第32話真実の告白

 放課後になり、今日も図書館を訪れる。

遥さんが図書委員の当番だというので、お手伝いにきたのだけど。

「・・・決めたのは、いいものの。」

頼まれた机と椅子を拭きながら、小さくため息をつく。

ーー実はボク、男の子なんです。

「信じてもらえる・・・よね?」

・・・怖い。すごく怖い。

一度は固めた決心だけど、どう言い出せばいいのか・・・。

考えていると逃げ出したくなってくる。

「・・・意気地なし。」

今さら迷っている自分に失望した。

そうして、途方に暮れて落ち込んでいるとーー

「あの、お姉様?」

手が空いたのか、遥さんが駆け寄ってくる。

「あ・・・すみません。まだお掃除、途中で。」

慌てて止まっていた手を動かし、机を拭く。

「それは、いいけど・・・えっと、どうかしたのです?」

「え・・・?何がですか?」

「今日のお掃除、何だかキレがないのです。」

「キレって・・・何ですかそれ?」

苦笑しながら、何とか元気を出して返事する。

「だってお姉様、普段はもっと楽しそうにお掃除してるよ?」

「・・・今だって、楽しいですよ。」

心配をかけないよう、小さく微笑む。

・・・でも、それってまた嘘をついている。

「やっぱり、元気がないのです。」

「そんなこと・・・ないですよ?」

誤魔化して、どうしようというのか。

いつも通りを装っても、肝心なことを言い出しにくくなるだけなのに。

「ん〜、やっぱりいつもと違う感じがするのです。」

でも、冷静に考えると、図書委員の当番のお仕事中に、深刻な話をするのもどうかと思う。

・・・やっぱり、今のお仕事が終わってからにしよう。

そう決めると、少し気が楽になった。

まぁ、問題を先延ばしにしただけなんだけど。

「あの・・・、もしかして、具合悪かったり・・する?」

「ですから、元気ですってば。」

「お姉様なら、倒れる直前でもそう言いそうなのです。」

そんなことはないけど・・・たぶん。

とにかく、何とか健康をアピールする方法を考えて・・・。 

「えいっ♪」

「って、うわわ。遥さん?」

いきなり遥さんが飛びついてきてびっくりする。

「じっとしてるのです・・・熱無いか測るから。」

「は、はい・・・。」

コツン、と額をくっつけてくる遥さん。

ほんの少しだけ、冷たい気がする。

・・つまりは、私のほうが体温が高いのだろう。

「熱いような、そうでもないような、微妙なライン?」

「ね、熱はないです。ドキドキして照れてるだけです。」

正直に申告しながら、微妙に距離をとる。

「そっかぁ・・・♪お姉様も、照れるんだ?」

「それはまぁ、好きな人に迫られたら顔も熱くなります。」

「にはは、この前と逆なのですっ。」

「そ、そうですね・・・。」

ごく最近、似たようなやりとりをしたこと、もちろん忘れてはいない。

「前のときは、そのまま勢いではるかが告白したんだっけ・・・。」

「・・・はい。」

思えば、あの瞬間が、深刻な問題の始まりだったのだろう。

いくら私も好きだからって、受け入れるべきではなかった。

ちゃんと、物事の順序を守らなかったばっかりに・・・。

「あのね・・・お姉様。告白したとき、はるか、すっごく怖かったのです。」

「・・・遥さん?」

穏やかに微笑みながら、私を見つめてくる視線。

「だって、女の子同士でしょ?やっぱり普通じゃないし・・・。」

「こんなの、絶対嫌われる〜って、言っちゃってから、なんでこんなことしたのって後悔までしちゃって

でも、勇気を出してよかった。お姉様も、はるかのこと好きって言ってくれて、そんなのもう本当に奇跡がおきたみたいなのです。

えへへ・・・お姉様も女の子が好きだったなんて、これってもうそれだけで運命なのです。前世からの宿命なのですっ♪」

「・・・前世はちょっと大げさですよ。」

「フフフ、それはつまり、今を生きよっ!ということか。確かに過去の因縁で全てを片付けるよりは我の好みである。」

いや、そこまで深く考えてなかったけど・・・。

「でも、今から未来永劫・・・来世もその次も、お姉様のこと大好きだよっ?」

「あ、ありがとうございます。」

・・・困った。今の、すごくドキっとした。

こんなにときめいてしまったら、余計に言い出しにくくなるのに。

「あのね、前に何かの本で読んだんだけどね、同性愛って、真実の愛なんだってっ。」

「・・・どんな本ですか?」

「んっとねー、なんか歴史小説っぽいの。女の子同士じゃなくて、男同士の恋愛だったけど。」

戦国武将の衆道とか、古代ギリシャ人とか、そういう方面の小説だろうか。

「男女の恋愛など、所詮は生き物の本能に過ぎないのです。子を成しえぬ我らの恋愛こそ、ヒトが動物を超越した真理!」

偉そうに語ってみせる遥さんだけど、私の罪悪感は、耐え難いほど胸を締め付ける。

「んふふっ♪はるか達、究極の恋をしてるってことだよ!」

「・・・はい。」

ごめんなさい・・・ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!

