第14話「謎の老人」
浜之助の部屋には最初、簡易ベットしかなかった。
それも昔の話だ。
今は家具を買いそろえ、クローゼットや食器棚、台所用品などが充実している。
そして何よりも必需品な、テレビとゲームの筐体とソフトを手に入れていた。
「おかしいねえ。私の方がこのゲームのやりこみは上のはずなのにね。もう勝てなくなってしまったよ」
「これでもプロゲーマー志望だったからな。キャラの動きのクセ、フィールドの特徴、コンボの稼ぎ方、それらが分かれば早い話だよ」
浜之助とユラがテレビに向かってプレイしているゲームは、大乱闘スプラッシュヒーローズ・アボーブというものだ。
このゲームではキャラが大画面を所せましと動き、64人対戦まで可能となっている格闘ゲームだ。
またキャラクターは様々なアニメやゲームの登場キャラクターばかりで、単に操るだけでも面白い。
「ところではまのん、次の任務はどうするんだい?」
「ん?」
浜之助はノンプレイヤーキャラクターを無慈悲な連続攻撃で空に打ち上げながら、ユラの話を聞いた。
「銃を保管していたシェルター、<トリア>とは交易も順調。近くの警備ドローンはほとんど一掃されたし、銃を扱うための人材交流まで行われているからねえ。仕事もずいぶん楽になっただろう?」
「そうだな。交易の維持はもう、アマリ達自警団に任せて大丈夫だしな」
浜之助はゲームプレイの手を置いて、電源を消した。
「そろそろ探索範囲を広げようと思うんだ。それもかなり遠くにな」
「無茶をするのかい? シェルターの状況は改善しつつあるし、時間をかけて少しづつでもいいじゃないか?」
「そういうわけにはいかないんだ。実は――」
浜之助は顔を曇らせながら、自分の事情を話し始めた。
「クロノから聞かされたんだが、俺の身体を維持するための解凍液が、後3日でなくなるらしい」
「!? どうしてそんな重要なことを今まで言わなかったんだい!」
「俺だって今日知ったんだよ。どうやら保管していた解凍液のメモリを読み間違えていたらしくてな。まったく、気が付かなかったら知らず知らずのうちに死ぬところだったよ」
浜之助はハハッと軽く笑う。
「君は馬鹿かい!? ならこうしてゲームしている暇はないじゃないか。もっと慌てようよ!」
ユラはそんな呑気な浜之助に、激怒した。
「がなるなよ。俺だって事態を軽視しているわけじゃない。こうして最後になるかもしれないゲームをプレイして、英気を養っているんだ」
そう言いつつも、浜之助も不思議に思う。
何故、死の危険が足音を立てて迫りくるのに、こうして冷静でいられるのか、と。
もしかしたら、これまでの命を張った戦いや、ストーンドックの猛毒で死にかけたことが原因なのかもしれない。
「もしや俺は、人間的に成長してきているんじゃないのか?」
浜之助の独り言に、ユラは再度怒りを爆発させた。
「馬鹿なこと言ってるんじゃない! さっさと出動するんだよ。浜之助に死なれたら、私が困るんだからねえ」
「私、が?」
「いちいち揚げ足をとるんじゃないよ!」
浜之助はかんかんなユラに背中を押され、新たな任務へと旅立つのであった。
『今回のメインミッションとサブミッションを言うね。言うまでもないけど、メインミッションは解凍液の発見だよ。サブミッションは、新たな探索になるから、警備ドローンの破壊と監視カメラの設置だね。分かっていると思うけど、メインミッションを最優先して欲しいねえ!』
無線越しのユラは、まだ怒りっぽい調子で話している。
意外にユラは、感情を引きずるタイプなのかもしれない。
「了解。これからイデアを出て左向きに調査を開始する。探索済みのショッピングモールのシェルターを飛ばして、順にな」
浜之助の今の装備は、いつもの武器と、警備ドローン破壊用の爆薬、監視用カメラ、しばらく外出できる食料と水それにテントだ。
また、解凍液は残り3日分すべてを持ちだしている。
浜之助は荷物を担ぎ、歩いた。
時々監視カメラを設置したり、オニギリやミミズバチなど、既知の警備ドローンを先々(さきざき)で破壊し。
それにシェルターの中も探索した。
シェルターは様々な特徴のあるものばかりだった。
誰もいない、居住スペースだけが壁一面に広がるシェルター。
水族館のように、アクリルで囲まれた巨大な水槽に放たれたドローン型の魚の大群がいるシェルター。
娯楽スペースなのか、ドローンのような知性を感じさせないアニマトロニクスと呼ばれる人形たちが、観客もいないのに騒がしく劇をしているシェルター。
だがどこも、冷凍睡眠されている過去人種の姿も、解凍液の存在も見られなかった。
そうして浜之助が立ち寄った次のシェルターも、また少し違った様子だった。
「これは、戦闘の後か」
浜之助が近寄ったシェルターの扉には、僅かな隙間に殺到した警備ドローンの残骸が積みあがっていた。
浜之助は壊れた警備ドローンの死骸の山を登り、中に侵入すると、そこも警備ドローンの亡骸が散在していた。
「うおっ! 死体!」
更に進むと、警備ドローンだけではなく、何者かの白骨死体が転がっていた。
傍には弾倉のない銃が転がっており、背は低く、未来人種なのだろう。
また死体はひとつだけではなく、複数人転がっていた。
察するに、このシェルターの扉が警備ドローンに突破されてしまい。
未来人種たちは徹底抗戦したが、ついに攻め滅ぼされてしまったのだろう。
浜之助は逃げるように倒れた死体、身体を寄せ合っている死体、部屋に追い詰められた死体、それらを確認して、気が重くなるのを感じた。
こんなことは、ユラの住むイデアでは絶対に起こしたくない。
「誰も、いないのか」
浜之助がそう思いかけた時、ふいに上の階から引きずるような足音が降ってきた。
「おいおいおい」
浜之助は身を低くして、上の階への階段に向かう。
相手は未来人種の生き残りか、もしくは警備ドローンやヒトガタの類か分からない。
どちらにしても、警戒はしておくべきだ。
浜之助は周囲を見渡しながら上の階に進む。
しかし、その場には誰もおらず、その痕跡もない。
「空耳、か?」
浜之助は銃を抱えたまま、奥へ進む。
周りには缶詰、チラシ、ガレキ、ダンボールくらいしかなく、人の気配も他の気配もない。
そう思った時だった。
「手を挙げな。銃を置いてからな」
浜之助の後方から声がかかり、ドキリとする。
浜之助は地面にアサルトレールガンを下ろしてから、大人しく手を上にした。
「ゆっくりとこちらを向くんだ」
声はしわがれた、老人の声だ。
振り向いて確認すると、声の主は拳銃を構えた白髪の老人だった。
どうやら、ダンボールの中に隠れていたらしい。
「お前は何者だ。見たところ、未来人種にしては大きいじゃないか。まさか――」
老人は浜之助の正体に合点がいったように、カッろ目を見開く。
かと思えば、急にせき込み始めたのだ。
「ゴホッ、ゴホッ、ガハッ」
浜之助は老人が目線を逸らすのを確認した途端、動いた。
素早くスキルのブーストパックを起動させ、滑らかにドリフトしながら、老人の背後を取ったのだ。
浜之助は後ろから拳銃を掴み、老人の首をがっちりと絞めた。
「おっと、動くなよ。おっさん」
老人は抵抗しなかった。
それどころか、あっさりと拳銃から手を離し、浜之助に身体を預けるように力なく崩れ落ちようとしていたのだ。
「なっ、何だあ?」
浜之助が老人を確認すると、同時に自分の腕が血で濡れているのを発見した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます