第5話「未知のシェルター」
見知らぬ未来に突如として1人放置された浜之助は、しばしの間、閉められた扉を叩き、どうにかして中に入ろうとしていた。
だが、ゲートの扉が開く様子はない。
浜之助がミッションを達成しない限りは入らせないつもりのようだ。
仕方なく、浜之助は扉を叩くのを止め、リストバンド型の端末にアクセスした。
『ようやく満足したかい?』
「満足も何も不満でいっぱいだよ。けど、ミッションを達成すれば開けてくれるんだな? だったら、やるよ」
『その意気だよ。じゃあ、最初にサブミッション1を完了させてくれないか』
浜之助はサブミッション1の内容を思い出す。
それは集雨装置に、今背負っているポリ容器を設置する作業だ。
『集雨装置の場所は、端末の<コンパス>に表示したよ。活用してくれないか』
浜之助がリストバンド型端末を覗く。
すると、コンパスに目的地までの距離と方向が表示されていた。
「便利だな。さすが未来のアイテムだ」
浜之助がコンパスを頼りに進むと、ゲートの扉から直進した崖の部分に到達した。
そこには、崖から張り出すように傘を逆さにしたような簡単な機械が設置されていた。
『じゃあ、水の入ったポリ容器と空の容器を交換してくれ』
浜之助は言われるまま、行動した。
「水の入ったポリ容器はどうする?」
『今はそのままにしておくれ。帰りに回収してシェルターに持ち運んでくれればいいよ。くれぐれもこぼさないでくれよ。水は大事な資源だからねえ』
浜之助は作業を終え、これでサブミッション1は完了だ。
ついでに崖から見下ろすと、転落した際の着地地点である地上まで相当距離がある。
推定だけでも、ビルの十階建て以上はあるのではないだろうか。
浜之助がそんなことを考えていると、高所特有の突風に身体が押された。
「おっとっと。危ない、危ない」
浜之助は体勢を立て直し、いつでも次の指令を遂行できるよう、無線に繋いだ。
「さて、次はどうする?」
『そのままコンパスを頼って、メインミッションの場所に進んでおくれ。道中、監視装置の設置や、物資と警備ドローンの把握を頼むよ』
浜之助がコンパスに目を移すと、指し示す方向はゲートから出て右方向だった。
距離はそんなに遠くはなく、これなら30分も歩けば到着できそうだ。
「ここら辺は他のシェルターもあるんだな」
浜之助が歩き出すと、ユラたちが住むシェルターと同じかそれ以上の規模のシェルターが点在していた。
ただし、どこも扉は閉ざされた状態だ。
『私達が住むシェルター、<イデア>は過去人種の生体認証の必要がないけれど。他のシェルターでは必要なのさ。それも、はまのんを起こした理由のひとつだよ。シェルターが開けば、今まで以上の物資が手に入るわけさ』
「そう考えると俺のような過去人種はメリットの方が多いな。どうして今まで起こさなかったんだよ?」
『先ほど言ったように、物資と解凍液の関係もあるけれど。大きな理由はもう1つあるのさ。それは過去人種の目覚めは大きな争乱を起こすという伝承だねえ』
「争乱を?」
『警備ドローンが攻めて来るとか、シェルターの機能が停止するとか、色々噂はあるけどねえ。真偽は不確かさ。私はそんな伝説よりも今を乗り越える方が大事だと思ってね。長老のくろのんを説得して1人だけ解凍することを許されたわけさ』
「ユラの進言がなければ、俺は今でも冷凍睡眠のまま、か」
『その点は感謝しなさいよ。とはいっても私が解凍を頼んだのは、もっと個人的な理由なのさ』
「個人的な理由?」
『あー。とても言いにくい話なのだけどねえ……』
「何だよ。気になるじゃないか」
ユラは少しためらいつつも、恥ずかしそうに口にした。
『一目ぼれ、さ』
「――はっ?」
『別にはまのんがイケメンでないことも、人に好かれるような容姿じゃないことは、私も十分理解しているよ』
「……はっきり言うな」
『でも倉庫ではまのんの姿を見かけるたびに、こいつと話をしたらきっと楽しいだろうな。嬉しいだろうな。と思ったのさ。私に似合わないロマンチストだけど、心の赴く想いばかりは自分で制御できないものなのさ』
浜之助は突然の好意に戸惑うも、悪い気はしなかった。
