応した。
「配電盤を意図的に壊し、シェルター付近を徘徊する警備ドローンを増やし、未来人が備蓄している資源が枯渇するようにした。そう、私が命令したのだ」
こいつは血も涙もない。
浜之助は心の中で激しく、マスターという存在を軽蔑した。
「そこまでしたのか。未来人種達は苦しんでいたんだ。苦しんで、悩みぬいて、俺を起こすという決断をしたんだ。人の決心を嗤うような奴に、協力しろって言うのか?」
「手段や方法は関係ない。問題は今、何を解決するかなんだ。君はシェルターの危機を、私はこの施設の安全を考慮しなければならない。そうだろう?」
浜之助はマスターに同意を求められたが、とても肯定できるようなやり方ではなかった。
それは魂の侮辱であり、生命への冒涜だ。
人は目的のためだけに生きているのではない。
過程で得る感動や喜びもまた、生きるという意味なのだ。
ただし、それでも考え方が違うからと言って、迷っている暇はない。
「さっさと俺に任せたい仕事を言え。この施設全体の危機を回避する方法があるんだろ?」
「ああ、それを今から説明しよう」
マスターは一言前置きをしてから、話し始めた。
「端的に言おう。浜之助に任せたい任務とは、私とフゥの完全破壊だ」
「……っ! 馬鹿言ってるんじゃない! どうしてそんなことを」
「いや、そうするしかないのだ。セキュリティAIの狙いは私の管轄データだ。私さえ破壊できれば、セキュリティAIがデータを復帰させるまで猶予ができる。それは人間にとって莫大な時間だ」
「それなら勝手に自分で自爆してやがれよ! もしくは、フゥに頼むことじゃないのか!」
「それはできない。前者は、私は己の意思で自爆できぬようにセッティングされているから。もうひとつは、フゥも破壊しなければならないからだ」
「それは……」
浜之助は何故フゥを破壊しなければならないのか、勘づいていた。
彼女は生体認証のためのキー、おそらく生きているだけで制限解除の復帰を早めてしまうのだろう。
「フゥを完全に破壊しなければならない。それは死体としても残してはいけない、ということだ。この処理は分子分解炉を使って行うが、ひとりで起動することは不可能だ。そこで過去人種の君が――」
「俺がやるって前提で、話すな!」
浜之助の叫びに、マスターは言葉を詰まらせた。
いや、会話を中断されただけなので、そう思えただけなのかもしれない。
「――これは現段階で取れる最良の選択だ。理解してくれると思ったのだがね」
「理解はしてるよ。1000体の警備ドローン、エリアセキュリティの鉄壁、猶予の無さ。どれも時間の先延ばしこそ、一番の方法だと分かってるよ」
「なら、どうしてだ?」
「俺達は人間だ。人間は、ハッピーエンドを目指して突き進む生き物なんだよ。最良最善の選択? 一番の近道? そんなもの、望みのものじゃないんだよ!」
浜之助の魂の言葉は、マスターの考え方に響いたのか、しばしの沈黙が流れた。
「……そうか。私とは第一目標が異なるのだな。だがどうする? もう時間は残されていない。正直に言えば、次の襲撃さえ守り切れるかどうかと言ったところだ」
マスターに問われて、浜之助は考える。
どうすれば守り切れるのか。
どうすれば攻め切れるのか。
何だ。
単純なことじゃないか。
これはゲームだ。
ゲームの攻略法を考えるのは、自分の得意分野ではないか。
「洞察し、分析し、解析し、攻略しろ。活路は必ずここにある」
浜之助は脳内で作戦を立案し、コマを配置し、順番に動かす。
そして、AIでさえ到達することのできない解を出した。
「私は何度もシュミレーションした。その結果が、現在の状況だ。勝てる見込みは――」
「いいや、ある。マスター、アンタは前提条件に縛られすぎているんだ」
浜之助はマスターに、こう答えた。
「こいつはタワーディフェンスゲームとまるっきり同じだ。決められたコマを用意して、順序良く配置していく。それだけなら、AIに勝てる人間はいないだろうな」
「ならば、どうするのだ?」
「言ったろ。前提条件を変える。メタ的な考え方で準備するんだ」
浜之助は人差し指を立てて、提案した。
「未来人種たちの力を借りる。これしか攻略方法はない」
『でも、それは難しいねえ』
マスターとの会話の後、端末を開いて作戦を聞いたユラは、そう応えた。
『楽になったとはいえ、新たな脅威でシェルターを守るのが精いっぱいだよ。おそらくクロノもアマリも拒絶こそしないが、渋るねえ。そんな覚悟では、きっと1000体の警備ドローンを抑え込むなんてできないよ』
「覚悟だけじゃない。戦力も足りないだろうな。それに犠牲は必ず出る。渋るのも当然だ」
『それなら、どうして確信を持ってその作戦を伝えたの?』
ユラの問いに、浜之助は精悍な顔をして応えた。
「人間はハッピーエンドを目指す生き物なんだ。それは未来人種だって同じだよ」
『でも、未来人種は人じゃない。ミノガクレのニコロから聞いたよね。私達は人代替生物。造られた生き物なんだよ』
ユラの心配事に、浜之助は毅然とした態度をしていた。
「こんな話を知ってるか。職人が技術と精魂込めた製作物には、魂が宿る。って話なんだ」
「それがどうしたんだい?」
「魂が宿るってことは、人が魂を賭けて造ったものは、人の魂が宿る。それが生き物でなかろうと生き物だろうと、同じことだ。
神様が自分の似姿に人を造ったように、人もまた姿かたちだけではなく精神も神様に似ているんだ。同じことだよ」
「そういうもの。……なのかい?」
ユラは縋るように、浜之助に問うた。
「人どころか、物事だって良い方向に進むようにできているんだ。きっと、叶うよ」
浜之助は笑いながら、元気よく、確信を持って答えた。
「だから俺は、仲間が来るまでここに籠る。何日だって、何週間だって。俺はユラたちを、信じている」
『……分かったよ。はまのん。私もクロノ達を説得してみる。こんなこと、私にとっては朝飯前だね。古い因習を脱ぎ去るよりも簡単さ』
ユラは気楽そうに返事を返し、通信を終了させた。
「と、いうワケだ。援軍は必ず来る。それまで耐え忍び、返す刀で俺がセキュリティAIの喉元に侵入する。そうすれば、勝ちだよ」
浜之助はマスターの方を向き、自信満々に答えた。
「とてもそうには聞こえなかったがね。……だが、私も信じよう。その代わり、いざとなった時には」
「そうはならないが、約束はする。これは俺が始めたことだからな。もしもの時は責任を取るよ」
マスターは浜之助の返しに納得すると、落ち着いた口調をした。
「では作戦は決定だ。今夜はゆっくりと休んでくれ。もしも敵が来たならば、私が伝えよう。それまでは、英気を養ってくれ」
マスターは初めて浜之助を労わるように、声を掛けたのであった。
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