第40話同窓会・・・そして

 午前中の授業が終わり、お昼休み。

机を寄せ合い、お弁当を広げる準備をしていたところ。

「ふぉぉぉ〜っ!」

遥さんの声が聞こえてきた。

「えっと・・・何か廊下から奇声が聞こえてくるんだけど・・・。」

「あと、すごい勢いで走ってくる足音も・・・。」

「廊下を走るのは危ないわ・・・。」

みなさん声の主は分かっていた。

とにかく、何事だろうと入口に目を向ける。

「お姉様っ!!今日の放課後暇なのです!?」

「ちょっ、落ち着いてください。いきなりなんですか?」

入ってきたのは、案の定遥さんで、まっすぐに私に駆け寄り詰め寄ってきた。

「あのね、あのね、決まったのです!さっきメール来たのです♪」

「メールって、何のですか・・・?」

「評議会!開催が決定したのです!」

ーー評議会。その単語は昨夜聞いたばかりだから、もちろん何のことかすぐ理解できた。

「会えることになったんですか。良かったですねっ♪」

「うんっ!それでね、議題がお姉様についてだから、お姉様も一緒にって思って。」

「あの〜、私お二人の会話、半分も理解できないんですけど・・・。」

結衣さんが口を開いた。

「この者の四天王昇格を審議する評議会なのですっ!だから連れて行くという話なのです♪」

「・・・ごめん、やっぱりあたしもよくわからないや。」

「えっと、まぁ、お気になさらないでください。」

って、それよりもーー

「あの、今日の放課後って言ってたのは。」

「うむ、今日会おうって話になったのです。なるべく早い方がいいらしくてな。」

「随分急ですね・・・。というか、放課後に行ける距離なんですか?」

遥さん、寮生ってことで地元は遠方のはずだけど。

「通学はしたくないけど、電車で3時間くらいなのです。」

「なるほど・・・そのくらいでしたら平日でもなんとか・・・。」

放課後すぐに出れば、一緒に晩ごはん食べても終電前までには帰れるだろう。

それにしても、休日にゆっくり会えばいいのにって思うけど・・・まぁ先方にも都合があるのだろう。

「なので、放課後になったらすぐ出かけるのです。よいな、お姉様っ。」

「あの・・・すみません、ちょっと待って下さい。」

「ふぇっ?」

「実は、その・・・今日は先約が。」

そう言って、天音さんにちらりと目を向ける。

「・・・無理にとは言わないわ。」

「天音お姉様?」

「天音さん、実はかなりお仕事がたまっていて、さっき手伝いますって約束したとこなんです。」

「そ、そうなのです・・・?」

「だから、無理にとは・・・」

「お一人で何とかなるんですか?」

「・・・ならない、けど。」

「かなりまずい状況なんですよね?」

「・・・はい。」

「お手伝い、しますからね?」

「・・・お願いします。」

流石にこんなにしょんぼりしている天音さんを放って暢気に遊びには行けなかった。

「あの・・・じゃあ、はるかの方は?」

「すみません、今日のところは遠慮しておきます。」

「うぅ・・・そっかぁ・・・。」

あと、もう一点、そもそも同窓会もどきに知らない人が混じるのはどうかと思うのもある。

「久しぶりの再開なんですから、今日はお友達同士で樂しんできてください。」

「むぅ・・・分かったのです。」

微妙に不満そうだったけど、遥さんは頷いてくれた。

「でも、あの、お手伝いって放課後だけでしょ?お昼ご飯終わったらちょっといい?」

「え・・・?構いませんけど。」

すがるような目つきで見つめられ、何だろうと小首を傾げる。

「くすっ♪放課後は別行動ですからね〜。寂しくなっちゃいました?」

結衣さんが微笑みながら尋ねる。

「当たり前なのですっ。」

「今のうちにイチャイチャしておきたいって?遥は健気な後輩ちゃんだっ♪」

円香さんも便乗する。

「えっと・・・。」

「イチャイチャしてくれないなら無理矢理にでも連れて行くのです。」

「あは・・・わかりましたから。」

本当に可愛いなぁと幸せな気持ちになる。


 そして放課後、天音さんのお仕事にもどうにか区切りをつけて。

夜には寮に帰って、遥さん抜きの夕食になった。

一人で手早く作る必要があったから、いつもよりは簡素な夕食になってしまった。

時間もさることながら、遥さんのお手伝いがないことが、思った以上に大変だった。

・・・なんだか、いつの間にか遥さんが手伝ってくれることが当たり前になっていた。

半日にも満たない時間なのに、離れてみて初めて彼女の存在の大きさに気づいた。

「これで・・・終わりっと。」

夕食後、お皿を洗い終え、食器棚の扉をパタンと閉めた。

それにしても、一人でお皿洗いってこんなに寂しいものだったっけ。

ちょっと前までは、むしろ誰かに手伝ってもらっても調子狂うし、一人の方が落ち着くくらいだったのに。

「・・・遥さん、早く帰ってこないかな。」

ほんの少し気を抜くと、独り言がこぼれる。

・・・不本意ながら、夫の帰りを待つ妻のようだ。

「でも、もうこんな時間だし・・・。」

時計を見ると、どうしてもそわそわしてしまう。

もう、帰ってきてもおかしくない時間なんだけど。

何かあったのかな・・・事故とか・・・大丈夫だよね?

