第12話お嬢様の勇気

 「天音さん!起きてくださいっ!」

1つのベッドで眠った一夜が明けて、目が覚めると私は天音さんの抱き枕にされていた。

それだけでもあってはならない事態なのに、更に異様な点が1つあってーー

「起きてください!お願いですから、天音さん!」

「ふぁ・・・?おはよ・・・葵・・・。」

今日もすごい寝癖ですね、などと現実逃避している余裕すらない。

「どうして裸なんですかぁ・・・・っ!!」

「・・・???」

「あ、あの、違いますよ!?私は何もしていませんから!少なくとも何かした記憶はないですからっ!!」

ベッドの上で、裸の女の子と抱き合っていたわけで、これはもう『何もなかったです』とかそんなはずあるか!・・・と、自分でも思うくらいの状況だ。

「本当です・・・私は何も!たぶん・・・。」

ああ、自分でもだんだん自信が無くなってきた。

「・・・無意識に、脱がしたの?」

「・・そうなんでしょうか?・・・覚えてないです、けど・・・。」

「・・・そういえば、自分で脱いだわ。」

「すぐに思い出してくださいっ!!」

「その後二度寝したから、忘れるでしょ?」

「同意を求められても困ります!

てか、なんで脱いだんですかぁ!?」

「くっついてたら暑くて目が覚めたのよ。」

「でしたらご自分のベッドに戻ればいいでしょうに!」

「それはイヤよ。私から一緒に寝たいって言い出したのだもの。」

「妙なとこで義理立てしなくていいですからっ!」

「それに、葵の寝顔が可愛くて、側で見ていたかったの。」

「ぅ・・・ぐ・・・。」

嬉しそうにそんなことを言われたら反論できなくなる。

「とにかく、早く服をきてください!」

「ん〜・・・。葵、その反応はやっぱり女の子らしくないわ。」

「そう言われましても・・・。」

「女子校に通っていたら、何かの拍子に女の子の裸をみることもあると思うの。」

「そうはないと、思いますけど。」

・・・いや、まぁあったんだけど。結衣さんの裸とか、円香さんの着替えとか・・・。

「とにかく、いざという時にいちいち慌てていたら不自然よ。」

「なるべく気をつけますから・・・。」

「ん、まぁ。わかったわ。」


 そして、今日は全校での勉強会が行われる。

「ねぇ、葵。今日もお茶係頼めるかしら。」

「あ、はい。もちろん・・・!でも、他のクラスはどうするんですか?」

流石に全クラスお茶汲みに回るのは無理だ。

「ティーセットは用意するから、クラスごとにやってもらうわ。」

「このクラスだけでいいんですか?」

「あたしたちはもう葵ちゃんのお茶じゃないと満足できない身体にされちゃったからね〜♪」

円香さんが声をかけてきた。

「そんな、大げさな・・・。」

「学生会にも協力を頼んでいるけれど、ティーセット配るの、手伝ってくれる?」

「はい・・・わかりました。」

「そっちはあたしも協力するねっ。

もちろん結衣と遥も一緒にっ。」

教科書類を鞄にしまいこみ、円香さんが立ち上がる。

「ええ、お願いね。実はあてにしてたの。」

「おお・・・!葵ちゃん!天音さんがあたしに頼ってくれた!快挙だよ!」

