第18話「解体作業」



 巨大な特大型警備ドローン、ミノガクレの足元に隠れた浜之助は、次の行動に移る。



 まずはフォールンギアのゲーム知識から、ミノガクレの弱点部位を分析だ。



 ミノガクレの弱点は背中にあるレール砲の熱を逃がすための、2つの排熱口になっている。


 そして、そこにたどり着くには、このミノガクレを登る必要があるのだ。



 幸い、ミノガクレは敵に登られることを想定していないため、そのルートは問題なく安全だ。


 ただ障害となるのは、その登山方法だ。



 繰り返すが、ミノガクレは登られるように設計されていない。


 それはつまり、手足を引っ掻ける突起が皆無だということだ。



「グラップリングフック準備よし」



 だが浜之助にはミノガクレを踏破できる新しい装備が加わっている。



 それこそがグラップリングフック。


 生前のワッツが残してくれたエクゾスレイヴの新たなスキルだ。



 これにより、浜之助のスキルスロットの4つはすべて埋まり、エクゾスレイヴの機能をフルに生かせる状態となっていた。



「グラップリングフック、発射!」



 このグラップリングフックのスキルは、矢のようなフックを発射し、接触部分を固定して釘を打ち込めるようになっている。



 しかもフックにはワイヤーが続いているので、エクゾスレイヴ本体にあるワイヤー巻き取り機を使い、浜之助の移動を助けてくれるのだ。



 浜之助はグラップリングフックの矢をミノガクレの甲羅外周に刺し、そのワイヤーによって空へ跳ぶ。



 そうしてミノガクレの脚部を走るように4度蹴り、浜之助はミノガクレの背中部分にとび乗った。



「浜之助、身体の方は無事のようなのね」



 ミノガクレの背中に乗った浜之助は、すぐにフゥと対面した。



「そちらも怪我がなくてなによりだ。ここに来たのは向こうのシェルターに行く用事か?」



 浜之助が指す方向には、ミノガクレが守護するシェルターの扉が見える。



 浜之助がここに来た理由は、そのシェルターの中にあるとされる解凍液を手に入れるためだ。



 フゥも同じ理由なのだろうか。



「違うの。私はこのミノガクレ自体に用があるの」



「ミノガクレに?」



「そう。ミノガクレには自分の下位にあたる警備ドローンを操作するための、セキュリティクリアランスがあるの。これを使えば、中型や小型の警備ドローンをハッキングできるようになるの」



