第2話 始まり

レトナーク大陸の中でさまざまな村や街があるが、大きな国として栄えているのがヴィクトル王国。建国してから80年ほどと、比較的新しい国ではあるが、民衆に寄り添う憲政など、歴の浅さを感じさせない土台のしっかりした国として名を馳せている。大陸の中では南に位置し、ヴァレスティア森林からは、少し距離を置く形となっている。



そのヴィクトル王国の首都がここ、帝都オーディンである。第3代ヴィクトル王国の国王であるアル•クロード•ヴィクトルの居城と共に、城下には商業地区、居住地区など細かに区画整理が行われている。

円形の城壁に囲まれた帝都は、南側にのみ門があり、王の居城は門から1番奥の北側に位置している。門と城の間は道すがらに商業地区が構えており、東側には居城区。西側には武器庫や食料の貯蔵庫などその他の区域となっている。


帝都の治安を安定させている要因の一つに、門をくぐる際には、厳しいチェックが行われる。チェックを行うのは、騎士と呼ばれる王国を守る専門の部隊によって守られている。

騎士は志願やスカウトにより専任されるが、一定以上の実力がなければならないため、国民の一つのステータスにもなっており、誇れる職業の一つである。


そんな騎士の専任試験や、訓練の場で使える体育館のような建物がある。帝都の西側の1番奥に構えており、外装はレンガ造りの頑丈な作りとなっている。中ではさまざまな訓練と共に、騎士の活気ある声が外に漏れないように、音にも配慮してある造りだ。


エヴァ•ムーン•カルザは今日も訓練場で自己研鑽に努めていた。彼女はよくこうして訓練場で1人もくもくと自分の腕を磨くことを忘れない。24歳になった彼女は、綺麗な顔立ちで、容姿端麗。だがキレイとは裏腹に、薄い茶色の目には力強い光を浴びている。髪は顎ぐらいまでの長さで、ヘアーはボブのようにカットされている。色はワインレッドに近い落ち着いた赤。身長は160前後ぐらいだろうか、高くもなく、低くもない。上半身は動きやすいように、薄手の長袖を着ている。体型にピッタリと合うように作られているので、均整がとれたくびれ等のラインがよくわかる。下半身は騎士特有のグレーの甲冑を纏い、靴は黒のヒール付きブーツを履いてる。


エヴァが振るっている剣は、細剣。両刃にはなっているものの、突きに向いている剣だ。それを優雅に、だが力強く素早く体を動かすと共に、突きと払いを繰り返している。

「まだ脇が甘い、か。」

彼女の鍛錬に力が入るのも無理はない。なぜなら、数ヶ月ほど前に騎士団員に任命されたからだ。


騎士団とは、騎士の中からさらに腕利きを集めて、12の組織に分かれて割り振られている精鋭部隊である。騎士団は第1士団から第12士団まである。その12の組織のどこかに所属している騎士を総称して団員と呼ばれる。団員になるには、かなりの腕前と経験が必要だが、エヴァはその腕が見込まれ、異例の若さで団員となった。ただ、彼女が所属する第12士団は、士団の中でも比較的雑用に近いことを担うことが多い。暗黙のルールとでも言うか、士団の数字が小さいほど、より実力がなければ入れないとなっている。そのため、他の士団からは少し低く見られがちな部分がある。そんなイメージを腐食したい意味も含めて、エヴァは自身の実力を伸ばして第12士団の地位を高めたい思いもあり、自分磨きに余念がない。

なお、団員になるには、色々な方法があるが、主要な方法はスカウトである。士団の長でる団長と呼ばれる士団を統率する者が、自らの士団に入団させたい有望な人材に声をかけたりするのである。もちろん、戦闘技術などの試験は行われるが、基本的には、団長のお眼鏡にかなうかどうかが重要な入団の要素と言える。


ただ、今日の彼女の鍛錬は少し落ち着きがない。それもそのはず、今日は王から直接呼び出しがあったからだ。士団での呼び出しはよくあることだが、個人を指定しての呼び出しはごく稀である。気にしないように努めてはいるが、内容を知らされていないため、気にするなと言う方が難しい。


「そろそろ時間ね」

エヴァはそういうと、鍛錬を終え、王との謁見の準備をすることにした。団員の正装は特に決まってはいないが、戦闘態勢を整えることが騎士としての正装と言えなくもないため、普段団員として活動している時の甲冑を纏った姿になる。甲冑と言っても、エヴァは動きやすさを重視しているため、顔や関節部は開放し、胸からお腹、肩や背中などの一部に甲冑を纏うことにしている。相棒である細剣を帯剣し、王の待つ居城へと足を向けた。


謁見の間は小体育館ぐらいのそこそこの空間がある。エヴァが謁見の間に入ると、すでに何人かの家臣が部屋の両側に控えている。ドアから赤い絨毯が真っ直ぐ伸び、その両脇を支柱が等間隔に並んでいる。そして1番奥に今はまだ空席の椅子が鎮座している。エヴァは部屋の中ほどまで進むと、一旦止まり、無言で王を待つ。すると間もなくして王が右手奥から颯爽と現れ、大きな椅子へと座った。エヴァは王が姿を現すとともに左膝をつき、頭を下げて敬意を表した。


