第36話遥さんの変貌


 かくしてその日の夜・・・。

「んふ〜♪こんばんわなのです♪ 」

夜遅くなってから、遥さんが寝間着姿で枕を抱えて予定通りやってきた。

「こんばんわ、遥さん。宿題は終わりましたか?」

「ククク、完璧なのです。では今宵の寝床を借りるとしよう。・・・って、二人とも何してるのです?」

「・・・この段落、やっぱり後ろに持ってきたいのだけれど。」

「CTRLキーを押しながら、Xボタンで切り抜きですね。」

「・・・日本語でお願い。」

「今のは特には専門用語は使ってませんっ。」

今日はこんな時間なのに、天音さんは制服のままでパソコンに向かっていた。

何やら理事長のお仕事で、早急に作らなきゃならない書類があるらしい。

「こんとろーる?って、どこにあるの?」

「右下と左下に、C・T・R・Lのボタンです。」

天音さん、人差し指だけでキーボード打つような人だから、1枚の書類を作るのに何時間もかかっていた。

「もう諦めて、私が作りましょうか?」

「・・・自分でやるわ。あなたにばかり頼っていられないもの。」

「向上心をもつのは結構なんですけど。」

本当に、不器用過ぎて放っておけない人である。

「あの〜、お姉様?彼女が夜遅くに訪ねてきたんですが・・・。」

「・・・やっぱり今日はこのくらいにしておくわ。」

「・・・よろしいんですか?」

「もうほとんどできてるもの。残りは明日で構わないわ。」

そう言って、ノートパソコンをパタンと閉じる天音さん。

「それより葵?遥がきているのだから、彼氏してちゃんと相手をしてあげないと。」

どうやら、気を遣ってくれてるみたいだ。

「天音お姉様、もういいの?」

「平気よ。それに私がお仕事をしていたら、葵、放っておいてくれないみたいだから。」

「むぅ・・・お姉様、将来は家庭を顧みない社畜になりそうなのです。」

「そ、そんなことはないと思いますよ・・・たぶんっ!」

若干、遥さんからの好感度が下がった気がして焦ってしまう。

「それじゃ、私はそろそろお風呂に行ってくるわ。」

「あ、はい。着替えご用意してあります。」

そう言って、畳んだ寝間着を置いてあるベッドを指差す。

「ええ、ありがとう・・・♪」

「・・・あの、お姉様?」

「はい?どうかしましたか?」

「あそこの着替え、下着が一番上に乗ってるのだが。」

「はぁ・・・それが何か・・・。」

「天音お姉様の下着、お姉様が選んで準備してるのです?」

「はい、そうですけど・・・。」

「天音お姉様は男の人に下着見られて平気なのです!?」

「それくらい気にしないわ。葵は昔から私のお世話をするのがお仕事だもの。」

「むぅ〜・・・なんかおかしいのです!やっぱり天音お姉様と二人きりにするのは心配なのですよ!明日からははるかもお手伝いするのです!」

おかしいな?なんか更に好感度が下がった気がする。

「そう?ならお願いしようかしら。じゃあ、私はお風呂行ってくるわ。」

そして天音さんは部屋を出て行った。


 翌日の土曜日の放課後、理事長室にて。

「えっと、それじゃお願いね?」

「はい、天音さんのタイピング見ていられないですし、今日のところは口述筆記でいきましょう。」

「我はこの書類をファイリングすればいいのです?」

「ええ・・・本当に二人で手伝ってくれるのね。」

「ククク、堕天使に二言はないのです。」

昨日の宣言通り、遥さんも天音さんのお手伝いをすることになった。

「やること溜まっていたから助かるけど、図書委員は大丈夫なの?」

「図書館には結衣お姉様と円香お姉様を生贄に捧げてきたのです。」

「・・・その二人をこちらに寄越せば良かったのでは?」

「それだと、はるかがお姉様と一緒にいられないもんっ。」

「なるほど、選択の余地はありませんでしたね。」

「・・・二人とも、イチャつきにきたのかしら?」

「だ、大丈夫なのですっ!お手伝いはちゃんとやるのです!」

とにかく真面目に働こうと、それぞれ仕事にとりかかる。

で、まずは昨日の作りかけの書類を完成させてーー

「・・・できたわ。後はこれを職員室に渡すだけだわ。」

作成したのは、学生の指導方針に関する書類だたった。

本来は、先生方しか見てはいけない書類みたいだから、内容は覚えていないことにしよう。

「それと、今日は三時から県議員の方が視察に見える予定なのだけど。」

「えっ?もう二時ですよ?」

「大丈夫よ。まだ一時間もあるわ。」

それはそうなんだけど。

「偉い人がいらっしゃるのなら、ちゃんとした茶菓子とか用意した方がいいですか?」

「ただの見学だから、そんなに気を遣うことないのだけど、せっかくだから買ってきてくれるかしら?」

「分かりました。」

