第44話アリエル祭(後編)
(円香)
ーーそれからさかのぼること一時間前。
「ああーん、円香選手見失っちゃったよー。どこ〜、円香選手〜?」
カメラを持った実行委員会の子があたしの前を通り過ぎていく。
・・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・。
「ふう・・・行ったわね」
先程ひとりの騎士を撃破したあたしは、森の茂みに隠れていた。
アリエル祭実行委員会のスタッフから身を隠すために。
「ほかの騎士に見つかるわけにはいかないもんね」
正直、天音さんや結衣以外の騎士なら、たとえ戦いを挑まれても返り討ちにする自信はある。
けど、あのふたりは別だ。
結衣は万全を期してあたしを避けてくれるかもしれないが、天音さんはそうはいかないと思う。
戦闘がはじまると実行委員会にカメラで撮影され、実況される。
実況者として、場所はぼかしてくれるだろう。
けど、競技に慣れた天音さんはわずかな情報からでもあたしの位置を割り出してくるかもしれない。
つまり、戦えば戦うほど、カメラの前に姿を出せば出すほどリスクが高くなってしまう。
「あの人、バトルバーサーカーみたいなとこあるからなぁ・・・」
あたしのいまいる位置がわかったら向こうからつぶしに来ると思うんだぁ。それだけは避けないとね。
だから、あたしは繁みに隠れて、会場を移動していた。
他の騎士はおろか、実行委員会の子さえ知らない獣道を走る。
あたしは今日までこの森の中を歩き回り、完全に地図を頭の中にいれることに成功した。
この森は隠れ場所に事欠かない。
「うーん、あと懸念事項は・・・」
葵ちゃんが、あたしの言ったことを覚えていて、理解してくれているかってことだけど。
「まあこれは信じるしかないよね」
あたしは自嘲気味に笑った。
だってどうしようもないんだもん。
「葵ちゃん。あたしは信じてるからね・・・!」
葵ちゃん、あたしの言った言葉をどうか思い出して。
心の中でそう祈りながら、ほかの人に見つからないようにこまめに移動しながら、隠れながら『そのとき』を待った。
(葵)
「おかしいな・・・。円香さん、天音さんを倒すんじゃないの?」
私は森の中を木々に隠れて、そっと周囲の様子を窺う。周囲に人影はないけど油断はできない。
それにしても、不思議なのは円香さんだ。
彼女の動向がまったく読めない。実況で円香さんの名前があがらないせいだ。
最初に撃破した以降音沙汰がないけど、どういうことだろう。
「・・・・・・」
私はひょっとしたら大きな勘違いをしているのではないだろうか。
私は最初、てっきり円香さんがなにか対策を練って天音さんを倒すものだとばかり思っていた。
けど、これが違うのだろうか。
「円香さんなんて言ってた、競技前のインタビューでたしか・・・」
そこでやっと思い出す。
『絶対、絶対優勝して、何が何でも聖女様の元に辿り着きます!天音さんには負けません!』
円香さんはたしかに優勝すると言った。
私は衝撃的な事実に気づいた。
「ああ・・・!」
けれど、天音さんに戦いで勝つなんて一言も言ってない!
「円香さんは最初から天音さんと直接対決する気がないんだ!?」
円香さんはまさかそれを狙ってるのか。
円香さんの狙いはたぶんこうだ。
まず騎士の数が減るまで待つ。とにかく待つ。
その際、自分が疑われないように最初にひとりだけ戦って倒しておく。
これで決闘放棄しているとは思われないはずだ。
そして、私と自分が自由に動けるだけ騎士の数が減ったら私と合流するつもりだ。
この競技で優勝するのに、すべての騎士を倒す必要はない。聖女の私さえ見つけてしまえばそれで優勝なんだから。
「そうか、わかりました。だから円香さんも森の中を人目につかないところを逃げ回ってたんですね」
けれど、そもそもこの広い森の中でどうやって、天音さんに見つからないように、私と合流する気なんだろう。
もしくは気づいていないだけで、円香さんはもっと重要な情報を伝えてくれているのかも。
私が熟考していると、そこに放送が入る。
「おおっと、天音様がいま騎士をひとり撃破したことで残るは天音様と円香選手のみだー!」
「まずい・・・!?」
早く円香さんと合流しないと、円香さんと天音さんを戦わせてはいけない。円香さんが負けちゃう。
思い出せ、思い出せ私。円香さんはなんて言ってた。円香さんは私とどこで会うって言ってた?
『私、誓うよ、絶対葵ちゃんを迎えに行く。だから森の奥で待ってて、葵ちゃん!約束だからね!』
「・・・・!」
わかったよ、円香さん。
「森の奥、だよね!」
私は『森の奥』に向かって走り出した。
この会場の森に、奥なんて存在しない。
だって競技会場は円形に仕切って使っているんだから。
それでも円香さんは森の奥って言った。
「だから、それは森の奥・・・円の中心である聖女のスタート地点、聖域だ!」
私は走った。竹馬の友セリヌンティウスを助けるため帰りを急ぐメロスのように。
円香さん、待ってて。必ず、必ずたどり着くから!
