第2話 お嬢様、芸を仕込みたい
「イルワーク、私やってみたいことがあるの」
「承りましょう」
「というか厳密には、もうすでにやろうとはしたのよ」
「なんと! お嬢様が私に相談なさる前に?」
「そうなの。私もたまには人の力を借りずにやってみようと思ったの」
「お嬢様、立派になられて……!」
「でもね、ちょっとうまくいかなかったっていうか。反対されたっていうか……」
「反対? どなたにですか。恐れ多くもこのリリアンダルス家次期当主アデル=グレナ・フォン・リリアンダルス様の健全な好奇心に待ったをかけるような不届きものがいるとは。このイルワークめが――」
「お父様よ」
「それでしたら私にはもうどうすることも出来ません。そもそも、一体何をなさろうとしたのですか」
「
「旦那様、グッジョブでございます」
「だってクラスメイトの飼っているチワワのザッハトルテは手を出したらそこに前足を乗せると聞いたわ」
「ハイネケン様も『お手』くらいは出来たはずですが……」
「それから、別のクラスメイトが飼ってるポメラニアンのビスキュイは投げた
「さすがにそれは出来ないかもしれませんが」
「あと、他のクラスメイトが飼ってるダルメシアンのクッキーとビスケットとサブレとクラッカーと」
「お嬢様、そのダルメシアン様、総勢何匹いらっしゃいます?」
「103匹よ。ええとどこまで言ったかしら」
「クラッカー様までお聞きしました」
「ありがとう。それからビスコッティとフロランタンに、チュイールでしょ、それから……」
「その辺でそろそろ。お嬢様」
「まぁとにかく、クラスメイトの飼っているワンちゃんは皆何かしらの芸が出来るのよ。だけど私、ハイネケンが芸をしているところなんて見たことがないの」
「いえ、ハイネケン様は芸をなさいます。先ほども申し上げました通り、『お手』もなさいますし、
「ちょっと待って、いまの音は何?」
「音ですか? 一体何のことでしょうか」
「いま確かに聞こえたのよ。ハイネケンがお手も出来る、の後よ。イルワーク、あなた、何て言ったの?」
「お手、の後でございますか? ええと、
「ほら、またよ。また聞こえたわ、ピーって!」
「ああ成る程、それはですね、お嬢様、自主規制音でございます」
「自主規制音? あなたが自主的に行っているということかしら?」
「いえ、私ではなく、これは神の采配でございます」
「神? 神様が介入してくるの?」
「介入してくるのでございます」
「それは私でも出来るのかしら」
「もちろんでございます」
「やってみたいわ! 私、自主規制音を発してみたい!」
「ですがお嬢様、そのためにはその
「何ですって、イルワークにも出来ないことが……?」
「申し訳ございません、お嬢様。残念ながら私は異性。その
「あっ、また自主規制音だわ! 一体どんな単語をしゃべっているのかしら。気になって夜も眠れないわね」
「お嬢様の安らかな眠りのため、本日マデリーンメイド長に
「お願いするわ」
「さて、イルワーク」
「何でございましょう。
「芸を仕込みたいのよ」
「そうでしたね、そういえば。ですが、ハイネケン様は旦那様の飼い犬。旦那様の命令しか聞きませんし、散歩が出来るのもごく限られたものだけで――」
「だから、ハイネケンはもう諦めたわ」
「賢明な判断でございます。では、お嬢様ご自身の犬を飼われるということでしょうか。それでしたら小型犬ですとか――」
「ううん、飼わないわ。生き物は一時の感情で軽はずみに飼うものではないのよ?」
「さすがでございます、お嬢様。軽はずみな発言をいたしました」
「だからね、あなたに芸を仕込むことにするわ」
「――はい?」
「聞こえなかったかしら? イルワーク、あなたに芸を仕込むと行ったのよ」
「ええ、それはばっちり聞こえておりましたが。ええと、私、に?」
「そうよ。今日中に『お手』『おかわり』『伏せ』、これくらいはマスターしてもらうわね」
「申し訳ございません、お嬢様。もうそちらの芸は会得済みでして」
「あら、さすが優秀ね。それならもう次の段階に進んでも良さそうね」
「お嬢様」
「ボールが良い? それとも円盤にする?」
「お嬢様」
「最初はやっぱりボールかしら」
「お嬢様」
「何かしら」
「私人間として生を受けまして、いまだ犬にはクラスチェンジしていないのですが」
「わかってるわよ」
「わかった上で、でございますか」
「犬とは言葉が通じないけど、私、あなたとだったら円滑にコミュニケーションをとれる自信があるのよ」
「そうですね。何せいまのいままで会話によるコミュニケーションを図っておりましたから」
「じゃ、投げるわね。――えいっ。取るのよ、イルワーク!」
「――っと。はい、取りました」
「おかしいわね。何か想像と違うわ。もう少し離れてみて、イルワーク」
「かしこまりました。これくらいでよろしいでしょうか」
「そうね。それくらいで良いわ。じゃあ、投げるわよ。――えいっ。取るのよ、イルワーク」
「はい、取りました」
「何か……違うわね」
「そうですね、これではただの……」
「キャッチボールね」
「キャッチボールでございますね」
「これはこれで楽しいわ、イルワーク」
「適度な運動は美と健康に良いのでございます」
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