第26話契約の儀式

 土曜日の放課後、少し早めに授業を終えると、教室を出てその足で一年生エリアにやってきた。

この時間なら、まだ教室の中にいると思うんだけどーー

「あ、遥さ〜んっ!」

「ふぇっ?お、お姉様っ!?」

ちょうど、廊下に出てきた遥さんに呼びかけると、驚いたのかあたふたし始める。

「ど、どうしたのです?こんなとこまできて・・・。」

「お迎えに上がりました。ミハエル様。」

「そ、そうか・・・ご苦労であったな。」

側を通りかかった一年生が会話を聞いて目を丸くしていたが、細かいことは置いといて。

「ええっと、お一人ですか?」

「うむ、見ての通りなのです?」

他の誰かと一緒なら遠慮しようかと思っていたが、相変わらずというか案の定というか。

「あの、でしたらーー」

「残念だが、一緒には帰れぬぞ?我はこれからアカシックレコードの管理に向かうのです。」

「図書委員の当番なら知っています。昨日聞きましたので。」

「う、うむ。そうだったのです。」

土曜日は、お弁当がいるかどうかの問題があるので、前日にみなさんのご予定を聞いてまわっている。

ちなみに、今日は遥さんは図書委員、天音さんは理事長のお仕事、結衣さんと円香さんは部活とのことで全員のお弁当を作った。

天音さん達は、理事長室や部室で召し上がるので、いつもみたいに教室で集まることはない。

「よかったら、お弁当を一緒に食べませんか?」

「はるかと・・・?」

「はい、私もお弁当なんですけど、1人じゃ寂しくて。いいですよね?」

まぁ実際は、遥さんが1人で食べているのを想像したら、放っておけなかったからだけど。

「それは・・・いいけど、二人きりで?」

「はい、中庭でいいですよね。行きましょう♪」

「は、はい・・なのです!」

もう強引に連れて行こうと、彼女の手を引っ張った。

何故だか緊張しているのが、少し気になるけれど。

「食べ終わったら、図書委員もお手伝いしましょうか?」

「え・・・・?そ、そんなの大丈夫なのですっ。」

「でも、暇なので、私にも情報戦の極意を伝授してください。」

「・・・暇なら、まぁよかろう。」

「お願いしますね♪」

なるべく長い時間、遥さんと過ごしたかった。

本音を言うと、ただそれだけだった。


 お弁当を食べ終えると、宣言通りに遥さんと図書館へ足を運んだ。

司書の先生に申し出ると、人手が増えるのは大歓迎とのこと。

「あの、ごめんなさい・・力仕事で・・・。」

「いえ、お役に立てるなら頑張りますよ♪」

頼まれたお仕事は、本棚丸ごと一つ分の入れ替えだった。

大量の本を運ぶことになるから、これは確かになかなか大変そう・・・ではあるけれど。

「ふふっ♪」

私は、いくつかぎっしり本が詰まったダンボールを運び、床におろしながら小さく微笑む。

「お姉様・・・?どうしたのです?」

「いえ、何でもないです♪」

力仕事を頼まれるって、女の子扱いじゃないから嬉しくなる。

それに、遥さんとの共同作業というのも胸の中がくすぐったくなる感じで。

「あ、残りの箱も持ってきますね。遥さんは並べていてください。」

「い、いいのです!大変なのは我がやるからっ!」

「でも、並べる順番は遥さんの方がわかりそうですから。」

「とにかく、力仕事は我がーーんひゃっ!?」

倉庫に向かおうとした遥さんが、勢い余って転びそうになっていた。

「・・・っと、大丈夫ですか?」

慌てて手を伸ばし、遥さんの身体を支える。

「ふぁ・・・・へへ、平気なのです!」

・・・なんか正面から遥さんの肩をつかんで、見つめ合うような格好になってしまった。

「図書館で・・・お姉様が、こんな近くに・・・。」

「・・・?遥さん・・・?」

「ま、正夢・・・?」

顔を真っ赤にしながら、何かをブツブツ呟いている。

「ぁう・・・なんか、クラクラするのです。」

ちょっと、様子がおかしいような。

「顔、赤いですけど・・・?」

「しょ、しょんなことないのですのだっ!」

照れている・・・・?