私は記憶を頼りに走った。
「あれっ?」
するとどうだろう、なんとなく私が行くべき場所へと続く道が分かってしまったのだ。
わかる。道がわかる。どうしてだろう。
「そっか・・・・」
あの時、円香さんと散歩したからだ。
その時あそこには丘があって、あそこの茂みが濃いとか説明してもらったような。
「わかってて、私を誘ったのかな円香さん・・・」
私は円香さんの言葉に誘導されるように森の中をすいすいと移動した。
私は走った。
走って走って、そしてーー。
「はあっ!はあ、はあ・・・はあぁ・・・」
私が聖域に着くと。
「・・・・・」
そこには誰もいなかった。がらんとしていた。
モニターと備えられた聖女用の椅子と絨毯が敷いてあるだけだった。
私の勘違いだったのだろうか。
ーーかさっ。
その時背後から突然足音がした。
「だ、誰!?ーー」
(天音)
「はあ、はあ・・・!」
しまった、しまった、しまった。
「私は大馬鹿者です!どうしてこんな単純な作戦に気づかなかったのかしら!」
円香は最初から私との戦いなんて望んでいなかった。
ついひとりで熱くなって対戦相手を探していた自分がバカみたいだわ。
「葵、葵はどこ・・・・!」
私はやっとのことで、聖域に足を踏み入れた。
そこで私は見た。
「な・・・っ!!?」
見てしまったの。
聖域の整えられた王座には葵とーー。
「あたしの勝ちですね、天音さん・・・!」
その隣には、円香がいたのをはっきりとこの目で見てしまった。
(葵)
少し前。
「だ、誰!?ーー」
私は慌てて振り返る。誰か騎士に見つかっちゃったかな。
そう思って背後を見るとそこにいたのは、ほかでもない円香さん本人だった。
「葵ちゃん!」
円香さんは少し疲れたように、でも心底安心した笑顔で私に駆け寄ってきた。
「円香さん、よかった無事だったんですね!」
「それはこっちのセリフだよ。やっぱりあたしの言葉、伝わってたんだね」
「はいっ・・・!もちろん!」
約束を果たせたことで、私達の目に自然に涙がこみ上げる。
「ちょっと、なに泣いてるんですか」
「うっ、なによぉ・・・葵ちゃんだって泣いてるじゃない!」
そして私は円香さんに抱きしめられる。
「え、え、ちょっと円香さん?」
打ち合わせでは聖女の手の甲に、騎士がキスするはずなんだけど。
「いいの・・・いいの。葵ちゃん、私を勝たせてくれて、本当にありがとう!葵ちゃんは私の大切なお友達だよっ!」
そこへ間髪入れずにやってきた天音さん。
「な・・・・っ!!?」
危なかった、本当に間一髪だった。
「あたしの勝ちですね、天音さん・・・!」
円香さんが天音さんに向かって宣言する。
遅れてカメラを担いだ実行委員がやってきた。
「おおっと、なんということだー!?こ、これはすでに円香選手とお姉様が揃っているところに天音様が遅れて駆けつけたー!」
「くっ・・・円香・・・!」
天音さんが剣を引き抜き、円香さんに向かって何か言おうとしたところで夏美先生の声が聞こえてきた。
「理事長よ、今回はお前の負けだ」
「先生!」
「勝負にこだわったお前の負け」
「そんなこと、わかってるわ。けど・・・私は!」
「ここで東雲に勝って、お前は何がしたいんだ?勝負ならすでに先日つけたはずだぞ・・・これは競技なんだ。聖女をいち早く見つけるという!」
「ああ・・・そんな・・・」
天音さんは悔しげに拳を握っていたが、ついには剣を手から落とし負けを認めた。
「これは森のことを把握してなきゃできない作戦だ。相当下調べしただろ、東雲」
「あ、はい!夏美先生!」
天音さんはしばらく茫然とした表情をしていた。
しかし、すぐに憑き物が落ちたような顔になって私達に向き直った。
「はあ、予想外・・・いえ、言い訳はやめましょう。つい私としたことが熱くなってしまったわ。戦わずして勝つ。なんと美しい見事な作戦」
「すみません、天音さん。私、今回だけは、学園生活最後のアリエル祭を優勝したかったんです。小さな頃からの夢・・・だったんです。」
「あら、私褒めてるのよ。素晴らしいわ、円香。ある意味、あなたらしい作戦ね。ふふっ
。私の完敗よ・・・三年連続優勝を逃してしまったのが残念といえば残念だけれど、いい勉強になったわ」
天音さんは微笑んで、落ちた剣を拾い鞘にしまって歩き出した。
その背中は堂々としたもので、決して敗者のそれではなかった。
「今競技大会、優勝は東雲円香選手!戦わずして勝つ!たぐいまれなる奇策を駆使して強敵、『最強の白』なる天童天音を打ち破ったー!会場の皆様におかれましては優勝者、そして聖女様に盛大な拍手を!」
こうして今年のアリエル祭のメインイベント競技大会は幕を閉じた。
しかし、私にとってのアリエル祭のメインイベントはこれから始まるのだ。
遥さんに帰ってきてもらうための一大イベントがこれから始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます