第34話円香vs結衣
翌朝、久しぶりに騎士の練習試合が行われるということで、私達はグラウンドに集められた。
「お姉様っ♪練習試合見るのも久しぶりなのです。」
「そうですね・・・って、遥さん、自分のクラスに行かなくていいんですか?」
「別にいいのですっ。はるかはお姉様のそばにいたいのです♪」
別にクラスごとに集まるようには決まってはいないが、みんな自然とクラスごとに集まっている。まぁ、遥さんは上級生の中に混ざるのはもう慣れてるだろう。
「ククク、それで今宵決闘するのは誰であるか?」
「ふふ、ひみつです♪すぐにわかりますよ・・・ほら?」
グラウンドでは、ちょうど準備が終わったところだ。
「さぁ!今日は久しぶりの練習試合だーっ!今日も実況はこの私桐谷千里が担当させていただきますっ!」
放送部長の元気な声がスピーカーに乗ってやってくる。
「そして本日の注目の対戦カードですが・・・え?なに、巻きで?
ええー、先生から早くしろとの指示があったはので残念ながら・・・あ、ああー!」
何かまだ言おうとする桐谷さんからマイクを奪い取り、先生が対戦する騎士の名前を簡潔に読み上げる。
「はい、本日の練習試合は3年生の鳳凰院結衣さんと、同じく3年生の東雲円香さんです。それではふたりとも入場、よろしくお願いします。」
「結衣お姉様と円香お姉様なのですかっ!てゆうか二つ名持ち同士なのですっ!」
まぁ、普通こういう好勝負が期待できる組み合わせって盛り上がる本番まで取っておくべきだよね。
「まぁ、二つ名は先生がつけたわけではないですし、対戦相手はランダムで決めているのでしょう。この対戦も別に不思議はないですよ?それに興行ではないですし、学園行事としてのあくまで予行練習、練習試合ですからね。」
「そんなものなのです・・・?」
まぁ学園行事をショーのように強調するのも変だし。私はそう思う。
「でもでも、注目の対戦なのは間違いないのですっ!」
「そうですね。」
そしてふたりがグラウンドの対戦フィールドに入場してくる。
まずは円香さんがゆっくりとした歩みで立ち位置まで進む。
堂々とした態度と姿勢、そして悠然とした笑顔での入場だった。
一方、結衣さんはまだ緊張してるのか、動きがぎこちない。
鎧をガチャガチャ鳴らしながら、カチコチのまま立ち位置までやってくる。
「よ、よろしくお願いします、円香さん!」
「待って待って、結衣!挨拶はちゃんとアナウンスがあるから・・・。」
「あっ!」
すると先生がマイクで話しかける。
「ええ、それでは、東雲さんから挨拶をお願いします。」
「はい。結衣、よろしくね。ぜひ、正々堂々力の限り技を出し合えることを願います。」
「いいですね。それでは鳳凰院さんも挨拶をお願いします。」
「はい。私はまだまだ実力が伴ってないと思いますが、本日は是非、胸を貸していただきたいと思います。お相手、よろしくお願いしますね円香さん。」
「はい、ありがとうございました。それでは早速試合に移らせてもらいます。・・・両者構えてください。」
そして、先生の合図で円香さんは抜刀し、結衣さんに向かって構えて、対する結衣さんは刀を収めたまま腰を落とし構える。
「やっぱり、結衣お姉様は、以前みたいな抜刀術なのです?」
「十中八九そうでしょうね。あれが、結衣さんにとっての必殺の一撃でしょうから。ただ、だからこそ円香さんにとっては対策しやすいわけでもあるのでしょうけど・・・。」
「対策?そんなことできるのです?あんなに速かったのに?はるかなんか、一切目で追えなかったのですよ。」
そんなことを遥さんと話している間にもふたりの試合は始まった。
「それでは、両者ともいいですか?試合・・・はじめ!」
先生が試合開始の合図をあげる。
(結衣)「・・・っ!」
結衣さんは試合開始と同時に動き出した。試合前の緊張など嘘のように、すっと顔つきが別人のそれになる。
はじめはゆっくり円香さんに向かって歩き出す。
(円香)「・・・っ!」
円香さんはこの時点で警戒する。
その歩速はやがて競歩のように早くなり、一瞬でトップスピードに達する。
(円香)「ーーハアアアッ!!!」
一合。それで試合は決まった。
ーーかのように見えた。
カキンっ!
