第22話部費の悩み
それから約一時間後ーー
廊下で待っている私の目の前で、追試が行われている教室のドアが開いた。
「ん?一条か。」
夏美先生が先に出てきた。
「試験、終わりました?」
「終わったけど・・・お前ずっとそこで待ってたのかよ。」
「別に、カンニングの手伝いとかしてませんよ?」
「んなこと疑ってねーよ。忠犬かよって呆れてるだけだ。」
「わ、わん・・・。」
「否定しろよ受け入れるなよ。ったく・・・。ご主人様ならまだ中にいるからもう入っていいぞ。」
「あはは・・・。ありがとうございます。」
ペコリと頭を下げて教室に入ることにした。
教室内を見回してみると、天音さんは席の一つに腰掛けて筆記用具を片付けていた。
「あ・・・葵・・・。」
「お疲れ様でした、天音さん。どうでした?」
近づくと、気づいた天音さんは少し嬉しそうな微笑みを向けてきた。
「ちゃんと出来た・・・と思う。」
嘘をついている雰囲気ではないと思う。
「葵に言われた通りにしてみたの。そしたらいつもよりたくさん答えが書けて・・・。あなたのおかげよ、葵。」
「私は何もしていませんって。それが天音さんの真の実力なんですよ。」
「そんなことないわ、あなたのおかげ・・・。」
照れくさそうに感謝を向けられて、背中がくすぐったくなってくる。
「とにかく、上手くいったなら今夜はお祝いですね。ご馳走作りますから帰りましょう。」
そう言って、片付けを終えた天音さんを促すのだけど。
「あ・・・少し待って。」
「天音さん?」
なぜか教室を出ようとするの引き止められて、きょとんと首を傾げる。
「ご馳走は嬉しいけれど・・・それより、あの・・・。」
気になることでもあるのか、少し離れた席にちらちらと視線を向ける天音さん。
なんだろうと思って私も視線を向ける。
「さっきから気になっていたのだけど、大丈夫かしらあの子。」
視線の先では、女の子が頭を抱えていた。
深々とため息をついて、何やら苦悩されていた。
「よほど出来がよくなかったんでしょうか?」
「・・・すごく深刻そうで心配だわ。」
「そっとしておいてあげるべきかと・・。」
「でも・・・。」
まぁ天音さんならそういう反応をするだろうと予感はしていた。
目の前に悩んでいる生徒がいて、この真面目な理事長さん、が無視なんてできるはずがない。
「声、かけてみますか?」
「そうね、そうしてみるわ。」
そう言うと天音さんは立ち上がり、件の生徒の方へ向かった。
置きっぱなしの天音さんの鞄を手に取り、天音さんを追いかけた。
「うぁ〜、もうおしまいだわ・・・。」
悩む女の子に私達は声をかけてみる。
「あの〜・・・。」
「あなた、大丈夫?」
「えっ・・?天音様、とお姉様!?」
見覚えがないから別のクラスなのだろうけど、私達のことは知られていた。
「よかったら、事情をきかせてもらえないかしら。」
「えっ、えっ?事情って、なんの?」
・・・本当に会話が下手な天音さんだ。
「あのですね、ずいぶんと落ち込んだご様子でしたので。」
「う・・・見られてたんだ?」
「ええ、首を吊りそうな勢いだったから気になってしまって。」
「えぇっ?そんな深刻なことじゃないわ!?」
「そう・・・?」
「天音さんは少し大げさなんですよ、もう。」
「でも、すっごく大きなため息をついていたわ。」
「それは、ええと。心配かけてごめんなさい・・・。」
「何か困っていることがあるのよね?そんなにテストの出来が悪かったの?」
「あ、いや、ここにいる時点でテストは悪かったんだけど、追試はちゃんとできたんだよ?」
「なら、他に何かあるの?」
「うん、まぁ・・・。」
「話してみて・・・西園寺さん、だったわよね?」
「ふぇっ?わたし、名前言ったっけ!?」
「いいえ、でも、西園寺ゆかさん・・・よね?たしか手芸部の。」
「なんで部活まで知られてるの!?わたし天音様と話すの初めてだよっ!?」
とっさに私がフォローに入る。
「あ、いえ、違うんです。別にストーカー的なアレじゃないんです。天音さんって、全生徒の名前とクラスと部活を暗記していらっしゃいますので。」
「そうなの?・・・すご・・・。」
「理事長で学生会長ですもの。それくらいは覚えているわ。」
「理事長すごっ!」
「そんなに記憶力があるのに、どうして英単語が覚えられないのかが不思議ですけどね。」
「人間の記憶力にも限界があるのよ。」
それを振り向ける場所に問題があるんじゃないかって話なんですけどね。
