第8話「凱旋」
浜之助が最も好きなゲーム、それはフォールンギアと呼ばれるゲームだった。
開発元不明ながらも大手サガゲームズが配給するシングルゲームであり。
浜之助は、オープンワールドの広大なワールドや、様々な設定が盛り込まれたその世界観に、魅了された。
世界観の背景はミュータントによるバイオハザードとAIの暴走が主な要素であり、滅亡しつつある未来を探索するゲームだ。
主人公はシェルターと呼ばれる外と隔絶された施設で共同生活をしていたが、とある男の計画でシェルターの中は壊滅してしまう。
主人公は壊滅したシェルターを抜け出し、とある男の行方と動機を知るべく、旅に出るという設定だ。
滅びた街、失われた施設、奇妙な秩序により共同生活を送るシェルターを渡り歩き。
僅かな資源と食料を求めて様々な場所へ訪れ、時にはミュータントや警備ドローンと戦闘する。
その主人公の装備は、浜之助が今身に着けているようなアサルトレールガンという銃やエクゾスレイヴと呼ばれる外骨格スーツであり。
他にも、ツールガン、電熱ナイフ、スタンロッド、プラズマガン、マルチソードなど装備は多岐にわたる。
ゲームの物語はメインクエストや、受注したサブクエストを通して進行したり。
主人公の特定行動によって事前条件を達成することで進む。
時には複数の選択肢でストーリー展開も変わっていくのだ。
物語によっては、世界が滅ぶ原因となった六人議会やそれに従属する大企業と対立したり、協力をすることとなる。
選択によっては、世界滅亡エンドや救済エンド、惑星移住エンドなど、マルチエンディング仕様となっている。
またフォールンギアのゲームバランスはシビアで、戦い方によっては高レベルでも敵にやられたり、逆に低レベルでも戦闘方法によっては難関を突破することもできる。
そのため、どんな場面でも気を抜くことは許されないのだ。
そしてフォールンギアの根幹にあるコンセプトは、<変化>である。
主人公の環境の変化、世界の変化、NPCたちの変化。
それぞれは主人公の選択で変わり、それらの変化を求めるか秩序を求めるかの決定がなされる。
変化の多くはNPCたちの不幸を招き、ゲームプレイヤーである主人公には新鮮である。
その一方、秩序の多くはNPCたちの幸福を招き、平凡でつまらないストーリーテラーとなっている。
己の欲求のために変化を求めるか、NPCたちのために秩序を求めるか。常に状況は変容し、飽きはしない。
だからゲームの評価は人によって大きく別れ、メジャーなゲームとはとても言えなかった。
『そのゲームが、この世界に似ているわけだね』
「そうだ。まるでゲームに似せて未来が造られたように思えるくらい、似ているんだ。まさかVRゲームに迷い込んだなんてことはないよな?」
『その問いは無意味だよ。ゲームの住人は外からの介入なしに、自分がゲームの住人かどうか判断できない。ゲームのパラドックスみたいなものさ』
浜之助は配電盤の修理を終え、無傷の荷物を背負子に背負い、ユラたちがいるシェルターの<イデア>に帰還している最中だった。
無線越しでユラに自分の疑問をぶつけて回答を得ようとするも、それはユラにも判別できない事由だった。
『ただひとつ正しいことは、ゲームであるにしても現実であるにしても、今を凌いで情報を得るしかないんじゃないかな』
「それもそうだな。何かヒントになりそうなものがあったら頼むよ。ユラ」
『任せておきなさいな。はまのんの心配事はこの私がまるっと解決して見せるよ』
ユラの頼もしい返答を聞いたところで、浜之助はイデアのゲート手前に到着した。
「ゲートを開けてくれ」
『ええ。開けるよ』
ユラの言葉と共に、ゲートの重い扉が地鳴りのように響きながら開く。
ただし扉は完全に開ききらず、人が通れる程度の隙間で止まった。
浜之助が扉の隙間に、自分と荷物を滑り込ませると、待ち構えている人々が見えた。
「これは、大歓迎だな」
浜之助の目の前には自警団の面々だけではなく、未来人種の住人たちが集まっていた。