私は、遥さんに欲情しています・・・。

身体のどこかに触れるたびに、淫らな欲求が芽生えます・・・。

生き物の純粋な本能に、流されそうになって。おそらくはそれこそが、私が遥さんを想う気持ちの根源でーー

「お姉様が女の子で、よかったのです。」

・・・もう、限界だと思った。

遥さんが好きなのは、ボクではなく、女の子である『私』だ。

そうである以上、丸く収まるなんてことはないのだろう。

・・・でも、それでも僕は改めて決意する。裁かれることを。

「お喋りはこれくらいにして、掃除しちゃいますね?」

「あっちは終わったから、はるかも手伝うねー♪」

あと、何分この笑顔を見ていられるだろうか。

きっと、深刻な話になってしまうから・・・。

・・・この図書委員の当番が終わったら。

そして、図書館を出て帰り道。

遥さんの後ろを歩きながら、大きく深呼吸する。

もうこれ以上は、逃げたりしない。

何度も自分に言い聞かせ、やっとのことで声をだす。

「あの・・・遥さん!」

「ふぇっ?どうしたのです?」

「大事なお話があるんです。少し寄り道してもよろしいでしょうか?」

「いいけど、お話って?」

「誰にも聞かれない場所で、話します。」

「・・・?そ、そう・・・?」

私の真剣な声色に気づいたのか、遥さんの顔が不安なものに変わっていく。

「えっと・・・帰ってからじゃ、駄目なのです?」

「決心が鈍る前に、早く話そうと思って・・・。」

二人きりになれる場所。誰にも話を聞かれない場所。

多分この時間なら、教室に行けば誰もいないだろう。

「・・・すみません、一緒にきてください。」

「う、うん・・・。」

今度は私が先導するように、夕暮れの校舎に向かうのだった。


 思ったとおり、教室には誰もいなかった。

でもそれは、もはや自分に対する言い訳が不可能ということだ。

この期に及んで、残っていた最後の迷いを・・・断ち切った。

「あの・・・お姉様?それで、お話って?」

「・・・実は、その。」

「いきなり二人きりになりたいなんて、えっちなことでもしたくなっちゃったのです?」

「ち、違います・・・!というか、あの・・・すみませんでしたっ。」

「いきなり謝られても、何がなんだか。」

「えっちなことなんて、しちゃいけなかったんです。私はずっと遥さんを騙していますから・・・。」

「えっと・・・騙すって、何が?」

覚悟を決めろ。これ以上の過ちはもう犯さない!

「じ、実は僕っ!男の子なんですっ!!!」

「・・・???」

この人、何言ってるの?

そんな雰囲気で首を傾げる遥さん。

「お、オチ○チン、ついてるんです・・・。男なんです。」

「ふぁ・・・、お、オチ○チン・・・?」

頷く。そして深く頭を下げる。

「本当に、ごめんなさい!今まで騙していてすみませんでしたっ!!」

「えっと・・・・あの、待って?謝られても・・・。」

戸惑う気配が伝わってくるが、私は頭を下げ続ける。

そうする以外に、もうどうしようもなかったから。

「えっと・・・あ、もしかして新しい遊びなのです?」

「は・・・?えっ・・・?」

・・・流石に頭を上げて遥さんの顔を見る。

「え、えっちなオモチャ買っちゃったとか・・・?女の子でもオチ○チン生やせるような・・・。」

「そんなの買いませんよっ!じ、自前であるんですっ!」

「なるほど、魔力で生やしたのだな。つまり、男の子の役をしてくれるってことなのです?」

「あの、妄想とかじゃなくて。それに役って何ですか?」

「やっぱり、世間の目は時々厳しいのです。故に、男装して普通の恋人を装うのだな?」

・・・全く信じてない?どうしよう。

「でも、お姉様の方が可愛いし、偽装するなら我の方なのです・・・。」

「心外極まりないんですがっ!?本当に男なんですよぉ!」

「・・・そんなこと言われても。」

必死に何度も訴えると、遥さんは次第に困り顔になる。

お、おかしいな。こんな予定ではなかったのに。

・・・どうやって証明すればいい?