でも、理事長としては立派なのだからそれ以上は何も言わないことにした。
「そんなことよりも、西園寺さんの悩みごとよ。」
「あのね、大した悩みじゃないから。大げさなため息ついてごめんね?」
「些細なことでも話してほしいわ。」
「でも・・・。」
少しだけ口をはさんだほうがいいのかな。
「西園寺さん、理事長の悩み相談はご存知ですよね?」
「うん、天音様が解決してくれるんだよね?」
「その活動の一環だと思ってください。悩みごと募集中なんです。じゃんじゃん相談を寄せていただきたいんです。」
「葵、その言い方だとみんなに悩んでほしいみたいだわ。」
「それはまぁ、悩みなんてない方が平和でいいよね〜。」
「うぅ、すみません。気軽に相談してくださいって言いたくて・・・。」
「くすっ。言いたいことは伝わったけど。」
「私・・・困っている人がいたら何とかしてあげたいの。理事長として、みんなには楽しく学園生活を送ってほしいの。」
「天音様・・・。うん、わかった。じゃあ、相談にのってくれる?」
「ええ、もちろん。」
「あのね、実は・・・追試ってことはもちろん赤点をとっちゃったわけなんだけど・・・」
そして西園寺さんが話してくれた内容は、要約すると、ご両親が激怒しているということだった。
しかもペナルティーとして、しばらくお小遣いなしになってしまったらしい。
「まぁ、自業自得だとは思うんだよ?しょうがないとも思うんだけど・・・。
でもお小遣いなしだと部活をどうしようって・・・。」
「確か、さっきのお話だと手芸部でしたよね?」
「うん、布とかの材料お小遣いで買ってたから・・・。他の子に分けてもらうのも限界があるし・・・。」
「・・・なるほど。それは困りましたね。」
すると天音さんが口を開きーー
「・・・あの、ちょっといいかしら。」
天音さんが不思議そうな顔で割り込んでくる。
「そういうのって、部費で買うものではないの?」
「あはは・・・消耗品はさすがに無理だよ〜。全然足りないもん。」
「でも・・・自分で出しているの?」
「うん、大体自腹で。あ、でも別に部費を増やしてほしいって言ってるわけじゃないのよ?まぁ、それはもちろん出してもらえたら助かるんだけど。まぁ、結局は自分が悪いわけで。」
たぶん、本当はすごく真面目でいい人なんだろうなって思った。
その真面目さを勉強に向けられなかったのが残念ではあるけど、天音さんも似たようなものた。
「話してみると、本当にしょうがないかなって気がしてきた。余り物の布でどうにかするしかないかなー。」
「工夫でどうにかなるんですか?」
「さすがに作りたい通りにとはいかないけどね。・・・でも、ありがとね。天音様、お姉様。おかげで諦めがついたよ。心配かけちゃってごめんなさい。」
そう言って、無理矢理気味な笑みを向ける西園寺さん。
「それじゃ、早速だけど部活行ってきます。じゃあねっ。」
「え、ええ・・・・行ってらっしゃい。が、頑張って。」
けれど、教室を出ていく彼女を見送る天音さんはーー
「部費、足りてないのね・・・。」
・・・あまり納得していない雰囲気だった。
ーーその日の夕食の時のこと。
「結衣、ちょっといいかしら。」
天音さんは真面目な顔で結衣さんに話しかけていた。
「はぁ・・・どうしましたか?」
「聞きたいことがあるのだけど。」
「スリーサイズ以外でしたら何でもどうぞ♪」
「・・・それは知っているからいいわ。」
「えっ、どうしてご存知なんですか?」
「健康診断の記録、理事長室のパソコンで見ちゃったの。」
すると遥さんが口を開く。
「おお〜、さすがは理事長なのです!クク、レベルSSの機密情報もアクセスし放題ということなのだな・・・!」
「見ちゃったからって、見ないでくださいよぅ。」
「ごめんなさい、どうしても気になって。」
言いながら、なぜか自分の胸をペタペタと触る天音さん。
「・・・あの数字はおかしいと思うのよ。」
ああ、どんよりし始めてしまった。
「あの、何かお聞きになりたいことがあったのでは?」
「そうだったわ。真面目な話なのよ。話を逸らさないで。」
「天音さんが私のスリーサイズ知ってるなんて言うからですよ・・・。」
「それで、天音さん?結衣さんにお聞きしたいことって何ですか?」
「部活動に、ついてちょっと。」
「新聞部のことですか?」
円香さんと結衣さんは新聞部に所属している。
「ええ。お金のことなんだけど、新聞部も部費が足りなくて自分でお金出したりしているの?」
