第38話円香vs天音
「ハァッ、ハァッ・・・!」
私は今、学園裏の森を走っていた。
「なんで・・・っ、こんなことに!」
私はとにかく誰かに見つかる前に、どこかに隠れなきゃ。
でもいったい、どこに隠れれば?
私は植え込みの背の低い茂みをかき分けて、少し開いたところに出る。
すると、それがいけなかったのか。
「あ、居たっ・・・!」
「うわ・・・!」
見つかっちゃった!
すぐに見知らぬ騎士に見つかってしまう。
私は急いでその子とは反対方向に森を走る。
木々を避けて、森の奥へと?それとも入口だろうか?
「ええーん、わかんないよー!ここどこー!?」
私は完全に森の中で迷子だった。
そりゃあ、この森は滅多に足を踏みいれてないんだから地形なんてわかるはずがない。
「お姉様ー、お待ちください!」
お待ちくださいって、そんなの待ってるわけにはいかないよ。
私は騎士から必死で逃げた。
まさに脱兎のごとくだ。
一応そういうルールはないのだが、聖女が自分から騎士に捕まえられに行くのは大変不名誉な行為。
というか、とてもはしたない行為だとされているらしい。
聖女たるもの、騎士が最後の1人になるまで逃げ切りなさいと散々注意されている。
私は必死で森の中をでたらめに走る。
「うっ・・・・速い!?さすがは聖女様に選ばれただけのことはあるということ?」
別に特別体力があるわけじゃないけれど、走るだけなら女の子には負けない。
「はあ、はあ、っ・・・!」
しかも騎士は軽いとはいえ強化プラスチックの鎧をつけている。
一方聖女の私は制服に、証となるレースを頭からつけているだけ。
走るのに邪魔になるものはない。
ハンデがあるなら、もともと聖女に分がある戦いなのだ。
後ろの騎士との距離は10mほど離れている。
ここまで離せば考え事をする余裕もある。
「はあ、はあ・・・ま、待ってください・・・!」
「・・・っ!」
私は再び見通しの悪いところに入って、なんとか後ろの騎士を振り切った。
私は大きな木の幹の陰に隠れて、一息つく。
「はあ、はあ・・・。けど、てっきり天音さんと円香さんの一対一の練習試合かと思ってたら、いきなり実戦形式の練習だなんて・・・。」
けど、考えてみたらそろそろ本番も近いし、これで良かったのかも。
聖女側もいきなり練習もなしに『はい、本番です』と言われても困るし。
「だからといって、先生も事前に言っておいてほしいなぁ・・・。」
まぁ以前宣誓用の台本と一緒に配られた予定表が書き込まれたプリント。
あそこに書いてあったらしく、しっかり目を通していなかった私も悪いんだけど。
「みんな大丈夫かな・・・。」
(円香)
一方、その頃・・・
円香は天音さんとぶつかっていた。
「結局、天音さんとはぶつかる運命の人だったわけね。」
「当然ね。他の騎士は結衣を除いて私達に勝てる人はいないのだから。さぁ、剣を取ってちょうだい。」
天音さんは剣を抜き、あたしに向けて宣戦布告する。
ルール上、なによりフェアな試合のためあたしはその行動に応えなきゃならない。
元より断る気はない。
「うん・・・もちろん!」
だって、あの『無敵の白』と戦えるのだから。
あたしは剣を抜いた。
ーー負けるとわかっていながら。
「気概はいいようね。円香は一年前にくらべ私を楽しませてくれるかしら?」
「・・・行きます!」
それが試合開始の合図だった。
(葵)
「おおっと!ここで天音様と円香ちゃ・・円香選手の決闘が始まったー!」
実況が響き渡る。
「えっ・・・・!?」
森の各所にはスピーカーが設置されていた。
競技大会参加者が状況把握するため、そして森の中でもし行方不明者が出たときに備えてらしい。
それらも、近年天音さんの実家である天童家の出資で実現したらしいけど。
それはともかく、私はそんな森の各所に設置されたスピーカーから聞こえてくる声に反応した。
「先に仕掛けたのは円香選手だ!剣を抜いて果敢にも天音様に立ち向かっていくー!」
「円香さん・・・!」
映像で見れないのがもどかしい。
大会当日はさらにスタッフがカメラを担いで撮影し、各所にモニタが設置されるらしいけど、私が見たいのは『いま』だ。
私が遥さんと踊るためには円香さんに勝ってもらわないと・・・。
(円香)
「ハァアアアアッ!!」
気合一閃、あたしの横薙ぎの一撃がーー届かない!?
いや、正確には届いた。届いたけれど。
カキンっ!
「ふぅん・・・でもまさかその一撃が当たるなんて思っていないのでしょう?」
「くっ、そんな細身の剣でよくやるわね・・・。」
「そのためのガードだもの。」
天音さんは自分の得物の柄についた護拳、つまり護拳周りだけを守る小さな金具にあたしの切っ先をひっかけて、打ち払ったのだ。
彼女はこともなげに言うが、動体視力・運動神経そして未来予測がうまく連動しないと成立しない離れ業。
「くっ・・・。」
一撃打ち込んで、間合いを離したのは失敗だったかも。
いまさらながらにあたしは後悔する。
細身の模造刀を構える天音さんに一歩も近づける気がしない。
「どうしたの、かかってきなさい?」
安っぽい挑発。
あたしは少しだけ剣を握り直して、前に行こうとする。
「ーーっ!!!」
駄目、やられる!?
天音さんは微動だにしない。なのにこの冷や汗はなに?
