第29話堕天使の誘惑

 ーーその日は、なるべく遥さんと二人きりにならないようにしていた。

「明日はやっぱり雨かしら。」

「ふぇ?天気予報は晴れなのですよ?」

「葵が私にお手伝いを頼むなんて珍しくて。」

「う、うむ。それについては、我も初めて目撃したのです。」

「ええと・・・天音さんも多少は花嫁修業をしておかないと結衣さんみたいになっちゃいますよ?」

「それ、結衣お姉様が聞いたら泣いちゃうのです。」

でも、だって・・・結衣さんに手伝ってもらうのは危険すぎるから。

「・・・そう言われると、ものすごく危機感があるわね。」

「とにかく、早く拭いてください。」

「他にも理由がありそうだけれど、わかったわ。」

布巾とお皿を手にこくんと頷く、物分りのいい天音さん。

どうやら、本当の理由もご理解頂けてるようだ。

とにかく、私も会話を切り上げ食器洗いに集中する。

「んふー、しかし今日のグラタンは美味だったのです。」

「お皿洗うのが大変そうだけど・・・私はコロッケが美味しかったわ。もちろん葵の料理は全部美味しいのだけど。」

「あ、ありがとうございます。でも、お二人も手伝ってくれたじゃないですか。」

「おお、ならば我らの料理と言っても過言ではない?」

「さすがに過言だと思うわ。」

「そっかー。」

ちなみに今は夕飯を終えてお皿を洗っているところ。

私が洗って、天音さんが拭いて、遥さんが棚にしまうというチームワークだ。

正直、3人もいらないのだけど、天音さんにいてほしかったので。

「・・・あ、これで最後です。」

「分かったわ・・・拭いたわ。」

「じゃ、しまってくるのです!」

そして作業は、終了した。

「・・・私、部屋に戻るけど。」

あなたはどうするの?と天音さんの視線が語っていた。

「えっと・・・それじゃ私も。」

「それで、いいの?」

「ぅぐ・・・。」

見透かされている。でも、他にどうしろと?

「お姉様っ♪台所終わったし、ゲームしよ♪」

「・・・私の部屋でいいですか?」

「私は理事会の仕事があるから、遊ぶならよそへ行ってちょうだい。」

天音さんっ!?見捨てられた!?

