第17話「巨大なカメ」

 壁を左側に、白く緩やかな下り坂が続く道を、浜之助は悠々(ゆうゆう)と通り抜けていた。



 右手には、ひどく乱れたデッサンのような自然が見える。


 その手前には森、奥には轟々(ごうごう)と煮えたぎる溶岩地帯や不毛な岩石地帯があり、奇妙な色合いは相変わらずだった。



「このまままっすぐ行けば、中央の自然エリアと正面の上り坂のT字路がある。そのちょうど中央にかなり巨大な警備ドローンが守る、大きな格納庫のシェルターがあるんだ」



「大きなドローン? もしかしたら恐竜みたいな見た目か?」



「いや、違うな。ワシが見たのは、カメのような見た目のドローンだ。つまり、でかいカメだな」



「カメ、か」



 浜之助はフォールンギアに登場するゲームキャラに、幾つか思い当たるシルエットがあった。



 ただ即決するには危険だ。


 まずは外観を見る必要がある。



「ところで、ワッツは何ができるんだ? そんな高価な代物の身体なら、得意技もあるんじゃないのか?」



 浜之助は横を並走して飛ぶワッツという黒い球体型のドローンに話しかける。



 今のワッツは、飛行モードだ。


 球体の自分の身体を逆さにして、10本足の脚部をヘリコプターの羽のように変形させ、それを高速回転させることで飛んでいる。



「そうだな。今のような飛行モードの他にも、通常の歩行モードと球体を回転させる高速モードがある」



「それは……あまり役に立ちそうにないな」



「侮るな。ワシの機能はまだまだあるぞ。後部のコネクターを用いれば、ありとあらゆる機械にアクセスしてハッキングすることができる。もちろん、接続できればほとんどの警備ドローンを支配下にできるわけだ」



「おお、やるな」



「また、エクゾスレイヴスーツやアーマーに接続できれば、複数のサポート機能を起動させられる。ただ、自律機動は無理だがな」



「エクゾスレイヴアーマーはともかく、エクゾスレイヴスーツには実体がないからな。そこは仕方ないか」



 ちなみに、このエクゾスレイヴスーツとは、今浜之助が着用しているような人間の動きをサポートすることができるパワードアーマーの類である。



 そして、エクゾスレイヴアーマーの方はというと、これは兵器である。


 戦車のようなものもあれば、脚のある機械もあり、他の兵器とは違って搭乗員はエクゾスレイヴアーマーと直接繋がるのだ。



 そうしてエクゾスレイヴアーマーと接続して、搭乗員はたったひとりで大型の機械を手足のように動かせる。



 とはいえ、人間ひとりだけでは全ての兵装を使いこなせない。


 そのため、搭乗員をサポートするのにワッツのようなデカポッドボールが必要とされているのだ。



「そうなると、エクゾスレイヴアーマーも実在するのか。乗るのが楽しみだな!」



 浜之助はワッツの言葉に目を輝かす。


 それはおもちゃを目の前にした幼稚園児とさほど変わらない反応だった。



「言っている間に、見えてきたぞ。あれがワシの見た警備ドローンだ」



 ワッツが言うように、下り坂の終着地点に大きな深い緑色の機体が見えてきた。



「でかいだろ。ワシはエクゾスレイヴのスキルを使って隠れながら通り過ぎた。浜之助はどう攻略するつもりだ?」



「警備ドローンならやることはでかくても同じだよ。爆薬を使って壊す。あれなら全部の爆薬を使って弱点を破壊すれば、いけるはずだ。大型なら破壊した時のエネルギーの大きさで自壊してくれるだろうよ」



