第6話「チュートリアルのない戦闘」

 鉄の戸棚の間を這い進み、浜之助の前に現れたドローンはサソリのような形をしていた。



 ただ、足は四本。顔はトカゲのような菱形をしており、サソリとのあいのこのような姿をしたドローンだった。



 ドローンの尾は小口径の機銃が取り付けられ、獲物を探すようにとぐろを巻いていた。



「コココ、攻撃ヲタダチニ、止メ止メ止メ――」



 浜之助はフォールンギアの知識から、それが<ドラゴニピオン>と言う名の警備ドローンとそっくりなことに気付く。


 オニギリに続き、またしてもフォールンギアの登場キャラと瓜二つのそれに、浜之助は確信した。



「この未来は、フォールンギアを模しているのか……?」



 何故、ゲームの世界と酷似しているのか。


 どうやって、似せているのか。


 その理由については見当もつかない。



 それでも、浜之助の目の前では事実として、警備ドローンは稼働している。



 それも、こちらに害意を向けて。



「しまっ――」



 ドラゴニピオンの尾の銃口が、浜之助にピタリと合わさった。



 浜之助は急いで、近くの戸棚に身を隠す。


 それに遅れて、金属が噛み合うような高音がドラコニピオンから発せられた。



 聞きなれぬ音の正体はすぐに判明する。


 音と同時に、銀の軌跡が戸棚の荷物を薄紙のように食い破り、浜之助のすぐ隣をかすめたのだ。



 それが銃弾の一発目だと脳内で理解した浜之助は、伏せる。


 次弾が飛んでくる様子はないが、浜之助は匍匐で前進し、その場を離れた。



『はまのん、大丈夫かい?』



「大丈夫も糞もあるか! いきなり撃ってきやがった。壊れているのか、アレは!」



『故障で制御系のチップを損傷したのかもねえ。はまのん、応戦するんだ』



「簡単に言ってくれる。俺は銃を撃つのは初めてなんだよ!」



『大丈夫だよ。はまのんの着ているエクゾスレイヴのスキルスロットを見たかい? それははまのんの動きをサポートしてくれる特殊機能だよ。今は、<射撃制御プロトコル>の常時発動スキルが作動している。それがあれば、素人のはまのんでも銃を上手く扱えるはずだよ」