「ならば、我の部屋で。ククク、今宵は地底を攻略なのです。」

・・・さすがにもう限界みたいだ。

ここで断るのは不自然すぎる。

それに、そもそも二人きりになるのが嫌というわけではない。

「分かりました・・・。遥さんの部屋で遊びましょう。」

「ラジャー、なのです♪」

「葵・・・、わかってるわよね?」

「大丈夫ですっ!」

「むむ、何の話なのです?」

「お気になさらずにっ!」

いつまでも逃げていてもしかたない。

だったら、ここは節度ある付き合い方を提案するしかない。

そう心に決めながら、布巾を絞って畳むのだった。


 ーーというわけで、遥さんの部屋にやってきた。

「えへ・・・・、お姉様ぁ〜♪」

そして二人きりになると、早速とばかりにすり寄ってくる遥さん。

「す、すみませんっ、ちょっと離れて・・。」

「えー?どーして?」

「どうしてもです!お願いですから・・。」

「むー、しかたないなぁ・・・。」

何度も頼み込むと、ようやく一歩下がってくれた。

「やっと二人きりになれたのに、今日のお姉様少し冷たいのです。」

「それは、あの・・・。」

・・・さて、どう説得したものか。

何か、納得してもらえる言い訳はないだろうか。

正直困りながら、考え始めたのだけど・・。

「あのね、お姉様ーー」

「は、はい。」

「もしかして、キスとかあんまりしたくない感じ?」

「え・・・?」

先に遥さんから同じ話題を切り出してきた。

「何となく、今日のお姉様そんな雰囲気だっはたから。」

わざわざ口に出さなくても、遥さんの方が察してくれたようだ。

「あの・・・。」

「違った?そんなことない・・・?」

まるでそれを期待しているかのように尋ねてくる。

「いえ・・・違わないです。キスは・・・ちょっと・・・。」

迷いながらも、ここで受け入れては意味がないのでそう答えた。

「そっかぁ・・・。」

「あの、でも、違うんです!嫌だった訳じゃなくて、まだちょっと恥ずかしくて・・・。」

遥さんを傷つけたい訳じゃないので、慌てて言い訳をする。

「う、うん・・・。でも、無理させちゃってたならごめんなさいなのです。」

「いえ・・・私の方こそ、すみません。」

「たはは、はるか、ちょっと急ぎすぎたのです・・・。」

なんだかんだで、本当は聞き分けのいい素直な子だ。

苦笑しながら理解をしめしてくれて、私は安堵する。

「そうだよね。キスだけが恋愛じゃないよね。人それぞれのやり方があるし、それに合わせていくのが恋人なんだよね。」

「遥さん・・・。」

優しい言葉に、私は感動すら覚えてーー

「なので、お姉様もはるかのやり方に合わせるべきなのです。」

「へ・・・?」

「そなたも堕天使軍の一員なのです。そのような情けないことじゃ困るのです。」

「いえ、あの、ですが・・・。」

「ですが?」

「もう少し、慎みのあるお付き合いをお願いしたくて・・・。」

「それはやだ。」

ざっくりと拒否された。

ご理解はいただけても納得してはいただけないようだ。

「まぁ、お姉様が恥ずかしがってるのはよく分かったのです。」

「分かっていただけるなら・・・。」

「ならば!修業あるのみなのです!」

「は、はい?修業って・・・?」

「特訓!練習!苦手を克服!これが王道!強くてニューゲームも我は好きだが王道も悪くないのです!」

「・・・特訓って、具体的には何を?」

「いっぱいキスしたらそのうち慣れるのです。そしたらもう恥ずかしくないのです!」

「慣れませんからっ!勘弁して下さいよぉ!」

「むむ、お姉様は少々向上心に欠けるようなのです。」

「そういう方向に向上したくないんです!」

「強情なのです・・・。うぅ、やはりここはショック療法しかない?」

「え・・・・えぇ・・・?」

「しばし待つが良い。んしょっと・・・。」

そして、戸惑う私の前で、遥さんはスカートをめくって、パンツを脱いでーー

「って、ちょちょちょっ!遥さん!?何してるんですか!?」

「見ての通り・・・?服を脱いでるのです。」

「どうして脱ぐ必要がっ!?」

「だ、だからショック療法だと言っておろう。」

呆然としてる間にも、遥さんは服を脱いでいく。

「あわわ、待ってっ!ちょっと待って下さいってばぁ!」

制止しようと声をかけるが、待てと言われて待つ人などいない。

結局は、見守るだけの私の前で、遥さんは下着をも脱ぎ捨ててしまった。

「ク、クク・・・準備、完了なのです。」

「せ、せめて隠してくださいよぉっ!」

「今さら何を言っておる。それに、女同士恥ずかしがることもあるまい!」

「そういう問題じゃないですよねっ?」

「とにかく、お姉様も脱いで?」

「お、お断りしますっ!」

「むぅ、だがこのままでは特訓ができないのです。」

「本当に、何をしようって言うんですか!?」

「キスよりも、もっとすごいこと?やることやっちゃえば、多分キスなんてどうってことなくなるのです。」

だから、ショック療法か・・・ってそれよりも。

「あの・・・すごいことって、具体的には?」

遥さんの中では、女の子同士なんだから挿入ではないだろう。

だったらどうするのか、今ひとつイメージが浮かばない。

「具体的には・・・その、おっぱいとか、あそことか触り合って・・・。」

ごくりと、私は唾液を飲みこむ。

「抱き合ったり、舐めたり、擦り合わせたり?た、多分気持ちいいのです。」

そんなことをしたらバレる。絶対にバレる。

・・・よし、逃げよう・・・。

そう決意して、一歩二歩と後ずさる。

ーーだけど。

「やっぱり、ダメ・・・? 」

「さすがに、レズ的なアレは・・・。」

「そっか・・・。そういうのは気持ち悪い?」

「え・・・・、あの・・・。」

本当に、さっさと回れ右すべきなのは頭の中ではわかっている。

でも、気づいてしまった。

遥さんの足が、わずかに震えていることに。

「恥ずかしいなら、やめておくべきですよ?」

「恥ずかしいけど、はるかはしたいって思ってるの・・・。」

「・・・どうして?」

「お姉様が好きだから・・・。もっと触れてみたいし、はるかのことも触ってほしい。」

「恋人じゃないとできないこと、他の人じゃ絶対にしないこと、して欲しい・・・。そうじゃないと、今までと変わらないもん。」

・・・ああ、そうか。

女の子同士だから、普通じゃないから、遥さんは不安なのだろう。

だから、特別な『儀式』を求めて・・・。

キス魔と化していたのも、きっとそれが本当の理由だ。

「でも・・・だからって・・・。」

「えっちなこと、したいのは、はるかだけ?

はるかのこと、気持ち悪くなっちゃった?」

怯えた目つきで、遥さんは尋ねてくる。

「嫌いに・・・なった?」

その目つきを見て、私は直感した。

ここで拒絶したら、どんな言い訳をしたところで傷つけてしまうだろう。

精一杯の勇気を振り絞って、それを拒まれたなら、誰だって簡単には割り切れなくなる。

それが分かるから・・・だけど。

「えっちなのは・・・いけないことです。

だから、えっちな遥さんは悪い子です。」

「・・・ごめん、なさい。」

「だ、だから、悪い子にはおしおきします!」

「ふぇ・・・?えっ!?」

「こんなに、私のこと誘惑してどういうつもりですか!堕落させたいんですか小悪魔ですか!?」

「え、えっと偉大なる堕天使なのです・・・」

「いいですよっ!降参ですよ!堕落してあげますよ!でも、私は負けませんから!快楽堕ちするのは遥さんの方ですっ!」

自分でも、何を言っているのかよくわからない。

たぶん、混乱しているんだろうと、後になって思った。

「あの・・・つまり、えっちなことするのです?」

「違いますっ!お仕置きです。私には指一本触れないでくださいよ!?」

「ふぇ、えぇぇぇっ!」

「ほらっ、ベッドに行きますよ!たっぷり虐めて差し上げますからね!」

「は、はいっ、なのです。」

勢いにまかせて、遥さんをベッドの方へ押していく。

どんな判断だ・・・と自分でも呆れてしまう。

でも、そのときは他に何も思いつかなかったのだ。

秘密を守るには、主導権を握って遥さんを満足させるしかない。

冷静に考えると、無茶苦茶にもほどがあるけれど。

それでも、哀しい思いをさせたくなかったから。

ーーそして、私は遥さんに自分の身体を触らせることはなく、ベッドの上で遥さんを絶頂させ、満足させることができたのだった。


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