いまあたしが動いて、相手の有効射程に入っていたら、突かれていた。
あたしが剣で威嚇しようが往なそうが、相打ち覚悟で打とうが関係ない。
それを躱した上で完璧にガラ空きになった鎧を突かれる。
それくらいの『防御の殺気』を感じた。
「ハアハア・・・。」
まだ一合しか打ち合ってないのに、どうしてこんなに精神を削られるのかな。
厄介な相手だわ、やっぱり天音さんは。
「私相手に小手調べ?」
「っ・・・!」
来るーー!
「見せなさい、あなたのすべてを、全力でなければつかめないものがあるということを!」
天音さんが動いた。
天音さんの小剣が。
シュンシュンシュンッ!!
同時に数本の剣筋が見えた。
「ええ、増えた・・・!」
そんなわけない。これは、つまり高速で。
「くっ・・・速い・・・!」
残像が見えるほど、早く突いて返して、また突いてを繰り返しているんだ。
けど、あきらかに手加減している。あたしが後ろに後退しても、突きはそれ以上伸びようとしなかった。
伸ばそうと思えばいくらでも伸びるのに。
だからあたしは前から考えていたことを試そうと思った。
「けどそれは知ってる、だからこそっ!」
「な、なんと円香選手、猛攻勢の天音様の槍衾に自ら突っ込んでいくー!?これはどうしたことだー?」
あたしは突っ込んだ。
天音さんが一瞬驚いた顔をした。
(この作戦、吉と出るか凶と出るか・・・)
「ほお、突きを防ぐために距離を詰めるなんて・・・やっぱり円香、あなたはほかの騎士とはまったく別物ね。」
(凶か・・・)
だけどーー
「『だけど』って言うんでしょ?」
「・・・、ふっ・・・そのとおりよ!」
「ここで天音様のスタイルが変わった!これは上段から斜めに突き下ろす構え・・・どうやら距離を詰めた円香選手に瞬時に対応した様子。やはり無敵の白に隙なしか!?」
「それもわかってるわ。」
あたしだって読んでる。頭の中で散々シュミレートした。
「結局どの距離・角度からも死角なんかはじめからないなら・・・!」
これはもはや格闘技でも実戦でもない。
実戦を超えた盤面の勝負。相手との手の読み合い。
相手より一手でも先を読めば勝ち。
そういう積み重ねの勝負になってる。
「円香?あなた、なにを・・・!」
「ーー死角を作る!!!」
「フェイント・・・?いえ、これは!?フェイントにーー」
読ませるものですか!
「ん!?円香選手せっかく詰めた距離を後ろに飛び・・・いや、その流れで攻撃だ!後ろに飛びながら一回転、これは姿勢を低くして天音様との腰を狙うつもりだ!果たしてその一閃は決まるのか!?」
カキンっ!
「っ・・・・。」
「・・・・。」
時間が圧縮、もしくは拡大したように一瞬が永遠に拡張されたような気配すらある。
実際には1秒にも満たない、わずかな時間。
それが過ぎ去って、最初に口を開いたのは。
「正直内心ひやひやしたわ。円香、なかなか予想外なことを・・・。」
「くぅ・・・!」
「なんと天音様、足の防具で円香選手の剣を受け止めている!?」
「天音さん、どういう動体視力してるのよ!」
「動体視力?見てから動く余裕なんてないわ。純粋な予測よ。」
「っ・・・・。」
勝てない。こんなのどうしろっていうのよ!?
(私の得意なフィールドである手の読み合いですら上をいくなんて)
「相手の剣が模造刀と分かっていなければできない芸当ですが、さすが天音様といったところでしょうか・・・」
「別に刃が入っていても、私は気にならないけれど。さて、円香、次の手を見せてもらいましょうか?」
「そんなもの・・・・!ええい、ままよっ!」
あたしは策を失って、突撃した。
決死の覚悟というより、それはただの無謀なーー
「・・・はぁ、その程度なの?もう技を見せられないあなたに勝ち目はないわ。」
ヒュンッ、カキンッ!!
「ぐぅ・・・・っ!」
一撃、正確無比な突きがあたしの鎧の胸元を突く。
「・・・・、おっと、思わず息が詰まってしまいました・・・天音様の攻撃、審判の判定は・・・有効打、有効打です!」
「はあ、はあ・・・っ」
駄目だった。やっぱり天音さんには勝てなかった。
戦ってみてよくわかる。この人は圧倒的すぎる!
「楽しませてもらったといえば、楽しませてもらったわ。でもまだまだね。本番はもっと早く倒してあげるわ。」
天音さんは最後に一言そう言い残し歩き出した。
(葵)
円香さんと天音さんの試合の経過と結果は、すべて音声で聞いていた。
「円香さん・・・。」
観戦の立場でこれだと、戦った本人はやはり・・・。
結局私はほかの騎士すべて討ち取った天音さんに木の陰に隠れているところを見つかり、その日の練習は終わりとなった。
練習が終わり、みんな校庭に集まっていた。
終わりを告げる話を聞き終わり、私達学生はひとり、またひとりと教室に帰っていく。
私も帰ろうとしたとき、天音さんに声をかけられた。
「もう、往生際が悪いわね。どうして私一人しか残ってないのに、最後まで逃げていたの?」
「逃げてたんじゃなくて、迷ってたんです!」
「あら、そうなの?葵ったら、面白いわね。」
天音さんは余裕の表情だった。
一方、円香さんはーー
「ごめん、葵ちゃん・・・。」
私のわきを通るときに一言だけ残して教室へと去っていった。
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