「あはは・・・明日は雨でしょうか。」

「だ、駄目だったかしら?」

「逆だってば!むしろ嬉しいっ。バッチリ協力するし、いっぱい頼って?」

「え、ええ・・・。」

なんだか少し天音さんが以前より丸くなっているような気がした。

でも、勉強会ということは・・・前回のこともあるわけで・・・。

「ところで、天音さん。」

「・・・何かしら?」

「その、天音さんも・・・勉強します?」

恥ずかしそうにもじもじする天音さん。

「あはは・・・やっぱあたし達みたいなおバカさんと一緒は嫌?」

円香さんが苦笑いで尋ねる。

「そ、そんなことはないわ。あの、東雲さん・・・この前は、ごめんなさい。」

「ほへ・・・?いや、気にしてはないけど。」

天音さんの態度に戸惑いまくっている円香さんだった。

とはいえ、これってーー

「今日は、ちゃんと勉強するわ。・・・みんなと一緒に。」

前回逃げ出した天音さんが、そんなことを言い出している。

「・・・はい。頑張りましょう。」

「・・・ええ。頑張るわ。」

きっとそれは、自分を変えようとしている意志の表れ。

天音さんが他の皆さんとも交流しようと思ってくれたなら・・・全力で応援するしか選択肢はないのだった。


 そして放課後になり、お茶会よろしくの勉強会が始まった。

「あの〜、お姉様、おかわりもらってもいい〜?」

同級生が私に話しかける。

「あ、はい。すぐにお持ちしますね。」

「あと、その〜、良かったら化学を少し教えてほしいんだけど〜。」

「いいですよ。少々お待ちいただけますか?」

前回同様、私はお茶汲み兼先生役と化している。

同級生に教える側というのがちょっと戸惑う。

ただ、大変申し訳無いけれど、この学園はあまり偏差値が高くない。

・・・と、そんなことはさておいて。

私は教室を回りながらこっそり天音さんたちの様子を窺い続けていた。

「あのさぁ、遥。」

「どうしたのです?円香お姉様。」

「いつ言おうか迷ってたんだけど・・・何でいるの?」

「ふぇっ?何かおかしい・・のです?」

遥さんがそう言うと天音さんが口をはさむ。

「・・今日は全クラスで勉強会をしているから。」

「当然、遥のクラスでもやってるよね?」

「あー、えっと・・・それは〜・・・。」

「やっぱり自分のクラスに参加した方がいいんじゃない?」

「うぅ、でもこっちのほうが落ち着くのですぅ!ダメ・・・?」

「別に、決まりではないから、駄目ということはないわ。」

「いいのですっ?えへへ、ありがとうなのです天音お姉様っ!」

「んもう、天音さんも遥には甘いんだから。う〜、全然わかんないわ〜。天音さん、教えて〜?」

「えっ・・・あっ・・・。」

円香さんが天音さんにすがりつく。

「わ、分からないの・・・どこかしら。」

「あのね、これなんだけど・・・。」

ノートを差し出された天音さんの顔が曇っていく。

「え・・・っと・・・。」

そわそわと落ち着きを無くして、何かを言いたそうなのに、途方にくれて挙動が怪しくなっていく。

・・・どうやら来たるべき時が来てしまったようだ。

(よしっ。)

