第33話仲直り

 その日の夜、夕食の片付けも終えて、テーブルを拭きながらーー

「はぁ・・・・・・。」

我慢していたため息が、油断した拍子にこぼれだす。

「・・・・って、落ち込んでいてもしょうがないし。」

どんよりした顔を見せて、同情を引くようなことはしたくない。

だから、せめてもの空元気を出そうと想うんだけど・・・。

「今なら・・誰も見てない・・・よね?」

空しさに、憂鬱にひたるなら今のうちかもしれない。

「・・・遥さん、大丈夫かな?」

傷つけた本人が心配するなんて、何様のつもりだろう。

・・・だけど、心配なものは心配だ。

「でも、なぁ・・・。」

教室で別れたあの瞬間から、遥さんとは一度も会話を交していない。

夕食には、出てきてくれたけど、無言でさっさと食べて部屋に戻ってしまった。

ずっと途方に暮れたような顔をしていたが、それはどう考えても私のせいだ。

慰める資格すらない自分のことが、恨めしくて・・・自己嫌悪ばかり湧いてくる。

「私の・・・バカ・・・。」

ぽつりと呟いて、数秒後のことーー

「あのぉ・・・葵様?」

背後からかけられた声に、驚きながら振り返る。

「お風呂、空きましたよ?」

「あ、ありがとうございます。」

入ってきたのは結衣さんで、全員お風呂が済んだことを知らせにきたのだった。

「入ってないのは後は葵様だけですよ?」

「遥さんも、入ったんですか?」

「はい、私よりも先に。」

部屋に閉じこもっているのかと思ったら、いつの間に。

・・・実は落ち込んでないのかと少しモヤモヤする。

そして、落ち込んで欲しいなんてーー

そんなことを考えた自分を、堪らなく嫌悪した。

「・・・どうして、遥さんだけを確認したんですか?」

「えっ・・・?」

「今の、遥さんだけを気にしてましたよね?」

「そ、それは、結衣さんがお風呂上がりなのは見ればわかりますから。」

「天音さんは?円香さんは?」

「・・・えっと。」

言葉に困ってしまう。

そんな私を、結衣さんは探るように見つめてくる。

「あの、葵様。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「何をでしょうか?」

「何かありました?遥さんと。」

・・・やっぱり、分かるよね。

私は何とか平然を装ったが、遥さんは明らかに様子がおかしい。

「遥さんも、葵様も、あからさまに変ですよ?何もかも、すごくぎこちないです。」

・・・私も、全然いつも通りじゃなかったらしい。

「ご心配おかけしたなら、すみません。」

「早速、喧嘩でもしちゃいました?」

「そ・・・そんなところです。」

何とか誤魔化そうと、小さく笑みを浮かべる。

「でも、できれば早く仲直りしてくださいね?遥さんの暗い顔なんて、あまり見たくありませんから。」

「はい・・・・。」

仲直りなんて、できるわけもないのに。

結衣さんの言葉に頷くのさえ、罪悪だ。

「お願いしますね?遥さん、やっと元気になってくれたんですから。」

「やっと・・・・ですか?」

その言い方に、少し首を傾げる。

遥さんは、元々元気が取り柄の人だと思うのだけど。

「そうですよね・・・葵様はご存知ありませんよね。」

「えっと、どういうことでしょう?」

「遥さん、以前はーー葵様がいらっしゃるまでは、もっとずっと大人しい子だったんですよ。」

「えっ・・・?」

「変な子なのは最初からですけど、今みたいに元気じゃなくて、何と言いますか・・・根暗な子だったんです。」

・・・困惑した。

私の中の遥さんのイメージとはかけ離れていた。

「葵様が引っ越してきてから、いきなり元気で明るい子になっちゃったんです。たぶん、遥さんのノリについていける人が、やっと現れたからですね。」

「・・・そう、ですか。」

「あの子が明るくなって、私すごい安心したんですよ?全部、葵様のおかげです。」

「私は、何も・・・。」

「遥さんにとって、葵様は絶対に必要な人です。・・・私は、そう思ってます。」

ーー私は、何をやらかしてしまったのだろう。

そんなことを言われても、もう手遅れなのに。

「くすっ。まぁ、そういうことです。お風呂、早く入った方がいいですよ?」

結衣さんは、励ますように微笑みながら食堂を出て行った。

私は、呆然となりながら、布巾で掃除を終えて。

・・・ふらふらと、浴室に向かった。

気が付けば、身体を洗い終わって、浴槽に浸かっていた。

「・・・何、やってるんだろ。」

こんな、いつも通りに生活していいのだろうか。

分からない。何をどうすればいいのか、全く分からない。

「でも、結局は遥さん次第だよね・・・。」

どれだけ考えたところで、騙していた以上、遥さんの結論に従うしかない。

覚悟はしていても、やっぱり振られるのは・・・辛い。

せめて、遥さんが、元気に過ごせるままならいいんだけど。

「遥さん・・・どうするつもりなんだろう。」

呟いて、お湯の中に顔を沈める。

・・・ちなみに。

遥さんの結論を知ったのはその直後だった。

ガラっ!

