第27話堕天使はキスが好き

 遥さんと恋人同士になって、数日が過ぎていた。

そんなある日の放課後のことーー

「ごめんなさいなのです・・また手伝ってもらって・・・。」

「いえ、遥さんと一緒にいたかっただけですから。」

「そ、そっか・・・えへへ・・・♪」

図書委員のお仕事を手伝って、今はそれも終わったところだ。

「あのね、お姉様・・・はるかも、一緒にいられて嬉しいよ?」

「光栄です、ミハエル様。」

「う、うむっ。くるしゅうないっ♪」

そんなやり取りをして、くすくすと微笑み合う。

・・・本当に、思い切って告白を受け入れて良かったと思う。

もちろん、色々と問題はあるのだけど、こうして遥さんが幸せそうに笑ってくれるだけで十分だった。

恋人になったからといって、私達の日常が大きく変わったわけではないけれど。

でも、お互いの心の中で、確かに変わったこともあるのだろう。

「それじゃ、そろそろ帰りましょう。」

「はーいっ。今日はお買い物に寄っていくのです?」

「そうですね・・・少し食材を買い足したいですね。」

「ならば、スーパーでデートなのですっ♪」

「そんなデートでいいんでしょうか・・・。」

「お姉様と一緒なら、それでいいんだよ?」

「・・・まぁ、そうですね。」

くすぐったい幸せで、胸の中がいっぱいになる。

愛しい人の側にいられる幸せを、じんわりと噛みしめる。

「えへへ〜♪」

「ふふっ♪」

大した意味もなく笑い合う。

この数日はずっとこんな感じで、私達は初々しい恋愛ごっこを始めていた。

・・・だけど、実をいうと恋人同士になって以来、少しだけ困っていることがある。

「ねぇ・・・、お姉様・・?今、二人きりだよ・・?」

「は、はい。そうですね。」

図書館を後にして、校門に向かう途中のこと。

「誰も見てないから、いいよね・・・?」

「でも、誰か来るかもしれませんよ?」

「その時はその時だよ?別にいいもんっ♪」

嬉しそうに、遥さんは距離を詰めてきてーー

頬にキスをしてきた。

「ちゅっ・・・♪お姉様〜っ♪」

「んひゃっ、ま、待ってくださいって・・・。」

「だぁ〜め!ちゅっ、ちゅっ♪」

「くすぐったいですからぁ・・・。」

・・・困っていることは、これである。

恋人になって初めて知ったのだけど、遥さんには・・・キス魔の気配があった。

甘えたいとき、イチャイチャしたいとき、私の常識ではありえないくらい気軽に唇を寄せてくる。

一応は、二人きりの時を選んでいるようだけど。

「こんな場所で、まずいですよぉ・・・。」

「ククク、我らしかおらぬ。よいではないか。」

「・・・ミハエル様は少し強引すぎます。」

「お姉様もして・・・?んっ♪」

「話、聞いてください・・・。」

「んん〜〜っ!」

ざっくりと無視して、唇を突き出してくる遥さん。

これ、しないと許してもらえないのかな?