どうやら、西園寺さんの件がまだ気になっているようだ。
「そうですねぇ。それほどお金がかかる活動をしているわけじゃないですし、部費自体は問題ないですね。」
「けど、以前に円香お姉様が、パソコン買い替えたいと言っていたのです。」
「ほへっ?あぁ、そだね。そんなこと言った気がする・・・。」
「円香さんのはただの我儘です。今のパソコンでも活動に支障はありませんよ。」
「紙とかは部費で買ってるんですか?」
私は結衣さんに尋ねる。
「というか、あたしたちは紙と文房具にほぼ全ての部費を割り当ててるよねぇ。」
円香さんが答えた。
「取材にかかるお金は?」
「そっちは自腹ですね。まぁ、交通費と飲食代くらいですけど。」
「それでも、自分で出しているのね・・・?」
「まぁそうですね。でもタクシー代くらい大した額じゃないですよ?」
タクシーって・・・。
「やっぱりお金持ちのお嬢様なんですね・・・。」
「えっ?私何かおかしなこといいました?」
「タクシー乗ったら大した額になるに決まっています!初乗り料金でもやし何袋買えると思ってるんですか!」
「ええと・・・もやしって1袋おいくらでしょう?」
「別に計算しなくていいです。」
すると天音さんが口を開く。
「とにかく・・・部費だけじゃ足りないのね?」
「うーん・・・足りないといえば足りないのでしょうか?」
自腹を切ることを何とも思ってないあたり富裕層だ。
「だけどさぁ、取材費は・・・どうなんだろうね?グルメリポートの食事代とか部費で出すのはどうかと思うしさぁ。」
「そこは役得で領収書を切るのではないのです?」
「遥さんは悪い子ですね〜。さすがは堕天なんとかです♪」
「我は堕天使ミハエルなのです♪クク、だが・・そうか、我は悪いかっ!」
遥さんの中二もさらに磨きがかかってきた。
クラスでは最初からあんな感じで、浮いているという噂だ。
「小悪党までもいかないですね。むしろ小市民です。」
「・・・ふぇぇ。」
遥さんはしょんぼりしてしまった。
「でも・・・部活動の一環なら学園からお金が出るべきだと思うのだけど・・・。」
「さすがにそこまで出して頂くといくらお金があっても足りませんよ?」
そこへまた遥さんが・・・。
「お金出るなら、ふぐ!ふぐ食べに行きたいっ!我も新聞部に入るのですっ!」
「は、遥さん・・・外食の方がいいんですか?」
「あわわ、お姉様がショックを受けて・・・。違うのです!流石にお姉様でもふぐは無理かなって・・・。」
「それはまぁ・・・ふぐ調理師の免許はもってないですが。・・・どうやったら取れるのかな。」
「葵様が何か検討し始めちゃいました・・。」
「だから脱線しないでちょうだい。私は真面目に話しているのよ。」
「あ、すみません。」
「ええと、とにかく食費を部費で出すのは無理だよっ。料理部だって食材は部員のみんなで出し合ってるんだからさ。」
「そう・・・なの?」
「そっちもタダで料理が食べられるならもっと人気の部活になってるはずなのですよ。」
「お金持ちでもタダ飯って惹かれるものなんですか?」
お金持ちじゃない私はお嬢様の皆さんに尋ねる。
「我らは育ち盛りであるが故に。」
「それに、お嬢様学校だからって皆さんが裕福な家庭なわけじゃないですよ?中にはご両親が無理して学費を払ってる家庭もありますから。」
「でも部活動ってそういうものですよね?手芸部で材料を自腹切ってるのと同じで、消耗品はしかたないんじゃないでしょうか。」
「それでも・・・お金がないからって部活ができない子がいるのは嫌だわ。」
「手芸部・・・?どなたかそういう方がいらっしゃるんですか?」
結衣さんが尋ねる。
「はい、まぁ・・・。」
結衣さんたちにも西園寺さんのことを話してみることにした。
「なるほど、そんなことが。」
「あの子、しかたないとは言っていたけれど、最初はため息ばかりついていたのよ。」
「笑っていらしたのは空元気でしょうね。」
「他にも、お金のことで活動に支障が出てる部活があるかもしれないわ。」
「くすっ。それを見過ごせないのがアリ女の理事長さんですよね。」
結衣さんが微笑む。
「天音さんは、どうにかして差し上げたいのですよね?」
「え、ええ・・・。どうにかならないかしら?」
天音さんがそう仰るならーー
「無理かもしれないですが考えてみましょうか。」
「うむ。考えるだけなら誰も困らないのです。」
「いつものことだからねっ♪」
「あなた達・・・あの、ありがとう。」
とにかくそういうことで、部活動のお金について考えることに。
「1番簡単なのは、部費がたっぷり出ることなのです?」
こういうときに口火を切ってくれるのが大抵遥さんだ。
「でも、天音さんがお仕事してるとき、しょっちゅう『予算が』、って仰ってますよね?」
「自慢ではないけれど、本年度の予備費はほぼ使い切ったわ。」
「早いですね!?まだ5月ですよ!?」
「いざとなれば、追加の寄付をしてもらうから・・・お父様に頼んで。」
すると遥さんが。
「では、さっそくその奥の手を・・・。」
「ごめんなさい、怒られると思う。」
「さすがに会長にもそんな理由は認めてもらえないでしょうね〜。」
「そもそも、グルメリポートとかの食費とか学園で出してもらうのは他の部の方に不公平だと思うんですよね。」
「だとしたら、他にお金がでてくる方法は。」
「部員がバイトするくらいしか・・・。」
「生徒がお小遣いつぎこむのと変わらないわ。」
個人的にはバイトも否定されるべきではないけれど、お嬢様学校としては推奨するわけにいかないだろう。
すると結衣さんがーー
「あ、でもお金を稼ぐということでしたら・・・。」
何かを思いついたのかぽかんと手を打った。
「たしか、去年アリエル祭の売上で部費を賄っていた部が結構たくさんありましたね。」
「アリエル祭で・・・?」
「はい、部活動で出店して、黒字が出たらそのまま部費にしちゃうんです。」
「なんか学園祭が、商業主義に犯されそうなのです。」
「だからみなさん必死かもしれませんね。アリエル祭は出し物で盛り上がりますよ♪」
「ほ、ほう・・・。」
わたしと一年生の遥さんは未経験のイベントだからちょっと楽しそうだなって期待が膨らむというもの。
「でもアリエル祭は来月の終わりよ?今困っている西園寺さんを助けてあげられないわ。」
「毎月学園祭を開く。」
遥さんが言う。
「楽しそうで惹かれるけれど、学園長に半日くらいお説教されそう・・・。」
「それ以前に、急に言われてもみんな困まるよね〜。」
そこで私が口を開く。
「あの、別に学園祭じゃなくてもいいんじゃないでしょうか?」
要は不足しがちな予算を少しでも補填できればいいのだ。
それに、学園から出たお金じゃなく自分で稼いだお金なら無駄遣いできないだろうし。
「葵・・・?何かあるなら言ってみて?」
「フリーマーケットなんてどうでしょう?」
「ふりー・・・?」
「蚤の市ともいいますね。不要になった品や作った手芸品を売るんです。」
「ふむふむ、それで少しでもお金を補填しようと。」
手芸部とか料理部は作ったものを販売できれば発表の機会にもなる。
「あと、ついでに屋台なんか出しちゃったらいいんじゃないでしょうか?」
「でも、そんなので儲かるのです?」
「お客さんの数が重要ですね。地域の人も呼びましょう。中庭くらいでしたら部外者が入っても大丈夫ですよね?」
「許可を出すのは私だから可能ではあるけれど・・・。」
「ご近所の皆さん、わざわざ来て下さるでしょうか?」
「男子禁制でなければ人は集まります。」
私は断言した。だって女子校に入れる機会など地域のおじさんたちが見逃すはずがないからだ。
あと、不用品にしたって若いお嬢様のお下がりとか人気が出るに決まっている。
「盗撮とか不祥事が起きたら責任問題が・・・。」
「やっぱりだめですかね・・・あはは。」
ちょっと男子目線の意見すぎたかもしれない。
「く・・・・いえ、やるわ。責任をとるのが私の仕事だもの。」
「あの、そこまで覚悟がいるのなら別に・・」
「他に名案があるわけではないのよ。」
「それに何だかお祭りみたいで楽しそうなのです♪」
「あたしとしても、イベントがあった方が記事が書きやすいし、大歓迎だよっ。広報は任せて♪」
思った以上に皆さん乗り気な流れになっていた。
「あとは、学園長をどう説得するかだわ・・・。」
「反対されそうなのだ?」
「学生に商売させるのかとか絶対言われそうだわ。」
「そこはリサイクル精神がどうとか名目をつけて・・・。」
「作戦、考えてみるわね。」
「まぁ、そもそも参加してくださる部があるかもわかりませんしね。」
結衣さんが言う。もっともな意見だ。
「そうね。企画だけ作って、先に意見を集めましょう。」
月曜日にでも、いくつかの部活から話を聞いてみることになった。
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