ティーポットを持って、パニックになりそうな天音さんへ近づく。

「あ、お姉様っ♪」

「紅茶のおかわりはいかがですか?」

「い、いただくわ・・・。」

助けを求めるように私を見て、カップを差し出す天音さん。

「葵ちゃん、私もお願いっ。」

「はるかもお願いしますなのっ。」

「はい、承りました。」

みなさんのカップに、紅茶を注いでいく。

「・・・いい香り。」

「これ飲んで、リラックスなさって下さい、天音さん。」

「え、ええ・・・。」

私にできるのはこれくらいだ。

あとはーー

「大丈夫ですよ。」

天音さんの後ろに立ち耳元で囁く。

「葵・・・・?」

「恥ずかしくないですから。

むしろここまできて隠してるほうがみっともないです。」

「・・・わかっているわ。」

「あの〜、お二人で何の内緒話なのです?」

「・・・聞き耳をたてないでちょうだい。」

「それより、天音さん。さっきの問題なんだけど・・・。」

紅茶を置いて、思い出す円香さん。

「え・・・と、あの・・・。」

あとは心の中で応援するしかなかった。

「・・・・・・・の。」

「ほへ・・・?なんて言ったの?」

意を決して息を吸い込む天音さん。

「実は、あの・・・分からないの!」

「あ、そうなんだ?これ、そんなに難しいのか〜。」

「え、あれ?基礎問題だと思うのですよ?」

「そうなの?でも天音さんも分からないくらいなんだから。」

ここで私が口をはさむ。

「・・・残念ながら、分からなくてもいいような問題ではないですね。」

厳かに真実を告げる。

「ほへ・・・。ええと・・・。」

「それって、つまり・・・?」

「ごめんなさい・・・。」

しん・・・と、沈黙に包まれる。

「わ、私・・・本当は、あまり成績がよくなくて・・・。」

「そ、そっかぁ・・・。そうなんだ。ええと・・・。」

「そ、それでは・・・!この問題、解説しますから、円香さんも天音さんもちゃんと聞いてくださいね!」

重たい空気に胃が痛むのを感じながら、何とか気を取り直して身を乗り出す・・・のだけど。

「あ、葵はお茶汲みを続けて。大丈夫だから。」

何を思ったのか、決然とそんなことを言い出したのだ。

「あの・・・ですけど。」

そして天音さんはーー

「東雲さんっ。」

「は、はいっ!」

「一緒に、他の人に聞きに行きましょう。」

「あ、うん・・・。そうだね。じゃあ、あっちの人に。」

「い、行ってきますっ。」

そして椅子を鳴らして立ち上がり、ノートと教科書を持って別のグループに話しかけにいく。

・・・ああ、そういうことか。

天音さんはもう、全面的にカミングアウトするつもりだ。

教室を見回すと、みんな天音さんに注目していた。

・・・でも大丈夫。

「あはは、天音様って、もっとすごい人だと思ってたよ。」

同級生が笑顔で天音さんに話しかける。

「ごめんなさい・・・ガッカリしたかしら?」

「あ、ううん。違うの。そういう意味じゃなくって。」

「私たちと同じなんだね〜。何だか安心しちゃったよ〜。」

きっと誰だって同じことを思う。

天音さんは、完璧超人の気取ったお嬢様なんかより、ずっと親しみやすい素敵な人なのだから・・・。

「それじゃ〜、私にわかるところは教えられるから、一緒にやろっか!」

「円香ちゃんも〜、座って座って〜。」

「らじゃ〜!ちょっと狭いね、机追加〜!」

「あ・・・私も、て、手伝うわ。」

「うん♪一緒に運ぼ〜。」

机を寄せ合って、それまでロクに話したこともないはずの同級生に混ざっていく。

(ほら、ね?何も怖がることなんてなかったんですよ。天音さん。)

そして、私は残された遥さんに話しかける。

「遥さんはどうしますか?」

「3年生が教え合ってるのにさすがに混ざれないのですよ。お姉様、良かったら教えてほしいのです。」

「はい。いいですよ。先に紅茶のおかわり配ってきますね。少々お待ちください。」

「はいなのですっ♪」

紅茶の用意をしながらもう一度天音さんの方を見てみる。

(良かった・・・・上手くいって。)

ほっと、胸を撫で下ろす。

まだ、ぎこちなさはあるけれど、同級生たちに向かって小さく微笑みを向けている天音さん。

(でも・・・なんだろう・・・ちょっとだけ、胸の中がモヤモヤする。)

私だけしか知らなかった天音さんの本当の姿を、天音さんはクラスのみんなに明かして、受け入れられた。

もちろんそれは、理想の結末には違いないけれど・・・。

(嫉妬・・・・なのかな。これって・・。)

独占していた天音さんを、盗られてしまった気分。

男のヤキモチなんて、可愛くない。

自分でも、みっともないと思う。

そう・・・・私は男の子だから。

みんなとは違うのだから・・・。

「・・・・・・。」

拗ねて、構ってほしいなんて言い出す権利はない。

みんなと、自分の間にある・・・見えない壁。

改めてそれを感じて、寂しくなる。

(でも、これでいいんだよね。

喜ばなくちゃ・・・。)

無理矢理自分に、言い聞かせる。

ーーきっと今、何かが変わった・・。

天音お嬢様は、たぶん、もう、大丈夫。

(あは・・・・はは・・・。)

とりとめもなく考えながら、何だか複雑な満足感に、困惑し続けるのだった。


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