第25話「考察」

「ヒトガタと未来人種が同じ種族だって?」



 浜之助は警備ドローンのニコロから聞いた真実に震える。



 あの人間の出来損ないのような生き物であるヒトガタと、未来人種が同じ造られた生き物であるなんて……。



「人代替生物の完成品である未来人種は。過去人種達を安全に蘇られせるための実験動物としてシェルターに納品されたんだよ~。でも未来人種を使った冷凍病の解明を行う前に、実験は中断されちゃったんだ~。なんでだろうね~?」



 ニコロは不思議そうに理由を考えている。



 そんな理由は浜之助たちだって知らない。


 そもそも未来人種が過去人種の子孫ではなく、全く別の生物だったという事実が驚きで、内容が入って来ないのだ。



「警備ドローンが未来人種を襲うのは、シェルターの中で管理するためだったのか。AIの欠陥や故障じゃない。元々の目的が、未来人種を含む人代替生物を制圧することだったのか……」



 浜之助が判明した事実に驚いていると、無線から声が聞こえてきた。



『やっぱり、警備ドローンは未来人種を殺すために生まれた機械だったんだねえ……。だから、嫌いなんだよ』



「っ! 聞いていたのか。ユラ」



 浜之助は慌てる。



 ユラはただでさえドローンが嫌いなのだ。


 それがこんな形で蒸し返すどころか、深く抉り出すなんて。


 浜之助には予測もつかなかった。



『ドローンなんて全て消し去るべきなんだよ。今はその方法がないだけで、できないわけじゃない。ドローンは、根絶やしにしないと、根絶やしにしないと、根絶やしにしないと、根絶やしにしないと、いけないねえ』



 浜之助は、ユラの泥濘を踏むようなねっとりとした言葉に、背筋が凍る。



 言葉ではトラウマを克服しようとしていても、肉親と義理の両親を奪ったドローンへの憎しみは、深い。



 このままではまた、ワッツのことやハッキングした警備ドローンについて問題にしかねない。



「ユラ、落ち着け! 警備ドローンはあくまでも、そうインプットされただけだ。警備ドローンが未来人種を襲わないようにセッティングする方法は、必ずある。だから――」



『はまのん、慰めはいらないねえ』



 浜之助はユラの拒絶に絶望的な顔になる。



『ああ、違うよ。慰めがいらないのは、私はもっと強くならないといけない、ってことだね。心配しないでよ』



 ユラはハッと目が覚めたように、そう言葉を修正した。


 本当に、大丈夫なのだろうか。



「この施設についてはこんなものだね~。他に何かあるかい~?」



「い、いや。いい。また疑問があったら頼むよ」



「任せておいて~」



 浜之助がニコロに礼を言い、会話を終えようとした時だった。



「あ、ちょっと待って~。頼みがあるんだ~」



「ん? 頼みって?」



 浜之助は重要な情報をくれた手前、ニコロの頼みに反応した。



「私の診断装置によると、AI周りの装置を手動で修理する必要があるらしいんだよ~。昔は、メンテナンスの人がしてくれたんだけど、いなくなっちゃってさ~」



「メンテナンス? 俺ができることなのか?」



「方法はそんなに難しくないらしいんだよ~。私のAIプロセッサは2つあって、手動でONとOFFにして、片方を休ませる必要があるんだ~。そうすると、頭がすっきりするんだよ~」



