第43話アリエル祭(前編)
(葵)
この数日、寮の家事をしながらでは間に合わないので、天童家のお屋敷に戻り、準備を進めてきた。学園では、休み時間や放課後の時間に、家庭科部の部長さんに指導を受けながら頑張ってきた。
そして、ついにアリエル祭当日を迎えた。
「私たちは精霊に豊穣を祈り、捧げ、奉ります。今年も豊作を約束せんと願うものであります。私は聖女として全ての学生の成長と成熟を願います。どうか私達に祝福あらんことを。そして、私は聖女として、騎士の皆様に宣言します・・・私を森で捕まえなさい。そうすればあなたには栄光が、ほかの者には一年の豊穣が授けられるでしょう!・・・これで宣誓を終わります」
参加者、先生、父兄、それから学生みんなが森へと移動する。
「よし!」
私も会場のある森へ移動しよう。
すると、通りすがり、円香さんが声を掛けてきた。
「私、誓うよ、絶対葵ちゃんを迎えに行く。だから森の奥で待ってて、葵ちゃん!約束だからね!」
そう言い残して歩み去る。
私は、森の競技会場。その中でも聖女のスタート位置である『聖域』にいた。
そしてその場に設置されたモニターから実況席の様子を窺う。
「さあ、いよいよはじまります!アリエル祭のメインイベント、競技大会!解説には、夏美先生をお招きしております!さて、各選手準備が整ったようです。カメラさん、順番に各選手のインタビューをお願いします!」
モニターが切り替わる。
すると、そこには腰に手をあて、森の木々を精悍な顔で見つめる美丈夫がいた。
天音さんだ。
「あら?私から・・・もう始まっているのかしら」
天音さんはカメラで撮影しているアリエル祭実行委員にそう尋ねて、咳払いしたあとコメントをはじめた。
「皆様、騎士代表の天童天音です。本日はアリエル祭ということで観客席の父兄の皆様にも改めて申し上げます・・・優勝するのはこの私、天童天音です!もし、私を恐れぬという気概を持つなら、私の前に姿を見せなさい。そのことごとく、我が剣で打ち払ってみせましょう!」
モニターが実況席に切り替わる。
「相変わらずスカッとするあまりに堂々としたお言葉。さすが天音様といった感じですが、解説の夏美先生、この言葉をどう解釈しますか?」
「はぁ・・・天童のやつ、目立ちたがりやだから・・・足元をすくわれないか心配だよ」
モニターに天音さんの顔が大写しになる。
「夏美先生、聞こえてるわよ?晴れの舞台で私を笑いものにしないでくれるかしら。お給料考えなきゃいけなくなるわね」
「ゲッ・・・それだけはマジかんべん・・・」
「カメラ、カメラ・・・次行って!」
「あ、ちょっと、私の話はまだーー」
モニターの映像が目まぐるしく変わる。
「あーあー」
私は天音さんに同情した。夏美先生が関わると途端にあれだ。
「えっ、えっインタビューですか!?わ、私が・・・?」
次に映し出されたのは、今年三年生の中でも唯一初参加になった結衣さんだ。
「えっ、もう始まっていますの?ひゃん!」
髪を振り乱し、びくびくとしながらインタビューに答える姿はなんだか少し可哀想に見えた。
本番ということで結衣さん、ガチガチに緊張してしまっている。
「私は、鳳凰院結衣です・・・三年です・・・えとえと、皆様方に負けぬよう、精一杯がんばります・・・応援よろしくお願いします!」
「鳳凰院結衣選手の挨拶でした。彼女は三年生で唯一の初選出です。いかがですか、夏美先生?」
「うん、自信がないのがもったいないくらいとてもいい選手だと思うぞ?ぜひ天童とも死闘を繰り広げてほしいな」
夏美先生はまた笑顔で過激なことをつぶやく。
「し、死闘ですか。さすがにそこまで激しいことにはならないかと・・・さて、天音様との死闘は期待できるのかー!?お次はこの方!」
またモニターが切り替わる。
そこに映ったのは円香さんだった。
