第39話堕天使四天王
そして、日曜日。
「ん〜〜っ♪このマーマレード美味しいですっ♪まだホカホカなんですけどっ!」
いつもよりは遅い朝食の時間、トーストを頬張った結衣さんが感歓の声を上げていた。
「はい、作りたてですから♪」
「こういうの・・・自分で作れるものなのね。」
「ちょっと手間はかかりますが、簡単ですよ?」
「ククク、如何にも・・・。我が魔力を持ってすれば、まさに朝飯前であったわ。」
折角の日曜日、朝ご飯を作るのにも余裕があったから遥さんに手伝ってもらっていた。
「遥が作ったのね。」
「あの、怪しいお薬とか入ってないですよね?」
「結衣お姉様だけはそういうこと言われたくないのですっ!」
「そうですよ、遥さんはちゃんとお料理できます。」
「結衣、謝った方がいいわよ?」
「四面楚歌!?申し訳ありませんでした!」
案外素直に謝る結衣さんだった。
さて、それはそうと朝ご飯の後はどうしようか。
最近は、遥さんがお手伝いしてくれるから、お掃除もお洗濯もすぐ終わっちゃったんだよね。
お昼ご飯もある程度作ってあるし、朝ご飯の食器洗いが終わったらすることがないわけで。
「あの、天音さん、今日って何かお手伝いすることありますか?」
とりあえず仕事を求めて天音さんに聞いてみた。
「お手伝いって、理事長のお仕事の?」
「はい、天音さんって割と休日もお仕事していますし。」
本当に、頑張り屋さんだなって思う。単に効率が悪くてなかなか終わらないだけかもしれないけど。
「今日は特にはないわね。」
「はぁ・・・。そうですか。」
私が落ち込んでいると、珍しく黙り込んでいた円香さんが話しかけてきた。
「えっと、あのさ、葵ちゃん。この後時間があるならあたしに付き合ってほしいんだけど・・・。ダメかな?」
「あ、はい!私でよろしければ!」
「よかった。じゃあさ、食べ終わったら学園裏の森の入口まできてもらえる?」
森・・・?
「はぁ。わかりました。」
何に付き合うのかは何となく想像はつく。
そして、朝ご飯を食べ終わり、片付けを済ませた私はとりあえず言われた通り、森へ向かった。
森の入口に着くと、そこにはすでに円香さんが待っていた。
「ごめんね、葵ちゃん。こんなとこにまで付き合わせちゃって・・・。」
「いえ、それはいいんですけど・・・今から何を?」
「うん、こないだの実戦練習あったでしょ?あたし、あの時天音さんに手も足も出ずに負けちゃったの。」
「・・・・。」
私は黙って頷いた。
「あたしは、本番ではどうしても勝ちたいの!だって、学園生活最後のアリエル祭だもん。勝って有終の美を飾りたいの。あたしね、本当はアリエル祭に騎士として出場するためにこの学園に入ったんだ。あ、他にもそういう子は結構いるんだよ?アリエル祭は有名だからね。」
「そう、だったんですね。」
「うん、それでさ、葵ちゃんに頼みがあるんだ。あたしが勝つために協力してほしいの。もちろん、あたしが勝ったら、葵ちゃんと踊る権利は遥に譲るつもりだよ。」
「私にできることなら協力させていただきますけど、具体的には何をすれば?」
「う〜ん、今のとこは特にはすることはないかな。とにかく、あたし以外の騎士には絶対に見つからないように、逃げきってほしいかな。んで、今日付き合ってほしいって言ったのは、森の中の散歩ってとこ。」
「散歩、ですか?」
まぁ、私も本番に備えて森の中を歩くのはいいことかもしれない。
そして、私と円香さんはお昼になるまで森の中を歩き回ったのだった。
その日の夜、夕食と食器洗いも終えてからのこと。
「ほ・・・・とっ!ファイヤー!」
手にしたゲーム機の中で大爆発が起きて、ドラゴンが崩れ落ちて行く。
「やったっ!勝ったのです♪」
「はい、やりましたね♪」
