第11話ーズッ友ー

 後になって思えば、たぶんそれは、初めての喧嘩だったのだろう。

だけど、その頃の私達はまだ、互いの『あるべき姿』を定めきれていなかったから。

しかも、怒っていたわけではないからなおのこと、それが喧嘩だと気づくには、少しだけ時間が必要だった。

コンコンっ

「天音さん、朝ですよ〜?そろそろ起きて下さいっ。」

朝食の支度を終えてから、天音さんを起こしに来た・・・のだけど。

「あれ・・・?いない・・・?」

部屋には誰もいなかった。

ただ、脱ぎ散らかされたパジャマが布団の上に乗っているだけだった。

「おりょ、お姉様?おはようございますなのです。天音お姉様ならもう学園いきましたですよ?」

遥さんが声をかけてきた。

「え・・・?えぇっ?」

「なんか、用事あるって言ってましたです。天音お姉様、お姉様に黙って出ていったです?」

「何も聞いていないですよ?私が起きたときは、いつもどおりお休みになられてましたし。」

あのねぼすけの天音さんが、自分で起きて・・・?

「理事長の仕事だそうなのです。」

「そうですか・・・。」

「でも、天音お姉様、すごい目も赤かったし、機嫌も悪そうだったのです。」

追加された情報に、困惑させられる。

もしかして、避けられてる・・・。

やっぱり、昨夜・・余計なことを言ったから?


そして、天音さんとは一度も話さないまま、午後の授業が始まった。

時間が経てば、経つほどに、気まずい感覚は増していく。

やっぱりお昼ご飯だけでも強引にお誘いするべきだった。

『仕事があるから』と言われてしまったから、結局は押し切れなかったのだけど・・・。

理事長室に向かう背中を、黙って見送った後の・・・結衣さんたちとのやりとりを思い出す。


ーー昼休みーー

「天音さん、行っちゃった・・・。」

「ええと・・・・」

「あの、葵様・・・・?」

「あ、はい・・・なんでしょう?」

揃って、不思議そうな目を向けてくる結衣さん達。

「いえ、その・・・天音さん、お忙しいんでしょうか?」

「・・・みたいですね。」

それよりお弁当を食べようと荷物を取り出して、ちょっとした過ちに気がついた。

「っ!天音さんの分・・・。」

「あらら、葵ちゃん渡してなかったの?」

今朝は天音さんが先にでかけてしまったから、後で渡そうと一緒に持ってきていたのだった。

「あの、遥さん、すみません・・・お使いを頼んでもよろしいでしょうか?これ、理事長室に持っていっていただけないかと。」

「ふぇっ?はるかが?いいですけど・・・。」

「いつもの葵様なら、ご自分で行かれますよね?」

「それは・・・。」

口ごもると、何かを察してくれたのか、それ以上の追及はなかった。

「・・・お弁当、持っていきますなの。」

「・・・お願いします。」

お使いを引き受けてくれた遥さんを見送り、肩を落とす。

「考えてみると、私、昨日の勉強会から一言も天音さんとお話していないです。」

「・・・結衣さん?」

「はぁ・・・駄目ですね、私。」

「駄目って、何が?」

円香さんが尋ねる。

「天音さんと、もっと仲良くなりたいのに・・・。葵様が引っ張ってきてくれないと、お話する機会も作れなくて。」

同級生で、同じ寮に住んでもいるのに、そんなことを言い始める。

「天音さんのお友達は、葵様だけなんでしょうか。」

ドクンーーと、心臓の鼓動が乱れる。

「天音さんって、葵様のことは名前で呼ぶのに、私のことは未だに『鳳凰院さん』ですし。」

「結衣は疎外感を感じているようだ。」

円香さんが言う。

「葵様は葵様で、相談すらして下さらない・・・。壁を感じちゃいますよね?」

「・・・え、ええと。」

結衣さん、ちょっと怒っている・・・? 