(結衣)「・・・っ!踏み込みが・・・!」
(円香)「くっぅぅ・・・!あぶなっ!」
だが試合は終わっていない。円香さんは鎧のどこにも攻撃を受けていなかった。
会場は大盛り上がりだ。
あれだけの技を防いだのだから。
「えっ、あれ?どうやって円香お姉様はあの抜刀術を防いだのです?」
「円香さんが剣で防いだんですよ。」
「どうやってなのです?あんなに早い剣を?」
「剣筋は追いにくいので、最初から考えてなかったみたいですね。かわりに結衣さんの足元を見てたみたいです。」
「足元です?どうして足元なんて?」
「結衣さんの剣は確かに速いです。その切っ先を目で追うのは大変です。でも、足を目で追うことはできます。そこから体を想定し、体から腕を、腕から切っ先までの距離を測れば、体の筋以上にはどうやってもリーチは伸びません。」
「だからそれで結衣お姉様の攻撃範囲を読んだってことなのです?」
「まぁそうですね。でも、かなりギリギリだったみたいですね。踏み込みにあわせて後ろに下がって、さらに剣を突き出し間一髪弾いた・・・というところでしょうか。」
「なんなのです、この試合・・・。お姉様の解説がなかったら頭の理解が追いつかないのです。」
(円香)「これでもうその技は出せないわ。」
(結衣)「まだですっ・・・!」
結衣さんは一度後ろに下がり、鞘に納刀しようとする。次弾装填だ。
(円香)「させないわよっ!」
けれどそれを許す円香さんではなかった。
結衣さんの懐に飛び込み、剣で攻撃をしかける。
(結衣)「うっ・・・!」
咄嗟に円香さんの攻撃を剣で受け止める結衣さん。
だが、これで結局納刀は封じられる。
(円香)「・・・!ニの太刀はやらせないわっ!」
チャキンっ!カンッ!
剣がぶつかる音が響く。
それからも円香さんは結衣さんに隙を与えぬよう、常に攻撃をくわえる。
苛烈な息を吐かせぬ攻撃に、結衣さんは完全に後手に回ってしまって翻弄されている。
私にはそう見えた。
「これはすごいのです・・・。」
「うう〜ん・・・。」
「お姉様?」
「どちらも慎重すぎるんですよね。」
「えっ?」
(円香)「ふっ、はっ!ヤアアアッ!」
(結衣)「うっ!(いったん離れなきゃ、くっ!)」
(円香)「(逃さないわよ!結衣!)」
円香さんは、距離を取ろうとする結衣さんに喰らいついていく。
結衣さんはそれをなんとか防いでいるが、防戦一方だ。
一見、激しい攻防に見える・・・だけど。
(円香)「ハア、ヤアア!逃げてるだけじゃ、勝てないわよ結衣!」
(結衣)「そうやって誘い出そうとしても無駄です・・・!」
(円香)「・・・・!まるで穴熊ね。」
「ふたりとも、決定的な攻撃をしていないのです。」
「よく気が付きましたね。えらいです。」
遥さんを褒めるように答えた。
以前の試合でも見た、あの攻撃による防御を繰り返している。
「そうなんです。あのお二人は慎重派同士ですからお互い防御が開かないと攻めないんです。そして、防御が開いてたのは最初の最初だけ・・・。」
「あとは、隙がないからずっと小手先で打ち合うだけってことなのです?」
「まるで子猫のじゃれ合いですね。」
私は途端につまらないようにため息をつく。
今まで熱狂していた生徒たちも、試合が長引くにつれて熱が冷め静まり返る。
無言のギャラリーが見守る中、試合の針は刻々と過ぎていく。
ふたりは必死に戦っているが、細かい技の応酬で観戦側としてはたいくつな試合だ。
(円香)「(守りが・・・硬い!)」
(結衣)「(隙が・・・見つけられません!)」
必死に戦っているだろうお二人には失礼だが、それが素直な感想になってしまう。
やがて、延々と続く攻防に終止符が打たれる。
ピィーーっ。
(円香)「・・・・っ!?」
(結衣)「あっ・・・?」
「はい!そこまで!両者、最初の立ち位置まで戻ってください。」
どうやらタイムアップだ。
ふたりとも剣を収め、最初の立ち位置に戻る。
そして終わりの挨拶を交わす。
「結衣・・・さすがね。中々懐に踏み込めなかったわ。」
「いえ、私も技を封じられて自分の至らなさを痛感してます。次はもっと精進します。」
「うん、次は負けないからね・・・。」
「はい・・・。」
パチパチパチパチ・・・
拍手が巻き起こる。
最後にそう挨拶するものの、ふたりともとても悔しそうにしていた。
校庭の生徒たちは、みんな、すごかったわねーなど言っている。
たしかに見ごたえはあったけど、それは見た目の動きや派手さで、実際には熱い駆け引きが見れたわけじゃない。
私や遥さん、そして一部の生徒には少し寂しい試合になってしまったことは間違いない。
「遥さん、言っておきますけど円香さんや結衣さんが弱いわけではないですよ?むしろ強いから、少しのミスで両方とも足元をすくわれる可能性があったってことですね。」
「だから警戒するあまりにあんなことになっちゃったのですね。」
「そうですね・・・。」
きっとこれは本人たちが一番実感していることだろう。
でなきゃあんな悔しそうな顔してないよね。
「これでは天音さんの足元にも及びそうにないですね・・・。」
つい嘆かわしそうに小さく呟いてしまった。
本番ではこの上に天音さんが存在する。
それが二人にとって、ほかの騎士にとっても最大の障害になるだろう。
円香さんと結衣さんは礼儀上、お互いの戦いを称えあうように粛々と握手を交して去っていった。
そして、その後数試合が行われた。
天音さんはやはり圧倒的な実力差で相手を打ち負かしていた。
そして私達は整列し、先生方から軽い挨拶があり、その日の予行練習は解散となったのだった。
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