第41話遥お嬢様

 ーー翌朝。

「あら、遥さん、おはようございま・・・す?」

朝食をテーブルに並べる途中のことだ。

いつもよりはかなり遅れて、遥さんが起きてきた様子。

「あの・・・どうしたの?遥・・・?」

・・・なんだろう?天音さん達が怪訝そうな雰囲気だ。

私は、持っていたスープのお皿を置き終わると、入ってきた人影の方を振り向いてーー

「おはようございますお姉様・・・♪皆様も、ごきげんようですわ」

「え・・・、え・・・?」

目を丸くして、その場で硬直した。

だって、そこにいたのは、髪をほどいておしとやかに微笑む見慣れない遥さんだったから。

いや、前に一度見たことはあるんだけど。

「ええっと・・・遥?突然どしたの?」

「はぁ・・・何がでしょう?」

「惚けられても困るのだけれど。」

「あの、昨日までと別人になっちゃってますよ?」

三人とも困惑して遥さんに尋ねる。

「わたくしは、わたくしですよ?」

「・・・頭でも打ったの?」

「・・・やっぱり、不自然でしょうか?」

「不自然ですっ!」

結衣さんがはっきり答えた。

「あは・・・ですよねぇ・・・。」

断言されて、苦笑する遥さん。いや、遥お嬢様。

「ええと、ですね・・・。」

軽く首を傾げて、考え込むような仕草。

一応、説明はしてくれるみたいだ。

「わたくしも・・・そろそろ真面目にやらないと・・・と思いまして」

「・・・頭を打ったのではないのね?」

「天音お姉様、こだわりますわね・・・」

「心配されているんですよ、天音さんは」

「・・・はい、ありがとうございます」

「おかしくなったのなら、病院に連れて行かなきゃならないから・・・」

天音さんがそう言うと、次は結衣さんが。

「おかしくはなっていませんか?いえ・・・まともになった・・・?うぅ、混乱しますっ」

「一応、まともになったという方向でお願いいたしますわ」

・・・でも、そう言われても違和感しかない。

「あの・・・皆様。今まで、ご迷惑をおかけしました。」

天音さん達と、困惑しながら顔を見合わせていたら、遥さんはぺこりと頭を下げた。

「あの、ですね?昨日までのわたくしはなかったものと思って頂けると幸いでして・・・」

「・・・そう言われましても」

結衣さんが少しだけ困った顔をする。

「・・・葵」

「天音さん、何故私を見るんですか?」

「遥のことは、葵の担当・・・。任せるわ」

丸投げされたっ!