「明日は、天音さんもご一緒してもらいますから・・・。」

「そういう話ではないんですけど・・・。まぁいいです。何か力になれることがあれば仰ってくださいね?」

・・・そんな約束を、してしまったのだった。


(今日中には、何とかしないとなぁ。)

ちらりと、天音さんの様子を窺って、小さくため息をこぼす。

無表情のまま黒板を見つめる天音さん。

結衣さんの言った通り、天音さんと他の皆さんとの接点は、私だけになってしまっているのだろう。

それはとても不健全なのだけど、とにかく今は・・・私がどうにかするしかなさそうだ。

天音さんを孤立させたくない。

それに・・・このまま、ぎこちない関係になってしまったら・・・。


 ・・・その日も天音さんは帰りが遅かった。

(ホントに、どうすれば・・・。)

結衣さんたちには先に夕食を食べてもらった。

放課後も、天音さんは話しかける間もなく教室から出ていった。

そのまま理事長に篭もられると、邪魔をするわけにもいかなくて・・・。

・・・いや、そんなのは言い訳だ。

私はただ、天音さんに何を言えばいいのか分からなくて、訪ねる勇気が出せなかったんだ。

「みんなと、もっと仲良くなってほしい・・・。」

それは私の希望というだけでなく、結衣さんたちの願っていることでもある。

だから、そこを引くつもりがない以上、そして天音さんがそれを拒絶する以上、同じ台詞を言い続けることになってしまうだろう。

平行線というか、・・・今話してもこじれるだけかもしれない。

「って、そんなこと言ってるから会いにいけないわけで・・・。」

時間だけが過ぎていくことに、焦りを感じる。

よし、覚悟を決めよう!

夕食を理事長室に届けに行こう!

