第24話「真実という闇」
「やはり、こっちにもあったか」
新しくできたイデアの法案によるごたごたが過ぎ、浜之助はまたしても遠出していた。
その行き先は、壁を右手にした先の、下りの終着地点。
それはあのカメのような特大型警備ドローン、ミノガクレがいた場所のちょうど南東であった。
その場所にもまた、別のミノガクレがT字路の真ん中を陣取っていたのだ。
「自然エリアに出るには、必ずこのミノガクレの前を通る必要があるわけか」
浜之助は位置を脳内でマッピングしながら、ミノガクレに近づく。
今度はエリアセキュリティによる攻撃を警戒してスキルのアクティブカモフラを起動しているため、浜之助の姿は背景に同化して見えにくい。
これならミノガクレの視覚センサを騙して素通りすることが可能だ。
ただ今回は、傍を通るのが目的ではない。
今のメインミッション、それはこのミノガクレの破壊だった。
「爆薬ヨシ。信管ヨシ。起爆装置ヨシ」
浜之助は苔の生えたミノガクレの脚部付近で、準備した装備を確認する。
前回と違って、爆薬は十分。これなら安々とミノガクレの装甲を破ることが可能だろう。
「あ~、あ~」
浜之助がグラップリングフックで背中に乗ろうとしていると、低音の声が聞こえてきて、身体を震わせた。
てっきり声の主は付いてきたドローンのワッツかと思い確認するも、その本人は球体の身体を横に振って否定していた。
「今日は――」
発声練習のように言葉が繰り返された後、浜之助はその耳でしかと聞いた。
「レトルトパウチのカレーが食べたいな~」
その声の主は、なんとミノガクレ自身だった。
ミノガクレは正面のスピーカーからあくびのように声を垂れ流していたのだ。
「浜之助、ちょっと破壊活動は待ってくれ」
浜之助が突然の独り言に怯えていると、ドローンのワッツがそう提案してきたのだ。
「どうしたんだよ?」
「いや、何。ワシにいい考えがある」
ワッツはそう言うと、浜之助が止める間もなく、その丸い身体を転がしたのだ。
「おい、馬鹿止めろ」
浜之助が小さく鋭く叫ぶも、もう遅い。
ワッツは転がり終えると、その10本足でミノガクレの目前に飛び出したのだ。
「よう。同類」
ワッツは象と蟻ほどの違いがあるのに、何気なくミノガクレへ話しかけたのだ。
「ん~。何だ? 会話など半世紀ぶりだな。お前は誰だ~」
「ワシが推測するに、お前と同じ元人間さ。製造番号0296」
「……そうか~。お前もなのか~」
浜之助は隠れたままワッツとミノガクレのやり取りを見る。
これは、一体どうしたことなのだろう。
ワッツはこのミノガクレのことを知っており、ミノガクレもワッツに心当たりがあるらしい。
「出てこい。浜之助。こいつは戦う意思がない。出てきてもハチの巣にはならないさ」
「……」
「安心しろ。どう見てもあの銃じゃ、ワシたちを撃てないさ」
ワッツが細い足先でミノガクレの腹部に搭載されている銃器を指す。
するとなんてことだろう。
ミノガクレの銃器にはツタが食い込み、巻き付かれているではないか。
「なるほど。あれじゃあ、戦えないな」
浜之助はワッツの意図を汲み、正体を現してワッツの元へと赴いた。
ミノガクレは浜之助の姿を視覚に捉えると、驚いたようにその巨体を僅かに上下させた。
「お~。久しぶりに過去人種を見たな~」
「!? 分かるのか」
「当然だよ~。何せ、1世紀前の私は過去人種にメンテされていたのだからな~」
「過去人種がいたのか!? そいつはどこにだ!?」
「う~ん。実はそれについてのデータはバックアップ諸共消されているのだよ~」
浜之助はミノガクレの、象の歩調のようなゆったりとした話し方にイラつきながらも、粘り強く訊いた。
「1世紀以上前からここにいたってことは何か知っているのか。それなら、教えてくれよ!」
「う~ん。それはダメだよ~」
「どうしてだよ!」
浜之助が怒りをぶつけるも、ミノガクレは軽くいなす。
そして、彼はひとつの要求を述べたのだった。
「まずは、レトルトカレーを食べさせてくれよ~」
「……はっ?」
浜之助はこのミノガクレの呑気さに、足元から崩れるような脱力感を感じた。