「なんだよ。頭がすっきりするって。その機能はワッツにもあるのか?」



 浜之助がワッツに疑問の視線を送ると、ワッツも考えているようだ。



「ワシはそんな機能、ついておらんぞ。データによれば、ニコロは少々特殊な人格搭載兵器らしいからな。機能が別なんだろう」



 ワッツはそう曖昧に応えた。



「じゃあ、メンテナンスハッチを開けるね~。ONとOFFにする際は、必ず両方をONにしてから片方をOFFにしてね~。じゃないと、シャットダウンしてしまうから~」



 ニコロの言葉と共に、浜之助の近くでハッチの開閉音が聞こえた。



 そちらを見てみると、分厚い圧力扉が上に跳ねあがっていたのだ。



「仕方ないな」



 浜之助は面倒くさそうに、ハッチの中に潜り込む。



 中は複雑な配線と複数の基盤があり、まるで無機物でできた木のウネの中のようだった。



 浜之助がその中を進んでいくと、すぐにニコロのAIプロセッサと分かるものを見つけた。



「何だよ。これ」



 浜之助が発見したのは、黄金色の培養液で満たされたカプセルの中に浮かぶ、むき出しの脳みそだった。



 カプセルは同じ形のものが2つ並んでいて、配線がそこへ集中していたのだ。



「少々特殊な、人格搭載兵器、か」



 ワッツは意味深に呟いた。



「どうだい~? 私のAIプロセッサはあったかい~」



「あ、ああ。見つけたよ。言われた操作をするから、待っててくれ」



 浜之助はワッツの大きな眼差しを見つめて、判断を仰ぐ。



 ワッツは浜之助の顔色に気付くと、静かに首を横へ振った。



 それは、今は知らせるべきではない。という意味だった。



 浜之助はニコロの言われた通りに、ONとOFFの操作を行う。



 すると、片方のカプセルは照明が落ち。


 片方のカプセルのライトが起動した。



「あ~。頭がすっきりしたよ~。ありがとう、浜之助」



「あ、ああ。調子は悪くないか? 何か変わったことは?」



「ん? 問題ないよ~。ただ詳細な診断によると、背中のレール砲以外の武装はもう使えないみたいだね~。そのうち全てメンテナンスしたいよ~」



 ニコロはAIプロセッサを切り替えても、いつもどおり呑気そうに言葉を紡いだ。



「これでしばらくは、壊れずにすみそうだよ~。本当にありがとう。浜之助」





 ニコロと別れた帰り道、ワッツは浜之助に話しかけた。



「浜之助、この未来に似ているというフォールンギアとは、どんなゲームなんだ?」



「藪から棒に、何だよ」



「ワシは思うんだ。この世界を造った連中は、あまりにも闇が深すぎる。その闇の答えが、フォールンギアの中にあるような気がするのさ」



 浜之助はワッツに問われるも、完全に質問の核を捉える答えは持ち合わせていなかった。



「フォールンギアはまだ、開発途中のゲームなんだよ。コンセプトの<変化>と同じように、いつも新しいアップデートを繰り返していて、ゲームの世界観が少しずつ公開されているんだ。不完全でよければ、答えようか?」



「構わないぞ。私のデータには、フォールンギアについて情報が不足しているからな」



 浜之助はワッツの承諾を受けて、フォールンギアの世界観について語りだした。



「フォールンギアの世界はまず、荒廃した未来なんだ。6つの大災害が人類を襲い、生存圏は収縮。そのかつての栄華を取り戻すために行われたのが、12人の大天才による12の計画群である<大バベル計画>。最初は順調だったこの計画も、複合的な失敗の連鎖により、7つ目の大災害を引き起こしてしまうんだ。


 これにより、人類は完全にシェルターの中へ引きこもってしまう。それがフォールンギアの世界なんだよ」



「そいつは壮大だな」



「主人公は自分のシェルターを崩壊させた犯人を追う以外にも、メインミッションがもうひとつある。実験を継続しつつあるこの12の計画を止めて、世界の崩壊から未来を救うのが、もうひとつのミッションなんだ」



「ふむ、そうなのか」



 ワッツは浜之助の隣を飛行しながら、思慮深そうに目を細めた。



「その12の計画。実在しているかもしれないぞ」



「はっ。まさかそこまでフォールンギアの世界観に忠実なワケがないだろ。じゃあ、12人の大天才も実在するのかよ?」



「ああ、この12の計画は12人の発案者を元に計画されたそうだ。それぞれの発案者はそれぞれのトップクラスの研究者、計画は実際に実行されたそうだぞ」



「なんでそんなこと……。ただの偶然だろ」



「ならばどうして未来の世界がそのフォールンギアとやらに似ている? 偶然にしてはあまりにもトレースされすぎているそうじゃないか。ヒトガタも、警備ドローンも、シェルターも、どれも似ているのだろう?」



「それは、そうだけどよ……」



 浜之助は、何故過去のゲームが未来の事象と似ているのか、知るわけもなく答えに詰まった。



 ワッツはそんな浜之助の戸惑いの代わりに、言葉を口にした。



「これはあくまでも仮定なのだが、フォールンギアとは思考実験のゲームだったのではないか?」



「思考実験?」



「つまり未来がフォールンギアに似ているのではなく、未来を創る草案としてフォールンギアが作られた。多数のプレイヤーにプレイさせることで、未来がどう推移するかのシュミレーションを行い、その結果を現実にトレースした。それがこの未来じゃないのか?」



「まさか。暴論過ぎるだろ。第一それなら、6つの大災害も予想したってことになるじゃないか。未来予知者がインディゲームなんて作るのかよ」



「さあな。ワシもそこまでは分からんな」



 ワッツはそこまで言ってしまうと、口を閉ざした。



「そんなわけ、ないだろ」



 浜之助は考える。



 もしこの未来の世界が、過去のゲームを基にして作られたのだとしたら、それは最初からレールが引かれているようなものではないか。



 そんなものは自由じゃない。


 一握りの天才たちの思うように操られた、つまらない人生だ。



「認められるわけがないだろ」



 浜之助は自分がかつて弁護士というレールに乗せられそうになったことを思い出し、苦々しい表情を作った。

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