いや、でも女の子同士で照れる理由がわからない。

「遥さん、ちょっといいですか?」

「ふぇぇ・・・?」

微妙に不安になったので、真っ直ぐこちらを向かせて顔を近づけていく。

「ひ・・・・、あの、ちょっ!?」

コツンと額と額を合わせて、熱を測ってみてーー

「ふひゃっ?あ・・・はわわわわわっ!」

離れると、きょとんとしてから再び慌てだす遥さん。

何だろう、このよく分からない反応は。

それよりも。

「少し、熱があるような・・・気がします。」

熱く感じたということは、私より体温が高いということだ。

「ぁうぁ・・・、か、風邪かもなのです。そういえば昨日、お腹出して寝てたから・・・。」

自覚症状もあるのなら、そういうことなのだろう。

ちょっと熱っぽいだけみたいだし、そんなに心配はいらないだろう、けど。

「うーん・・・。」

とはいえ、あまり無理をさせるのも。

「あの、お姉様、そろそろ仕事、戻ろう?」

「いえ、やっぱり遥さんは帰って休んでください。ここは私がやっておきますから。」

「え・・・・でも、そういうわけには。」

「い・い・か・ら!帰ってくださいね?

病人が無理して働くなんて、絶対に許可しませんからね?」

ちょっと強めに、睨みながら言ってみる。

「でも・・・。」

「駄目です!」

「どうしても・・・?」

「どうしても駄目です。」

「ぁうぅ・・・わかったのです。」

・・・というわけで。

最終的には押切って、強引に頷かせた。


 ーー図書館のお手伝いを終えると、もう夕方だった。

私は一人で学園を後にすると、まずはお買い物に向かった。

・・・風邪薬なら、救急箱に入っていたはず。

だから必要なものは、夕飯の材料と、スポーツドリンクとーー

「おかゆなら、風邪ひいてても食べられるよね。」

呟きながら、栄養のある食べやすいおかゆを考える。

鶏肉と、ショウガと野菜を何種類か、買い物かごに入れていく。

「他にも、何か食べやすそうなものは・・・。」

遥さんは、桃缶とリンゴとどっちが好きだろう。

結局、両方買い物かごに入れて、ついでにメロンも買った。

「よし、さっさと帰ろう!」

とにかく、一刻も早く、側で看病したくて。

私は早足でレジに向かうのだった。


 けれどもーー

寮へ戻るなり、まずはリンゴとメロンを切って、桃缶もお皿に開けてーー

それらをお盆にのせて、遥さんのお部屋を訪れたときのこと。

「あ・・・、おかえりなさい、なのです。」

・・・ウサギリンゴと、メロンと白桃のシロップ漬けを、とりあえず手近なテーブルの上に置いた。

「ふわわっ、なんかいっぱいきちゃったのです!」

「・・・そんなことより、遥さん?」

「ふぇ・・・・?な、なに?」

ジロリと睨むと、遥さんは一歩後ずさる。

「どうして寝ていないんですか!着替えてすらいないってどういうことです!?」

「あ、あわわ・・・だ、だって・・・。」

「さっさと着替えてお布団に入ってください!」

言いながら、私は遥さんのタンスから寝間着を取り出そうとする。

・・・何段目だろう。遥さんだけはきちんと自分で片付けをするからよく分からない。

「寝てなくちゃ・・・だめ?」

「ダメに決まってるじゃないですか。」

私が部屋に入ってきた時、遥さんは制服姿のまま椅子に座ってぼんやりしていた。

熱が上がって苦しんでいるんじゃないかと心配していただけに、逆になんだかイラっとしてしまった。

「あの、でも・・・大丈夫、なのです。」

「病人はみんなそう言うんです。悪化したらどうするんです?あまり余計な心配させないでください。」

「・・・お姉様、心配してくれるんだ?」

何だかちょっと困ったような雰囲気で、私を見つめてくる。

「当たり前です。だから、ちゃんと言うことを聞いてください。」

「ごめんなさい、なのです。」

「分かって頂けたらいいんです。ほら、早くベッドに。」

言いながら、やっと見つけた寝間着のシャツを手渡す。

「・・・う、うん。」

「着替えてお布団に入るんですよ?これ、果物いくつか用意したんで、食べれそうなら召し上がってください。」

これから着替えるなら、席を外したほうがいいだろう。

「お薬と、氷枕とか探してきます。すぐ戻ってきますので、それまでに着替えておいてください。」

そう言い残して、部屋を出ようとしてーー

「あ・・・ま、待って、お姉様っ!」

呼び止められて振り返る。

「その・・・あの・・・ごめんなさいなのです!」

勢い良く頭を下げられてしまった。

「そんなに謝らなくていいですってば。今からでもちゃんとお休みになって頂ければ。」

「違うのっ、あのっ、ホントはどこも悪くなくて。風邪なんかじゃないのです!

だから、その・・嘘ついてごめんなさい。

心配させちゃって、ごめんなさい・・・。」

本当に申し訳なさそうに、遥さんは謝ってくる。

つまり、私の勘違い・・・というか、早とちりだった?