「おお、そいつはいいな。じゃあ、俺にも手伝わせてくれ」



 浜之助はフゥの用事に、即答で手助けを申し出る。



 これは、先日の命を救ってくれた礼だ。


 それも警備ドローンをハッキングできる手助けなら、なおさら浜之助たちにも利益がある。



「いいの? このミノガクレは危険。手伝うのは命がけになるの」



「構わないよ。命がけなのはいつものことだ。それに、いつまでもこんなものがここに在中されるのは、俺達にも困り物だからな」



「……助かるの。正直、この特大型警備ドローンを破壊する手立てが思いつかずに倒しに来たの。それだけ、マスターは切迫した状況なの」



「? 何か事情がありそうだな」



 浜之助はその続きを聞きたかったが、どうやらそんな暇はないらしい。



 浜之助とフゥの足元が大きく揺れたかと思えば、ミノガクレの身体が左右に振れ始めたのだ。



「おっと、このままだと振り落とされちまうな」



「そうなの。浜之助、私は何をすればいいの?」



「しばらく待機してくれ。くれぐれも高く飛ぶなよ。この背中にあるポッドは全て対空ミサイルサイロになっている。飛んだら撃ち落とされるからな」



「分かったの」



 浜之助はフゥをその場に残し、排熱口部位に急ぐ。


 そこなら、グレネードか爆薬で誘爆させれば、このミノガクレの体躯でも破壊が可能なはずだ。



「確か、この辺りに――!?」



 浜之助はゲーム知識を頼りに、ミノガクレの背中後部にたどり着く。



 しかし、その場にあるはずの排熱口がない。



 いや、露出していないのだ。



「くそっ、今はレール砲を使用してないから、閉じてるのか」



 浜之助は次の攻撃手段を模索する。



 ミサイルサイロのミサイルを破壊する誘爆方法を考え付くも、それは危険だ。


 他のミサイルサイロと接近しているため、破壊すれば全てのミサイルが連鎖爆発を起こして、浜之助もフゥも巻き添えになりかねない。



「そうだ。露出しているのは何もここだけじゃない」



 浜之助は次の策を思いつき、踵を返して走り出す。



 向かうのは、背中で一番目立つレール砲だ。



「おら、おらおらおら!」



 浜之助は傾斜したレール砲の上に足を踏み出す。


 そのままでは角度に負けて転がり落ちそうになるため、スキルのブーストパックを起動させ、勢いよくレール砲の銃身を駆け上がった。



 ついにはレール砲の先端、レール砲の銃口がぱっくりと開いた場所へと到着したのだ。



「っととと。セーフ」



 浜之助は足を崩した形でブレーキを踏み、銃身の先で止まる。



 それから浜之助は、その場でミノガクレを破壊するための爆薬を取り出した。



「上手く起爆してくれよ……」



 未だに揺れるミノガクレの上での作業は困難を極めたが、浜之助は素早く全ての爆薬に信管を取り付ける。



 完了後、浜之助はそれらの爆薬を銃口から内部へ放り落したのだ。



 浜之助は爆薬が銃身内部の螺旋の闇に吸い込まれていくのを確認してから、爆薬のスイッチを押した。



「あっ。下りる方法、考えてなかった」



 浜之助はうっかり自分の脱出手段を考慮し忘れていた。



 しかも、そこは銃身の上。


 それはまるで、ビルの最上階でビルを爆破するような所業だった。



 ――ドオンッ!



 浜之助の足元にも痺れるほどの爆音で、レール砲の根元が爆発する。



 レール砲は、根元の爆発によって支えを失い、銃身は倒壊していった。



「ええいっ! ままよい!」



 浜之助は決死の手段として、レール砲から飛び降りる。



 それは自殺手段に等しいが、他に方法はない。



 浜之助が落ちていくその横では、それ以上の速度でレール砲の銃身が崩れ落ちていった。



「わわっ!」



 浜之助は空から落ちながら、考える。


 エクゾスレイヴの衝撃吸収力は如何程であるか。


 そもそも、この高さで衝撃を吸収しきれるのだろうか。



 今更考えても、それは遅い。


 間もなく浜之助の身体はミノガクレの背面に叩きつけられようとしていた。



「浜之助っ!」



 横から声が聞こえてきたかと思えば、浜之助は空中で抱きすくめられる。



 それは抱えられるほど小さく、干したてのタオルのように心地良い柔肌だった。



 その正体は、フゥである。



 フゥはエクゾスレイヴのスキルで飛行し、浜之助を助けてくれたのだ。



「ぐっ!?」



 それでも、浜之助とフゥの感じる抵抗力は大きい。


 フゥのエクゾスレイヴ、<バフォメット>の羽が幾分か衝撃を吸収してくれたものの、それは限界に達していた。



 ――バキッ



 バフォメットの片翼は荷重に耐えきれず、中ほどで折れる。



 それには浜之助もフゥも、驚きで目を丸くした。



「う、うわあああ!」



 浜之助は死を覚悟しながらも、どうにかフゥを助けようと、自分の身体をフゥの下敷きにした。



「ぐげっ!?」



 浜之助とフゥは幸運にも、2メートルほどの落下で地面に軟着陸した。



 バフォメットの両翼のおかげで、その落下スピードは大したものではなく。


 おかげで2人とも無事だった。



「いてててっ」



 浜之助は背中から落ちた痛みを堪えながらも立ち上がり、フゥを抱き起してやった。



「……ありがとうなの」



「礼をするのはこっちだって、3度も助けられたんだからな」



 浜之助が言う3度の助けとは、今の救助と解毒、そして狙撃による大型ドローンのカメラの破壊についてだった。



「……気づいていたの?」



「単なる可能性を除去した上での推論だよ。シェルターの外で活動していて、狙撃銃を持っている。そんなの、限られているに決まってるだろ?」



 フゥは背中に担いでいた同じ高さほどの対物狙撃銃が壊れていないか、確認した。



「銃身は曲がっていないし、傷も軽度なの。これも浜之助のおかげなの」



「ははっ。まあ、無事なら何よりだ」



 浜之助とフゥがそんな会話をしていると、今度は地の底から響くような悲鳴を聞いた。



 それは鉄骨が捻じれ折れるような、冷たく鋭い叫びだった。



「な、なんだあ!?」



 悲鳴と共に、次はミノガクレの背中にある対空ミサイルサイロの蓋が全て開く。



 浜之助とフゥはそれに身構える暇もなく、対空ミサイルの魚群が空高く舞い上がるのを見送った。



 けれども、その狙いは空にはない。


 代わりに、ミサイルはUターンして浜之助とフゥの方向に向かってきたのだ。



「まさか、誤射回避用の安全装置を外したのか!?」



 浜之助が驚く間も、ミサイルは雲の切れ間から見える陽光のごとく降り注ぐ。



 これは、回避不可能だ。



「くそっ!」



 その時だった。



 ――ミサイルの尾が引き連れる雲海が、緩やかに流れる。



 ――ミサイルの弾頭が照り返す光のひと粒ひと粒がクリアに見える。



 この現象について、浜之助は思い出す。



 冷凍睡眠によって目覚めた力、<スローモ>が発言したのだ。



 浜之助は映画のひとコマずつスローに流れる映像の中、アサルトレールガンを持ちだす。



 そのまま、アサルトレールガンを構え。


 浜之助は目前に広がる一面のミサイルを照準に入れたのだ。



 ――撃ち落とす!



 浜之助は決意を秘めながら、銃弾ひとつずつをミサイルの海に投じる。



 どの弾も必中、破壊されたミサイルは近くのミサイルを巻き込み、誘爆していく。



 そんな爆発を乗り越え、他のミサイルがまだ浜之助たちに殺到してきた。



 ――うおおおおおおおおおっ!



 浜之助は心の中で咆哮を上げ、次々に来るミサイルをひとつ残らず撃ち落とす。



 気づけば、空はミサイルの爆炎が覆いつくし、所々で火炎の華が咲いていた。



 ――これで、最後!



 浜之助は最後のひとつを撃ち抜き、爆風のあおりを受けて踏みとどまる。



 すると、浜之助の感覚の速さが落ち着くのを感じた。



「スローモが、消える」



 思考の速さは通常に戻り、次に浜之助を襲った感覚は、痛みだった。



 頭の中の鐘楼を打ち鳴らすような鋭敏な痛覚が、脳を貫通して響き渡り始めたのだ。



「いぎ、いぎぎぎぎっ!」



 浜之助はあまりの痛さに身を伏せた。



「だ、大丈夫なの。浜之助」



 フゥは浜之助の神業に驚き、突然の悲痛な叫びに慌てて、声を掛けてくれたのだ。



「いつつ。今はこいつの破壊を優先しろ。フゥはまだ、動けるよな?」



「ええ、どうすればいいの?」



「くっ、いてえ。こいつはミサイルサイロから侵入すれば、エンジンコアが見つかるはずだ。爆薬は要らない。多少の衝撃で破壊できるはずだ」



 浜之助はそう伝えると、残っていたチャフグレネード2つをユラに託した。



「分かったの。浜之助は待っていてなの」



 ユラは言うが否や、チャフグレネードを受け取って扉が開いたままのミサイルサイロへ侵入する。



 後は、逃げる算段だ。



「今度こそ、逃げ道を確保しないとな」



 ユラのバフォメットの翼が折れた以上、ここから降りるにはグラップリングフックを使うしかない。



 浜之助はミノガクレの縁に、グラップリングフックの矢を打ち込んだ。



「浜之助、セットは完了したの。残り3秒!」



 設置したのはグレネードなので、爆破まで数秒しかない。



「俺に掴まれ! フゥ!」



 フゥの小さな身体が浜之助を捕まえたのを確認して、浜之助は飛び降りる。



 その途端、大きな爆発がミノガクレの背中と腹を貫いたのだ。



「やばい、やばいって!」



 浜之助は想定よりも速いスピードで落下し、またしても自分の身体をフゥの下にして、ひどい落ち方をした。



「いてて、って」



 浜之助は身体の無事を確認して、起き上がりながら上を見る。


 そこには何と、こちらに傾いてくるミノガクレの背部が迫ってくるではないか。



「うわったたた!?」



「浜之助、もっと速く動くの!」



 浜之助はフゥに尻を叩かれながら、彼女を担いでその場を逃げ出す。



 しばらく走っていると、後ろでミノガクレが完全に横たわった地響きを感じた。



「こ、今回も。ギリギリか」



 浜之助は疲れ切って地面に倒れた。



 その少し先では、ミノガクレの巨体が足を折って地面に倒れ、その身体からは黒煙と火炎をもうもうと吹き上げていた。



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