皆が浜之助の帰還を口々に祝福し、浜之助の背負っている荷物を見て更に沸きあがっていた。
「ご苦労様です。荷物の方、預かります」
何故だか不機嫌そうな顔をした自警団団長のアマリが、浜之助にそう礼を言った。
浜之助はアマリの後方に待機していた団員に荷物を渡す。
荷物の重さは約50キロほどなので、団員3人がかりが束になって担ぐことになった。
「おい、配電盤の修理は終わったんだよな! このシェルターの危機は去ったんだよな!」
「おい、荷物に食料があるぞ。これはミカンの缶詰か? 倉庫にない保存食品ばかりだ!」
「そこの薬を渡してくれないか! 薬の備蓄はたくさんあれば助かる」
ユラと相談して配電盤のあるシェルターを探索したため、物資はどれもこのイデアに足りない物ばかりだ。
だからシェルターの住人たちは浜之助の持ち出した荷物を取り合い、口々に歓喜の声を上げていた。
「待て待て! 物資は自警団が公正に分配する! 逆らえば罪に問うぞ」
自警団団員の一喝で人々はやや大人しくなる。それでも慌ただしく列が作られ、配布待ちの住人は鼻息荒く並んでいる。
また、そのほかの住人は、浜之助の元に殺到していた。
「ありがとうございます! おかげでこれからは安定した電力が使えて、子供が寒さで震えることも、暑さで倒れることもなくなるはずです」
傍にいたとても小さな女性は、目に感動の涙を溜めて浜之助を見つめてくる。
感情の高まりはものすごいらしく、その身体は小刻みに震えている。
まるで生まれたての小鹿のようだ。
「伝説なんてあてにならないな。これならもっと昔から過去人種様を起こせばよかった。無駄飯ぐらいの自警団とは大違いだぜ!」
隣に居た小柄なおっさんはそう言い、むっとした顔の自警団団員に睨まれていた。
浜之助は照れながら、彼らの歓声に応えた。
「喜んでくれたなら何よりだよ。こちらもこちらで収穫はあったしな」
浜之助はツールガンの他、電熱ナイフを見つけて装備品に加えていた。
これなら近接戦闘でも戦えるし、工作や探索にも役に立つ。
他にもドラゴニピオンの部品とブーストパックのスキルスロットを入手したので、次からはエクゾスレイヴの新しいスキルが使用可能になるだろう。
浜之助は喜びに沸く集団から抜け出すと、エクゾスレイヴや装備をメンテナンスの住人に渡した。
「おつかれだね。はまのん」
いつのまにか近づいてきたユラが、浜之助にねぎらいの言葉をかけた。
「流石に慣れない探索や戦闘で疲れたよ。明日は筋肉痛だな。それに、頭痛もまだひどいよ」
「その頭痛になった感覚の事だけど、説明できそうなデータがあるわよ」
「ん? 何か発見があったのか?」
ユラはリストバンド型の端末から、簡易的な人体図と数値を取り出した。
「この数値を見て。これは脳の働きが活発になった証よ。それも脳の潜在意識の領域。これはきっと、コールドスリープのシステムのせいだねえ」
ユラは端末を操作し、更に多くの数値を提示した。
「脳波だけではなく、バイタリティの変化もあるね。これはいわゆる、火事場の馬鹿力という奴だよ。潜在意識が刺激されることによって、脳のリミッターも外れたわけだね」
「脳のリミッター? それは外れて大丈夫なものかよ?」
「普段はやめといたほうがいいよ。あまりリミッターを外すと、身体が壊れてしまうからねえ。たまになら、筋肉痛と頭痛だけで済むだろうけどね」
浜之助はぞっとする。
自分の意に反してそんな危険なリミッターを外してしまったのだ。
今度同じ発作に囚われた時、身体が無事な保証はない。
「アーカイブによれば、堂本博士と言われる人物の集団催眠療法が原因みたいだね。これにより、通信制御下の浜之助を含むコールドスリープした人々の脳波が共鳴して、集団的な潜在意識の覚醒が起こったようだねえ」
「? よく分からないけど、すごいな」
浜之助は説明を聞いた後、この能力を<スローモ>と呼ぶことにした。
周りが遅く、スローモーションになる、と言う意味だ。