「あのぉ・・・」

遥さんが口を開く。

とにかく、私が対応しなければいけないらしい。

「あの、遥さん・・・中二病を卒業するのは、分かりました」

「はい・・・♪」

「でも、そのキャラでいいんですか・・・?」

「キャラって、何のことでしょう・・・?」

だってつい先日は、今のお嬢様モードをむしろ嫌がっていた。

それは空っぽの人形だからって、本人が言っていた。

「・・・あのですね、お姉様」

「は、はい・・・」

「わたくしは、元々こういう感じだったのですよ?それは、天音お姉様もご存知ですよね?」

「・・・知ってはいるけれど」

「それに、お姉様が仰ったんですよ?学校でも、この感じで過ごすようにって」

「うっ・・・」

それを言われると、もう反論なんてできなかった。

「急な変化で、困惑されるのは当然ですわ。でも、いずれは慣れて頂けると思いますので・・・今後とも、何卒よしなにお願いいたしますね・・・」

ーー上品に、愛らしく微笑みかけられる。

これはこれで、可愛くて親しみやすいし、むしろ取っつきやすさという点では、以前の遥さんとは比べ物にならないだろう。

「お姉様・・・?」

「あ、はい・・・!こちらこそ、よろしくお願いします」

「・・・受け入れちゃいましたね」

結衣さんがつぶやく。

「葵が、それでいいならかまわないわ」

「朝ご飯が冷めてしまいますわ。お時間をとらせて申し訳ありませんでした。頂いてもよろしいですか?」

「はいっ!どうぞ、お召し上がりになってくださいっ」

ーー礼儀正しくて、優しくて、気が利いて。

こんなの、文句のつけようがないと思う。

だから・・・必ずしも納得はできなくとも、私にはもう何も言えないのだった。


 ・・・その日の昼休み。

「遥、結局来なかったかぁ〜」

お弁当を食べ終えて、食後のお茶を飲みながらーー

「本当に、今朝はびっくりしちゃいました」

結衣さんがつぶやく。

話題はこの場にいない遥さんのことだった。

「あの、結衣さん・・・その話、何回目ですか?」

「・・・まだ、三回目くらいですよ?」

「一回でいいんじゃないんでしょうか・・・?」

「いやー、そういうわけにはいかないでしょ」

円香さんがそう言うので、私は理由を尋ねる。

「どうしてですか・・・?」

「そりゃまぁ、気になるから?」

「・・・はぁ」

円香さんが何を言いたいのかよくわからない。

「でさ、遥が中二病を卒業したなら、それはそれでいいと思うんだけどね?」

やっぱり、円香さんもそういう反応になるんだよね。

「それで、今日は遥さん、教室でお食事されているわけですよね?」

「今日からは、同級生とも仲良くするって仰ってましたから・・・」

「でもでもですね、いきなり別人になっていて、むしろ周りのみなさんは混乱するだけじゃないでしょうか?」

「・・・さ、さぁ、どうでしょう?」

「大丈夫かなぁ・・・心配だなぁ・・・」

円香さんがつぶやくとーー

「という顔を、葵様はずっとしていらっしゃいます」

結衣さんが続けてつぶやく。

「そんなことは・・・」

私は否定するが、円香さんは。

「ありまくり」

「・・・そう、でしょうか?」

・・・まぁ、実際にはそのものズバリで思ってるんだけど。

「ああ・・・だから、話を蒸し返したのね?」

天音さんが何か理解したようだ。

「です、葵様の反応を窺ってみようかと」

「何を仰りたいんですかぁっ・・・」

「心配なら様子、見に行ったら?」

「別に・・・心配なんて」

「していないの?」

「・・・してます、けど」

「葵ちゃんって、そういうとこ素直なのかそうじゃないのかよく分かんないね」

「ええと・・・」

「違うわ。これ、途方に暮れてどうすればいいか、わからないだけじゃないかしら」

さすがは天音さんだ。

「なるほどです」

・・・何だか言いたい放題言われていた。

「・・・行ってきたら?」

「で、でも・・・」

「気になるなら、見てくるだけでも気持ち的にいいと思いますよ?」

「葵、行きたくないの?」

「・・・そんなことは」

でも、まぁ・・・行動の指針を貰えたのは助かったかも。

「では、あの・・・とりあえずちょっと行ってきます」

「うん、いってらー」

ここまで言われるってことは、そわそわしているのを完全に見抜かれているのだろう。

確かにじっとしていてもしかたないので、様子を見に行くことにした。


 そして一年生エリアにやってきた。

扉の陰に身を潜め、こっそりと遥さんの教室を覗き込む。

「ごちそうさまでした・・・♪」

「皆本さんのお弁当、すっごい美味しかった・・・」

「やっぱり、お姉様が作ってくれたの?お料理の腕前、プロ並みって噂だし」

「ええ、お姉様が心をこめて作ってくださるんです。役得ですわね・・・」

「い、いいなぁ学生寮・・・」

「・・・ですわねって」

教室の中では、遥さんがごく普通に、数人の女の子達と机を囲んでいた。

当たり前の日常風景だけど、今までどうしても実現しなかった光景だ。

・・・まぁ、流石に他の子達は戸惑いもあるみたいだけど。

「あのぉ・・・触れてもいいか微妙なんだけど、質問いい?」

「はい、どうかなさいました?」

「本当に、どうしちゃったの?髪型はともかく、性格まで昨日までと全然違うんだけど」

「・・・不思議と、誰も触れてきませんでしたわね」