「・・・どうしても、ダメ?」

「それは・・・あの・・・。」

ああ・・・どうしてダメって言えないんだ私は。

「ダメじゃないなら・・・んっ♪」

ーー頬に残っている柔らかな唇の感触。

目の前に差し出されたそれはつやつやぷるんとしていて、とても美味しそうで。

「あああ・・・もうっ!」

・・・たまらなくなって唇を押し付ける。

「ん・・・ちゅっ♪ぁふぁ・・・♪」

気が付くと、舌まで絡めあっていて・・流されるまま大人のキスをした。

「ふへ・・・♪気持ちい・・・♪」

「・・・やっちゃった。」

呟いてから、はっと我に返って周囲を見回す。

「大丈夫だよ?誰もいないのです。」

「もし、誰かに見られたら恥ずかしすぎるんですが〜っ!」

「ふ、我が結界を張っているので問題ない。魔力を持たぬものの視界には入らぬのです。」

私は、堕天使軍の一員としてはまだまだだ。

そういう妄想を心から信じこめれば、少しは楽なんだろう。

「それより、お姉様?手、つないでもいい?」

「あ、はい・・・。」

頷いて、差し出された手を握る。

「では、本日の兵站行動を開始するのです♪」

「はいはい、お買い物ですね。」

「状況開始っ♪」

繋いだ手を、ぶんぶん振って歩く遥さん。

そんな仕草は、可愛くてついつい口元が緩む。

冷静に考えると、町中で手を繋いで歩くとか、それもまた照れくさすぎるのだけど。

さっきまで、キスをしていた影響なのか、このくらいは素直に受け入れられるくらい感覚が鈍っていた。

・・・・とはいえ、どのみち離したくはなかったから。

ある意味、こんな状況を楽しめるのは、遥さんがキス魔だったおかげなのだった。


その日の夜、夕食とお皿洗いを済ませてからのこと。

私と遥さんは部屋でゲームをしていた。

「クク、これでトドメ・・・!スターダストイージスっ!」

「なんか、防御技になっちゃってますけど。」

「ふぇっ?」

「イージスって、盾ですから。」

「た、盾で殴るのですっ!」

「今撃ったの、パンツァーファウストですけど・・・。」

「なんか、そのままの名前のほうがかっこ良かったのです・・・。」

「ですねぇ。」

などと言っている間に、ゲーム画面の中では大ダメージを受けた飛竜が崩れ落ちて行く。

「やったっ!倒したのですっ♪」

「はい、クリアですね♪」

ほっと一息ついて、画面から目を離す。

ちなみに、今は天音さんはお風呂に行っているので、遥さんと二人きり。

天音さん、私達がゲームをしているのを呆れ顔で見ながらお風呂へ行ってしまったけど・・・もしかしたら、この部屋でゲームをしているのはお仕事の邪魔だったのかもしれない。

後で、戻ってきたら謝っておこうと、心の中でメモしていた時のこと。

「ところで、あのぉ・・先程のそなたの活躍は見事だったのです。」

「あ、はい。ありがとうございます♪」

「なので、褒美をとらせたいのです。」

「ええと・・・何か頂けるんです?」

「うむ、我の魔力を分け与えよう。」

ちょっと何を言っているのか、解読が難しかった。

「ククク、我は粘膜接触することで魔力を注ぐことが可能なのです。」

「・・・つまり、キスしたいと?」

「・・・んっ♪」

頷く代わりに唇を突き出してくる遥さん。

「あ、あの・・・ちょっと待ってください。」

「お姉様?どうかしたのです?」

「何だか、二人きりになるとキスばかりしているような気がするんですが・・・。」

「してるよ?」

「何の疑問もなしですかっ!?」

「だって、恋人同士はキスするものなのです♪」

「いえ、あの、他にもやることがあると思います。」

「例えば・・・?」

「お話したり、お茶したり・・色々ですよ。」

「でも、そんなの今までもやってきたのです。」

「・・・そうですけど。」

「せっかく、ソーシソーアイになれたのだから、恋人同士しかできないことがしたいのですっ♪」

「まぁ・・・それは、確かに・・・。」

「それに、キスって気持ちいいよ?」

「それも・・・確かに・・・。」

「だから、・・・んっ♪」

論破されてしまった。

そもそも、私自身本当に拒否する気があるか疑問だった。

「も、もう・・・しょうがないですね。」

吸い寄せられるように、遥さんに唇を近づけてーー

「ん、ちゅっ・・・はぷっ・・・。」

気がついたら、夢中で遥さんと唇をむさぼり合う。

・・・だけど、そんな時だった。

「ふひゃあっ!!?」

いきなりドアが開く音がして、慌てて遥さんから距離をとる。

「・・・ただいま。お風呂空いたわよ?」

「あ、天音さん・・・。」

「ええと、おかえりなさい・・なのです?」

「どうして疑問形なの?」

「な、なんとなく・・・?」

今の、キスしてるとこ見られてもおかしくないタイミングだったけど・・・。

「二人とも、ゲームはもう終わったの?」

「う、うむ。休憩中であるが、先程は見事な勝利だったのです。」

・・・大丈夫だったみたい。天音さん無反応だし。

「休憩中ならちょうどいいわ。先にお風呂入ってきたら?」

「そうであるな。お姉様、一緒に入ろっ♪」

「い、いえっ!私は最後に入りますので!」

「え〜、たまにはいいでしょ?お姉様の背中流したいのです。」

「大丈夫ですので!自分で洗えますからっ。」

「・・・我の褒美が受けとぬと?」

上目遣いで拗ねてきて、おねだりされてしまう。

「・・・そう言われましても。」

「だめ・・・?」

遥さんは、私を女の子だと思っている。

だから、こればかりは受け入れられなくて途方に暮れてしまう。

「・・・遥、葵は一人で入りたいって言っているわ。」

「我はお姉様と入りたいって言っているのです。」

「あまり、わがままを言っているとあなたのお姉様に嫌われるわよ?」

「うぐっ・・・それは嫌なのです。」

天音さん、すごくナイスフォローですっ!

