第16話「再臨」
仮眠のつもりで寝ていた浜之助であったが、予想以上に疲れていたらしく、床に敷いた寝袋の上で熟睡していた。
そんな浜之助の頭を、何者かがコツコツと叩いたのであった。
「おい、起きろ。浜之助」
浜之助は、何だよ、とばかりに頭をつつく存在を払いのけて、目を覚ました。
「何だあ?」
浜之助が眠気眼で周囲を見ると、そこが仮宿の部屋であることを思いだした。
ならば、起こしたのはワッツだろうか。
しかし、ワッツはベッドの上で眠ったまま、起きた様子はなかった。
「おーい、ワシはここだ。そっちのワシではない」
その声はベッドの上のワッツから発されたものではなかった。
それはワッツに似ているけれども、電子ノイズが走った造り物のような声だった。
浜之助は、ビクリッと驚きながらも声の主を探す。
「ワシだ。ワッツだ。ここにいるぞ」
そうして見つけた声の主は、思いのほか小さい存在であった。
体長は30センチほどだろうか。
形は球形で、黒く、脚のような節足がたくさん付いている。
背中には接続プラグのようなものがあり、正面には大きな眼のような一眼レフカメラが備え付けられていた。
そいつはまるで、丸いヤドカリのようなドローンだった。
「警備ドローン!?」
浜之助は見たこともなければ、知識にもないタイプのドローンに驚き、脇にあったアサルトレールガンを掴んだ。
「待て待て待て! 見た目はこうだが、危害はない! まずは話を聞け!」
ヤドカリのようなドローンは目を白黒させるようにカメラを動かし、表情もないのに慌てた様子をしていた。
「……何だよ。こいつ」
そのドローンはこれまでのドローンに感じたことのない、魂だとか、そんなものが宿っているかのような錯覚をする動きをしていた。
ヤドカリのようなドローンは、自分の言葉を身体全身で訴えるように話し、歩く様子は千鳥歩きのように頼りない。
それはまるで、ドローンの後ろで誰かが操っているかのような動作だった。
「ワシのことはいい。それよりもワシを……ワッツの肉体を見てやって欲しい」
ヤドカリのようなドローンに言われて、浜之助は気づく。
これだけうるさく喋っているのに、ワッツの反応がないのだ。
「おっさん!」
浜之助がワッツの身体を揺り動かそうとすると、その身体は冷たい。
ワッツの顔面は蒼白で、瞼は虚ろに開いたまま、焦点が合っていないのだ。
「もう、死んでおるようだな」
ヤドカリのようなドローンがワッツの頭の近くに身を置き、浜之助にそう声を掛けた。
「きゅ、救命措置を……、やり方は――」
「もういい。ワシの身体は手遅れだ。大人しく眠らせてやってくれ」
「ドローンのくせにペチャクチャ煩いな! やってみなくちゃ、分からないだろ!」
「既に心停止から31分、脳波の停止から13分。人の死を定義するには十分すぎる時間だ。諦めろ。例え起き上がったとしても数時間と持ちはしない」
浜之助はヤドカリのようなドローンを、獣のような動作で掴む。
ヤドカリのようなドローンは、浜之助のその動きに驚きもせず、浜之助をジロリと睨んだ。
「人の生き死にを、ドローンが決めるなよ! 何様のつもりだ!」
ヤドカリのようなドローンは落ち着いて、浜之助の言葉に応えた。
「優しいな、浜之助。やはりワシの旅路の最後に会えて、とても光栄だ」
「その言葉! その喋り方! ワッツをまねているつもりか!? 人マネは大概にしろ!」
「人マネ、と呼ばれれば反論できないな。だが、信じてもらえるようにするしかないようだ」
ヤドカリのようなドローンは、うーん、と唸ってから言葉を発した。
「浜之助、くれぐれも諦めるな。ワシと違って、お前はまだチャンスがある。台無しにはなっていないのさ」
それは、ワッツの言葉だ。
けれどもヤドカリのようなドローンの発するその言葉は、ワッツのような重みがある。
言葉に命が宿っており、喉の震えが浜之助の心臓を捕え、一つ目の視線の鋭さは彼そのものだ。
そう、ヤドカリのようなドローンは、ワッツのような雰囲気を醸し出していた。
「ワッツ!? いや、そんな……。誰なんだ?」
「誰(Who)というのは適切ではないな。何(What)という方が正しいのかもしれん。ワシはただの道具だ」
ヤドカリのようなドローン。
違う。
ドローンになったワッツが浜之助を諭すように語りだした。
「ワシはワッツ、その残り香のようなものさ」
ドローンのワッツは、そう主張するのであった。
浜之助とワッツを名乗るドローンは、共に肉体のワッツを埋葬することにした。