第3代ヴィクトル王国国王、アル•クロード•ヴィクトル。歳は35とまだ若い。ハツラツとした印象を受ける顔には、活力がみなぎるが、一国を治める王には少し似つかわしくないぐらいの、どこか憎めない愛らしさのある二枚目だ。瞳はキレイな翠玉色で、黄色に近い金色の髪は長く、今は後ろで縛っている。身長は180ほどあろうか、体格が意外にもガッチリしているため、見た目はもう少し大きく見える。今は比較的動きやすい服を着ているものの、長袖にベストのようなもの、さまざまな装飾品、靴も宝石などが遇らわれている。

「わざわざすまなかったな、よく来てくれた」

椅子に座るや否や、アルは笑顔でエヴァに声かけた。

「滅相もございません。お呼びとあればいつでも参らせていただきます。」

「まぁそう固くならなくていいから、とりあえず楽にしてくれ」

さぁさぁと言いながら、軽く言われるので、いつものことながら、相変わらずフランクすぎではないかと疑問を抱きつつ、エヴァは顔上げてその場に立った。

「本日は私個人にご用がおありと伺いましたが?

「そうなのだ、折り合って願いがあってな、呼び立てたのだ」

「どのようなご用件で?」

うむ、言いながら少し間をおくと、

「実はな、人を探してきてほしい」

「私が1人ででしょうか?」

「そうなのだ」

エヴァは少し不思議に思った。人探しぐらいなら、一般の騎士でも頼めるレベルのこと。わざわざ団員に頼むほどでもない。また、団員といえどもあまり単独では動かない。基本は団体行動が多いのだ。

そんな心情を察してか、アルは付け加えるように言った。

「探してきてほしいのはだな、森林に住んでいるはずの男なのだ」

それを聞いて、家臣たちも少しざわついた。森林と言えばもちろんヴァレスティア森林のことだ。かの地に住むということは、ただの人ではない。変わり者かはぐれの者と相馬が決まっている。その上、森林の内部に侵入するからには、ある程度実力がなければ森の中を探し回ることすら無理なのだ。それを察してか、エヴァは頷くように言った。

「かしこまりました。で、名はなんというのでしょうか?」

「ああ、フェイと言ってな、年齢は私より少し若いぐらいだ。ここに連れてきてくれれば良い。」

「かの者が来ないと言ったら?」

「翠玉の3代目が青目に会いたがっていると、そう伝えてくれればわかる。」

何やら深みのある笑みをたたえながらアルは言った。

「は!謹んでお受けいたします。」

「うむ、すまんね。出立はいつでも構わない。期限もそうだな…決めないわけにはいかないから、半年ぐらいかな?おそらく森林の北側の方にいる可能性が高いから。」

「かしこまりました。準備はすぐできますので、明日にでも出立いたします。」

「そうか、頼んだよ。」

「それでは失礼いたします。」

「うむ、道中気をつけてな」

深々と礼をすると、エヴァは謁見の間を後にした。


拝命した内容はともかく、王自らの願いとあっては仕方がない。すぐにでも準備に取り掛からないといけない。エヴァは自分の居住区の部屋に戻るため、城を後にしようとした。

しかし、城を出る前に急に声をかけられた。

「随分と珍しい依頼をされたのね」

エヴァは振り返るや否や、

「レーナ様!」

いつもクールなはずの彼女が思わず嬉しくなって、声を弾ませた。

彼女の名はレーナ•ファン•ルナ。透き通るような肌と、それを引き立てるかのような長い光沢のある金色の髪。髪は腰ほどまである。頬から顎にかけてシャープで小さな顔は、誰もが見惚れるほどの美しさを持っている。しかも、彼女は人ではない。その美しい髪の間から、長細い耳が突き出ている。そう、彼女の種族はエルフだ。この国は基本的に多種族共存国家だ。珍しいことではない。そして彼女は第3士団の副団長を仰せ使っている。同じ女性ということで、エヴァが騎士になったころから、何かと目をかけてくれている。エヴァは彼女を尊敬している。目をかけてくれているのもそうだが、厳しい実力主義の団員の中で、第3の、しかも副団長を任せられているからだ。もちろん憧れでもあり、目標でもある。エルフ特有の能力があるにしても、それだけでは副団長は務まらない。だからこそ、レーナはエヴァにとって心を許せる1人である。

「アルもあなたには目をかけているけど、変な頼み事はしないでほしいわね」

クスッと笑いながら、エヴァに優しい目を向ける。この城の中でも現王を名で呼べるものは少ない。エルフは長寿だ。実は王の倍ぐらいの年齢という噂もあるが、定かではない。


「いえ、これも何か意味があってのことだと思い、尽力します」

「そう、まぁ無理はしないようにね」

「はい、ありがとうございます!」

そう言うと、エヴァは軽く会釈して城を後にした。

「フェイ…か。まさかね」

レーナは少し訝しみながらも、可愛い後輩の無事を祈りながら、エヴァの後ろ姿を見送った。

フェイがトットルバを目指す2週間前のことであった。

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