すぐには納得してもらえなくても、少しずつ話を聞いて貰えれば今はそれでもいい。

そして、急いで学園へ向かった。


 ーー深呼吸をして、理事長室の前に立つ。

ドアの隙間から光が漏れているから、中にまだいるみたいだ。

「・・・よし。」

今更迷っていてもしかたない。意を決してドアをたたく。

「・・・返事はない、と。」

だけど、もう逃げない。逃さない。

気配はあるのだから、勝手に扉を開けて入ることにした。

「あ・・・・・。」

「こんばんは、天音さん。」

「あ、あおい・・・。」

部屋に入ると、何故だか天音さんは立ち上がっていて、おろおろしていた。

「何か、用なの・・・?」

「あまりに遅いので、お食事をお持ちしたんです。」

暗に昨日の続きを話しにきたのではないと言いながら、持ってきた風呂敷包みを示して見せる。

「・・・そう、ご苦労さま。」

「お仕事のほうは大丈夫ですか?途中でしたら、キリのいいところまでお待ちしますので。」

「あの・・・、これは・・・。」

お仕事の書類ではなく、教科書とノートが広げられていた。

「お勉強・・・されていたんですか?」

「見ないで・・・。」

何故か恥ずかしそうに隠そうとする。

「お勉強は別に悪いことじゃありませんよ?」

「そう・・・なのだけど、違うの。」

「違う、というと?」

よく分からなくて、もう一度天音さんの身体の影から机を覗く。

「わかったわ・・・。ちゃんと言うから。」

渋々といった雰囲気で観念する天音さん。

そして机の前まで移動するとーー

「・・・これ、勉強していたの。」

差し出されたのは普通に教科書だった。

科目は数学Ⅰで、遥さんのと同じ・・・。

「これって、1年生の教科書ですけど?」

こくんと、天音さんは顔を赤くして頷いた。

もちろん私達は3年生で、復習をしていたという見方もできなくはない。

でも恥ずかしがっているということ、つまり。

「昨日、鳳凰院さんが、東雲さんに言っていたわ。この問題ができないなら1年生の範囲からやり直しって・・・。」

「昨日というと、勉強会ですか?」

こくんと頷く。

「それで、その・・・私も、わからなくて。」

「ええと・・・。」

どうして逃げ出したのか、ようやく事情が掴めてきた。・・かも知れない。

「ほ、本当は、私、成績よくないの。葵には一人で勉強しても大丈夫だからって葵の家庭教師を断ってたけど・・・。」

「・・・そう、だったんですか。」

「でもみんな、私が成績いいって思っていて・・・。本当は赤点とらないのがやっとなのに。」

「どうして言わなかったんですか?成績の話した時さり気なく見栄張ってましたよね?」

「だって・・・。私は学生会長で、理事長で、天童の娘だから・・・。」

だからこその、周りが勝手に思い込んでしまう優等生のイメージ。

「頭よくないって、知られたら・・・失望されるわ。」

ああ・・・天音さんは、それを壊したくなかったのか。

「昨日、勉強会から逃げたのも・・・

教えてって言われて、できなかったからですか?」

「いまさら言い出せなくて・・・

どうしたらいいのか分からなくなって。

・・・気がついたら教室を出ていたわ。」

ほんとに、ほんっとーにこの人は。

「私が思っていたより、更に情けない理由でした。」

「ごめんなさい・・・。」

「余計な見栄を張って、墓穴掘っただけじゃないですか。自業自得としか言いようがありません。」

「うぅ・・・。」

さすがに呆れるしかない。

「・・・でも、その後は勉強していたんですよね。隠れて、一人でずっと。」

「他に、できる事が思いつかなくて・・・。」

「天音さんって、ホント・・・。」

心の底から、不器用で、仕方のない人だと思う。

でも、だからこそ私は・・・放っておけなくなる。

「・・・葵も、失望した?」

不安そうな問いかけに首を振る。

「いいですか、天音さん。よく聞いてください。

いいんですよ・・・?

友達には、みっともないところを見られても、いいんです。」

「・・・そう言われても。」

「私、昔言ったことがあると思うんですけど、覚えていらっしゃいますか?

完璧なお嬢様なんて、別の世界の人みたいで近寄りにくいです。」

そうだ、天音さんは完璧なお嬢様なんかじゃないって私が1番よく知っていたはずなのだ。

なのに、勝手なイメージで疑わなかったのは、私もまた、間違っていた。

「天音さんは、ずっと頼りなくて情けないお嬢様でした。その感想、さらに強化されちゃいました。」

「だったら・・・だから・・・。」

「でも、頼りなくて情けないのも天音さんの魅力です。私、本気でそう思ってますよ♪」

「・・・とても、複雑なのだけど。」

「それでも、そんな天音さんの素敵なところ・・・決して嫌いじゃないんです。

だから、私はもっと、今まで以上に、使用人という立場からじゃなく、友達としてもっと天音さんのことを知りたくて。

みっともない部分も、情けないことも、もっと・・・色々な天音さんを見つけたくて。

そのためにも・・・これからも、『お友達』でいたいです。」

ほんの少しだけ、声が震えそうになる。

もしも、本当の自分は見られたくない、友達なんていらないって言われたら、何もかも崩れさってしまう。

「その・・・駄目でしょうか?」

怯えながら尋ねる。

「・・・そんなのって。」

そして、天音さんはーー

「そんなの、私の台詞・・・・。

まだ私のこと、『お友達』と思ってくれるのね・・・・?」

「当たり前じゃないですかっ。」

「昨日、あなたに叱られて・・・とても怖かったわ。私が悪いのに、認めなくて。ぜったいに嫌われたって、そう思って・・・。

・・・・だから、ごめんなさい。」

「いえ、私の方こそ。天音さんのこと、何も分かってなくて・・・ごめんなさい。」

「・・・・・・。」

しばし無言で見つめ合う。

すると、少しずつ口元は緩んでいく。

・・・仲直り、なのかな。これで。

「ねえ・・・葵。」

「は、はいっ。」

「友達と勉強するのは・・・楽しいのよね?

あなた、そう言ったわ。勉強会にしたら、楽しいって。」

「・・・はい。一人でするよりは。」

「なら、私も楽しいこと・・・してみたいわ。勉強、教えてくれるかしら?」

「天音さん・・・はい、喜んでっ。」

「ありがとう・・・とても楽しみだわ。」

「あ、でもその前にお夕食にしませんか?」

ふと気がついて、お弁当をさしだす。

「私もまだ食べてないんです。一緒に食べませんか?」

「・・・そういえば、ごはんも同じだわ。」

「えっと?」

「友達と・・・あなたと一緒に食べると、一人よりわくわくするわ。」

「そう思っていただけるなら、嬉しいです。」

「本当に・・・友達って、素敵なのね。」

天音さんが、それを、実感してくれているのならーー

きっと、色々なことがうまく回り始めそうな・・・そんな予感がするのだった。


 食事のあとは、遅いので帰ることにした。

約束した二人きりの勉強会は、お風呂に入ったあと、眠くなるまでの間にするつもりだったのだけど・・・。

「今日はこのくらいで大丈夫なのです!