みなさんがお風呂を済ませるまで、私は遥さんのお部屋で一緒にゲームを楽しんでいた。
でも、ちょうど強敵を倒したところだし、ひと区切りかな。
「ちょっと休憩にしましょうか。お茶、いかがですか?」
「うんっ、ありがとー、お姉様っ♪」
立ち上がり、持参したティーセットに向かう。
・・・真面目なお話をするなら今かな。
「あの、遥さん。」
「んにゃ?なぁに?」
「最近、学校の方はどうですか・・・?」
「え・・・?」
遥さんの顔が一瞬固まる。
「・・・クラスの人達と、うまくいっていますか?」
念の為尋ねてみる。
「あぅ・・・またその話なのです?」
遥さんは、ちょっと不満そうな顔になる。
「どうなんですか・・・?」
「・・・仲良しの友達は、いないのです。」
それでも、正直に答えてくれた。
「そう・・・ですか・・・。」
「でも、それで何か困ってるわけじゃないし、別にいいのです。」
遥さんがそう思うのなら、他人がとやかく言うことじゃないのかもしれない。
だけど、恋人として、先輩として、口を挟む権利くらいはあると思う。
「友達、ほしくないわけじゃないんですよね?」
「それは・・・そうだけど。」
「でしたら、あの、提案があるんですけど。」
ずっと、どうにかできないかと考えていた。
・・・結果、なくはなかったのだ。
「提案って?」
「学校では、この前の・・・お嬢様モードで過ごしたほうがいいと思うんです。」
「ふにゃ?」
「ほら、県議員の方のご案内をした時の。」
「・・・あー、うん・・・。」
「普通のお嬢様として振る舞えるのなら、その方が・・・皆さん、話しやすいと思いますから。」
そう、遥さんはできないわけじゃない。
現にあの時は、ちゃんとコミュニケーションがとれていたし、いつもより遥かに礼儀正しく、親しげに振る舞えていた。
「・・・できるなら、そうするべきだと思うのですが。」
どうでしょう・・・?と、遥さんの反応を窺った。
「んー、それはちょっと・・・やだ。」
「・・・どうしてですか?」
「だってあれ、偽物のはるかだもん。それで仲良くなっても、なんか違うかなーって。」
「・・・でも。」
「そもそも、あれって結構疲れるのです。やっぱり我は堕天使であるが故に?魔力を封印して擬態するのは疲れるのであるぞ。」
疲れるからって、いつも気を抜いていい・・・とは思わない。
・・・でも、自分が正しいという確信も持てずにいる。
「それに、ね?やっぱりお友達になるなら、仲間になってくれる人がいいかな〜って。」
「仲間って、堕天使の・・・ですか?」
「うむ、友であるならば、一緒に世界征服を目指す仲間になるべきなのですっ!」
「・・・そんな人、滅多にいないですよ。」
「だよねー、お姉様くらい?」
「・・・はい、私だけです。」
私自身は、それを誇らしく思うけど。
「でも、お姉様は仲間になってくれたよ?絶対に見つからないなんて、そんなことはなかったのです。」
「私は、ほら、男の子ですから。遥さんの趣味、男の子寄りのところがありますし・・・だから・・・」
きっと、たぶん、お嬢様学校で他の仲間を探すのは、かなり難しいことだと思う。
「銃の話とか、女の子がついてくるとはとても。」
「そんなことはないのです。女の子だって分かる人はいるのです。」
「私が知っている範囲だと、遥さんくらいです。」
「むー、お姉様はちょっと女の子に偏見があるのです。」
・・・そう、なのだろうか。
「そもそも、我に色々教えてくれたのも女の子だもん。」
「えっ、えっ・・・?」
「・・・ちょっと、待ってるのです。」
そして遥さんは、本棚に歩み寄り、1冊の本を取り出した。
いや、あれは・・・本じゃなくて、アルバムだろうか。
「お姉様、ちょっと来て?これ、見て欲しいのです。」
「あ、はいっ・・・。」
