第12話「猛毒の罠」
浜之助の放つ、電磁力で加速した銃弾がストーンドックの頭部に吸い込まれていく。
だがそれは途中までだ。
銃弾は石を叩いたような虚しい音を立て、ストーンドックの頭部を滑り、貫通しなかった。
「なっ!」
浜之助は思い出した。
フォールンギアのストーンドックは皮膚の装甲が固いだけではなく、骨も鍛え上げられた鋼のように硬い。
そのため、銃弾を撃ち込んでも今のように弾いてしまうのだ。
「そこまで原作に忠実なのかよ」
浜之助は未来を舐めていた。
いくら何でも、そこまでフォールンギアの設定を詳しくなぞっているとは思わなかったのだ。
ストーンドックは頭の銃痕から血を流しながらも、脳震盪を起こした様子もなく、身体を翻して逃げ出す。
浜之助はストーンドックの後姿を追いかけ、更に銃弾を放った。
しかしストーンドックの動きは機敏で、薬品棚の上を跳ねまわる身体に銃弾はかすりもしない。
しかもその銃弾は狙いが逸れ、天井の火災報知器を壊してしまったのだ。
「しまっ――」
火災報知機の破壊により、天井に設置されていたスプリンクラーが作動してしまう。
浜之助は傘もないため、そのまま身体全身に人工雨を受け、ずぶぬれになってしまった。
更に重大なことに、スプリンクラーの水に遮られて、照準のホロサイトを覗いても全く前が見えなくなってしまったのだ。
「くそっ!」
浜之助がトラブルに対応する暇もなく、ストーンドックが先に動く。
ストーンドックは浜之助の方に駆けだし、鋭い牙を見せたのだ。
「やばっ――!」
ストーンドックの牙は、設定通りなら神経系の猛毒だ。
噛まれれば10分足らずで死亡する、巷のハブなどと比べようもない凶器なのだ。
浜之助は受付から後退しつつ、ストーンドックの動きを止めようと考えを巡らせる。
けれども、そんな暇はない。
ストーンドックはそのまま、浜之助の胸元に潜り込み、牙で首を刈り取ろうとした。
――ガキンッ!
浜之助は咄嗟に、アサルトレールガンを盾にした。
そのおかげでストーンドックとはアサルトレールガン越しに組み合い、牙は身体に届かなかった。
「おらあああ!」
浜之助はアサルトレールガンを押し付け、ストーンドックを跳ねのける。
その勢いでアサルトレールガンが地面を転がるも、浜之助は素早く右手で電熱ナイフを抜き、左手にはツールガンを持った。
「近接戦闘は、避けるのがベターなんだけどな」
浜之助は体勢を低くし、電熱ナイフを床と水平にして前へ突き出す。
これもゲームでの見様見真似だ、ナイフの実戦など、浜之助の人生で一度たりとも経験はない。
それに対して、ストーンドックは日常茶飯事なのだろう。
頭を低く下げて、落ち着いた、緩慢な動きで浜之助との距離を測っている。
気づけばスプリンクラーの雨は止み。
1人と1匹の間に、糸を張ったような緊張感が流れた。
天井ではスプリンクラーから滴る雨が、蛇口の水滴のようにゆっくりと落ち。
電熱ナイフを伝う残り水は、刃の熱によってすぐに蒸発して乾いていった。
ストーンドックの荒い息遣い、浜之助の細い唇の間から漏れる吐息、床を叩く滴の音だけが空間を支配していた。
浜之助は時折電熱ナイフとツールガンを揺らし、ストーンドックを威嚇する。
ストーンドックの方も負けじと浜之助ににじり寄り、唸り声を上げていた。
限界まで引かれた弓の弦のような、張りつめられた空気の中。
その開始のゴングは、意外な形で鳴らされた。
――ガラガラッ
受付の奥の、不安定なバランスを保っていた薬品棚の薬が地面に投げ出され、音を生じた。
浜之助は不意な音に気を取られるも、百戦錬磨のストーンドックは違う。
浜之助のその隙を突き、先に跳びついてきたのだ。
「くっ!」
浜之助は自分の失態に小さく唸りながらも、右手に握った電熱ナイフを構えなおす。
そして左手のツールガンを壁にして、ストーンドックの襲来に備えたのだ。
浜之助の作戦では、ツールガンでストーンドックの牙を防ぎ、弱点である装甲の薄い下腹部を狙うつもりでいた。
その目論見は成功すると思われたが、危険を察知したストーンドックはその策を見抜いていた。
「なっ!」
浜之助のツールガンを、ストーンドックは前足で蹴り飛ばしたのだ。
これでは、守っていた身体の正面が無防備になってしまう。
浜之助はそれに恐怖を感じ、前方を右手でカバーする。
けれども、それはストーンドックの思うつぼだった。
浜之助は避ける暇もなく。
庇うように出された右腕に、ストーンドックの牙が食らいついた。
浜之助の右腕はエクゾスレイヴのフレームで一部覆われている。
それでもストーンドックの噛む力でフレームは折れ曲がり、腕の骨は万力のような圧迫で軋んだのだ。
「――っ!」
何よりも、牙が食い込んだ痛みに、浜之助は膝を崩した。
叫びこそはしないが、うめき声が漏れるほどの激痛に顔をゆがませる。
浜之助は、何とかそれを堪えようと、歯ぎしりがするほどに噛みこんだ。
――噛まれた、噛まれてしまった。
浜之助は痛みが走る中、猛毒の恐怖に振るえた。
このままでは10分足らずで自分は死んでしまう。
浜之助は死の恐れに身体が縮こまり、動けなくなった。
その時だった。
『はまのん!』
無事な左腕から、泣きそうな声が響く。
それは普段の落ち着いた様子のユラではなく、ただの少女の悲痛な叫びだった。
――ああ、ユラにも年相応なところがあるんだな。
浜之助は危機的な状況の中で微笑した。
――俺が泣かしたんだ、俺が泣き止ませてやらないとな。
帰りたい。
帰ってユラを慰めたい。
帰って住人達に感謝の言葉を受けたい。
憎まれ口のアマリと、犬も食わないような緩い口喧嘩をしたい。
クロノの頼りない長老ぶりを、また見てみたい。
――だったら、生き残らないとな。
浜之助は何気ない日常に鼓舞され、熱い痛覚が残る右手に力を入れた。
いや、違う。
右手の力を、手放したのだ。
それにより零れ落ちた電熱ナイフを、浜之助の左手が受け取る。
浜之助はそのまま間断ない動きで、ストーンドックの下腹部を貫いた。
「くたばれえええ!」
浜之助は何度も、何度も電熱ナイフをストーンドックの下腹部に刺す。
対してストーンドックは、まだ右腕を離さない。
浜之助は躍起になり、庇うことなく右腕を思いっきり降りぬく。
すると、ストーンドックの身体がずるりと崩れ落ちた。
そうして離れたストーンドックの身体は、支えなく地面に倒れ伏したのだ。
「やった、か」
それっきり動かないストーンドック。
浜之助は傷つきながらも、勝利したのだ。
「ははっ。やったぞ。勝っちまった」
浜之助は寝言のように、熱にうなされながら勝ち誇る。
毒のせいなのだろう。
浜之助の視界も思考も、霞が掛かり、上手く働かない。
「帰るんだ。俺を認めてくれる、俺の帰るべき場所に……」
浜之助は薬品棚に近づこうとするも、足取りが重く、到達できなかった。
浜之助の意識は、暗い闇に飲み込まれ、血の池になった床に身体を横たえた。
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