第19話
結局、私はそのまま車をいつものイタリアンに向けることになってしまった。
ランチにしては遅く、ディナーにしては早過ぎる時間帯。この店に来る学生は少ないが、全く居ない訳では無い。目撃されると色々厄介な気がするので、人が少ない時間帯であるのは正直ありがたい。
こんな雰囲気の店では、古海君の格好はむしろ違和感が無かった。ほとんどデートにでも行くような服装なのだから当然だ。比べること事態が失礼だが、獅子角と来るよりは余程場に馴染んでいる。
「少し、痩せたのかな?」
「え、わかります?」
古海君の声が弾む。
半ばいい加減な当てずっぽうだったのだが、言ってみるものだ。
「一キロ減ったんですよ」
それがどれほどのパーセンテージを占めて、長期的に意味のある数字であるか、などといった下らぬ疑問は胸にしまった。
古海君は五穀米と野菜のドリア。私はシラスのパスタを頼んだ。狩尾君はチーズのリゾット。ほどなく料理が運ばれてくる。
古海君は食堂のランチを食べるときよりも随分と上品にスプーンを運んだ。
「実は、あの後ちょっと熱が出たんです」
「あの直後に?」
私の胸にざわめきが広がる。
「ええ。あの翌日ぐらいです。病院に行って抗生物質を貰ったら、あっさり治っちゃいましたけど」
「どうして直ぐに連絡してくれなかったんだ」
「だって」
古海君は視線を逸らした。
「なんか連絡しづらくて」
ごにょごにょと言い淀む。
私は語気を緩めた。そもそもは私のミスが原因だ。非難めいたことを言えるような立場では無い。
「別に怒っているわけじゃない。心配なんだ。それで、身体の様子は」
「それがですね、むしろ調子が良いんです」
拍子抜けするような笑顔で言われる。
「昨日は久しぶりに自転車に乗ったんですけど、いつもよりずっとスムーズに動ける感じです」
そう言われても私には具体的にピンと来ない。
「他には?」
「あとは……なんだか食べるものの好みが変わった気がします」
彼女の視線が目の前の料理に向けられる。
「なんだか、お肉をあまり食べたくなくて。ここ一週間ぐらいは、野菜ばっかりですね」
体調の異変とはそれだけだった。
話題は日常のそれに移る。学期末試験のこと、借家で行った実験やバーベキューなどの思い出、そして私と獅子角にまつわる多少の昔話など。
料理はどれもおいしく、二人とも満足してくれた。食事の様子を見ても、体調が悪いというイメージには結びつかない。
しかしどうも気になる。
食事を終えて二人を送る。家までという訳には行かないので、一番交通の便が良い駅前に戻ることになってしまった。
停車スペースに車を停めたタイミングで、私は話を切り出す。
「やはり、獅子角も含めて話をしたほうがいい」
「でも、あの人が入るとなんだか無茶苦茶になっちゃいそうで」
その懸念は十分理解できるが、残念ながら既に手遅れだ。もしそれを望まないのであれば、そもそもあいつの実験に関わるべきではなかったのだから。
「古海君に何かあってからでは困るんだ。気は進まないかも知れないが、ここは私の言うとおりにして欲しい」
私は真剣に頭を下げた。
「獅子角に問題があったら私が止める。約束する」
必死に頼み込んだ私が顔を上げると、古海君は子供のように手を伸ばし、私の左手の裾を掴んだ。
「わかりました。先生を信じることにします」
左手から重みが消え、彼女はドアを開けた。
「ありがとうございました」
「えどせんせい、ごちそうさまでした~」
そう言って去って行く二人を私は見送る。
姿が見えなくなったところで、私はハンドルを握ったままがくりと下を向いた。
何かがどんどん間違った方向に進んでいるような、嫌な予感がした。
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