紅茶を注ぎ終え、それを一旦放置し、遥さんの元へ駆け寄った。
「・・・お姉様には、特別に見せるのです。」
ちょっと恥ずかしそうに、アルバムから1枚の写真を取り出した。
「あの・・・これは?」
そのままベッドに座り込む遥さんに尋ねてみた。
「んー、我が堕天使軍の活動記録なのです?」
よく分からないまま、私は写真へと目を落としてーー
「え・・・と・・。」
そこに写っていたのは、今の遥さんと同じ黒い堕天の服を着た遥さんと、似た感じの衣装に身を包む二人の女の子。
三人揃って、楽しそうにポーズを決めて・・・記念撮影といった雰囲気だ。
「それ、我らが堕天使になった日なのです。」
我ら・・・?同じ服を着ているということは・・・。
「えっ、堕天使って他にもいらしたんですか!?」
「うむ、我が堕天使ミハエルで、ゆっちが堕天使ルシファー、みかちが堕天使ラファエルなのです。」
「ゆっち・・・みかち・・・。」
遥さんの口から飛び出す名前としてはちょっと困惑するくらいの違和感がある。
「ちなみに我ははるち。」
「・・・今後はそうお呼びしても?」
「にゃは、じゃあはるかもお姉様のことあおにゃんとか呼んじゃうよ?」
・・・恥ずかしすぎる。あと男子としては屈辱的。
「・・・過去は過去です。今のままいきましょう。」
「だよねー、分かったのです。」
ほっと息をつく。けれど。
「確かに・・・過去は過去、なのです。」
「・・・遥さん?」
「その2人ね、ここに入学する前の、地元の学校の同級生だったのです。」
確かに、そこに写っている遥さんは今より少しだけ幼く見える。
「ラノベとか、ゲームとか、そういう世界はね・・・ゆっちとみかちに教えてもらったの。」
・・・つまり、遥さんを中二病に落とした戦犯?
いや、ちょっといい方が悪かった。中二病仲間?
「んふふ♪二人に出会って、はるかの世界は変わったのです。」
昔の事を思い出しているのか、嬉しそうに微笑む。
・・・それはきっと、悪い変化ではなかったのだろう。
「写真の中のみなさん、とても楽しそうです・・・。」
「うんっ♪楽しかったのです。時間を戻す魔法が使えたらって・・・たまに思うのです。」
ほんのちょっぴり、私は嫉妬した。
だけど、そんな感情はすぐに霧散してしまった。
「だって、二人に出会うまで、楽しいことな、んて一つもなかったから・・・。」
「・・・あの。」
「はるかは、お人形だったのです。」
ただ困惑する私の前で、遥さんは話し出す。
「お金持ちのお嬢様に生まれて、綺麗なドレスを着せられて、可愛い可愛いって褒められて・・・たくさんの、色んな人に撫でてもらって。・・・それが、はるかのお仕事だったのです。パパとママが、自慢の子供でいてねって言うから。ずっとずっと、礼儀正しいお嬢様だったのです。ずっとずっと、自慢のお人形だったのです・・・。」
ーーふと、天音さんが言っていたことを思い出す。
天音さんが初めて遥さんに会った時、それは何かのパーティで・・・。
その時の遥さんは、例のお嬢様モードの遥さんで。
「お人形は・・・楽しくなかった・・・ですか?」
「楽しいわけないのです。毎日、言われることをしてるだけ。空っぽで、退屈で、楽しくないのに笑ってて、何もかも嘘だらけで・・・。本当のはるかはこうじゃないって、ずっと思ってた。でも、他にどうすればいいか、分からなかったのです。」
・・・庶民の私には想像しかできない。
でも、それが小さな子供にとって、とてつもないストレスだってことは理解できる。
「そんなときに、見ちゃったんだ。同級生の女の子が二人で変な儀式をしていたのです。」
「儀式・・・というと・・・?」
「魔族召喚の儀式。ちょっと気になって、声をかけたのです。何をしていらっしゃるんですの・・・?って。」
