第21話天音の試験
翌日の4時間目、数学のテストが採点されて返ってきた。
「そんじゃ、解説はこんなもんでいいかー?何か質問あるやつー」
誰かが手を上げる気配はない。しっかりと間違いが多かった問題の解説をしてもらったあとだからそんなもんだろう。
数学の夏美先生、口は悪いけど授業はわかりやすいんだよね。
「ん、理解できなかったやつは、周りの連中に聞いて、それでもわからなかったら聞きに来い。つかなるべく来んな。教えるのめいんどいからな。」
これさえなければいい先生なのになぁ。
「はぁ。もーすぐ昼休みだから授業終わりー。昨日残業したから今日はサボらせろや。」
「ええと、お疲れ様でしたー。」
生徒の一人が声をかけた。
「理事長の前でこれが言えるって大物だよね。」
円香さんがつぶやく。
「もしかして天音様なめられてる?」
「金払ってくれる雇い主は尊敬するに決まってるだろ。つかお前らも早く答案見せあって騒ぎたいだろ?」
「それはまぁ・・・。」
「チャイムなるまでは苦情来ない程度にな。んじゃ。っと、いい忘れてたけど、30点未満のやつは明日追試だからな。逃げんじゃないぞー。」
そう言うと先生が教室から出ていく。
「早めに終わりって言ってももうチャイム鳴っちゃうね〜。」
隣の席の円香さんが話しかける。
「お弁当の準備、始めちゃいましょうか。」
「そだね、机寄せちゃうね〜♪」
そしてチャイムが鳴る。
円香さんとお弁当を広げる用意をしていると、すぐに天音さんと隣のクラスから結衣さんもやってきた。
「んもう、円香さん。のんびりお弁当食べてていいんですか?明日追試でしょう?」
結衣さんが円香さんに話しかける。
「ひどっ、なんで赤点って決めつけるの!?」
「えっ!?違ったんですか?」
「そんなに立派な点数じゃないけど、ちゃんと30点は越えてるもんっ。ほらっ。」
そう言うと答案用紙を結衣さんに見せる。
「ホントですね。しかも、50点超えてますね。やればできるじゃありませんか。」
「いやまぁ、自分でもびっくりなんだけどね〜。」
「ふふ、円香さん頑張っていらっしゃいましたからね。結果が出て良かったですね♪」
「う、うん。それで、まぁなんて言うかさ・・・。」
「円香さん?」
「結衣と葵ちゃんに教えてもらったおかげだからさ。その、ありがとね♪」
すると結衣さんが答える。
「円香さんにそんなこと言われると照れますね。」
「じゃあ、結衣には言わない。葵ちゃん、ありがと♪」
「えっと、どういたしまして。」
「あ、あの〜・・・・。」
結衣さんが、少し残念そうな顔を見せる。
「くすっ♪嘘だよっ。結衣にもお世話になりましたっ。」
「はいっ♪円香さんならやり遂げてくれると、私信じていましたっ。」
「さっきまで赤点だって決めつけてたくせにぃ。」
「あれは秘書がやったことですから♪」
「誰よその秘書って。責任押し付けていいから連れてきなさいよ。」
「前向きに検討しておきますね・・・うふふ。」
「ふふふ・・・♪」
仲良しなんだなって、やり取りを聴いて微笑ましくなる。
「なーんて、笑ってごまかせると思った?」
・・・拗ねてるけど、きっとこれも喧嘩するほど仲がいい的なアレだろう。たぶん。
「もう、許してくださいよ〜。だって皆さんの話によると、赤点の人がいるみたいな話だったらしいじゃないですか〜。」
「そうですね。さっきの先生の口ぶりだと。」
私が口をはさむ。
「えっ、てゆうことは円香さん以下の人が!?」
結衣さんが驚いて少し大きな声になる。
「・・・そろそろ怒るわよ?」
「じょ、冗談ですので。あ、葵様はどうでした?」
「あ、はい・・・見ますか?」
矛先を逸らそうと話を向けられて、私は机の中から答案用紙を取り出してーー
「ちょっ、98点って!」
「一箇所計算間違いをしてしまいまして・・・。」
「完敗です・・。円香さん、私偉そうなこと言ってすみませんでした・・・。」
結衣さんが円香さんに頭を下げる。
「いいの、結衣。あたしも芽生えかけた自信が木っ端微塵だから・・・。」
見せないほうが良かったかもしれないと思いながら、私の意識は別の方に向いていた。
天音さんがさっきからそわそわしている。
具体的には、このクラスに赤点の人がいるという話題度あたりから。
立っている位置的に、たぶん私しか気付いていないだろう。
「ねぇねぇ、天音さんはどうだった?やっぱりこういう話は同じレベルの人としないとねっ。」
円香さんが天音さんに話をふる。
「え・・・・。」
「円香さん、それはそれで失礼かと・・。」
結衣さんが言う。
「なんでよぉー。あたしがバカの代名詞ってこと?」
「たしかにそう言う意味になるわね。結衣のほうが失礼だわ。」
「うぅ、もう何言っても私が悪いみたいに・・・。」
結衣さんから話を逸らそうと私は天音さんに聞くことにした。
「それで、天音さんはいかがでしたか?」
「ええと・・・まあまあだったわ。自慢できる点数ではないけれど。」
「あー、点数言いにくいよねぇ。葵ちゃんの点数見ちゃった後じゃねー。」
「悪いことしてないですけど、すみません。」
「天音さん、何だかそわそわしてますけど、どうかなさいましたか?」
結衣さんが天音さんの異変に気づく。
「あの、ごめんなさい。私ちょっとお手洗いに。行ってきます!先に食べてていいわ。」
「いえ、遥さんもいらっしゃるでしょうし、そのくらいは待ってます♪」
「・・・そう。ありがとう、結衣。」
そして天音さんはそそくさと教室を出て行った。
「机は、これでよしっと。」
「あ、あたし先に飲み物買ってくるわね。」
「私が行ってきましょうか?」
結衣さん達と話しながら、心の中で密かに思う。
やっぱり天音さんは、天音さんなんだなって・・・・。
・・・まぁ、人間そう簡単には変われませんよね。
その日の夜ーー
「天音さん。勉強しなくていいんですか?」
「え・・・と、ど、どうして?」
お風呂からあがって部屋に入るなり言ってみる。
すると天音さんは少し焦った様子で首を傾げて見せた。
「まだしらばっくれますか。数学の答案用紙、見せてください?」
「なぜあなたに見せなくてはいけないのかしら。」
・・・反抗的だ。ちょっとだけ虐めたくなってくる。
「見せないと明日からご飯抜きにしますよ?」
「あなた、私のお母さんか何かなの・・?」
「正直、今は似たようなものですね。不本意ですが。」
「とにかく・・・・嫌よ。
他人の点数を知りたがるなんて悪趣味だわ。」
「はい、悪趣味なんです。だから見せてください?」
にっこりと、笑顔で威圧してみた。
「・・・どうしても、見せないとダメ?」
「ダメです♪」
「ごはん抜きでもいいから・・・・。」
「そこまで嫌がってる時点でもう白状してるのと同じですよ。」
「でも・・・。」
「見せてください。ほら、鞄を開けて。」
「見せないと・・・嫌いになる?」
「え、えっと・・なるかもしれませんねー」
ちょっと卑怯かなと思いつつ、ごまかしたところで本人のためにならないので強硬姿勢を貫いた。
「・・・わかったわ。少しだけ待っていて。」
ものすごく渋々といった感じでご自分の机に向かい鞄を開けた。
「確か、数学は・・・これだったかしら。」
後ろから天音さんの手元を覗き込むと、ものすごく小さく折りたたまれた紙片を手にとっていた。
「どれだけ見られたくなかったんですかぁ!」
「この方が隠しやすいのよ・・・。」
「子どもじゃないんですから。とにかく答案を見せてください。」
「・・・はい。」
しょんぼりしながら答案を広げる天音さん。
くしゃくしゃになった答案に記されていた点数は、思った通りというか。
「28点ですか。まぁ、惜しかったですね。」
「ごめんなさい・・・。」
天音さんは特に数学が苦手だと知っていた。だから別に責めるつもりはない。・・けど。
「どうして隠そうとしたんですか?
もう見栄は張らないんじゃなかったんですか?」
そこだけはお説教せざる得なかった。
「隠してどうするつもりだったんですか?隠し通そうと思ったら私の前で勉強できませんよね?勉強しないまま明日の追試受けるつもりだったんですか?」
「うぅ・・・もう許して。」
「駄目です・・。ちゃんと理由を話してください。」
「だって・・・。」
「だって、なんですか?」
「葵にも、勉強、教えてもらったから・・。」
予想外のことを言われて首を傾げる。
「結果、出せなくて・・ごめんなさい。せっかく教えてもらったのに、無駄になったわ。」
「いえ、そんなこと気にしないでいいのですが。」
「でも、円香はちゃんと結果を出したのに。葵だけじゃないわ。結衣にもクラスのみんなにも教えてもらったのにこの点数よ・・・。すごく・・・申し訳なくて。」
「だから、言い出せなかったんですか?」
「ええ・・・。」
参ったなぁと思う。
「あの、葵・・怒ってる?」
「いえ、そういう理由なら・・怒れないです。」
「でも、失望はしてるわよ・・ね?もう私のことはお手上げだって、見捨てたくなったでしょう?」
「どうしてそんなに悲観的なんですか?」
「私、これでも頑張ったつもりなのに。こんな情けない結果になってしまってるから・・・。」
頑張ったのに、自分でバカを公言している円香さん以下の結果だから、完全に自信を失っているのかもしれない。
「私のこと・・・嫌いになった?」
とても不安そうに、怯えた目つきで私を見上げてくる。
「なるわけないじゃないですか。こんなことで。」
「本当に・・?」
「本当に、です。天音さんが毎日夜遅くまで勉強してたのは、私が1番よく知ってますから。」
サボっていたわけではない。ちゃんと努力した人を責めることなんて私にできるわけがない。
むしろ、あんなに頑張ったのにどうして結果がでなかったか同情したくなる。
「ええと、今回はダメでしたけど、テストの点数が全てじゃありませんから。」