「だって・・・なんかデリケートな部分だったらどうしようって」

「くすっ♪地雷は埋まっていませんから、大丈夫ですわ。あ、でも・・・昨日までのわたくしは忘れて頂けると・・・」

「黒歴史にでもなっちゃった?」

「そんなところです」

「そっかぁ、じゃあ・・・分かった。無かったことにする」

「ありがとうございます。それより、もっと皆さんのお話も聞きたいですわ・・・♪」

「いいけど、どんな話がいい?」

「女の子としては、やっぱり恋のお話など・・・」

「女子校でそれ聞いちゃうかー」

「じ、実は私・・・家庭教師のお兄さんが気になってて・・・」

「ナニィーっ!キタキター!」

「くすっ♪どんなお方なんですの・・・?」

・・・気づかれないように、そっと遥さんの教室から離れる。

「大丈夫そう・・・だよね?」

愛想よく、聞き手にまわって、無難に会話に溶け込んでいた。

・・・まさに、こういうふうになってほしいと、望んでいた光景。

ずっと心配していたことが一つ解決して、私は安堵した。

・・・安堵しているはずだった。

「いいこと、なのに・・・」

教室の中にも、遥さんのお友達ができたのだ。

間違いなく、喜ばしいことで・・・だから・・・なのに・・・。

・・・どうして、胸の中がモヤモヤしてるのだろう。

「遥さんが、他の人と仲良くなるのが・・・寂しい?」

そんな風に感じてしまうのが情けない。

「遥さん、成長しようとしてるんだから」

見守ってあげなければならないと、自分に言い聞かせた。


・・・夜になると、遥さんにお手伝いを頼まれた。

部屋を片付けたいって言い出したのだ。

「ふぅ・・・こんなもの、ですわね」

「・・・はい」

二人で作業すると、意外と早いものだった。

「ありがとうございました、お姉様・・・♪」

作業着代わりに体操服を着た遥さんが礼儀正しく、ぺこりと頭を下げた。

「いえ、このくらいは・・・」

部屋を埋め尽くしていた怪しい中二グッズの数々は、段ボールに詰め込まれて廊下に出されている。

「ずいぶん、すっきりしちゃいましたね」

「ええ、いらないものばかりだったなんて、お恥ずかしいですわ」

とはいえ、残された家具も根本的なセンスはアレだから、完全に中二くささが抜けたわけじゃないわけで。

「あとは・・・せめてベッドをどうにかしたいですわね」

「布地を白のレース付きとかにすれば、お姫様っぽくて全体の印象が変わると思いますよ」

「なるほど、検討してみますわ」

「・・・はい」

そんな提案をしておきながら、何だか複雑だ。

「でも、今日はもう遅いですし・・・ここまでですね。お姉様、手伝ってくださって感謝ですっ♪」

遥さんからも、改めてお礼を言われる・・・けれど。

「あの、遥さん・・・」

「はい、どうなさいました?」

「片付けた荷物、どうなさるんですか?」

「・・・処分しますわ。燃えないゴミの日って、何曜日でしたっけ?」

「水曜ですけど・・・捨てちゃうんですか?」

「・・・もう不要な品物ですから」

「とりあえず、物置に保管しておくとか・・・」

「それって、後で発見して身悶えるパターンですわ」

・・・まぁ、それは確かにそうかもしれない。

「で、でも・・・今までコツコツと集めてきたものですよね?それこそ貴重そうなものもありましたし」

「くすっ♪武具も宝石類も、全てレプリカですよ?」

「それでも、あのっ・・・売れるかもしれませんし!やっぱり捨てちゃうのはもったいないですよっ」

「はぁ・・・」

「遥さんがいらないなら、私が物置で保管しますっ!いいですね?」

「・・・お姉様がそう仰るなら」

ちょっと困り顔だったけど、何とか納得していただけた。

「さて、スッキリしたところで・・・今度はどんなお部屋にしていきましょうか・・・」

閑散とした部屋を、遥さんの隣で見回した。

何故だか・・・胸の奥が締め付けられるような気分。

中二病を卒業したなら、これでいいはずなのに。

「お姉様は、お花はお好きですか?」

「嫌いではないです・・・けど」

「お暇な時で構いませんので、ここに飾るお花を選ぶの手伝っていただけませんか?」

「・・・はい、いいですよ」

微笑んで返事をしながらも、違和感だけが膨らんでいく。

「わたくしはですね、バラよりガーベラの方が好きなんですけどーー」

ゲーム機もモデルガンも片付けてしまったので、こんな他愛もない話をするより他にない。

・・・だけど、本当にこれでいいのだろうか。

大切なものを無くしたような気持ち。

お喋りをしながら、段々不安になる。

ーー目の前にいるこの人は誰だ?

「少し、汚れてしまいましたわね。お姉様、せっかくですから一緒にお風呂入っていただけませんか?」

「へ・・えっ?ええっ?」

唐突すぎる提案に目を丸くした。

「裸になるの、恥ずかしいような仲ではないですわ」

「それは・・・そうですけどっ」

やることは全部、最後までやってしまった仲だ。確かに今さら問題などないのだろう。

「たまには、お背中流させてください」

だから、嬉しそうに言われると断りきれなかった。

ここで断ったりしたら、もう完全な拒絶になってしまう。

そんなことは、私だって望んでいないのだから。

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