第9話ルーナ

「ぐっ! あぁぁぁぁぁ! 痛てぇ! てめぇなにしやがった!」


「離してくれて、サンキューな! だから先に聞いたっしょ? 覚悟はいいかって。それに、俺は大した事してねーし、ただお願いしただけよん」


 あー、良かった。成功した。

 結構余裕です感出したけど、内心汗だくです。

 正直、成功率は7:3くらいで失敗すると思ってた。

 今なにをしたか、やった俺本人でも詳しいことは分からない。


 こればっかりは解説役のセルステリアさんにお願いするしかないね。


「あ、兄貴! ここは引きやしょう! そいつ、もしかしたら進化種かもしれねー!」


「馬鹿野郎! せっかくのチャンスなんだぞ! せめてどっちかだけでも捕まえなけりゃ割りに合わねーんだよ!」


 随分と勝手な事を言う。なんの割に合わねーってんだよ。

 俺的にはここで引いてもらいたいが……いや、でもコイツらで実験するのは有りか? 有りよりの有りだな。よし、少しだけ実験に付き合ってもらおう。


「今引くなら、これ以上の手出しはしないと約束したげるよ?」


「うるせーぞ羽虫が! 今すぐその気持ち悪りー羽毟り取って────」


『黙れ』


「────! ────!」


 とてもムカつく発言だったな。このチャーミングな羽を毟るだと? 全く残念な慣性だな。

 すっかりタゲも二角黒馬バイコーンから俺に向いちまったし。

 まぁ助けに来たわけだし、それはそれでいいか。

 

 それよりも、今は普通に使えたな。回数制限とかないのかな?


「クソが! 兄貴になにしやがった!」


 ほう、この状況で果敢に挑んでくるとは、中々のバカだな。

 振りかぶってるのは大剣か。真っ直ぐに振り下ろして、俺を一刀両断する気かな?

 このちっせー体にそんなでけー武器が当たるわけねーだろ。しかも大振り過ぎだ。


 さて、言葉に乗せるは吹っ飛ばしたいという想い。


『邪魔』


「ガッ!」


 おお! 飛んでった、想い通りに。

 言葉はただプロセスに必要なだけか。メインはあくまでも魂、想いの強さの方か?


 となると……次はー、あいつだな。あのブルってる奴。

 人差し指を指して的を固定。そんで────


『バン!』


「グエッ!」


 はい成功。彼もどうように吹っ飛びましたとさ。

 今俺が言葉に乗せた想いはさっきと同じだ。これで言葉よりも想いが大事だという事は証明された。

 でも、多分だけど言葉は想いに連なるワードじゃなきゃダメだと思う。

 さっきの邪魔、とかバン! とかは相手を遠ざけたい、とか突き飛ばしたいというところでどこか関連性がある言葉だ。

 つまりは、想いを乗せやすい言葉選びをしなければこの技は発現しないとみた。


 そしてこの技は、相手の自由を奪うだけじゃなく、攻撃としても十分な役割を果たすだろう。


 そんなこんなで、今掴むべき内容の実験は終了した。

 立っているのは残り3人。あとはまとめて片付けるのみ。


「さぁて、覚悟はできてるんだったなぁ?」


「ヒ、ヒィ! やめて────」


『失せろ』


「ウワァ!」

「ブヒッ!」

「ヒデブ!」


 三者三様の雑な終わり方。まさしくモブに相応わしい最後だったぜ。

 これにて、チュートリアル終了かな。イレギュラーはあったけど、結果だけ見ればなかなかのもんだろ。


 さてと、二角黒馬バイコーンさんは無事かなっと────


「あ、よぉセルステリア! 見てくれ、見事に悪者は退治したぞ!」


 振り返ると、置いてきたセルステリアが追いかけて来たのか、俺の真後ろに立っていた。全く気配を感じなかった。

 少し近すぎる気がしなくもないが、これは俺得なので問題ない。

 でも……、なんか怒ってる?


「セルス────」


「申し訳ありません!」


 呼び掛けようとしてみたが、それはセルステリアの叫びのような謝罪に掻き消された。

 どうやら怒っていたのではなく、心配していたようだ。

 セルステリアの瞳は薄らと濡れているように見える。


 とても心配を掛けてしまったようで、申し訳ないな。


「心配掛けてごめんな」


「いえ! 肝心な事を話していなかった私のミスです! 大変申し訳ありませんでした!」


 これは譲りそうにないな。こういう相手には何かしらの要求を与えるのが1番だ。


「なら、1つ俺のお願いを聞いてくれね?」


「なんなりと」


「今日からセルスと呼ばせてくれ! セルステリアは長すぎる」


 実を言うと、初めて名前を聞いた時から言いづらそうだなーって思ってた。これを機に短縮させてもらおう。

 そう考えれば、この機会は俺にとっても都合が良かったかな。


「そんな事でいいのであれば、是非ともお呼び下さい。私はなんとお呼びすれば?」


 これは重大な問題だな。俺は逢沢月夜あいざわ つきやだけど、違う存在とも言える。

 逢沢月夜は死んだのだから。

 異世界に転生してるし、名乗ってもいいように思えるけど、それは俺のプライドが許さない。

 親がくれた名は、生前の俺に与えられた名であって今の俺に向けたものではないのだから。


「ルーナ。俺の事は今日からルーナと呼んでくれ!」


 俺は満面の笑みでそう言った。セルスも一瞬、逡巡しゅんじゅんした様だが納得してくれたようだ。


「仰せのままに。ルーナ様」


 こうして俺は、生前の名から月の一文字を取ってルーナと名乗り、この世界を生き抜くと決めたのだった。

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