つまり、遥さんより先に中二病にかかっていた人達がいたわけか。
「でね?召喚の儀式に近づいて行ったら、それは我が召喚されたようなものなのです。」
「いやいや、その理屈は・・・。」
「だか、その瞬間知ったのです♪己が何者なのか、人類を超越した堕天使の一員なのだと、二人の先達に教わったのです。」
「信じたんですか!?バカだったんですか!?」
「えへへ・・・、本当に信じたわけじゃないけど、設定が気に入ったのです。」
「・・・素養はバッチリだったわけですね。」
「それ以来、ゆっちとみかちと仲良くなって、話すようになって、面白いラノベやゲームを教えてもらって。」
「退屈していた遥さんは、一気にハマっちゃったと・・・。」
そのお二人にはオタクのお兄さんでもいたのだろうか。
若干男子向けの趣向を教えられたせいで、遥さんはこうなってしまったわけで。
でも、そのおかげで私と遥さんは話が合うようになったのだから、お二人には感謝しないといけないかも。
「はるかは、お人形以外の何かになりたかった・・・だから、新たな人格が降臨して・・・願いが叶ったのです♪」
・・・そっか。
つまり、遥さんにとって、中二病に浸ることは、自我の芽生えそのものだったのだろう。
・・・初っ端から激しく迷走している気もするけど、でも、自我の迷走こそが中二病である。
きっと、たぶん・・・今はこれでいいのだろう。
「あ・・・でも、それって。」
そんな過去を聞かされて、ようやく私は理解した。
どうしていきなり遥さんがこんな話を始めたのか。
「・・・お人形には戻りたくないのです。」
お嬢様の皮をかぶることは、遥さんには苦痛でしかなかったのか。
「すみません・・・もう言いませんから。」
「うん・・・、それに・・・それにね?今は離れ離れだけど、四天王である限り・・・我はあの者たちと、魂を分け合う盟友なのです。」
それは、絆の一つの形なのだろう。
「ゆっちさんとみかちさんのこと、本当に大好きなんですね。遥さんは・・・。」
「うんっ♪ともに世界を支配するって、誓いあったのです!」
ちょっぴり妬きもちはやくけれど、その絆を否定するなんて、楽しかった思い出を否定するなんてしてはいけないことだ。
「我らは永遠に、堕天使四天王の戦友であり続けるのです!」
「・・・それはそうと、四天王なのに三人しかいないんですか?」
「そ、そこは突っ込まないで欲しいのです。四人目は募集中なのです。」
やれやれ・・・と、肩をすくめた次の瞬間。
「はわっ!?どうして今まで気付かなかったのです!?」
いきなり遥さんが立ち上がりベッドから降りてくる。
「えっ、あの、どうしました?」
「あのね、あのね、すごいこと思いついたのです!四天王、お姉様が最後の1人になればよいのですっ!」
「・・・えっと。」
「なるっ?なってくれるっ?くれるよね!?」
「いいです・・・けど・・・?」
困惑したまま、遥さんの勢いに押されて頷いた。
「おおお・・・!ついに、とうとう四天王が揃ったのです!」
「でも、勝手に決めていいんですか?今の話だと、この設定って遥さん一人のものじゃないですよね?」
「確かにその通りっ♪なので、評議会を開催するっ!」
「へ・・・あの?」
「早速、開催日時を検討せねばなるまいな。」
嬉しそうにそう言って、携帯を手に取る遥さん。
・・・ああ、つまりそういうことか。
「ゆっちさんとみかちさんに連絡するんですか?」
「なのですっ♪」
ようするに、昔の友達に会う口実を見つけたのだろう。
でも、私以外の人に会いたくてあんなに嬉しそうにはしゃぐなんて。
・・・やっぱり少しだけ嫉妬したのだった。
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