「はっ。どこからどこまでもフォールンギアと同じ設定だな」



 浜之助は右腕に装着されているスキルスロットを確認する。


 そこには確かに、射撃制御プロトコルの表示があり、残された空白になった3つのスキルスロットもある。



 これがフォールンギアと同じなら、エクゾスレイヴ着用者のステータスを向上させるスキルが使える。


 そして使えるスキルは常に作用する常時作動スキルと、着用者の意思で使える任意作動スキルの2種類あるはずだ。



「これはゲームと一緒だ。ゲームと一緒だ」



 浜之助は小声で呟き、自分に暗示をかける。



「フォールンギアは俺の得意なゲームの1つだ。負ける要素はない。やりこみは誰にも負けない!」



 浜之助は自分に言い聞かせながら、敵を倒すための手段を唱える。



「戦闘における鉄則は、敵の捜索、敵の発見、敵を狙い、そして敵を攻撃だ。探し、発見し、狙い、攻撃。シューティングゲームの基本をトレースしろ!」



 ゲーム。


 これはゲームだ。


 ゲームなら、浜之助に一日の長がある。


 培われた鍛錬があり、裏打ちされた経験がある。



 その事実が、動揺していた浜之助を勇気づけた。



 浜之助は自分の脈動が整い、ゲームを分析する冷静さを取り戻したのを感じた。


 これなら、いつも通りに動けるはずだ。



「まずは、敵のサーチだ」



 浜之助は膝を地面につけ、低い姿勢で立ち上がる。



 それから戸棚の荷物の隙間に視線を合わして、周囲を観察した。



「敵の、発見」



 浜之助の目が、2段先の戸棚にいるドラゴニピオンを見つける。



 今はまだ、ドラゴニピオンも尾の機銃を振り回しながら浜之助を探している最中で、初撃のチャンスだ。



「敵を狙い」



 浜之助は抱えていたアサルトレールガンを荷物の隙間に差し込み、そのままドラゴニピオンの尾を照準に捉える。



 後は、敵を攻撃するだけだ。



 浜之助は汗でにじむ人差し指で、引き金を絞り込んだ。



 ―チュインッ。 



 浜之助の目の前で白金の発光と共に、金属の焼ける臭いが僅かに鼻腔をくすぐった。



 それと時を同じくして、ドラゴニピオンの尾の中間で、火花が散る。



 命中した。


 そう確信した浜之助の心臓は高鳴り、更なる高揚を求め、引き金はより握りしめられた。



「うおおおおっ!」



 喚声と銃声を合図にして、次々と生成された銃弾が薬室に送り込まれる。



 輸送された銃弾は、電磁誘導によって加速し、亜音速の速さで銃口から飛び出した。



 だが、それは些か軽率だ。


 射撃制御プロトコルがあっても、スキルスロットには自動照準がない。


 狙いに力みが入って動けば、同様に弾も狙いが逸れる。



 そのうえ、相手も立ち止まったままではない。


 最初の一撃の後、ドラゴニピオンは発見されたゴキブリのような身の軽さで戸棚の陰に再び隠れたのだ。



 そうなれば、当たるものも当たらない。



『はまのん! それじゃあ、ただのめくら撃ちだよ!』



 弾を撃ち切り、空になった弾倉を慌てて替える中。


 ユラの忠告が浜之助の耳に届く。



「わ、悪い。少し焦りすぎた」



 浜之助は銃撃による心の発揚を落ち着かせ、平静を取り戻そうと努力した。



「落ち着け、落ち着け。フォールンギアと同じだ。慌てればやられる。動きも鈍る。冷静にタスクを処理するんだ」



 浜之助は深呼吸し、再び照準に目を戻して、ドラゴニピオンの姿を追った。



 ドラゴニピオンの動きは、速い。


 元々の移動速度もそうだが、時折何やら噴出しながら急激な加速もしている。



 これは銃初心者の浜之助では追い切れるものではない。


 他の作戦を考えなくてはならない。



「ユラ、銃の詳細と装備の確認を頼むよ」



『了解よ。まず、アサルトレールガンのMBP21はスリーピースマズルショット式、3Dプリンター弾倉のレールガンだねえ』



「スリーピースマズルショット?」



『銃口をよく見るんだ。セットされている1つ以外にも、筒のようなものが2つあるだろう。それは回転式になっていて、弾薬が可変式なんだねえ』



「なるほど。銃弾を変更できる銃なんだな」



『その通りだねえ。銃弾は最初のライフル弾、散弾、着発式電磁グレネード弾の3つだよ。うまく切り替えておくれ』



 浜之助は手動で銃口を回転させる。


 すると、ユラの言うように銃口は動かすことができる。


 これは便利だ。



 ただ今は隙が生じるため、試射できない。


 これも訓練無しに活用するしかないようだ。



『サブ武器はタクティカルレールハンドガンのTH01だねえ。こちらはただの拳銃だからシンプルで取り回しがいいはずだよ。残りの攻撃に使えそうな装備は、時限式の電磁グレネード弾3つだねえ』



「銃の弾倉は装填分と合わして4つか。アサルトレールガンの方は残り3つ。大事にしないとな」



 次に注目したのはドラゴニピオンの性能だ。


 浜之助は思い出せる限りのフォールンギアの知識を引き出す。



 ドラゴニピオンは主に洞窟や暗がりにいることが多く、中型の警備ドローンだ。


 姿かたちの特徴の他、あれには特殊スキルがある。



 それは<ブーストパック>というスキルだ。


 瞬間的な高温高圧の蒸気を噴き出すことによって、短時間とはいえ超加速が得られる。



 特にここのような、分かれ道の多い場所ではその効果は絶大だ。


 曲がるのにも、減速する必要がほとんどないからだ。



「洞察し、分析し、解析し、攻略しろ。活路は必ずここにある」



 浜之助は自分に言い聞かせ、頭の中で戦術を練る。


 例え初戦闘とはいえ、ここはチュートリアルじゃない。


 最善の選択と最良の結論を出さねば、生き残るのは困難だ。



 脳内で自分、装備、状況、敵、それぞれのパズルが組み合わさり、難解な問題に解答を出す。



 そして、最後は実践するだけだ。



 浜之助は装填の終わった銃を担ぎ、ドラゴニピオンの追跡を開始した。

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