これならわかりやすいだろう。
「一応脳の検査もしておくかい? 不安なままじゃ心の衛生的にも悪いだろう?」
「頼むよ。できることなら脳に埋め込まれたチップもどうにかしてくれ」
「それは無理だねえ。アーカイブには具体的な理論や解除方法は書かれていないのさ」
浜之助は医師とユラの元で脳や身体の検査を受けた。
未来らしく、検査の器具もメカメカしいものであり、煌びやかな光が浜之助に投射された。
検査はものの10分ほどで終わり、浜之助はすぐに解放された。
「そうだ。浜之助には今回の報酬で個人の部屋が支給されたよ」
「えっ? 今まで俺は住む部屋もなかったのか?」
浜之助は自分の不遇な状況に驚愕しつつも、ユラの言葉を聞いた。
「部屋までは私が案内しよう。どうせしばらくゲートから出る住人はいないしね。私も暇なのだよ」
ユラは先導し、浜之助を住宅街に招く。そこには前に案内された3Dプリンターの建材でできた住宅群が広がっていた。
浜之助とユラは、とある個性のないマンションに誘導され、その階段をのぼる。
「一番上の階だよ」
階段を上がると、カツカツと靴底が金属の板を叩き、靴音は階下にある大通りのざわめきの中に消えていった。
そうして到着した階の、一番端。
そこが浜之助の部屋となっていた。
「実は私の部屋の隣なんだよ。困ったら、いつでもこのユラさんを頼るがいいさ」
「検討しておくよ。それよりも部屋の中を見ていいか」
「どうぞどうぞ~」
浜之助はユラから部屋の鍵を受け取り、扉を開ける。
中に入った部屋の内観は、浜之助にひとつの印象を与えた。
「……かなり簡素だな」
「家具はベットしかないからねえ。仕方ないよ」
ユラの言う通り、部屋には病院で使われるような簡易ベットしかない。
他のものは極力排除されており、どことなく久しぶりの自室を訪れたような空虚感を感じた。
「浜之助には部屋以外にもシェルター内通貨が支給されているよ。端末で確認してごらんなさいな」
ユラに促されて端末を操作すると、確かに浜之助の口座らしき場所に数値が記載されている。
だが、この数値がどのくらいのものなのか。浜之助には分からなかった。
「これは通貨的にどのくらいなんだ?」
「そうだねえ。ワーカーの月給で計算すれば、3ヶ月くらいだよ」
浜之助はワーカー、と言われてサラリーマンくらいの男性のお給金を想像した。
それならきっと、浜之助の所有する財産はそこそこだろう。
「このお金が買い物とかに使えるのは分かるが、他にも使えるのか?」
「そうだねえ。食料とかは配給でも配られるけど、嗜好品の食料関係は自分で購入するしかない。3Dプリンター製品は安いけど、オリジナルの製品は高いねえ。ゲームとかテレビとかも売ってるよ」
「まじか! そいつは一番に優先しないとな」
「……必需品や家具の方を優先しようよ」
浜之助が、ゲーマーは何よりもゲームが最優先だろ。と熱弁していると、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。
「来客か? それにしてはずいぶん早いな」
「たぶん、あまのんだねえ。話したいことがあるって言ってたよ」
浜之助は玄関に向かい、どうぞ入って、と声を掛ける。
すると、浜之助の部屋に入ってきたのはユラの言う通り、アマリだった。
アマリは相変わらず戦闘服を身に着けたまま、浜之助と同じ目線で真っすぐこちらを見ていた。
「ええっと、あまのんさん、だったかな?」
「アマリです。ユラのような呼び方はやめてください。セクハラです」
「あっ。すまない」
浜之助が軽く会釈し、アマリは自分の要件を述べた。
「少し話をしたいのです。お時間よろしいですか」
お話、と言っても、アマリの顔はとても談笑をしたがっている様子ではない。
浜之助は新たな修羅場を感じ、軽く戦慄した。
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