第26話「救援」



 日々の地道な行動は、必ず結果にむずびつく。



 浜之助が開拓し、危険を取り去った道には浜之助以外の未来人種も通るようになった。



 各地に置かれた警備所には自警団が在中して、道の安全を守るようになり。


 最初は自警団団員だけが通れる場所も、しばらくすれば護衛を付けたワーカー達も通るようになり始めた。



 流通が活性化され、各地のシェルターは物資が滞りなく行き渡り、新たな需要を求めてシェルターでの物資調達が盛んとなっていた。



 そうなると浜之助の任務は警備ドローンの破壊と未探索域の安全確保が主な業務となり、負担は格段に減少していた。



「最近は野良の警備ドローンも減ってきたな」



「ええ、そうね。大型の警備ドローンも見られなくなったし、中型ドローンはほとんど鹵獲できるようになったねえ。これが良いのか、悪いのか」



「安全になったのはいいことじゃないか。それとも、味方の警備ドローンが増えてヘソ曲げているのか?」



「敵でも味方でも、警備ドローンが少ないことに越したことはないねえ。それにあまり意地悪を言ってると、エクゾスレイヴに悪戯するよ」



「ハハッ。いや、そいつは勘弁してくれ」



 浜之助は任務を前にして、ゲート手前にある駐屯所で、ユラと談笑をしていた。



 少し前までは未来人種の真実を知って不安定になっていたユラ。



 だが今はこうして浜之助がジョークを言っても、聞き流せる程度には回復してきた。



 これも浜之助がユラを心配して会話を増やした賜物だった。



「やっぱり、自然エリアの向こう側には行くつもりなのかい?」



 浜之助はユラにこれからの計画について聞かれ、考え込むように顎へ手を当てた。



「近いうちにはな。警備ドローンが減った一方。ヒトガタの侵入頻度が多くなってきた。いずれは自然エリアにも生存圏を拡大するとなれば、進まないわけにはいかないだろ」



「でも、そんなに急ぐ必要があるのかい? 私は別段急を要することじゃない気がするのだけどね」



「シェルターの物資も無限じゃない、だろ?」



「あっ」



 浜之助は将来的に近場のシェルターの物資が枯渇すると考えている。


 それならば、ある程度の自給自足は強いられてくるのだ。



 自給自足をするとしたら、まずは農業だ。


 広い農耕地がなければ、農作物を作るのは不可能だ。



「シェルター内での水耕栽培なども考えたが、大量生産するにはやはり土が必要だろ。そうなると、自然エリアの安全確保がこれからの優先事項だ。だから俺はいつも通りに先行する。簡単な話だよ」



 浜之助は何気なく語ったつもりだが、ユラは感心した様子だった。



「はまのんがそこまで未来人種のことを考えてくれるなんて、驚いたよ」



「今まで仕事を受注するだけの受け身だったからな。ここからは自分で仕事を作らないといけないと思ってな」



「……大丈夫かい? それは無理しているわけじゃないよね」



 ユラは浜之助のことを心配していた。


 浜之助としては、ユラの心遣いは意外だった。



「私達未来人種も、浜之助のおかげでずいぶん自立できるようになったよ。だから、浜之助はもっとゆっくりしてもいいよ。もっと、他の人たちのことを信じるべきだね」



「周りの協力に頼る、か。確かにな。独断先行は危険だしな」



 ユラは浜之助に、もっと頼ることを考えて欲しいと忠告したかったらしい。



 浜之助も、それは大事なことだと確認し、胸に刻みつけておいた。



「さて、そろそろ――」



 浜之助が出発の準備を行おうとした時、それは突然のことだった。



 ――伝令! 伝令! 北エリアに大量の警備ドローンが接近中。繰り返す、大量の警備ドローンが接近中!



 浜之助はゲート全域に響き渡る放送を耳にして、直ちに動き出した。



 ――敵はこちら警備所駐屯者数よりも多数、指示を請います!