円香さんは静かに視線を伏せて、黙考しているようだった。精神統一しているのかもしれない。
スタッフも少し近寄りがたい雰囲気にカメラを遠巻きに向けている様子が見て取れる。
けれど円香さんは目を開くと、カメラに向かってにっこりと微笑んだ。
円香さんはインタビュー役のスタッフに一言挨拶する。
「三年、騎士の東雲円香です。私は今日、全力を尽くします!」
円香さんは真剣な表情で、そう宣言した。並々ならぬ決意を感じさせるその言葉に、会場が静まり返る。
「絶対、絶対優勝して、何が何でも聖女様の元に辿り着きます!天音さんには負けません!」
「おお、これはすごい気合だ!そして、すごい宣言が出てしまった!なんと最強の白に対して無敗の黒の宣戦布告だー!」
競技を前にして、会場のボルテージは最高潮に達する。
「あたし、とある筋から円香選手の天音対策の情報を聞いているのですが・・・夏美先生、円香選手に天音様を倒せると思いますか?」
「いやー、その対策の内容がわかんないから迂闊なことは言いたくねーな。でもまぁ、あの無敗の黒がそう口にするんだから、期待はしようぜ♪」
「なるほどなるほど・・・では、次の選手です」
モニターで次の選手がインタビューに答えるなか、私は円香さんの心配をしていた。
「円香さん、本当に大丈夫かな」
インタビューではああ言ってたけど、本当に天音さんを倒す算段なんてあるのかな。
少し疑問だけど。
「ううん、ダメ。協力するって言ったんだから、私が信じてあげなくちゃ。私以外に誰が信じるっていうの。頑張って円香さん!私、信じてるから!」
私はひとりで聖域で円香さんの勝利を祈った。
「いよいよ、もう間もなく競技開始です!ああ、あたしまで緊張してきた!」
各選手のインタビューが終わり、観客への簡単なルール説明がされ、ついに競技が始まる。
心臓のドキドキが止まらない。
体全体が震えてしまう。
私はその震えをなんとか抑えようと必死になりながら、そのときを待った。
「競技ーー」
担当先生の声がモニターから聞こえてくる。
「開始ーっ!」
あっけなく競技がはじまった。
「天音様に続き、結衣選手も騎士をひとり撃破ー!競技が始まってからまだ10分もたってないぞー!?開始10分でふたり騎士が脱落してしまったわけですが、夏美先生はこの結果についてどう思われますか?」
「うーん、天童のやつ、ちょっと手を抜いてるんじゃね?」
「ええ・・・。厳しいですね、夏美先生?」
「それに比べて鳳凰院はすごいな」
「逆贔屓ではないですか・・・?」
「んー?なんのことだ?」
森に設置されたスピーカーからは実況席の二人の声が聞こえてくる。
「すごいな、天音さんも結衣さんも」
私はお二人の活躍を聞き、素直な感想をつぶやいた。
私はスタート地点でモニターを見ていたが、ふたりの決闘は鮮やかだった。
最強と名高い今回の優勝候補ふたりを相手に相対する騎士は腰が引けていた。
そんな騎士の隙を逃さずふたりは一刀の下に撃破。再び走り出した。
「さて、ふたり・・・というかみんなの目指す目的地はここだよね」
天音さんと結衣さんを含めて、全騎士の目的地はここ聖域だろう。
そして、同じところを最短距離で目指したら道が重なるところで必ず決闘が起こる。
だから自分より格上の選手が近くにいるなら、あえて違う道から行くべきなのだけど。
最初に天音さんと結衣さんに見つかった騎士の人は不幸だったね。
まさか隣のスタート位置に最強格のふたりがいるなんて予想もしてないだろうから。
「各選手、懸命に走って移動しております。みんな目指すはやはり聖域か?迂回路を使って、他騎士と正面からぶつかるのを避ける選手もいますね」
みんなこの実況を聞きながら、お互いの位置、強い騎士・・・具体的には天音さん、結衣さん、それから円香さんの位置を推測しているはずだ。