「こ、ここここんばんわなのですっ!」

「えっ!?えぇぇっ!?」

勢いよく、お風呂の扉を開けて遥さんが乱入。しかも全裸で・・・。

「クク、クククっ!刮目せよっ!これが、我の真の姿っ!」

顔を真っ赤にして、それでも裸体を隠すことなく私の前にさらけ出す。

「ちょっ、待って!待ってください!何事ですかこれはっ!?」

慌てて湯船の中に浸かり、抗議の声をあげる。

「お、おおお!よく見れば、本当に男の子なのですっ!貧乳どころかまな板だし、以外にたくましいっ!」

上半身だけでも、しっかり観察されれば男性だとわかってしまう。

たくましいって言われたのがちょっと嬉しい。

って、喜んでいる場合ではない。

「で、ではお姉様!今こそ立ち上がるのです!」

「何でですかっ!?」

「オチ○チンも見せて?」

「余計にどうしてですかぁ!嫌ですよっ!」

「むぅぅ、そんなの不公平なのです。」

「不公平って・・・意味がわかりませんよ〜!」

「ふむ、全て説明せねばならぬのか。よかろう。」

遥さんもテンパっているのか、私が返事するより先にペラペラと喋りだした。

「あの後、我は冷静に考えてみたのです。その結果・・・。」

「け、結果・・・?」

「はるかだけ裸を見られるのは不公平なのです。だからはるかもお姉様の裸を見る権利があるのです。」

「そ、その理屈は・・・。」

「何か間違ってる?」

「間違っては・・・いない、ような。」

というか、本当にそういう問題じゃない。

遥さんは、怒ったり、悲しんだりしてる雰囲気じゃないし・・・。

そのことに、むしろ戸惑うばかりだ。

「あ、あの、怒ってないんですか?」

「なんではるかが怒るのです?」

「だって、私は男の子で・・・。」

「今まで黙ってたのは少し怒ってるのです。でも、よく考えたらしかたないのかなって気がしたのです。」

それはまぁ、女子校だからやむを得ないこともあったのだけど。

「とはいえ、もっと早く言って欲しかったのです。そしたら、女の子同士なのにとか悩まなくて済んだのに。」

「す、すみませんでした。」

・・・あれ、でもそれって・・・。

「え、あの、遥さん?」

「な、なに?」

「つまり、私が男の子でもいいんですか?」

「はるか、全然同性愛者とかじゃないよ?」

「そう・・・なんですか?」

「女の子だから好きになったんじゃないもん。はるかは、お姉様を好きになったんだもん。

あれっ?でも男の人なら、お姉様じゃなくて、お兄様?」

「そ、そんなのはどっちでも・・・。」

「ま、まぁ性別など、ささいなことであるな。」

苦笑して、照れ臭そうに身体をくねらせる遥さん。

・・・そんな様子を見て、段々と実感がこみあげて来る。

「と、とにかくっ!はるかは、先輩が好きなのです・・・。」

「今も・・・・まだ・・・?」

「契約を交した仲なのです。当たり前であろう。」

「本当に・・・?」

「疑り深いのです。じゃあ先輩は、はるかに先輩と同じものが生えてきたら嫌いになるのです?」

「・・・普通は、生えません。」

「仮にっ!」

・・・想像してみる。目の前の遥さんの裸に生えてくるところを。

「びっくりはしますけど、嫌いにはならないです・・・。」

「なのです♪はるかもびっくりはしたけど、先輩が好きなのですっ!」

「ぁ・・・・。」

遥さんが、今もまだ私を好きでいてくれる。

・・・まずい、ちょっと泣きそうだ。

「騙していたのに・・・いいんですか?」

「だから、よく考えたらしかたがないのです。」

「でも・・・でも・・・・。」

「・・・先輩も、はるかのこと、好き?」

「す、好きです・・・大好きですっ!!」

「えへへ・・・ならもういいのです♪」

溶けていく。崩れていく。

ずっとずっと、胸の中につまっていた重苦しい何かの塊が。

受け入れてもらえた。

ありのままの自分を・・・。

「ふぇっ・・・えぐっ・・・。」

「ちょっ、泣かないでなのです。男の子はそんな簡単に泣かないんだよ?」

「ぐすっ、そ、そうです、ね・・・。」

涙はポロポロ零れるけど、それ以上は男の子の意地で我慢する。

「ま、まぁそういうわけで、先輩。いや、お兄様・・・やっぱお姉様?」

「お姉様でいいです。そう呼ばれるのもう慣れちゃいましたから・・・。」

「うんっ!大好きだよっお姉様っ♪」

こうして私は、遥さんと男としても恋人関係を続けることができたのだった。


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