「でも、熱が・・・。」

「ぁうう・・・。もういいっ!ちゃんと全部話すっ!」

「遥さん・・・?」

「うぅ〜〜、でも、でもぉ・・・。こうなったら、行動あるのみなのです!」

意味が分からず困惑していると、遥さんはおずおずと、足元の床を指差した。

「お、お姉様・・・。そこに座って?」

「えっと・・床に、ですか?」

「うん・・・。そこの、魔法陣の中に。」

「・・・はぁ。」

遥さんが何を言いたいのかよく分からない。

「大事な、話が、あるの。」

でも、顔を真っ赤にしてモジモジしながら言われると、何だか逆らいがたい雰囲気があって。

「・・・わかりました。」

言われた通りに、床の模様の中に座る。

「ぁ、ありがと・・・お姉様。」

そして、遥さんも、私の目の前に座り込んできて。

「え・・・?あ、あの・・・・?」

「お姉様・・・。」

にじり寄るように、遥さんが顔を近づけてくる。

・・・まるで、キスでもしようとしてるみたいに。

「あの・・・ね?堕天使軍に入るには、契約の儀式が必要なの・・・。」

「はぁ・・・。」

目前に迫る、遥さんの潤んだ瞳。

もの凄い勢いで、私の心臓はドクドクと脈打っていた。

「儀式・・・してもいい?」

「いいです・・・けど、何をすれば・・・?」

本当はもうわかってるくせに、私は尋ねてみる。

「動かないで・・・ね?はるかが、するから・・・。」

そして、遥さんは軽く身体を伸ばしてーー

「んっ・・・、んんっ・・・。」

・・・むちゅりと、唇を押し付けてくる。

「ぁ・・・・ん・・・っ。」

ぷにぷにして柔らかい、遥さんの唇の感触。

頭の中が、その心地よさでいっぱいになる。

「んんっ・・・ちゅっ・・・、んぅっ。」

「遥、さ・・・んんっ。」

何だか必死な感じで、唇をついばんでくる。

微かに震えながら、怯えながら。

それでも堪えきれないという風に。

「ぅうっ・・・・、ちゅっ・・・ぁふっ。」

・・・奪われながら、可愛いなと思った。

愛おしさが、胸の中に落ちてきて・・・不思議と抵抗するなんて思いつきもしなかった。

「ぁふぁ・・・・、はぁ・・・はぁ。」

ーーやがて唇を離し、喘ぐように酸素を求める。

「・・・息、止めなくてもいいんじゃないんでしょうか。」

「そ、そうなんだ・・・。はるか、初めてだから・・・。」

私にとっては、二回目のキス・・・。

天音さんとした時とはなんか、違う。

「ごめんなさい、お姉様の唇、奪っちゃった・・・。」

「いえ・・・いいですけど。」

話している最中にも、私と遥さんの口の間には唾液の糸が引いていた。

・・・遥さんと、まだ繋がったままでいる。

それが、妙に嬉しくて、ドキドキして、艶めかしくて。

「・・・キスが、契約の儀式・・・ですか?」

「な、なのです・・・。」

「それだけ・・・ですか?」

目の前で、こんなに切なそうな顔をされたら流石に気づくというもの。

「他の意味はないって、そう思うべきですか?」

促すように私は尋ねた。

「・・・違う、のです。」

「・・・では、あの・・・。」

「すっ、好きっ、なの。」

すごく、必死な雰囲気で、遥さんは言った。

「お姉様が好き・・・恋愛って意味で、大好きなの!」

「でも・・・女の子同士ですよ?」

「わ、分かってる・・・けどっ!お姉様の側にいると、顔が熱くなっちゃうの。ドキドキするの!これって、風邪とかじゃないよね?絶対お姉様のせいだもん。病気は病気でも、恋の病だよね?」

尋ねられても、遥さんの気持ちのことだから答えようがなかった。

でも、そんなことよりも、今にも泣き出しそうな様子が気になって。

「あはっ・・・、やっぱり変だよね。女の子同士で・・・こんなの、気持ち悪いよね?」

「・・・それは。」

気持ち悪いはずがない。何も問題なんて存在しない。だって、ボクは男なんだから。

・・・でも、それを明かす勇気はどこにもなくて。

「ご、ごめんね・・・?こんなの、迷惑だよね・・・?でも、どうしてもっ・・告白したくて・・・。」

遥さんの瞳に、涙が溢れてくる。

ーーどうすればいいのだろう。

「嫌だったら・・いい、からねっ?振られても・・・平気、だし。嫌われても・・・仕方ない、から・・・。」

結論なんて、一つだけだった。

私は、遥さんを悲しませたくない。それ以前に、断りたいなんて、欠片も思わない。

「・・・私も、好きです。」

ごく、自然に、唇がその言葉を紡ぎだした。

「遥さんのこと・・・好きです・・・。女の子同士でも。」

「嘘、ついてない・・・?無理して・・・ない?」

「本当ですよ。私は・・・女の子が好きなんです。」

そこだけは嘘じゃなかったから、自信を持って微笑んだ。

「実は、男の子より、女の子がいいんです。遥さんみたいな、可愛い女の子・・・大好物なんです。」

「じ、じゃあ、本当に?お姉様、女の子が好きなのです?」

「正確には、遥さんが好きなんです。好きになったのが、たまたま女の子だったんです。」

「そ・・・そっか。うん、はるかもそんな感じ・・・。」

「ふふっ。私達、相思相愛ですね?」

「うんっ♪」

こんなに幸せそうな遥さんは初めて見る。

今の微笑みを、ほんの少しでも曇らせたくなかった。

だから、彼女の気持ちの全てを受け止めたくて。

「あの、お姉様・・・もう1回、儀式してもいい?」

「・・・もちろん。」

「今度は・・・恋人の契約なのです・・・。」

もう一度、唇を合わせてくる遥さん。

私は、彼女の喜びを、幸せをそのまま受け入れた。

「ん・・・ん・・・ちゅっ・・・♪」

遥さんの舌先が、唇を開けて込んでくる。

受け入れて、自分の舌と絡め合い、その艶めかしい気持ちよさにびっくりした。

「もっと・・・、んちゅっ、おねえしゃま・・・。」

うっとりと、私はいつしか夢中になっていた。

・・・だけど。

(ごめん、なさい・・・。)

私の中には、微かな罪悪感がくすぶり続けていた。

こんなことをしている相手が男だと知ったら、遥さんはどう思うだろう。

遥さんが好きになったのは、女の子としての私だ。

・・・私は、彼女を今も裏切り続けている。

なのに、真実を告げて、何かが変わってしまうのは、あまりに怖くて、もう何も言えなくて。

本当は、胸の奥で、ただ途方に暮れていた。

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