「・・・でも、ごめんなさい。」
慰めてみても、しょんぼりと意気消沈してしまっている。
「と、とにかく目の前のことから片付けていきましょう。追試で巻き返さないと留年しかないんですから。今の天音さんに落ち込んでいる暇はないですよ。」
「そ、そうね・・・でも、私もう駄目なのかも・・・。」
「諦めたら本当に駄目になってしまいます。逆に言えば、諦めなければ駄目じゃないんですっ!無理なことなんて世の中にはありません!」
怪しげな宗教かブラック企業みたいなことを言って天音さんに発破をかける。
「分からないところは教えますから勉強しましょう。追試は同じ問題か、簡単な問題しか出ないんですから。ちゃんと復習すれば大丈夫です。」
「葵・・・・。」
「それに・・・本当に諦めてしまったらそんな天音さんは嫌いになってしまうかもしれません。」
やっぱりずるいかなと思いながら奥の手も出してみる。
「が、がんばるから・・・だから、あのっ。・・・迷惑かけてごめんなさい。」
「いえ、迷惑ってことはありませんから。」
自信を取り戻してもらうためにも、今夜は徹底的にスパルタ家庭教師になろうと思った。
ーー翌日の放課後。
いくつかの教科で追試が行われていた。
天音さんが受ける数学の追試はまだだけど、通り過ぎた近くの教室の中では既に別の教科の追試の真っ最中みたいだ。
「天音さんが赤点だったのは数学だけなんですよね?」
天音さんに付き添って歩きながら尋ねる。
「ええ、他は大丈夫よ。ギリギリなのもあったけれど。」
「・・・本当ですよね?」
「信じて・・・。」
「隠そうとしていた前科がありますからね。」
「全部の答案見せてもいいわ。すごく恥ずかしいけれど・・・。」
・・・まぁ、そこまで言うなら本当なのだろう。
「どのみち他の教科も復習したほうがいいですから後で見せてもらいますけどね。」
「本当に見るの?」
「当然です。」
「死にたいわ・・・。」
・・・赤点は免れてもどれだけ酷い結果だったのか。
「見られるって考えたらお腹痛くなってきたわ。保健室行ってきていいかしら。」
「えっ?大丈夫ですか?もうすぐ数学の時間ですよ。」
「・・・今日は無理かもしれないわ。」
「仮病ですか?」
「やっぱり、受けなくちゃ駄目?」
「駄目に決まっています。今さら何を仰ってるんですか。」
「だって・・・理事長が追試なんて恥ずかしいわよね?」
「そうですね。」
「違うと言って・・・お腹痛くなりそうよ。」
「じゃあ恥ずかしくないです。そんなの気の持ちようです。」
「すごく、めんどくさそう・・・冷たいわ。」
「天音さんが今さら渋っているからですよ。めんどくさくもなります。」
「わかってはいるのだけど・・・。」
「あ、ここですね。着きましたよ。天音さん。」
と、目的の教室の前に到着し足を止めた。
「うぅ・・・帰りたいわ・・・。」
「逃しませんからね?諦めてください。」
「葵って、鬼だわ。」
「天音さんのためですから、鬼にでもなります。」
突き放すように言ってから、けれど私は肩をすくめる。
「大丈夫ですよ。天音さんなら。」
「根拠があって言っているの?」
「はい♪」
実際、今日の追試は大丈夫だと思っていた。
というのも昨夜、あの後で天音さんの答案を確認してわかったことがあるからだ。
「いいですか。天音さんは・・・正直内容も理解できていませんが、それ以上に要領が悪いんです。」
答案用紙を見ればすぐにわかった。なぜなら後半部分が時間が足りなくて白紙になっているからだ。
「昨日もいいましたけど、分からない問題はとばしていいんです。あと多少字が汚くても気にならさらないでください。」
「でも・・・。」
「いいんです。テストというのはそういうものです。」
ようするにこの人、ロクに内容も理解できないのに難しい問題も真面目に取り組むものだから、最初につまずくとそれだけでお手上げになってしまうのだ。
おまけに必要以上に丁寧で几帳面な字を書くものだからこれはいくら時間があっても足りないだろうなという答案になっていた。
とにかく、手際が悪すぎてそれまでの努力をかなりの割合で無駄にしてしまっているのだと思う。
「わかるとこからやる、多少字が歪んでも気にしない。この2つを守れば天音さんなら余裕で合格点です。」
「本当・・・?」
「ええ、復習もちゃんとしたんですから大丈夫です。」
「・・・そう、ね。昨日は、ありがとう葵。」
「当然のことをしただけです。頑張ってくださいね。」
「ええ、頑張るわ・・・。」
「その意気です。トイレは大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。じゃあ行ってくるわ。」
そして教室に入る天音さんを見送った。
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