「あっ、それなら我も同行するのですっ!」

「なら、二人でお願いね。」

というわけで、遥さんと二人で立ち上がったところーー

コンコン、がチャっ。

ノックの音がして、返事する間もなくドアが開く。

「うぃ〜す、理事長いるか?」

そしてひょっこり顔を見せたのは夏美先生だった。

「なんだお前ら、天童の仕事を手伝ってるのか?」

ツカツカと入ってくると、私と遥さんを眺めながら尋ねてくる。

「うむ、いい機会なので恩を売っておこうと思ってな。」

「え・・・聞いていないわ・・・。」

「私も初耳ですね。」

遥さんのことだから、適当に偉そうなことを言ってるだけだろう。

「まぁそんなことはどうでもいい。それより天童、準備できてるか?」

「・・・?何の準備かしら?」

「いや、出掛ける仕事。お偉いさんとの打ち合わせ、そろそろ出ないと間に合わないぞ?」

「・・・???」

夏美先生の言葉に天音さんはきょとんと首を傾げる。

「お前、まさか忘れてる?一昨日あたしに車出すよう頼んできただろうが。」

「・・・あっ。」

ハッとした様子を見るに、本当に忘れていたのだろう。

・・・というかそれって。

「お出かけするのです・・・?議員さんの視察は?」

「あわわっ!どうすれば・・・。」

「まさか、予定被らせちまった?」

「夏美先生、そのお出かけって・・・重要な案件ですか?」

「欠席はまずいな。機嫌損ねたらガッポリ寄付金が消滅するんじゃね?」

そんな大事な用件を忘却しないで欲しかった。

とにかく、天音さんは行くしかなさそうだけどーー

「あの、葵・・・案内の方頼めないかしら?」

「えっ?議員さんのですか?」

「そっちなら私でなくても、失礼がなければ大丈夫だと思うから。」

「そ、そんなこと言われましてもっ。」

『偉い人』の相手なんてお茶出しくらいしかしたことがない。流石に焦る。

「大丈夫っ!葵ならちゃんとおもてなしできるわ。」

「私しかいないのでしたら、やりますけど・・・。」

言いながらも、助けを求めるように皆さんを見回した。

「お姉様、すごく・・・自信なさそうなのです。」

「一人だとちょっと不安なんです・・・。」

「・・・そういうことなら、遥。」

と、今度は遥さんに視線を向ける天音さん。

「えっ、ちょっ・・・お前、本気か?」

「ククク、堕天使自らの案内を受けるとは、その俗物も感謝と恐怖のあまりしめやかに失禁するであろう。」

「こんな奴に案内させたら、学園の評価だだ下がりだぞ?」

・・・残念ながら、私も同じことを思ってしまった。

「もちろんいつも通りだと困るのだけど、遥ならそつなく出来ると思うの。」

「何の根拠があってっ!?」

「あの、遥。初めて会った時のことを覚えているかしら。」

「うっ・・・。」

「5年くらい前かしら。何かのパーティだったと思うのだけど。」

「うぐぐ・・・。」

天音さんに尋ねられて、何故か遥さんは嫌そうな顔になる。

「あの感じでお願いできる?」

「やだ!」

「・・・あなたのお姉様が困っているの。」

「あぅぁっ、それを言われると・・・。」

・・・よく、わからないけど苦悶なさっていた。

「どうしても、ダメ?」

「・・・ほ、報酬はいただくのです。」

「内容によるわ。」

「今宵、我がお姉様の布団に忍び込むのを黙認。」

「分かったわ。交渉成立ね。」

「私、売り飛ばされたっ!?」

・・・いやまぁ、私を助けてくれるって話だし、別に嫌なことではないけれど。

「やむを得ぬ。あまり気が進まぬが。」

「なんか、あたし話についていけないんだが。」

「・・・私もです。」

先生と二人で困惑していると、何故か遥さんがスルスルと、髪のリボンをほどく。

「んしょっと。・・・こんな感じでしょうか?」

そして、手櫛で軽く髪の流れを整えるとーー

「それで、天音お姉様?どこを案内すればよろしいのですの?」

えっ・・・?

「基本的には、先方の要望に従って。見せてはいけない場所は特にないわ。」

「かしこまりました。お任せくださいませ・・・♪」

「な、なんだコイツ・・・。」

・・・本当になんだこれ?

遥さんが、いきなり礼儀正しい清楚系お嬢様になってしまった。

あまりの変わり様に、私も夏美先生もぽかんと戸惑うばかりだった。

「お姉様・・・?あのぅ、お姉様?」

「あっ、はいっ、なんでしょうお嬢様!」

「ふふ、お姉様はお茶のご準備をお願いいたしますね?お客様のお相手はわたくしが・・・。」

「か、かしこまりましたっ!」

誰だろうこの人は。

そんなことを思いつつ、目の前の清楚な美少女に、ちょっぴりドキドキしてしまうのだった。


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