第7話「思考加速」



 天井の運搬ドローンによって遮られる照明は、浜之助をシルエットのようにちかちかと照らしていた。



 浜之助は外骨格であるエクゾスレイヴのアクチュエーターを回転させ、戸棚の隙間を走る。


 時折、荷物の隙間から見える光景を確認し、敵であるドラゴニピオンに似た警備ドローンを追っていた。



 だが、視界は良好とはいかない。


 アンブッシュの可能性は当然、浜之助にも襲い掛かってきた。



「うおっ!」



 ひとつの戸棚を越えようとした時、来るべきものが来た。


 角待ちで伏せていたドラゴニピオンが浜之助の目の前で起立したのだ。



 ドラゴニピオンは至近距離で銃剣のように取り付けられた尾のブレードを突きさした。



 浜之助は咄嗟の反応で、回避運動に移る。



「っぶない!」



 エクゾスレイヴは身軽だ。


 浜之助の急な前転回避にも上手く反応し、脇腹の隙間をブレードが通り過ぎて行った。



 浜之助はそのまま転がりながら体勢を戻し、アサルトレールガンを構えなおす。


 そして照準を絞り込んで引き金を弾くと、超スピードで生成された銃弾がドラゴニピオンを目指して撃ち放たれた。



 しかし、ドラゴニピオンは速い。


 連射された銃弾はドラゴニピオンにかすりもせず、軌跡を追って戸棚を穿つだけだった。



「向こうの方が明らかに速い! このままヒットアンドウェイされたら追いつかないぞ!」



『こちらにもブーストパックのスキルがあればいいのだけどねえ。無いものねだりは無理だね。どうする?』



「ゲームと同じ機体なら、弱点も同じはずだ。まずは機動力を殺すしかない。方法は――」



 浜之助はドラゴニピオンの素早さを殺す方法を考える。


 脳内でいくつかのプランが練られるものの、今の装備ではどうしても準備が不十分だ。


 相手を殺し切るには、もっと手札を用意する必要がある。



 浜之助がそんなことを考えていると、荷物からとある道具が零れ落ちた。



「こいつは! ツールガンか」



『ツールガン?』



「ツールガンは様々な特殊機構を組み込める銃だよ。これなら、捕獲用ネットが使える」



 ツールガンは、捕獲用ネットやグラップリングフック、粘着弾、採掘用弾頭などが使える便利な銃器だ。



 浜之助の拾ったツールガンには、その中でネットガンのみ機能として残っており、利用できる状態だった。



「こいつでドラゴニピオンの機動力を封じる。けど、その前に命中させるための準備をしないとな」



 浜之助は、遠くに退避していくドラゴニピオンを目で追い。


 アサルトレールガンの銃口を回して、着発式電磁グレネードに切り替えた。



 そして、ドラゴニピオンをおおまかに狙い、グレネードを発射した。



 初めてのグレネード使用にも関わらず、銃口から飛び出したグレネードは射撃制御スキルによって綺麗な弧を描いて戸棚の間を飛行する。



 そうして飛んだグレネードは、ドラゴニピオン近くの戸棚に衝突し、爆発音と黄色い光の後、黒い煙と衝撃波を放った。



『狙いのドラゴニピオンが速すぎて命中しないねえ』



「いや、狙いは初めから戸棚の方だよ」



 弾着を受けた戸棚は、爆発の衝撃により傾く。


 それから姿勢を戻すことができず、戸棚は横へ倒れた。



 戸棚の倒壊はドミノ倒し式に連鎖する。


 次々と倒れた戸棚は、壁としてドラゴニピオンの移動手段を絶ち切った。



「次っ!」



 浜之助は調子よく、ドラゴニピオンの移動した後を狙ってグレネードを射出する。



 ドラゴニピオンはその弾頭にぶつからぬよう、次々と戸棚を過ぎ、回避に専念した。


 そうなれば、自然とドラゴニピオンは追い詰められていく。



 最後には壁と戸棚の間の通路まで、ドラゴニピオンは追い詰められてしまった。



 残るは、壁との隙間の直線状のルートしかない。



『へー。意外に頭を使えるじゃないか』



 ユラの誉め言葉に疑問符を浮かべながら、浜之助は弾着地点の隙間から、ドラゴニピオンのいる最後の通路に侵入する。



 そうすると、直線状の奥に、ドラゴニピオンが待ち構えていた。



 浜之助はアサルトレールガンからツールガンに持ち替える。


 その間に、ドラゴニピオンは決死の突撃を敢行してきた。



「こいつで!」



 浜之助はツールガンを構え、突進してくるドラゴニピオンに照準を定める。


 照準である十字架の中央にドラゴニピオンを捉えた瞬間、間髪入れずにネット弾が投じられた。



 ネット弾は真っすぐ、ドラゴニピオンの尾を目掛けて飛びだした。



「どうだ」



 ネット弾はドラゴニピオンの接近を感知して、回転しながら傘のように開き。


 開いた傘は、すぐにドラゴニピオンの動きを拘束する。



 そのはずだった。



「なっ!」



 ドラゴニピオンはネット弾を察知したのか、瞬時に尾を下げて地面に対して平べったくなる。


 すると、標的を失ったネット弾はドラゴニピオンの機体の上を虚しく通過し、効果を発揮しなかった。



 浜之助は慌ててツールガンを床に捨て、アサルトレールガンで対処しようとするも、間に合わない。



 浜之助の眼前で鎌首を上げた尾のブレードが直立し、浜之助の身体を貫かんと迫ってきた。



「しまっ――」



 浜之助は恐怖から、咄嗟に瞼を固く閉じてしまった。



 ――これは、終わったな。



 浜之助が心で覚悟したまま、暗闇で最後の激痛に備えて、その時を待っていた。



 だが、その痛みも走馬灯も、やってこいない。



 ――どうした?



 浜之助は恐る恐る瞼を上にこじ開ける。



 そこには、信じられない光景が広がっていた。



 ――なんだこれは?



 浜之助の目の前でドラゴニピオンがビデオのスローモーションのようにゆっくりと動いている。



 ドラゴニピオンの動きの緩慢さは、そのフレーム装甲に付いた傷の窪みまで判別できる。


 他にもサスペンションの僅かな軋みや自分に向かってくる凶悪なブレードの刃先まで眺めることができた。



 ――思考が、加速しているのか。



 浜之助はそんな中二病めいたセリフを脳内に巡らしながら、自分を納得させる。



 理由は不明だが、このチャンスを生かさない手はない。



 浜之助は自分の両足に力を込める。


 そうすれば、少しづつとはいえ、身体が動いた。



 浜之助は考える間もなく、跳躍した。



 まずは左手の戸棚だ。


 倒れた戸棚の枠に足裏を当てて、更に跳ぶ。



 反復横跳びの調子で、今度は右の壁を蹴り上げ、より上へ上へと自分の身体を持ち上げていった。



 最後には倒れた戸棚の高さまで身体を浮かせ、ドラゴニピオンの頭上を通り抜けた。



 ――チャンス!



 浜之助は月面着陸のようにゆっくりと床を踏み、今度はドラゴニピオンに向けて足の筋肉を引き締める。



 ドラゴニピオンは浜之助の動きをやっと感知したのか。


 観覧車のようにゆっくりと旋回している。



 けれども、それは遅すぎる反応だ。


 今は浜之助の方が速い。



 浜之助はアサルトレールガンを小さく構えると、狙いを定める。



 銃撃する場所はただひとつ。


 ドラゴニピオン胴体中央部、身体を制御するAIチップの装甲だ。



 浜之助は遅滞する視界の中で、発射されたライフル弾に刻まれた螺旋状の線条痕さえも見ることができた。


 更に、ドラゴニピオンの薄い装甲を食い破る決定的瞬間も、目に焼き付けることができた。



 ドラゴニピオンは最後の断末魔のように、一層激しく機体を弛緩させたかと思うと、床に倒れ伏して動かなくなった。



「ふうっ」



 浜之助はドラゴニピオンを倒した瞬間に思考の加速がなくなったのを感じつつ、一息を入れようとした。



「――ぐっ」



 激痛。


 激痛だ。


 頭の中を釘で引っ掻き回すような痛覚が走る。



 浜之助は我慢できず、膝を付き、頭を抱える。


 それでも痛みは治まらず、調律の狂った交響曲のように痛みが奏でられ続けた。



 浜之助はついに、床に倒れ伏し、両手で側頭部を万力のように抑える。


 これで、少しでも痛みが圧迫感に置き換われば御の字だ。



 浜之助が床の上でもがいていた時間は、数十分とも数時間とも判別できなかった。


 ただその甲斐があったのか、痛みはついに治まり、浜之助は起き上がった。



「――いててて。メリットにはリスクが付きものとはいえ。これを何度も受けたら廃人直行だな」



 浜之助は腰から解凍液入りの水筒を取り出し、それに口を付けた。



 解凍液の味はスポーツドリンクのようにひどく甘ったるい。


 そんな味の液体を、喉を鳴らして胃に押し流すと、飲んだ後のざらつきが舌で感じられた。



『はまのん、大丈夫かい?』



「ああ、平気だ。痛みは治まった」



 通信越しに浜之助の呻きを聞いていたのか。


 ユラはとても心配そうに浜之助の容態を訊いてきた。



『良かったよ。はまのんがそこで倒れてしまっては、誰も助けに行けないからね。次は戦闘を極力避けて動いてくれよ。身体の安全が第一。無理をせず、少しずつ探索すればいいんだからね』



「心配ありがとよ。でも配電盤の事情は急を要するんだろう。少しの無理はお駄賃みたいなものだよ。やる価値はあったよ」



 浜之助の言葉に、ユラは押し黙る。けれども、これだけは言いたかったようだ。



『……だけど、はまのんがいなくなると私は困るよ。私には会話を楽しめる相手は少ないんだ。この通り、変わり者だからねえ』



 ユラは心細そうに消え入る声で訴えた。



『はまのん、私と友達になってくれないかい?』



 ユラの言葉に、浜之助は考えるまでもなく応えた。



「俺は最初からユラのことを信頼できる相手と思って接していたが、違うのか? 理屈はないけど、命の要となる情報を託した以上、俺とユラは友人以上だ。言うまでもないだろ?」



『友人以上――』



 ユラは困惑したのか、動揺が無線越しにも感じられた。



『……君の期待に応えられるよう。善処するよ』



 ユラはか細い声で通信を終了させた。



「何だ? 変なことを訊く奴だな」



 浜之助はユラの言葉をちっとも気にせず、残りの任務を終えるべく動き出した。



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