第19話普段キレない奴はキレるとやっぱり怖い

 今はヴァルグにかまってる場合じゃねーや。

 問題はあいつらだ。


 俺の視線の先にいるのはセルスと銀ワニ。

 だが、銀ワニの方は様子が違っていた。

 さっきまでの威勢はどこへやら、セルスを前に足を折り、身を縮めている。


「あれは────跪いてんのか?」


「みたいですねー。元が大きすぎて跪いても頭が高いですけどねー」


 不満たっぷりといった態度のヴァルグ。そんなにあのどんぐり気に入ってたのかよ。

 ……後で一緒に拾いに行ってやろ。


 そんな俺達はいないものとし、セルスはアールグと呼ばれる銀ワニに話し始めた。


「久しぶりね、アールグ。元気だった?」


「はい。このアールグ、如何なる時も貴女様のご命令に従うべく万全を期しております」


「そう。貴方は変わらないわね」


「セルス様、聞きたい事が2つほど御座います。よろしいですか?」


「えぇ、かまわないわ」


 アールグは大きく頷き、視線をセルスから俺とヴァルグに移す。

 目は口ほどにものを言う、と申しますが、アールグの目はものを言いすぎるようです。

 めっちゃ怒ってるのが分かるんですけど。


「この者らは何者ですかな?」


「私が仕えているルーナ様と同輩のヴァルグよ」


「このような羽虫にお仕えしていると⁈ もしや、神威までお渡しになられたのですか⁈」


 こんな可愛い妖精に向かって羽虫とかゆーな。

 あと、神威だかなんだか知らんけど貰ってません。勘違いすんなバーカ。


 と、こんな風に心の中では言えるけど直接は口が裂けても言えん。怖すぎて。


「そうよ。ルーナ様には私の神威をすべて授けた、この方を最後の希望とすべくね。私はもう、神ではないの。今では貴方より弱いかもしれないわね」


「は? セルスもう神じゃねーの⁈」


 という俺の言葉に反応したのはセルスではなく────


「黙れ! 馴れ馴れしいぞ! セルス様とお呼びしろ! 下等な羽虫が!」


「うおっ!」


 俺は風に舞うビニール袋の如く、宙を舞う。

 こんぐらいの巨体だとさ、叫んだだけですごい風圧だよね。なんて思いながら。


「いやいやちょっとルーナ様! なんかさっきから良いとこ無しじゃないですか! 嫌いではありませんけども」


 そんな風に笑いながら、俺を受け止めてくれたヴァルグ。こいつの敬意って本当にあるのか考えてしまうよな。


 お礼言う気を奪うんだけど、なんか恨めないタイプなんだよね。

 ようは、俺もヴァルグはお気になわけで。


「ルーナ様、少し降りていていただけますか? さすがの僕も我慢の限界です」


 おや、珍しい。なんかシリアスな感じだ。こうしてると絵になるんだよなー。

 ……ところで、なんの我慢が限界なん?


 そこには俺の知ってるヴァルグはいない。

 そこにいるのは、阿呆でお調子者のヴァルグではなく、高潔で凛とした佇まいの一頭の二角黒馬バイコーンだった。


 なんか気に入らないけど、シンプルにカッコいいんですけど。


 そしてヴァルグは、俺を下ろしてアールグに顔を向けて物申した。


「おい、アールグとやら。貴様は先ほどから誰に向かって口をきいている」


 …………は? いやいやいや、君が誰に向かって口聞いてんのよ⁈

 ってかどーした、マジで! 声のトーンもいつもより低いし眼光も鋭い。すっごい強そうだ。


「口を閉じよ、虫けら。羽虫程度に仕えているような小物が、我と言葉を交わすなどおこがましいにも程があろうよ」


「山神風情が。貴様とて強者でいられるのはこの山脈の中だけであろうに。所詮はお山の大将よ」


 上手いこと言いやがる。いきなり啖呵の切り合いになってしまった。

 一触即発の空気だが、ヴァルグは俺の為にここまで怒っているらしいので、止めようにも中々に止めづらい。

 まぁ適材適所よ。こうゆうのはセルスに任す。


「2人ともお止めなさい! アールグ、我が主様への侮辱は私が許さないわ。ヴァルグも気持ちは分かるけど落ち着きなさい。ルーナ様の御前です」


 よくやったセルス。これで俺も介入しやすくなったぜ。


「まぁおち────」


「やはり。セルス様は毒されている様子。無礼を承知ではありますが、少しの間お静かにしていただきましょう」


 そう言ったアールグの瞳が金から赤に色を変える。


「こ、これは!」


 まずいと思ったのか、セルスはその場から離れようとしたが、アールグはそれを許さなかった。

 セルスの足下に魔法陣を展開させ、セルスの動きを封じたようだ。

 そして、その魔法陣から出てきた赤い六角柱の結界によって、セルスは捕らえられた。


 っておい! そんな冷静な事言ってる場合じゃねーわ!


「貴様、それは捕縛結界だな? ……己が主人にかけるモノではなかろう!」


「ふん、貴様なぞには関係のない事よ」


 ヴァルグのキレ具合から察するに、アレはお世辞にもいいモノではないらしいな。

 当たり前か、アレは捕縛結界。つまりは捕らえる為の結界なんだから、そこに主と定めた者を入れるなど言語道断だわな。


「────! ────!」


 セルスの声が聞こえない。あの結界は音を遮断しているのか?


「なにを叫ぼうとも無駄ですよ。貴方もご存知でしょう。その結界は外からの一方通行です」


 一方通行、ね。こちらからはなんでもできるという事か。

 通りでヴァルグがキレるわけだ。

 なんでも、という言葉には当然攻撃も含まれるだろう。

 あんな狭さじゃ逃げられないし、反撃もできない。ただの拷問じゃねーか。

 そんなモンに閉じ込めてまで俺と突き放したかったわけか。


 はてさて、これを無礼と取るか愛情と取るか。

 判断がむずいな。

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