「さあ、次の決闘を行うのは誰と誰か?競技はまだはじまったばかりです・・・。夏美先生は今回のこの競技どのように推移していくと思いますか?」
「やきそばとリンゴ飴を一つずつ買ってきてくれるか?」
「ちょっと・・・ちょっと夏美先生?」
「んぅ?ああ、そうだな!みんな頑張ってると思うぞ?」
「大丈夫かな、この人・・・」
いまのは聞かなかったことにしておこう。
とりあえず私はまだスタート地点から移動していない。
聖域に騎士が侵入できるのは競技開始30分後からだから、まだ余裕はある。
だからといって、30分後に出るとそこで待ち構える騎士に捕まる。
一方で騎士は早く集まりすぎると他の騎士と必然的に戦わなければならず、単純にはいかない。
「まあまだどんなに早い騎士でも聖域には辿り着けないでしょ。しばらく待とう・・・」
私はしばらく待つことにした。
動向を見計らって。
あれからさらに10分で経った。
競技開始から数えると20分が経過していた。
「さて、夏美先生。円香選手もつい先程騎士をひとり撃破しましたが・・・」
「ああ、そうだな」
「これで早くも三人騎士が脱落してしまいました。他騎士はこれで動きやすくなったということでいいでしょうか?」
「それはどうかな?やっぱり三人がバランスブレイカーであることを嫌でも意識させられたことで足がすくんだやつもいるはずだ・・・それでも動かないとそこに待ってるのは緩慢な死だがな」
「ひぇぇ、行くも地獄退くも地獄!一方、当の天音様と結衣選手は関係なく一直線に聖域に向かっているぞー!」
私達参加者に気を使うようにそう表現する。この実況は私達にも聞こえているから、あまり詳細に語ると位置がみんなにバレてしまうのだ。
「・・・あれ?そういえば円香さんは?」
実況にその名前はなかった。
「東雲はどうした?」
夏美先生から当然の疑問があがる。
「はい。それが追跡(マーカー)スタッフの目を盗んで隠れたらしく、実行委員会のほうでもその行方が知れません!」
「やるな、東雲。雲隠れ・・・姿が見えない暗殺者ってわけだ」
「各選手は円香選手の不意打ちにも気をつけなければならないのかもしれません」
なるほど、円香さんは円香さんで順調そうだ。
ひょっとしたら円香さんの天音さん対策って、天音さんが連戦で弱ったところを狙う作戦なのかな。
ちょっと卑怯だけど、それくらいのハンデがないと勝てない。
「さて、そろそろ・・・」
私もここを出て、どこかに隠れないとね。
時間も頃合いだと思って、やっと聖域を出る決心をした。
「な・・・なんとここで結衣選手が負けてしまったー!?」
「ええっ!?」
思わず声に出して驚いてしまった。
あの結衣さんが負けたって、いったい誰に。
「まさか競技半ばにしてあの無敵の緋の、鳳凰院結衣が敗れるとは・・・相手ははたして!」
実況は結衣さんがたしかに脱落したことを伝えていた。
でも、相手はいったいーー
「やはり対戦相手は天音様だー!最強の白!決して揺るがない!一切の容赦なしだー!」
「くっ、やっぱり天音さんでしたね・・・」
やっぱり天音さんは強い。
一方で円香さんは最初にひとりを撃破して以来、その姿を誰にも見せていない。
こんな調子で本当に円香さんは大丈夫かな。
まったくあれから動向が伝えられないけど、まさか私が実況を聞き逃していて、すでに脱落してるなんてことはないよね。
「しかし円香選手、どうしたことか!先程から姿を見せないどころか、まったく他騎士にも出会わない!運がよすぎるぞ!」
よかった。まだ脱落はしてないみたいだ。
けど、実行委員会でさえその姿をつかめてないのは神出鬼没を通り越してちょっと不気味かも。
「んぅー」
「どうかしました、夏美先生?」
「え?いや、なんでもねーよぉ♪」
夏美先生はにこやかな声でそう答える。
その後小さな声で一言だけつぶやいた。
「でも・・・ひょっとして・・・あいつ」
夏美先生・・・?
