第13話「誰?」

 浜之助が次に目を覚ました時、そこにはひとりの少女が自分を見下ろしていた。



 少女は小さく、小学生高学年くらいだろうか。


 少女は鮮血のような真紅の髪を、浜之助の顔に触れるほど垂れ下げ。


 銀でメッキされたような瞳は大きく見開かれて、浜之助を物珍しそうに見つめていた。



 ――誰だ?



 浜之助は口を開こうとするも、言葉が出ない。


 そういえば、体調も変だ。


 身体が冷たく、震えさえ感じる。


 まだ神経系の猛毒にさいなまれているのだろうか。



「冷凍病の初期症状が出ているの。解凍液を飲んだ方がいいの」



 少女は陶磁器で造られたような繊細な指で、浜之助の携帯している解凍液の容器を手にし、注ぎ口を浜之助の口に持っていく。



 少女は細い指で浜之助の上唇と下唇を押し開け、注ぐように解凍液を流し込んだ。



「ごっ! ぶへっ」



 浜之助は喉を付く液体に咳き込むが、何とか喉を鳴らして飲み込む。


 すると身体が徐々に暖かくなり、手足に熱が戻るのを感じた。



「ストーンドックの毒は解毒したの。安心するといいの」



 少女は浜之助の無事を確認すると、顔を離す。


 そうして浜之助が見渡せた景色は、そこが既に銃が貯蔵されているシェルターの前であると知れた。



「あ、ありがとう」



 浜之助は混乱しながらも、少女に向けて礼を言う。



「気にしなくていいの。ここに来れたのは、君が警備ドローンを破壊してくれたからなの。善行は自分を助けるって、マスターも言ってたの」



「マスター?」



 浜之助はまだ質問したいことが山ほどあるが、少女は気にせず崖の方へ向かっていく。



「ま、待ってくれ。せめて名前だけでも」



 少女は朱色の長髪を揺らして、こちらを横目に見た。



「フゥ。それが私の名前なの」



 よく見れば、フゥの身体は小柄ながらも浜之助のようなエクゾスレイヴを身に着けている。


 ここまで来れたということは、フゥが運んでくれたのだろう。



「ウラノスインダストリー製第3期高機動型戦闘用エクゾスレイヴ<バフォメット>か。いいの持ってるな」



「……詳しいのね。じゃあ、またなの」



 フゥはそう言うと、崖に向かって駆け出す。



 落ちるのか、と思われたその時。


 フゥは空へ翼を広げた。



 それがバフォメットの機能のひとつ、グライダーであることはフォールンギアに詳しい浜之助には一目で分かった。



 フゥはグライダーで風に乗り、やや下に傾斜しながらぐんぐんと視界から離れていった。



 『はまのん、大丈夫かい!?』



 浜之助は無線の声に気付く。


 ユラの声だ。



「すまない。寝てた」



『すまないじゃないよ! 私は心配していたんだからね。先に応えてくれたっていいじゃないか』



「聞いてたのか?」



『聞いていただけじゃないよ。私が、無線に応えてくれたフゥに助けを請わなければ、はまのんは毒で死んでいたんだよ! 反省して欲しいね』



「ああ、どうりで医薬品もあるわけだ。俺と医薬品も運べるなんて、バフォメットの性能はピカイチみたいだな」



『そういうことじゃないよ!』



 浜之助は無線越しのユラに、まあ落ち着けよ、と宥めた。



「ところでユラ、フゥは何者なんだ?」



 浜之助がユラにフゥのことを訊くと、押し黙った。


 どうやらユラも良く知らないようだ。



『分からないよ。ただ自分の事を<WHO>と言って素性を隠すからには、何かあるのかもねえ』



「ん? そういう意味なのか。てっきり名前かと思ったよ」



『無線にもあれっきり応えてくれないし、友好的なのか敵対的なのか分からないね。ただ、はまのんを無償で助けてくれた以上、信じるしかないよ』



「そうだな。俺も同意見だ」



 浜之助は立ち上がり、固まった身体をほぐすように腕や手足を伸ばす。



「さて、後は依頼を達成するだけだな」



 浜之助は医薬品を背負い、銃の取引のためにもシェルターへ向かった。





「ずいぶん時間がかかったものだな」



「予定外の相手にぶつかったからな。荷物を無事に運んだことを評価してくれよ。住人も喜んでるじゃないか」



 浜之助は今度こそ武装解除せずに、リーダー格の男と話している。


 ただし、まだ浜之助を警戒しているようで、銃を持った未来人種たちが浜之助を囲んでいる。



 それでも、銃口を向けられていないだけ、マシだろう。



 リーダーの後ろでは、住人たちが浜之助の持ってきた医療品に喜び、泣いたり叫んだりして感謝していた。


