第24話孤高の堕天使

 翌日の放課後、ホームルームが終わった時のこと。

「あの、一条さん、少しいいですか?」

担任の先生に話しかけられた。

「ふぇ?はい。」

慌てて立ち上がる。

「ここではあれなので、ちょっと廊下にきてください。」

「あ、はい。わかりました。」

そして廊下に移動する。

「わざわざすみません。ちょっと一条さんにお尋ねしたいことがありまして。」

「はぁ・・・なんでしょうか?」

「皆本さんのことです。さっき担任の先生から相談されまして。」

「遥さんのこと?」

最初に浮かんだ心当たりは先日のゲームの件だった。

「あの、ゲーム機を持ち込んた件でしたら、もう学園には持ち込まないよう約束していただきましたけど。」

「いえ、その話も聞いたのですがそれではないんです。」

なんとか庇おうと思ったけど別のことだったみたいだ。

「まぁ、ある意味無関係ではないんですが、あの子、前から休み時間は1人でゲーム機を弄ってたらしいんです。」

「・・・今までは見逃されてたんですか?」

「さすがに授業中は見逃せなかったんですが、ゲームしてない時は、本を読んだり宿題をしたり・・・まぁそんな感じらしいんです。」

「本は内容によっては不用品かもしれませんが、宿題は問題ないのでは?」

「いえ、ですから持ち物がどうこう言う話ではなくてですね。」

・・だったら、ええと。

「昼休みも教室からいなくなってるので、友達がいないんじゃないかって心配しているらしいのです。」

「ああ・・・なるほど。昼休みでしたら私たちのところに来ていますよ?」

「毎日ですか?」

「そう・・・ですね。いつも一緒にお昼を食べています。」

だから、寂しくて悩んでいることはないと・・思う。

「わかりました。それは伝えておきますね。でも、まぁクラスには溶け込んでないのでしょうね。」

遥さんの担任の先生、生徒を気にかけてくれる素敵な先生なんだなぁ。

「皆本さんとは一条さんが1番仲がよろしいみたいですのでこの件は任せてもいいですか?」

「え、あぁ、はい。わかりました。私にできる範囲であればですけど。」

でも、一体何をどうすれば・・・

さすがにこれは途方に暮れるのだった。


 そんな中での体育の授業中。

「ふむ、今日は跳び箱であるか。クク、密かに我の得意分野なのです。」

「いえ、あの。ちょっと待ってください。」

「んふふ〜、意外と身体柔らかいんだよ?お姉様も我が妙技に見惚れるがよいです♪」

大きく足を広げて、胸を揺らしながら跳び箱を飛ぶ遥さん。

・・・正直録画しておきたいくらい興味津々だ。

だけど、その前に言わなければならないことがある。

「・・・あなた、どうして普通に混ざっているの?」

天音さんが先に口を開いた。

「遙のクラスはあっちよ?ほら、行くわよ!」

「はわわ、ちょ、ちょっと待つのです!」

円香さんたちにガッチリ捕まれ連行されていこうとする遥さん。

「強制連行は後々歴史問題に・・!お姉様も何か言ってなのです!」

抵抗しながら、私に助けを求めてくる・・・けれど。

「ご自分のクラスに戻ってください。授業サボったら駄目です!」

「サボってはいないのですっ!今日は自習になったから・・・。」

そう言って、体育館の反対側を指し示す。

「ほへぇ。確かにあれは美術の先生だねぇ。」

「そういえば今日は体育の先生が1人お休みだったわ。」

「本当に今は自由時間なのですよっ!」

嘘ではない様子で、一年生の女子たちはバレーボールを手にのんべんだらりと遊んでいた。

「でも、だからってこっちにきていいってことにはなりませんよね?」

「え、えぇぇっ!なんでぇっ?」

「自習は自分のクラスでするものよ。」

「でもぉ・・・。」

「こっちの人数が増えていても先生が困るんだから、ほらっ自分のクラスに戻って!」

「やだっ!」

・・・力強い拒否だった。自分のクラスに戻るつもりはないようだ。

「遥さん・・・。」

ほんの数時間前、先生に言われたことを思い出す。

クラスには溶け込めていない・・・か。

「えっと、あの、お姉様?」

「葵様が、すごく可哀想なものを見る目に。」

「・・・単に真面目な顔だと思うのだけど。」

「と、とにかく。ちょっと遥さんにお話があります!」

先生から頼まれたのもあるけど、純粋にこのままじゃ危機感を覚える面もある。

「・・・お説教?」

「逃げないでくださいね。あと、天音さん達は少し席を外してくださいますか?」

「いいけれど、どうして?」

「お尻ペンペンとかするんじゃないの?さすがにそれは他の人に見せたら可哀想だからね〜。」

「フニャッ?お、お姉様に叩かれるなら別にいいのです。」

「なんでいいんですかっ!てゆうかそんなことしませんからっ。」

「・・・まぁとにかく離れているわね。」

「はい、お願いします。」

「お尻じゃないにしても、今日の葵様からは本気の気配を感じます。遥さん、ご武運を。」

ともかく、みなさんには離れた場所に移動してもらった。

「えっと・・・お姉様?・・すごく怒ってるのです?」

「怒ってはいないですけど、今回は真面目にお話させてください。」

「・・・はい。」

お説教モードに変わりはないからか、遥さんはおどおどしながら頷いた。

「どうしてクラスの人と過ごさないんですか?まさか本当に愚民共とか思ってるわけじゃないですよね?」

「それは・・・・思ってません・・です。」

流石に今回は堕天使じゃなく、遥さん自身の言葉で答えてくれた。

「でも・・・一緒にいても何を話せばいいかわからなくて・・・。」

ちらりと、ちょっぴり怯えがちな目で見つめてくる。

「まぁ・・・遥さんの趣味、女子の中では特殊ですからね。」

「うん・・・全然話が合わないのです。」

でも、だからと言って逃げていいわけじゃない。

「趣味が違うのは結衣さんたちとも同じですよね?」

「ふぇ・・・?えっ?」

「天音さんや円香さんとも普通に話せてますよね?」

「・・・それは、まぁ。」

要するに、ちょっとした人見知りなのだろう。

天音さんといい・・・こんな人ばっかりだ。

「多少趣味が合わないからって、コミュニケーションがとれないわけじゃないですよね?」

「でも・・・」

「ちゃんと、クラスの人とも仲良くならないと駄目です。」

「うぅ・・・・。うぅ〜。」

返ってきたのは拗ねたような唸り声だった。

「・・・お姉様がいなかったらわざわざこないもん・・・。」

「はい・・・?私ですか?」

「嫌だから逃げてきたわけじゃないもん!お姉様とお喋りしたくて・・・それでこっち来てるんだもん!」

・・・そんなことを言われても。

「はるかが何かを言って、困った顔しないのお姉様だけだもん!相手をしてくれるの・・・楽しくお話してくれるのはお姉様しかいないんだもん!

・・・だから、暇なときに好きなことして何がいけないの?」

「そ、それは・・・あれです。社交性も重要といいかますか・・。」

「わかってるけど、うぅ〜・・・。」

ーーすごく、不思議な感覚だった。

遥さんが言ってるのは、ただの我儘なはずなのに、奇妙に嬉しい気持ちになっていた。

そっか、彼女にとっての1番は、私なんだ・・・って。

「と、とにかく、クラスの人とも話さなくちゃ駄目です。」

甘やかして、独り占めしたい気持ちを抑えて、強引にお説教をする。

「お姉様がそう言うなら、わかったのです・・・。」

「分かって頂けましたか。」

「うん、今は向こうに戻るのです・・・。」

「そうそう、今日からはお昼もご自分の教室で食べて頂きたいのですが。」

「え・・・・えぇっ・・・!?」

先生から聞いた話を思い出し、それなら遥さんの担任の先生も納得するだろうと。

「もう、お姉様の教室行っちゃ駄目なのです?」

すごく嫌がっている・・・。というかそんな子犬のような目で見つめないで。

「だ、だめです!学園ではちゃんと自分の教室で過ごしてください。」

何とか振り切って、託された任務を遂行しようと頑張った。

「・・・嫌って言ったら?」

「いえ、別に何も罰とかはありませんけど、このままだと遥さんが心配なんです。」

「・・・なら、お姉様の言うとおりにするのです。心配はかけたくないのです・・。」

「そ、そうですか・・。お願いしますね?」

「はい、なのです。じゃあ・・・行ってきます・・・。」

なんだかんだで聞き分けのいい子だ。

・・・でも、とぼとぼ歩いていく後ろ姿を見ていると。

「これで、いいのかな・・・?」

何だか、やけにそわそわと落ち着かない気分だった。

 

 ーーそしてお昼休み。

「では、いただきますっ♪」

「・・・いただきます。」

天音さん、結衣さん、円香さんとの四人で机を囲み、お弁当を食べ始める。

「うーん・・・。」

何だか、妙に味気ない・・・ような気がする。

味付けはいつもと同じはずだけど。

「意外と、1人いないだけで静かなもんだね〜。」

円香さんが口を開いた。

「・・・そうね。あの子、なんだかんだで賑やかだから。」

やっぱりこの物足りなさは、遥さんがいないことの影響だろうか?

「遥さん、本当にいらっしゃらないんですか?」

「本来、上級生の教室にほいほい遊びにくるものではないです。」

「それはまぁ、そうなんですけどね?」

「でも、本当に急にどしたの?」

「ですから、先生に頼まれたんですって。個人的にも同級生の友人がいないのは気になりますし。」

でも、こっちの教室にくるのを禁止したくらいで、同級生の友達ができるだろうか?

・・・遥さん、大丈夫だろうか。

「葵、そわそわしすぎよ。」

「え・・・そうですか?」

「心配ですって、顔に書いてあるわ。」

「・・・まぁ心配なのは事実ですけど。」

「子供に初めてのお使いをさせてる親みたいだね〜。」

「やっぱり、葵様は遥さんの保護者ですね♪」

「やっぱりって何ですか。ただの先輩と後輩ですよ。」

「お姉様と妹でしょう?」

「まぁ・・・この学園の風習にのるならそうですね。・・・もう何でもいいですけど。」

諦めて、何を言われても受け入れることにした。

というか、本当にただの先輩後輩だけの関係と言われたら今度は少し寂しくなりそうな気がする。

「そんなに心配なら、後で様子を見てきたらどうかしら。」

「え・・・?」

「ですねぇ。お食事が終わったら行ったほうがよろしいです。」

「別に、そこまでしなくても・・・。」

「ストレスで胃に穴が空きそうな顔してるのに、そこは躊躇っちゃうんだ?」

・・・私、そんな顔してるんだ。

「いいから行ってきなさい。あなたがそわそわしていたらこっちも落ち着かないわ。」

「はぁ・・・そこまで仰るなら。」

実際、気になって気になって仕方ないのは事実だから。

食事が終わったら一年生の教室に行くことにした。

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