 おそらくどこかでアマリも動き出していることだろう。



 浜之助はエクゾスレイヴの固定部位をひとつひとつ手作業で確認し、必要な装備に目を通した。



「ワッツ、聞こえるか。先に偵察として出て欲しい。敵が警備ドローンなら、攻撃される心配はないだろ」



『ああ、既に向かっている。映像はリアルタイムで送れるぞ』



「頼む」



 浜之助は全ての装備を身に着け、僅かに開いたゲートの扉へ駆け込んだ。



「はまのん! 絶対に無理はしないでよ!」



「ああ。言いつけは守る」



 浜之助は簡単な動作確認をし終えると、ゲートの扉を潜り抜けた。





『敵は多いな。50体以上はいるぞ!』



「自警団の様子はどうだ?」



『一番最北の警備所だから元々詰めている団員は多いな。しかし、それでも数が足りんぞ』



「すぐに向かう。引き続き情報を頼む」



 浜之助はエクゾスレイヴの出力を八割で急行する。



 その加速は足裏で地面を叩くごとに速くなる。


 空気は流水のように浜之助の頬を撫で、運動エネルギーの反発がフレームをギシギシと揺らしていた。



 浜之助は北へ向かう団員を次々と追い越して行くと、最北の警備所が見えてきた。



『自警団団員の戦闘はまだ始まっていない。だが、既に誰かが交戦中だ』



「誰だ? アマリか、それとも」



 浜之助がワッツのカメラ映像を確認する。



 そこには警備ドローンの周囲を飛び回る、紅い火花の姿があった。



「フゥか!」



 浜之助は警備所へスライディングで侵入し、交戦準備を行っている自警団団員に声を掛けた。



「状況を教えてくれ」



 団員たちは浜之助の登場に、「救世主だ!」「最高戦力の援軍だ!」とざわめいた。



 その中で一番歳の功がありそうな男が浜之助の要望に応えた。



「自分はここの警備所の隊長であります。状況は、やや複雑でありましてな」



「複雑? 説明してくれ」



「はい。まず我々は警備ドローンの集団を発見し、伝令を飛ばしました。しかし警備ドローンはこちらに来ていますが、狙いは我々ではないようなのです」



「どういうことだ? じゃあ、なんで近くまで来ている」



「それは今交戦中の誰かを追っているためです。その誰かは交戦しながらも徐々にこちらへ警備ドローンを誘導しているようなのです」



「つまり警備ドローンはフゥを追っているのか。しかし何で集団なんだ? 連れてきたのはどうしてだ?」



「過去人種殿、アマリ団長からは到着まで現場の判断に任すと言っています。警備ドローンとその誰か、どちらを、もしくはどちらも攻撃しますか?」



「そういうワケか。分かった。指揮権を譲渡してくれないか」



「過去人種殿ならアマリ団長も納得するでしょう。指示を頼みます」



 浜之助は少なくともフゥのことを知っている。


 それどころか互いに助け合い、協力した仲なのだ。



 だったら、やることは決まっている。



 浜之助は警備所隊長から拡声器を受け取ると、全体に指示を出した。



「警備ドローンと交戦中の少女は味方だ! 誤射に注意しながら彼女を援護する。総員、射撃準備!」



 自警団団員は慣れた調子で装弾をチェックし、銃を構えてバリケードから少しだけ身を乗り出した。



「フゥ! 聞こえるか! そのままこちらに飛び込んで来い! 敵から十分離れたら射撃を開始する!」



 浜之助は拡声器で声を飛ばした。



「少女、こちらに向かってきます!」



 自警団のひとりがそう叫ぶように、フゥが警備所へ向けて急降下してきた。



「総員、構え。……射撃開始!」



 浜之助が号令を掛けると共に、フゥを避ける形で銃声のコーラスが始まった。



 最初の掃射で前衛にいた敵のオニギリが次々と倒れ、煙を上げたのだ。



「こちらのオニギリを突っ込ませろ! 狙いを団員に絞らせるな!」



 ハッキングを終えた警備ドローンのオニギリが、雪崩を打つように前方へ殺到する。



 こちらのオニギリは弾避けように前面装甲を追加しているため、動きが遅くとも並みのオニギリに撃ち負けない。


 更に後衛からの援護もあり、味方のオニギリは敵の警備ドローン群と肉薄した。



「少女、着地します!」



「道を開けろ! 着地スペースを確保だ」



 浜之助の命を受けて、サッと道が開けられる。



 フゥはそれを見るや否や、誰もいないスペースへ転がり落ちながら不時着した。



「無事か、フゥ」



 浜之助が心配してフゥに駆け寄ると、彼女の服が赤く濡れているのに気づいた。



「衛生兵! 怪我人だ。急げ!」



「大丈夫。これはかすり傷なの。今は戦闘に集中するの」



「馬鹿野郎! 怪我人は後ろで治療を受けてろ!」



 浜之助はフゥの首根っこを掴むと、頭をワシャワシャとかき混ぜながら後方へ連れてきた。



「よく逃げ切った。後は任せろ」



 浜之助のその言葉に、フゥは泣き出しそうな顔になる。



 これまでずっと、どんな危険や危機もひとりでこなしてきたであろうフゥ。


 それでも、誰かに褒められたり助けられたりするのは嬉しかったのだろう。



「過去人種殿! 前線が突破されます!」



「他の警備所からオニギリが到着次第前に出せ! それまで前線は」



 浜之助はフゥを後衛に預けると、踵を返し、自警団団員を掻き分けて前へ飛び出した。



「俺が支える!」

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