 ここでの反応はイデアでも、別のシェルターの住人でも変わらないらしい。



「……感謝する。警備ドローンとの戦闘で深手を負ったままの者も多かったのだ。私の息子も、これで峠を越えられる」



「……そいつは、良かったな。人助けになったなら、何よりだよ」



 リーダーは軽く会釈し、浜之助をねぎらってくれた。



「だが、ここではリーダーとしての立場で話させてもらう。浜之助には次の任務に出てもらいたい」



「何っ!?」



 浜之助は驚く。



 それもそうだ。


 頼まれた任務はこれひとつで、後はイデアへの帰還とばかり思っていたからだ。



「これが最後とは一度も言っていない。それに浜之助には交易の件だけではなく、不法侵入という罪もある。それを挽回するには、二度の助けを借りるくらいは正当だと思うがな」



「待て待て待て。めちゃくちゃだ! こちらの誠意は示したはずだろ。今度はそちらの誠意を見せてくれよ。不公平だ!」



「なら構わない。交易の件は無しだ。別に交易に対しては、こちらが望んだことではない」



 浜之助は歯ぎしりする。


 これがただの駆け引きであることは見え透いている。


 より利益を、よりシェルターのためにと、浜之助から獲れるだけのものを獲るつもりのようだ。



 シェルターのリーダーとしては、それが良きリーダーの振る舞いなのだろう。


 憎まれ役も、自分だけが被ればいいというワケだ。



 そんな意図を知ってか知らないのか、浜之助に援護射撃する者が現れた。



「ちょっと待ってください! リーダー、この人は私達に十分な施しをしてくれたじゃないか!」



 リーダーの後ろ、既に運び出された医薬品を囲っていた住人のひとりが意見したのだ。



「リーダーだって、息子が助かるから嬉しいはずだ。そんな相手を無碍にしないでやってくれ!」



 意見した住人はリーダーに詰め寄るが、彼の周りにいた銃持ちの未来人種に行く手を阻まれた。



「しかし、私にはリーダーとしての立場があってな……」



 リーダーは住民をいさめようとするも、他の住人達も加勢し始めた。



「なんだいなんだい。アンタのことなんて、鼻水垂れていたころか知ってるよ。昔から優しくて配給品を小さな子に分け与えていたようなアンタが、外の人間を困らせてどうするんだい!」



「勘弁してくれ、お隣さん。俺だって心苦しい。だが今の状況を鑑みるとな……」



 リーダーがお隣さん、と呼んだガタイの良いおばさんに声を掛けると、他の住人も声を上げた。



「リーダーが最近シェルターのことで悩んでるのはみんな知ってるんだよ!」



「もっと気楽にいけよ。らしくない言葉ばかり使いやがって! こちらが困ってるなら、向こうだって困ってるはずだ。助け合おうぜ!」



「銃なんて食えないものをため込んでもしょうがないでしょ。銃弾よりも薬、爆弾よりもレーションよ!」



 住人たちは、そうだそうだと口々に言う。



 これにはリーダーも困り顔だ。



「みんな、気遣ってくれるのは嬉しいんだけどなあ」



 リーダーは住人たちの言葉に情けない顔をしている。



 浜之助はそんなやり取りが可笑しくて、つい笑ってしまった。



「まあ、何だ。今すぐにとはいかないけど、借りはいつか返すでもいいだろ? ここも往復することになるだろうし、物資の提供や警備ドローンの破壊もするよ。それじゃあ、ダメか?」



 リーダーは浜之助の言葉に驚いたように、こちらを振り向いた。



「警備ドローンを破壊してくれるのか! それは助かるな。抵抗されたりはしないのか? 怪我するんじゃないのか!?」



 リーダーは先ほどとは違い、言葉が丸くなっている。


 こっちの方が性根らしい。



「爆薬さえあれば、簡単だよ。俺にしかできないけどな。その内、交易路になる場所の警備ドローンは全て排除するつもりだし。それくらいするよ」



「本当か!? なら爆薬の提供も……、いや、それは危険か。なら交易品としてなら……、しかしリスクの方は……」



 浜之助の提案に、リーダーは難しい顔をする。


 そんなリーダーに、住人達は呆れたようにため息をついた。



「リーダー!!!」



「わ、分かった。何とかしよう。するから。何とかするから。助け合うから!」



 浜之助はここのシェルターの意見がまとまりつつあることに、口の端が吊り上がるのを感じた。

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