「実際の所、取り込んでも意味がなくないか? ニコロ」
「そんなことはないよ~。試してくれよ~」
<人格搭載兵器>、製造番号0296。
それがこのミノガクレの呼称であり、彼は他の警備ドローンと違っていた。
ワッツには、他の人格搭載兵器についてのデータがあるらしく。
製造番号0296のニコロについても情報があったそうだ。
ちなみにニコロとは製造番号0296の名前である。
どうやら、ニコロをメンテナンスしていた過去人種が付けた名前らしい。
「<人格搭載兵器>という規格は、デカポッドボールを含む複数の兵器に人間の人格を搭載した兵器らしいな。
こいつはフランケンシュタインコンプレックスである、アンドロイドやAIを恐れた人間達が提唱した<最終兵器管理システム群>のひとつだそうだ」
「最終兵器管理システム群?」
「もしもAIやアンドロイドが反乱を起こした時、最後に人類の盾となるシステム群。らしいが、詳細までは載っていないな。まあ、実際に機能するかは眉唾物だろう」
「へー、つまりワッツやニコロは人間の最後の盾なのか。とてもそうには見えないな」
浜之助は今、ミノガクレであるニコロから象の鼻のように伸びた、焼却収容口にレトルトパックを放り込んだところだった。
「ん~。やっぱり味はしないなあ~」
ミノガクレのニコロに取り込まれ、寸断され、かき混ぜられ、燃焼したであろうレトルトカレーは、特にニコロへ感慨を与えなかったらしい。
「だから言ったろ。第一、どうしてカレーなんだ?」
「おいしそうに見えたからだよ~。私をメンテナンスしていた過去人種は、いつも目の前でレトルトパウチを温めて食べていたのだよ~」
「へー。そうなのか」
浜之助はその話には特に興味を持たず、別の話題を切り出した。
「ニコロは100年以上前からここにいるって言ってたな。この場所について、何か知ってるのか」
「知ってるよ~。レトルトカレーのお礼に教えてあげようか~」
ニコロはそう気さくに、この施設の真実を伝えてくれるそうだ。
「まず教えてくれ。ここは、何のために作られた場所なんだ?」
「ここはね~。<人代替生物隔離施設>なんだよ~」
浜之助はニコロから聞きなれない言葉を聞いた。
「人代替生物?」
「ここに来る途中、ヒトガタ、っていう動物にあったのじゃないかな~」
「ああ、あいつらのことか」
「そうだよ~。ヒトガタはね。人代替生物の未完成種なんだよ~。昔の偉い学者さんは倫理的に全く問題ない、人間由来の遺伝子を持たない人間のような生き物を作ろうとしたんだよ~」
「人に似ている時点で、倫理的にやばいだろ」
「人体実験というタブーを避けるために、偶然できた生物種なんだって。彼らは人間の創造物であって、人間じゃない。まったく違う生物だそうだよ~」
「……神様は自分の似姿である人間を造った。たぶん、そんな感じか」
浜之助は、なるほど、と納得した。
「だからね。人代替生物は解凍液と通信無しでは生きられない冷凍病を治す実験のために、ここへ隔離されているんだよ~」
「だから俺達もこの人代替生物隔離施設にいたのか。見たところ、実験は中止されたようだな」
「過去人種の人たちがいなくなっちゃったからねえ~。おかげで私達警備ドローンが人代替生物が持ち場を離れないように管理するようになったんだよ~」
ニコロは、大変だね~、と他人事みたいに喋っていた。
「そうして千年近く経って、過去人種は未来人種になった……。いや、おかしいな」
浜之助はある違和感を感じて、ニコロに訊いた。
「ニコロ、自分を管理していた過去人種のメンテナンスが100年前に居なくなった。って言ったよな。あれ、間違いだろ」
「間違いじゃないよ~。過去人種は冷凍睡眠の人たち以外にもいるんだよ~」
「ん? ややこしくなったな。そいつは未来人種じゃないのか?」
「違うよ~。そもそも未来人種は人間じゃないんだよ~」
浜之助はニコロの言葉に、首を傾げた。
「未来人種はね。人代替生物なんだよ~」
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