・・・いくら何でも心配しすぎだと自分でも思った。

仕方がないから、掃除でもして待っていようかと雑巾を手に取って。

「あ・・・♪」

ほんの微かにだけど、車が止まる音が聞こえてきた。

たぶん、遥さんだ。駅からはタクシーで帰ってきたのだろう。

「掃除やめっ!」

ーーだって、早く遥さんの顔を見たいから。

玄関まで出迎えに行くことにした。

・・・だけど。

「おかえりなさい、遥さん♪」

「・・・・・お姉様・・・。」

「えっ・・・?遥さん?」

入ってきた遥さんの雰囲気が、想像していたのとは180度異なっていた。

「た、ただいま・・・なのです・・・。」

なんだか、青ざめた顔つきで、必死に泣き出すのを我慢しているような。

「あの・・・。」

「お部屋・・・戻るね。ごはんは、食べてきたから。」

「は、はい・・・。」

そのまま、何も話さずに階段を上がっていってしまう。

私は、ただ戸惑いながらその背中を見送ることしかできなかった。

・・・放っておけるはずがない。

だから数分後には、お茶とお菓子を持って遥さんのお部屋の前に立っていた。

「あの・・・遥さん?」

扉をノックしても、返事がない。

「入ります・・・よ?」

引き返す気にはなれずに、私はドアノブに手をかける。

「遥・・・さん?」

部屋の中を覗き込み、えっ・・・と、困惑を深める。

だって、何がなんだかわからなかったから。

ベッドの上にはパンツしかはいていないほぼ全裸の遥さんが座ってぼんやりしていた。

「何、なさっているんですか?」

「お姉・・・さま・・・。」

私は、ティーセットを置いて、遥さんに歩み寄る。

「・・・着替え、途中でしたか?」

「うん・・・。」

「私、出て行ったほうがいいですか・・・?」

「そんなの、いいよ・・・、今さら・・・」

「あは・・・そうですよね。もう何回もお互いに裸見ちゃってますもんね。」

「・・・ぅん。」

冗談めかして言ってみても、すごく反応が薄い。

「・・・えっと、とにかく何か着てください。そんな格好だと風邪ひいちゃいます。」

「でも、どうしようかなって・・・」

「どう、と仰いますと・・・?」

「・・・着る服が、ないのです」

何を言っているのか、よく分からなかった。

「はるか、変な服しか持ってないし・・・こんな時間に制服着るのも変だよね。」

「あの・・・」

たった一つ分かるのは、この半日の間に何かあったということだ。

「お友達とは、会えたんですよね?」

「うん・・・」

「・・・何があったんですか?」

「・・・・・」

ほんの少し迷ってから、微かに震える口を開いて。

「二人とも・・・普通の女の子だったのです・・・」

「・・・はぁ」

「・・・四天王じゃなくて、普通の女の子たったのです。」

ほんのちょっと考えて、あっ・・・と思う。

「あははっ・・・堕天使、やめちゃってたのです・・・。はるかだけ、だったのですっ・・・」

どうして、その可能性を考えていなかったのだろう。

新しい学校に入学して、今までとは全く違う環境になって、自分たちも少しだけ大人になってーー

そんなの、中二病を卒業するなら今しかないというくらいのタイミングに違いない。

「二人とも・・・綺麗になってたよぉ・・・?はるかが知ってるより、大人っぽくて、美人さんで・・・」

褒めているのに、遥さんの瞼には涙が浮かび上がる。

「それに、相変わらずはるかにすごく優しくしてくれてっ」

涙を滲ませながら、遥さんは必死に笑おうとする。

・・・でも、あんまり上手には笑えていなかった。

「分かるんだぁ・・・責める気になれないの。だって・・・やっぱり、変だもんね・・・?続けてたら、新しい友達なんてできないし、ドン引きだもんっ」

「あの・・・でも・・・」

「だから・・・っ、だから、いいことだと思うのっ・・・」

だけど、遥さんにとっての『堕天使』は、大切な二人の友達との絆だったはずだ。

それを守り続けていたのが自分だけで・・・他の二人はアッサリと捨て去っていたなんて。そんなのショックに決まっている。

「何やってるんだろ・・・、はるか、本当にっ・・・」

・・・分からない。

こういう時って、どんな言葉をかければいいのだろう。

本当は分からなかったから、結局は話を聞いてあげることしかできなかった。

「忠告までしてもらっちゃったの。もうやめた方がいいよ・・・って。その方がはるかのためだからって」

間違いなく、正論ーーだと思う。

だって、現に遥さんはクラスに馴染めなくて苦労しているのだから。

「分かってるの。本当に、ちゃんと分かってるの。恥ずかしいことだって・・・バカにしか見えないって・・・えへへ・・・」

ぽろりと、涙がーー彼女の頬を伝い落ちて行く。

「それに・・・それにねっ?ゆっちとみかち、本当に心配してくれてたの。だから・・・だから・・・」

手の甲で、くしくしと涙を拭う。

「はるかも・・・そろそろ大人にならなきゃだよね?大人は、魔法を信じたりしないよね?」

「・・・それは」

「お姉様のことも怒られちゃった。変なことに付き合わちゃダメだよって、困らせてるよって・・・」

「困っては・・・いないですけど・・・」

「えへへ・・・ありがとぉ、でも、ごめんね・・・?いっぱい心配してくれてたの、知ってるから・・・。大丈夫・・・。もう・・・やめるね?」

「やめるって・・・?」

「堕天使軍は、解散なのです・・・。ばんざーい・・・」

そして、遥さんもまたーー

中二病からの卒業を宣言した。

きっとそれは、いつかは訪れるはずの瞬間だった。

・・・だから、私も反対はできないのだった。

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