誰にしても、人に嫌われているよりも好かれている方がいい。
それが容姿端麗な人物相手からなら、なおさらだ。
『だからこうして無線越しに話せるのも、私は楽しくて嬉しくてしょうがないのさ』
「無線越しでも、正直に言われると恥ずかしいな。けど、ありがとよ。そう言われたのは俺も初めてだよ」
『ただ、勘違いしないでおくれよ。私は一目見て何となく、はまのんを好いただけであって、本当に愛しているわけじゃないよ。私が真の意味で、はまのんのことを、好きに、なるのは、はまのん次第さ。くれぐれも間違えないでくれよ!』
ユラが初めて照れつつ話すのを、浜之助は無線でしっかりと拝聴した。
「はいはい。そういうことにしておくよ」
浜之助がユラと話している間に、右手側にずっと続いていた壁が変化してきた。
その先は、壁の中に穿たれた細い通路があり、コンパスもそちらの方を指していた。
「あの中か」
『気を付けておくれよ。そこは警備ドローンの頻出地点だからね。過去人種が警備ドローンに攻撃されないというのも未確認の情報だから。いつでも逃げられるようにしておいてくれ』
「了解」
浜之助はアサルトレールガンを構えて、細い通路に入る。
中は商店街のようなメインストリートと、脇に続く更に狭い路地がある。
そして、そこは薄暗い。
ライトで照らさなければ足元の起伏が確認できないほどだ。
「おっと、お出ましだ」
浜之助が端末のライトで正面を照らしていると、向こう側から小さな明かりが見える。
その明かりの主は、ドローンだ。
こけしが自律してローラーで駆動しているような外見をしており、その機体には複数の計器と、ハンドガンほどの小火器が備え付けられている。
また、ドローンの頭には逆さの傘のようなパラボラアンテナが据え付けられており、くるくると回転して周囲を確認しているようだった。
『地蔵型の警備ドローンだね。注意しておくれ。未来人種相手には警報を鳴らしながら襲ってくるよ』
浜之助は襲来に備えて照準を地蔵型のドローンに合わせる。
ただ、しばらく地蔵型のドローンの様子を確認しても、こちらに興味を示す兆候はない。
まるで浜之助は透明人間のような扱いだ。
地蔵型のドローンがゆっくりと、浜之助の横を滑るように移動する。
どうやら突然襲われることはないようだ。
『過去の記述は正しかったようだねえ』
「ああ、俺が知る限りこいつもフォールンギアの敵と似ている。ゲームの中では<オニギリ>と言われていた敵キャラだよ」
『そうなのかい。じゃあ、私もそう呼ぼうかねえ。地蔵型のドローンじゃあ、呼びにくいからね』
ユラはそう言い、次の指示を浜之助に与えた。
『それじゃあ、次に。どこまで接触できるか試してみてくれないかい?』
「い、いいのか?」
『いい。と言うよりも、どこまで警備ドローンに許されるのか調べて欲しいのさ。そして、できることなら破壊して欲しいねえ。警備ドローンが減れば、それだけ外出する未来人種の命が助かるからね』
「了解。確認するよ」
浜之助は地蔵型のドローンである、オニギリの後を追い、追いつく。
まず、浜之助はオノギリを触ることができるか確認する。
浜之助はアサルトレールガンから放した左手で、オニギリの後頭部を撫でた。
オニギリは浜之助の行動に、反応しない。
この程度の接触なら大丈夫なようだ。
「どうする? 攻撃してみるか?」
『いや、止めておいてくれ。触ることが分かれば、安全に破壊する方法があるからね。今は装備が無いからそれ以上はよしとしておこう』
浜之助はユラの言葉に従い、去っていく地蔵型のドローンを見送った。
「どことなく愛嬌があるな。ネジ巻き式の玩具みたいだ。ハッキングすれば使えるんじゃないか?」
浜之助の何気なく、そう発言する。
すると、ユラの口調が変わった。
『――っ! とんでもない! あんな物利用するなんて、反吐が出るじゃないか! 間違っても可愛げがあるなんて言わないでおくれ!』
ユラの剣幕に、浜之助はたじろぐ。
その言葉が、今までの落ち着いたユラと同じとは、とても思えなかった。
「分かった。分かったよ。興奮しないでくれよ」
『二度と言わないでくれよ! 次言ったら遠隔操作でエクゾスレイヴの電源をオフにするからね』