「すみません、お風呂は一人で入りたい派なんです・・・。」

「むむぅ・・・それがお姉様の流儀ならしかたないのです。」

「光熱費がもったいないから早くお風呂に入ってきてちょうだい。」

「ならば尚更一緒に入るべきだと思うのです・・・行ってきますなのです。」

遥さんはぶつぶつと文句を言いながら、着替えを取りに行った。

「・・・行ったわね。」

「あの、ありがとうございました。助かりました。」

「このくらいの気遣いはできるわ。私のせいだもの。それよりも・・・。」

天音さんは、何だか迷うような雰囲気で、私のことをちらりと見る。

「はい、なんでしょう?」

「・・・あなた、遥と付き合っているの?」

「ふぇ・・・?えっ?」

いきなり尋ねられてドキッとしてしまう。

「どう・・・なの?」

「ど、どうって言われましても・・・。」

天音さんにも、遥さんのことは伝えていない。

だから、咄嗟に誤魔化すべきなんだけどーー

「さっき・・・キスしていたでしょう?私の時と違って無理やりされている雰囲気ではなかったけれど。」

「・・・見ちゃったんですか?」

「見ちゃったわ・・・。びっくりして、なかったことにしようかとも思ったけれど。」

「見間違いということにしていただくわけには・・・。」

「・・・それ、もう認めてるのと同じよ。」

「・・・はい。」

「私にとっても、あなたの雇い主として重要なこと。ちゃんと答えてちょうだい。」

どうやら観念するしかないようだ。

・・・というか、立場的に天音さんに隠し事をすべきじゃない。

「はい・・・。遥さんとお付き合いしています。」

「・・・そう、なのね・・・。」

「隠していてすみませんでした!ちょっと言いにくくて・・・。」

「告白された私に言いにくいのはわかるわ。それは別にいいの。

・・・じゃあ、ようするに遥も知っているということでいいのね?」

「・・・知っているというと?」

「あなたの性別のことだけど。」

「ええと・・・それは、その・・・。」

自然と目が泳いでしまう。

「・・・・・・えっ?」

ぽかんとした顔で天音さんは見つめてくる。

「もしかして、話していないの?」

・・・もう誤魔化しようがない。だから付き合っていることも言えなかったのだ。

「まだ、話していないです・・・。」

「え・・・?えぇっ!?」

どういうこと?という視線で尋ねられてくる。

天音さんは混乱しているようだ。

「実は、あの・・・遥さんは、同性愛だと思っているみたいでして。」

「まぁ、今までのあなたへの懐き方をみたらあの子、そういう気配はあったけれど。」

「それで、告白されまして・・・断りきれなくて。いえ、決して嫌々というわけではなく、私も遥さんのことを好きだったので。」

「そういう問題ではなくて・・・ちょっと待って。」

「は、はい・・・。」

天音さんが、頭痛を堪えるような仕草をなさっていた。

「何も言ってないのにキスをしたの・・?」

「・・・そういうことになりますね。」

「・・・・・・。」

そして、あからさまに眉をひそめられていた。

「や、やっぱり駄目でしょうか?」

「やっぱりって、自分でもわかっているのでしょう?」

「それは・・・ええと・・。」

「普通に、かなり最低だと思うわ。」

「・・・です、よね?」

ズバリと言われて、胃のあたりが痛くなってくる。

「あ、天音さんっ!私、どうしたらいいでしょうか?」

「知らないわ。人の恋路に口を挟む気はないもの。」

「そんなっ・・・!助けてくださいよぉっ!」

「自分のことなのだから、自分でなんとかなさい。」

完全に突き放されて、途方に暮れる。

「とりあえず、今のままだと私はあなたを軽蔑する・・・とだけ言っておくわ。」

「・・・はい。」

本当に、どうにかしなければ、と思うのだけど。

正体を明かすのは怖すぎるし天音さんにも迷惑がかかるし。どうすればいいのかさっぱり分からないのだった。

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