第7話初イベント


 そこにいたのは1匹の魔獣。黒衣のように漆黒の体毛に覆われ、額には2本の雄雄しき角が生えている四足歩行生物。


 月夜が言っていた胸糞とは、冒険者風の男達の戦い方にあった。


 数の利を生かし、優勢を保ちつつどこか余裕の表情で戦っている男達。普通に見れば高度な連携で上手く戦っているように見える。

 しかしその実、仕留められる所であえて仕留めず、ただその生物を苦しめるように闘っていた。

 脚や背には、この戦闘でつけられたであろう切り傷や火傷の痕が痛々しく刻まれている。


 表情からして、酷い事をされた報復というわけでもなさそうだ。あれは痛めつけて楽しんでるだけだと月夜には思えた。


「あれは、二角黒馬バイコーンですね」


 月夜の示す方角を見てセルステリアも怪訝そうな顔でそう言った。


二角黒馬バイコーンは危険種ではありませんが、この世界において下級冒険者達の障害の一つとなり得るレベルかと」


 セルステリアは決して目を離さず、怒りを押し殺しながら丁寧に説明した。

 どうやら、月夜と同じく冒険者風の男達に胸糞状態のようだ。



 目的はなんだ? 定番だと素材集めか討伐依頼か? そのついでに自分の力を誇示し、あとで同業者に見せつけるって感じか?

 セルステリアもなんかピキッてるし、俺としてもあれは面白くない。


「決ーめピ! 助けたろー!」


「え?」


「はい決定! よっしゃ! 秒で行って秒で片してくるわ!」


「ちょ、お待ちくだ────行っちゃった」


 尋常ではない速度で飛翔して行った月夜に置いていかれたセルステリアは、一気に不安になった。


「……どうしましょう。まだスキルについて何も教えていないのですが……急いで追いかけないと!」


 さっき自分が勿体ぶって言わなかった事。それがスキルについてだった。

 戦闘においてスキルは必ず必要になる。それを知らない月夜は、いわば丸腰状態なのだ。

 もしも、このまま戦闘に参加しようものなら──それは紛れも無くただの自殺行為となるだろう。


 セルステリアは急いで後を追うべく、飛翔魔法で後を追いかけるのだった。





(こんぐらい痛めつけておけば俺様の実力もかなり知れ渡るだろう。これで俺様も下級冒険者から中級冒険者の仲間入りだぜ!)


 男は心の中でほくそ笑んでいた。

 それも当然、目の前で下級冒険者の天敵とも呼ばれる二角黒馬バイコーンが満身創痍の状態なのだ。名を上げるのにこれ以上のチャンスはない。


「マジですげーっすよ、兄貴! この人数で倒したとなれば一気に上級も夢じゃないっすよ!」


 仲間の1人が興奮気味に叫んでいる。兄貴と呼ばれたリーダー格の男はそれを聞き、自分も同じ気持ちである事にかなり気を良くしていた。


(確かに、このままいけば夢じゃねぇなぁ)


 口元を緩ませ、この戦いを終えた自分の姿を、想像する。

 ドヤ顔で他の冒険者を見下す自分の姿を。


 通常、二角黒馬バイコーンは下級冒険者が15人程でようやく倒せるレベルの魔獣である。しかし現状、男達はたった5人で追い込んでいた。


 彼等は下級冒険者であり、突出した実力が有る者はいない。たが、間違いなく二角黒馬バイコーンは追い詰められていた。理由は分からないが、これは明らかに異常な状態であった。


(そろそろだな)


 リーダー格の男がとどめを刺そうと手に持つ大剣を振り上げた瞬間、猛スピードで自分に突進してくるに気づく。


「あっぶねぇ! なんだ⁈」


 一歩後退り、ギリギリの所で回避に成功したリーダー格の男。

 慌てて飛来物が通り過ぎて行った方を見ると、そこにあったのは奇妙な光景だった。


「なんだ、これ? 羽?」


「兄貴! 触らねー方がいいですって! なんか、紫の筋入ってるし、なんか不気味っすよ! 毒じゃねーですかい?」


 木に小さな羽が生えている。いや、正確には木に羽が生えた生物がめり込んでいる。


 興味本位で触ろうとした自分をを慌てて止める仲間の声を聞き、リーダー格の男はちょっと残念そうに手を引いた。


「おい! おいおいおい! 誰が不気味ですかこの野郎! 毒じゃねーからちょっと抜いてくれない?」


 突如聞こえる声の出処を掴めきれず、男達はキョロキョロと見回す。

 二角黒馬バイコーンは気づいているようだが、興味なさげに逃げる隙を探しているようだった。


「あれ? おーい、もしもーし! 聞こえてるー? え、シカト? もしもーし!!」


 キレ気味な声にようやく気づき、1人の下っ端のような男が危険物を見るような目を向けて近づいて行く。


「あ、兄貴。……これ、抜きますか?」


「……あー、うん、抜いてやれ」


 指示により、優しく羽を持ってゆっくりと抜く下っ端。


 そして、緊張に包まれていた空間をぶち壊した張本人が────ようやく姿を現した。


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