ドローンのワッツは、このシェルターの奥に遺体焼却所があるのを知っていた。
浜之助はドローンのワッツに言われるまま、ワッツの肉体を運び。
ワッツの肉体を棺に、棺を焼却炉に投じた。
焼却炉の傍で2時間ほど待つと、無臭の灰が入った金属製のケースが出てきた。
どうやら、それがワッツの遺灰らしい。
「小さくなっちまったもんだな」
「ワシのことか?」
ドローンのワッツは、遺灰の入ったケースを抱えた浜之助を不思議そうに見た。
浜之助は、ドローンのワッツを無視して、遺灰の入ったケースをシェルターの外に運んだ。
「本当におっさんの願いは、こうするのであってるのか?」
「そこは信じてもらうしかないな。ワシは、ただの伝言役だからな」
浜之助は本人に聞くわけにはいかないので、その言葉を信じることにした。
それに、この方法は長い旅をしたワッツにふさわしいと思ったのだ。
「それじゃあ、やるか」
浜之助はシェルターから出て向かいの、崖っぷちの場所に立っていた。
そして遺灰の入ったケースの蓋を外すと、その遺灰を掴んで虚空へ投げたのだ。
「風葬、旅をしたワシにはそれがふさわしい」
遺灰を風に配る浜之助の横で、ドローンのワッツは感慨深げに目を細めていた。
しばらくすると、ケースの中は空になった。
浜之助はそれを確認すると、遺灰の入っていたケースも崖から放り投げた。
「これでいいんだろ、おっさん」
浜之助は、くるりくるりと落ちながら銀色に乱反射するケースを見送った。
「さて、お前の正体について詳しく話してもらおうか」
「そうだな。その前に、浜之助の出発の準備をしながらにしよう。時間は限られているのだろう?」
ドローンのワッツ。
いや、もうワッツと呼ぼう。
そのワッツが先にシェルターに戻っていき。
浜之助は、その後を追った。
「ワシは簡単に言えば、ワッツの記憶を移植したアンドロイドなのさ」
「アンドロイド?」
「人のような知性を持ったAIをそう呼称するとしたなら、だがな」
人と機械の骸が放置された薄暗い通路を歩く2人は、話しながらその場を過ぎていった。
「肉体の方のワッツは、自分の死期を1年ほど前から悟っていた。長生きはしたから、そのことについて残念には思わなかった。それでも、自分が持っていた機械について、あることを試したいと思いついたのさ」
「あること?」
「先ほど言った記憶の移植、もっと広義に言えばそれは人格の移植だ。1年前から、ワシはこのロボットに思い出せる限りの記憶をインプットし、性格や言動をできる限りシュミレートさせた。1年では完全なワッツとは言えないが、それでもワッツが思い出せる限りのワッツにはなれたつもりさ」
ワッツは脚部の1本を掲げ、自慢するように振った。
「じゃあ、お前はおっさんをマネているAIなのか」
「ワシ自身はマネているつもりはない。未完成とはいえ、ワッツをトレースしたコピーのつもりだし。それどころか、昨日までの痛みや空腹さえも覚えている。今は見ての通り無感覚だがな」
「おっさんはどうしてそんなことを?」
「……単に寂しかったからかもしれん。それとも好奇心だったのかもしれんな。できるからした。そうしたかった。それ以上の説明は無粋だと思わんか?」
「なんとなくをドローンが言うのも変な話だな」
「ドローンではない。アンドロイドだ。間違うな」
浜之助とワッツは泊まっていた宿に戻ると、出発の準備に入った。
ワッツが記憶している、ワッツによれば、ワッツの荷物はワッツではなく浜之助の物にするつもりだったらしい。
「ワシの着用していたエクゾスレイヴの<斑尾>は身長や体格に合わせて伸縮させられる。生体認証はないから、浜之助でも浜之助以外にでも着せられるな」
「生体認証がない? どうやって外したんだ?」
「ワシの住んでいたシェルターの近くにエクゾスレイヴ保管庫があってな。その中の一着を拝借したまでだ。ワシのシェルターの住人は普通に着ていたぞ」
「となると、銃もエクゾスレイヴもいずれ生体認証無しに使えるようになるな」
となれば、浜之助の特権は警備ドローンに警戒されないだけになってしまう。
そう考えると、未来人種たちの発展は浜之助の利用価値の低下に直結するのかもしれない。
「そのうち用済みになって捨てられやしないよな……」
浜之助は将来について不安になりながらも、今は直近の問題と向き合うことにした。
それは当然、解凍液の在庫についてだ。
浜之助はエクゾスレイヴの斑尾を着用する。
