第2話「ハーフエルフの妹」
「……は?」
窓の外の景色に、思わずそんな声が零れる。
自分の目を疑うが、いくらこすっても眼前の光景は変わらない。
俺はバンッと勢いよく窓を開けると。
「ええええええええー!」
中世ヨーロッパのような街並み。
町中を歩く人間に交じった、少女と同じような耳をした――エルフ。
石畳の道に、見慣れない文字の看板。
すべてが目新しいもののはずなのに、俺には見慣れたその風景。
なぜなら、今まで同じようなものを何度となく画面越しに見てきたから。
つまりここは三つ目の答え、すなわち――
「――異世界……?」
徐々に心臓の鼓動が高まってくるのを感じる。
……いや、だけどそんなことありえないよな?
なんでもすぐに疑ってしまう悪い癖が出てしまうが、振り返ったところにいる、本物だとさっき確かめたエルフの存在が真実だと証明してくれる。
え? は? へ? 俺異世界来ちゃったの? いや待て待てそんなはずは……でも夢じゃないとなると……あーやばい混乱してきた。
「……いや、夢だ。やっぱり夢に決まってる!」
と言いつつも、俺は大きな期待を抱きながら、夢かどうか再確認するためにさっきと同じ場所を全力で殴る。
「ぐはっ!?」
――再び頬を走る激痛と共に床に倒れ込む。
「い、痛い……やっぱ痛い!」
そのおかげでようやく確信を得た俺は、拳を突き上げ、
「……――っしゃああああああああああああああああ!!」
テンションが最高潮へと達した。
やった、やったよ! 異世界は本当にあるって信じ続けてきてよかった……!
ようやく俺も転生できたのか……!
――さっきから夢だと疑ったり現実だと受け入れたりと忙しい俺は、あっさりと信じ難い事実を受け入れた。
なぜなら、俺にとってプラスでしかないこの展開を受け入れない理由がないからだ。
もしここまでして結局夢オチだったとしても、こんなに楽しい夢なんだから別にいい。
――と、さっきから俺に変人を見る目を向けている少女に、
「お前誰だ?」
「はあ~。お兄ちゃん本格的におかしくなっちゃったの?」
いや、今のはちょっと語弊があった。
俺が言いたいのは、異世界に来たのになんで家族がいるんだろうってことだ。
今まで見てきたアニメから考えるに、主人公達は大体最初は一人身だ。
赤ちゃんになって生まれ変わったわけでもないし、むしろこの世界にとって俺こそ誰なんだ?
――ベッドに戻り、腫れてしまった右頬をさすりながら悩んでいると、隣に座ってきた少女が心配そうに尋ねてくる。
「ほんと今日はどうしたの? 昨日変なものでも食べちゃった?」
もはや頼れるのはこのエルフしかいないが、ただでさえ奇人扱いされているところに、さらに『俺って誰?』なんて訳の分からない質問してもなあ……。
せめて俺が異世界から来たってことだけでも理解してくれるなら話は早いんだけど……。
――それだ!
『俺異世界から来たんだけど、この世界のこと教えてくれない?』とか言っとけばなんとか……。
なんないだろ。
俺ってば意外とバカなのかもしれない。
「あ、あのさあ……」
だが、さっきから普段使っていない頭をいじめすぎてろくな考えが思い浮かばない俺は、一縷の望みをかけて少女に転生してきた経緯を話し始めた――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……へえー、そうなんだ。分かった」
「ちょっと待てちょっと待て」
話を始めて数十分――ではなく、ほんの五分ほど。
「何が? お兄ちゃんは朝起きたら、いつの間にか違う世界からこの世界に来ちゃってたってことでしょ?」
「そ、そうなんだけどさあ……。そんな訳ないじゃんとか思わないの?」
少女は、何の疑問も持たずあっさりと信じてくれた。
「別に思わないよ? だってお兄ちゃんはお兄ちゃんだもん!」
……ちょ待って、おかしいってこの子! 物分かりよすぎじゃない!?
急に『別の世界から来ました』なんて言われて信じれる奴おる? ましてや自分の兄にだぞ?
いや助かるよ? 俺にとってはこれ以上にない好都合だけど、都合よすぎて逆に困惑するわ。
……でも、これで本題に入れる。
「えっと、俺はお前の兄貴? でいいんだよな」
「うん」
「血は繋がってる?」
「うん」
少女にいくつか質問をして、俺は自分なりに考えをまとめてみた。
――異世界転生系アニメでは、元の世界で死んだ主人公が、神様の手によって別の世界で新しい命を手に入れるというのがお約束だ。
トラックに轢かれたような記憶もなければ神様に会った覚えもないが、まあおそらく俺もそんな感じで転生させられたのだろう。
そしてなぜ家族がいるのかということだが、話によると俺はこの家の長男ということになっているらしく、少女の昨日以前の記憶にもしっかり存在しているらしい。
これもおそらく、神様の力でどうにかしたんだろう。
……ふっ、なんという名推理。
分かんないことは全部神様のせいにしとくぜ。
…………そもそも死んでない気がするし、妹がいる設定にする必要なんてあるのか疑問だし、いろいろ穴だらけなのは大目に見てほしい。
――と、あることが気になった俺は、
「何回も悪いんだけど、もうちょい質問していいか?」
「いいけど……ご飯冷めちゃうから早めにしてね?」
「分かった。じゃあ……俺の名前ってなんていうんだ?」
少女にそう尋ねる。
――そう、転生した主人公は違う名前になることがよくある。
できればかっこいい名前だといいな。
「ハルトだよっ」
「同じかい!」
淡い期待は打ち砕かれ、少女にそう告げられる。
おいおい、転生してまで普通の名前なんて――とか思ったけど、異世界では珍しいかもしれないなーうん、そういうことにしとこう。
「……じ、じゃあ名字は?」
俺は結果が目に見えていながらも一応聞いてみるが。
「みょうじ? なにそれ」
……いやこっちがなにそれー。
ここ名字ないタイプの異世界なんだ……そんなん絶対名前被るじゃん。
「他に聞きたいことは?」
「え? あ、どーしよ」
……言いながら、ふと俺は近くに立てかけてあった鏡に視線を移した――のだが。
そこに映った、元いた世界とほぼ同じ姿の自分に驚きを隠せなかった。
変わっていたのは髪の色が黒から赤になっていたことくらいだ。
「お兄ちゃん……?」
名前が変わっていないのはまあ分かる。
姿が同じまま転生することも、たまにある話だ。
でも、エルフの兄が人間なんてどう考えてもおかしい。
その旨を少女に伝えると、
「あー! そういうことね。 ……えっと、うちはお父さんが人間で、お母さんが人間とエルフのハーフなの」
という答えが返ってきた。
つまるところ、父の人間の遺伝子と母の人間の方の遺伝子で生まれ、ほぼ人間の体をしているということだろう。
見た目じゃエルフと区別つかないけど、それならこの子も母親と同じハーフエルフってことか。
――と、
「あっ!」
突然、少女が何かを思いついたような顔でポンっと手を打つと、
「そういえば、エナの名前まだ教えてなかったね」
自分を指さしながらそんなことを口にする。
「あー言われてみれば確かに俺の名前しか聞いてなかっ……あれ今言わなかった?」
少女は立ち上がると、満面の笑みを浮かべながら。
「エナだよっ! これからよろしくね、お兄ちゃん!」
……いやかわいいかよ。
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