すごく簡単な方法があるにはあるけど・・・。

「あの、お姉様?無理しなくていいんだよ?はるか、変な目で見られるのは慣れてるのです。」

誤解が、おかしな方向に深まっていく。

「実はこの胸も作り物なんです!ほら、よくみてください!」

私は胸元を開け、シリコンと肌の境目を見せる。

「お姉様、実は貧乳だったのです?でも、はるかはそんなこと気にしないのですよ。」

ここまでやって、まだ信じてくれない・・・。

こうなったら、もう・・やるしかない。

「ああもう!これっ、見てくださいっ・・・!」

羞恥心を投げ捨てて、スカートを捲り上げる。

「お、お姉様っ?何をしてるのです!?」

「こ、ここ!触ってみてください・・・!」

実際に、『ついている』ことを確認すれば一発だろう。

だから、私は必死に遥さんの前に股間をさらけ出す。

「さ、触ってほしいの?はるかに?」

「そ、そうです!早くして下さい!」

「も、もぉ〜、やっぱりそういうことしたかったのです?ホントにお姉様は回りくどいんだから〜♪」

・・・なんか著しく誤解されているが、もうそんなことはどうだっていい。

「それじゃ、今日ははるかがお姉様を虐める番なのです♪」

言いながら、スススと近寄ってくる遥さん。

そして、私の目の前まできて手を伸ばしてきてーー

「んっ、あっ!」

小さな手が触れた瞬間、声が出てしまった。

「むふ〜、お姉様の反応、可愛いのです♪」

「か、可愛くないです!そ、それよりっ。」

すりすりと、遥さんの手が布越しにオチ○チンを撫でる。

「おろっ。なんか、柔らかいものが入ってるのです?」

どうやら、ようやく気づいてくれた様子。

「んん・・・?これ、何なのです?」

形を確かめるように、もにゅもにゅと揉んでくる。

「ぁっ、ああっ!そんなに触ったら・・・っ!」

「パンツの中に何か入れてるのです?」

「んあぁっ、ですから自前ですってばぁ!」

そんなに揉まないでっ!

「あわっ!な、なんか大きくなってきたのです!?」

「ごごご、ごめんなさいっ!!」

「えっ、えぇぇっ!?お姉様、これって!?」

「ですから、オチ○チンですってば!」

「なっ、にゃっっ!?えっ?うぇぇぇっ!?」

「も、もう弄らないでっ!勃っちゃいますからぁっ!」

「はわっ!?わわわっ!ごめんなさいっ!?」

理解した瞬間、遥さんは慌てて手を離す。

「え、えっと・・・。」

そして、じりじり後ずさり私から距離をとる。

「ほ、ホントに、おお、オトコ・・・?」

「はい・・・。そういうことです。」

「で、でもっ・・・なんでっ!?」

「色々事情がありまして・・・女子校に・・・。」

「そんなぁ・・・なんでなんでなんでどうしてっ!?」

「あの・・・遥さん?」

「嘘なのです夢なのです・・・でもほっぺつねったら痛いのですっ!」

どうやら独り言のようだ。

私の説明は届いていないようだ。

「ふわっ?ということは・・・はるか、男の人とキスしたり、おっぱいとかアソコ触らせたりしたのですっ!?」

「・・・ごめんなさい。」

小さくなりながら頷く、とーー

「ひ、ひんっ・・・嘘ぉ?やっちゃった・・・のです?」

みるみるうちに、耳まで真っ赤になっていく。

「あの、全面的に悪いのは私の方で・・・。」

「うにゃあぁぁぁぁぁぁっ!!?」

・・・手を伸ばしかけた瞬間、遥さんは脱兎のごとく逃げ出した。

「あ、あのっ!?遥さん・・・!?」

「うわぁぁぁぁぁぁ・・・・・・!」

追いかけることもできず、ただ遠ざかる声を聞いていた。

「・・・やっぱり、駄目だった。」

今の反応は、間違いなく・・・振られたのだと思う。

覚悟はしていたとはいえーー

「ぐすっ・・・、でも、当たり前だし・・・っ。」

言ってしまったものは、もう取り返しがつかない。

後はもう、なるようになれーー

・・・心の中で叫んで、開き直るしかないのだった。

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