夏美先生が一瞬言いよどんだのはなんだったんだろう。
私は疑問に思いつつ、あてもなく森を移動した。
できるだけ円香さん以外の騎士に見つからないように、慎重に。慎重に。
(天音)
「ハア、ハア・・・」
「うっ、やはり・・・天音さんお強いです・・・!」
私は結衣との激戦を終え、一息ついたところ。
息があがっている?
まったく天童天音ともあろうものが情けないわ。
けれど、これは私の怠慢がまねいたことではなく、一重にこの友人の努力のたまもの。
「そういう結衣もよくやったわ。私をここまで追い込むなんて、ため息が出るわ」
「え・・・?」
「この私が息切れするとは、ハア、ハア。さすがに予想外というものだわ。そう思わないかしら」
「は、はい!・・・と、私が頷いちゃっていいんしょうか」
「いいのよ、それで。いまはね」
まさに予想外。結衣はまだまだ強くなれる。
「だけれど、勝負は勝負。今日は私の勝ちね
、結衣・・・」
「はい。ありがとうございました・・・!勉強になりました!」
地面にへたり込んで、満身創痍だった結衣は立ち上がり私に最敬礼した。
私はそんな結衣に背を向ける。
次の勝負に向かうため決して振り返りはしない。
それが勝者のマナー。
「結衣?」
「・・・?」
私はいったん足を止めて、そのままの姿勢で言った。
「精進なさい。あなたはまだここで終わるような人間ではないわ」
「・・・!?は、はい・・・!」
私は決して振り返らず、結衣がいるその場から去った。
「どきなさい、ハアアア・・・!」
ヒュンっ!カキンっ!
「キャアアーッ!?」
私はまた騎士をひとり倒して、一息つく。
呼吸の乱れはない。
(これで倒した騎士は・・・)
指折り数えたのだけれど、結衣が倒した分も合わせると、もうほとんどの参加者は脱落してしまったはずだわ。
「おかしいわね・・・」
残るは円香ひとりのはず。
そのはずだけど、まったく出会わない。
『絶対、絶対優勝して、何が何でも聖女様の元に辿り着きます!天音さんには負けません!』
ーー向こうもああまで言ったからには私を探しているはず。
なのに、どうして出会わないのかしら。
「・・・・・」
私はもしかしてなにか重大な勘違いをしているのではないかしら。
森を駆ける。無意味に、徒労だと自覚しながら、円香の姿を追い求めて。
「おおっと、天音様がいま騎士をひとり撃破したことで残るは天音様と円香選手のみだー!」
放送部の実況が聞こえてくるわね。
そう、そうなのよ、残る騎士は円香と私。
あとは聖女の葵だけ。
「・・・?」
そういえば実況に円香の名前を一切聞かないわね。気のせいかしら。
円香の激戦の情報を聞いたのはいつかしら。
そう、あれは競技がはじまって最初の20分のーー。
「あの、一回だけ!?」
どうして。私を探して、私と同じように森を駆けずり回れば必ず、どうやってもほかの騎士と出会うはず。
そうでないなら、円香はわざとほかの騎士を避けている。
「・・・・!?」
そこでようやく私は重大なことを見落としていたことに気づく。
「なっ・・・しまっ・・・!」
私は愚か者の中の愚か者、ただの大馬鹿者ね。
あの円香が姿をくらましているという事実にいまごろ気づくなんて。
私は慌てて方向転換しました。
森の中心地、聖女のスタート位置である『聖域』があるその場所に。
「円香、謀ったわね・・・!」
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