 浜之助が、簡単だろ、と説明した。



「しかし、あの警備ドローン、動いていないか?」



 浜之助が見ている警備ドローンは、周囲に何やら発射している。


 おそらく、それは銃弾の類だ。



 よく目を凝らせば、警備ドローンの周りを飛行している何かが見えた。



「あれは……人か?」



「目視できぬか。ならワシの機能のひとつ、拡大スコープを使うとしよう」



 ワッツはそう言うと、中央のカメラをぐぐっと伸ばす。


 それはまるで写真機のズームのような、パリの斜塔に似た突起物が特徴的な変身形態だった。



「むむっ。どうやら戦っているのは女性――いや、女の子のようだ」



「女の子?」



 浜之助はシェルター外で活動する女の子に、心当たりがあった。



「もしかして赤い髪に真っ白な肌の女の子じゃないか?」



「よく分かったな。その通りだ。ワシのレンズなら、銀色の瞳だけではなく、スリーサイズまでバッチリだぞ」



 浜之助はワッツから必要以上の情報を聞くことなく、走り出した。



「おいっ! 浜之助、どうした。今行くと巻き込まれるぞ!」



「警備ドローンと戦っているのは、俺の命の恩人なんだよ! 命の危機なら助けないと」



「行くなと言っているわけじゃない。無策で突っ込むなと言っているのだ。まったく、子供はやんちゃだな」



 浜之助は走りながら、背中から爆薬を数個取り出して、背負っていた背負子を捨てる。



 そのまま下り坂を猛スピードで下り、警備ドローンの傍まで近づいたのだ。



「こいつは、ミノガクレか」



 浜之助は近づくごとに大きくなる機械の正体を判別した。



 それはミノガクレ、という特大型の警備ドローンで、大きさは縦横高さ共にビル五階建て分もある。



 外観は脚が太く長い、首のないカメという風であった。



 また、動きはノロく、歩行や旋回に十分な時間を要する警備ドローンだ。



 ただし武装は強力だ。


 背中に遠距離用の砲塔を1門担ぎ、残りの背面部分全てが対空ミサイルサイロとなっている。


 また、腹部の守りも鉄壁だ。50口径機関砲4門、対人機関銃20門、まさに腹に生えた剣山のような銃器の数々だ。



「フゥはどこだ」



 浜之助がミノガクレの傍で空を仰ぐ。



 すると、見つけた。


 鮮血のように紅い髪を翻し、ミルクのように滑らかな白い肌をした女の子。


 猛毒で倒れた浜之助を助けてくれた、フゥだ。



 フゥはミノガクレの甲羅の外縁スレスレを、着用しているエクゾスレイヴの機能で今も空を飛行している。



 おかげで腹部に集中している銃兵装のほとんどはフゥを狙えず、上部のミサイルは撃てない。


 ちょうど弾幕の薄い場所を狙って移動していた。



 浜之助はひとまず安堵していると、急にミノガクレが警告音を発した。



『新たにエリアへ侵入した脅威を発見、攻撃を開始します』



 ミノガクレから発せられた音声の次に、浜之助に向けて腹部の銃口の一部が動く。



 これは予想外だ。



「まさか、近づいた者は全て攻撃するセキュリティなのか!?」



 浜之助は慌てながらも、身体を動かした。



 このまま止まっていてはミノガクレに搭載されている機銃で穴だらけだ。


 身を隠さなくてはいけない。



「そうだ」



 浜之助は走りながら思い出す。


 ちょうど敵をかく乱するスキルを、最近譲り受けたではないか。



「念のために、追加だ」



 浜之助はスキルを発動させる前に、ミノガクレに向かってグレネードを投擲する。



 ミノガクレの自動照準は自分の機体に届くグレネードを感知し、機銃を掃射する。


 そうして、グレネードはミノガクレに到達することなく爆破された。



 しかし、これはただのグレネードではない。


 爆発と共に、銀色の吹雪が周囲を舞い、敵の機銃の照準はあらぬ方向を向いた。



 浜之助が投げたのは、グレネードでも敵のレーダーを封じる効果のあるチャフグレネードだ。



 それでもミノガクレの機銃は光学カメラに切り替えて浜之助の姿を探す。


 だが、浜之助の姿はそこにはない。



「スキル、アクティヴカモフラ!」



 光の屈折と映像によって視覚的な姿を隠した浜之助は、ミノガクレの元に走る。



 ミノガクレの方も浜之助が消えたカラクリを理解したのか、闇雲に機銃を乱射し始めた。



 銃弾の嵐の中、浜之助は地面を蹴り、小さな土煙を上げて向かったのは、ミノガクレの脚部だ。



 そこなら、機銃の安全装置が働いて浜之助を撃てなくなる。



  浜之助は最後にスライディングで滑り込み、大樹のように大きな脚部の麓にたどり着いた。



「フゥ! 聞こえるか、こいつは肉薄されると機銃を撃てない! そのままの高度で飛ぶ移るんだ!」



 フゥは浜之助の声が聞こえたらしく、ミノガクレの甲羅の縁スレスレから、機体の上に飛び乗った。



 浜之助はフゥの安全確保に胸を撫で下ろすと、自分のアサルトレールガンをがしりと握った。



「敵の攻撃は防いだ。ここから、反撃だ!」

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