「ご、ごめんよ」
浜之助が小さくなって謝ると、ユラは話題を変えた。
『そこは監視装置がないエリアだから、荷物の監視装置をセッティングしておくれ』
「りょ、了解」
浜之助は動揺を隠せないまま、背負子の荷物から監視装置を取り出す。
それはゴム製の丸い、レンズ付きの機械だ。
大きさは浜之助の手で覆える程度で、とても小型だ。
『そのまま監視装置を壁に押し付けてくれ。そうすれば、セッティングは完了さ』
浜之助が監視装置を手ごろな壁に押し当てる。
そうすると、監視装置が壁に吸着した。
これでいいらしい。
『通信状況、チェック。動作確認、チェック。センサーとレンズ、チェック。問題ないねえ』
浜之助の目の前で、監視装置が昆虫の目玉のようにキョロキョロと動く。
時折、瞬きのようにレンズの拡大率が変化して、一種の生き物のように錯覚した。
『じゃあ、先を急いでおくれ』
「了解。探索を続行するよ」
道中、オニギリの他にも、機銃とセンサーを有した設置型のセキュリティを見つけ、浜之助はリストバンド型の端末に表示された地図に、それらの位置を記入する。
ドローンの配置、巡回順路、セキュリティの死角、想定できる安全なルート。
これらを、ユラと相談しつつ作成していった。
しかし、これはあくまでもサブミッション。本命は、これからだ。
「ここがそうか」
浜之助がコンパスを確認すると、目の前のシェルターが目的地であると示していた。
そのシェルターはユラの住むシェルターのイデアとほぼ同じような、巨大な円形の圧力扉だった。
損傷はなく、生活痕もないくらい綺麗なので、ここ最近誰にも使われていないのだろう。
『じゃあ、生体認証のロックを解除して中に入っておくれ』
ユラの指示通り、浜之助はシェルターの横にある灰色の埋め込み型の端末に触れる。
すると、淡い青色の光が触れた部分を包み込んだ。
――スキャン完了。
埋め込み型の端末にそう表示されると共に、重い金属音を奏でながら扉が内側に向かって開きはじめる。
そして完全に開ききらない、半開きの状態で扉は停止した。
『さあ、早く配電盤を探しておくれ。ただし、そのエリアは監視カメラのつながらない未探索エリア。十分に気を付けてくれよ』
「脅かすなよ。確かここの通信も回復させれば行動範囲が広がるんだよな?」
『その通りだねえ』
ユラのゆるい同意を受け、浜之助は新しいシェルターに侵入した。
中はイデアと内装が違い、戸棚だけが幾つも並べられている場所だった。
見上げるほど背の高い金属の戸棚は天井まで続いており、それに棚を整理するドローンが張り付いている。
ドローンは空中をレールで行き来しているため、浜之助は戸棚の間を悠々と歩くことができた。
「イデアの倉庫を大きくしたような場所だな。配送所の倉庫、かな。どちらかと言えば、図書館の本棚の方が馴染みがある感じだ」
『図書館とは、過去人種が使っていたアナログなデータ端末の倉庫かい? いいねえ。私はいつも手にすっぽり入る端末だけで、多くの知識を得られるけれども。知識や情報が、物質的な量として見える環境は壮観だろうねえ』
ユラは浜之助の言葉をしみじみと噛みしめた。
「ドローンは無害なようだ。先に進むよ」
浜之助はアサルトレールライフルを両手で構えたまま、戸棚と整理ドローンのアーチを抜けていく。
視覚には代わり映えのない戸棚の葬列だけが続く。
聞こえてくる音は、整理ドローンの駆動音くらいで、ここは静かなものだった。
しかし、奥に進むにつれて聴覚の方に変化があった。
「ユラ、何か不快な音がする」
浜之助は立ち止まり、耳を澄ませた。
『何だい? こちらでは確認できないよ』
「いや、確実に聞こえてくる。ノイズみたいな音と、これは火花か?」
音はすぐそこまで近づいている。
浜之助は警戒して、アサルトレールガンを左右に振りながら後退した。
「ケイ、警告。ココココ、ココヨリ先ハ、立チ入リリリ、キン、禁止デス」
戸棚の5つ先、その陰から現れたのは、警告音と音声を発するドローンだった。
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