着た感触は前のエクゾスレイヴよりも軽く、しなやかだ。
それは動きやすく、身体をしっかりと支えてくれている。
浜之助は、前のエクゾスレイヴから今の斑尾にスキルスロットを置き換え、更にスキルの発動に必要なアタッチメントも取り換えた。
アタッチメントは浜之助でも簡単に取り付けができ、浜之助専用の斑尾はあっさりと完成した。
「昔はワシのような<デカポッドボール>は人間にソケットを埋め込んで、直接繋げるようにしていたらしいな。それにエクゾスレイヴも着せることで、着用者は死んでも動けるゾンビロボットになれたそうだぞ」
「おいおい。恐ろしいな。歯のインプラントのような手軽さでロボットと人間を繋げるなよ。SFじゃないんだからよお」
「ロボットではない。アンドロイドだ。間違えるな」
浜之助は残りの荷物を全てを背中の背負子に担ぎ、出発の準備を完了させた。
「ワッツはこれからどうするつもりなんだ? その身体で、ひとりの旅を続けるのか?」
「言ったはずだぞ。ワッツの荷物は全て浜之助の物だ。当然それは、アンドロイドのワシも含む。つまりワシは浜之助に付いて行くつもりだ、と言うわけさ」
「いいのか?」
「いいも何も、一緒に来ないかと最初に行ったのは浜之助だぞ。責任はちゃんととってもらうからな」
ワッツは細い足先で、浜之助をズバリと指す。
浜之助は、確かに言ったけどなあ、と呟きながら頭を掻いた。
「うーん。まあ、いいか。ドローンのワッツも本人と同一の存在みたいなものなんだろ。死んでいて死んでいない。なら俺が面倒見てやるよ」
「ああ、頼む。それとワシはアンドロイドだ!」
浜之助はワッツの処遇を決めると、早速ユラにそのことを相談しようとした。
だが……。
『断固反対だねえ!』
「……うわあ」
浜之助はユラの怒声に鼓膜を痛めながらも、続きを聞いた。
『警備ドローンじゃなくとも、ドローンだよ。絶対に、ぜえええったいに! イデアに侵入させるわけにはいかないからね』
「そう言うなよ。こいつも元は人間……、人間なのかな? ともかく、悪い奴ではないって」
『会ってそこそこのドローンの何が分かるわけだい!? 今すぐそのドローンを破壊するんだね。命令だよ!」
「そこまでしなくてもいいだろ……」
浜之助は暴れ馬のごとく荒れ狂うユラに手を焼いていた。
そんな会話の最中、割り込む無線の声を聞いた。
『どうやらユラ嬢に拒絶されているようだな』
『何だい!? 勝手に回線に入ってくるこの声は!」
『初めまして、ワシはワッツ。アンドロイドの、ワッツだ』
『アンタがそうなのかい!? さっさとぶっ壊れるんだねえ、この殺人ロボット!』
『……ワシ、アンドロイド。OK?』
回線に割り込んできたワッツであるが、その話は余計に混乱してしまった。
「待て待て。ストップ! ストップだ!」
このままではいけないので、浜之助は2人の会話を中断させた。
「今、折衷案を考え付いた。ワッツは連れていく。だけど、イデアの中には入らせない。ワッツは近くのシェルターで生活してもらって、場合によっては俺のサポートをしてもらう」
『はあ? 何を勝手に――』
「こいつは俺の物だ。シェルターの外で使うなら、俺の勝手だ。それとも、俺の装備は一から一までユラの許可なくして持てないのか? 俺は奴隷じゃない。多少の好き勝手は許可してくれよ。ユラ」
ユラは少しの間、沈黙する。
それから、ゆっくりと言葉を吐き出した。
『……それでも、そのドローンは危険だよ』
「分かってる。いざとなればこいつは俺が破壊する。安心しろよ。別に俺は機械に魂を売ったわけじゃない」
「……分かったよ。信じるね」
ユラはそう言うと、無線を切ってしまった。
「ワシのせいで要らぬ混乱を生み出したようだな」
ワッツは申し訳なさそうに、2本の脚をクロスさせ、モジモジしていた。
「ユラのドローン嫌いを失念していた俺のせいだよ。これは誰かが悪いという話じゃない。時間をかけて、解決する話だよ」
浜之助はユラが何故ドローン嫌いなのか、しらない。
この話は本人に聞くわけにはいかないので、アマリかクロノに訊いてみるしかないだろう。
今は、今できることをするべきだ。
「いくぞ、ワッツ。背負ってやるからついて来いよ」
「頼むぞ。ワシはこう見えても貧弱だからな」
ワッツは自分の何倍も跳躍し、浜之助の背負子に飛び移る。
そうして1人と1機は、シェルターの外へ進んでいった。
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