これで英語はバッチリなのですよ。ありがとうございますなのお姉様っ。」

「・・・いえ、お役に立てて良かったです。」

なぜ遥さんがいるかといえば、お風呂から上がると遥さんがテスト範囲をみてほしいと部屋を訪ねてきたのである。

そして断りきれず、結局天音さんには未だに教えられていない状況。

「むぅ・・・・・。」

ああ、ちょっと怒っている・・ような気がする。

「それじゃ、解散ということで、お疲れ様でした。」

「はいなのです♪ところで、お姉様〜?」

「なんですか?まだ、何かご用でも?」

「・・その言い方はちょっと冷たいのです。

さっさと出てけって言ってるみたいなのですよ。」

「あ、いえ。決してそんなつもりでは。

それで、どうしました?」

「お世話になったので、お礼がしたいのです!」

「そんなこと、気にしなくていいんですけど・・・。何か頂けるんですか?」

「はるかが添い寝をして差し上げるのです!」

「あぁ、なるほど。大丈夫ですからご自分の部屋に戻ってくださいね?」

「ふぇ・・・今日も振られたのですぅ。おやすみなさいなのです。」

「はい、おやすみなさい。夜ふかししたら駄目ですよ?」

「は〜い、天音お姉様も、また明日なのです♪」

「・・ええ。良い夢を。」

そして遥さんは自分の部屋に戻っていった。


 「もう夜中だから、私達も寝たほうがよさそうね。」

それは確かに、既にそういう時間なのだけど。

「あの、天音さん・・・すみませんでした。明日こそはちゃんとお勉強見させて頂きますので。」

「・・・別に、謝らなくていいわ。」

「ですけど・・・。」

ついさっきまで不機嫌そうな顔をしていたから不安になる。

「葵は悪くないわ・・・。悪いのは私だもの。」

「・・・天音さん?」

「だって、そうでしょう?皆本さんと、一緒に教えてもらえば良かったのよ・・・なのに。」

今度は落ち込んでいる雰囲気だ。

「皆本さん、ああ見えて頭いいでしょう?」

「はい・・・それが?」

「だから、その・・あの子に負けてしまったら、ちょっと立ち直れないかも知れなくて。ごめんなさい、私、まだ見栄を張っているわ。」

「少しずつでいいと思いますよ?あの、でもできれば、私の前では・・・。」

「・・・ええ、あなたには、もう見栄は張らないわ。」

そう言って微笑んでくれるのが、とても嬉しかった。

「はい、私の前ではみっともない天音さんでいいんです。わがままも、遠慮なく仰ってください。」

「・・・わがまま、いいの?」

「もちろん。ご要望に添えないこともありますけど、言うだけならタダですから。」

そうやって、天音さんの考えていることを知っていけるのなら。

それもまた、コミュニケーションの1つだ。

「あなたがその気になれば、簡単なことなのだけど・・・。」

「あ、何かご希望ありますか?」

「ええ、言ってみても、いい?」

「はい、もちろんです♪」

お詫びにできることなら何でもしてあげよう。

そんな風に、思ったのだけどーー

「一緒に寝ても、いいかしら?」

遥さんと同じ要求に、硬直した。

「もちろん、あの、同じベッドで・・・。」

「・・・それは。」

「素敵な夢が見られるわよ?」

「見なくてもいいのですが・・。」

天音さんが冗談を言うなんて、珍しい。

「ごめんなさい・・・駄目よね?皆本さんの時も断ったのだから。

言ってみた・・・だけだから。」

きっぱりと断るべきだ。そう思うのに・・。

もじもじしている天音さんを見ていると、どうしてかダメだと言っていけない気がした。

「きょ、今日だけ・・・ですよ?」

「いいの・・・?本当に・・・?」

「はい・・・。」

「そ、それじゃ・・・お邪魔します。」

・・・頷きながら、既に頭を抱えたくなっていた。

 

 部屋のベッドはシングルだ。

だから必然的に、距離が近くなる。

「本当に許してくれるとは思わなかったわ。」

「か、からかうつもりでしたなら、今からでも無かったことにしていいんですよ?」

「こうしていたいのは本当だから・・・それはだめ。」

囁きながら、ぴったりと身体をすり寄せてくる天音さん。

・・・近い。すごく近い。

天音さんの体温も、吐息も感じられる距離だ。

それにいい匂いも漂ってきて・・・。

「ねぇ、葵。」

「な、なんですかっ?」

「どうして、そんなに必死に目をそらしているの?」

・・どうしてもこうしても。

「あの、念の為確認なんですけど、僕が男だって、忘れていないですよね?」

「『わたし』でしょ?当たり前よ。ちゃんと分かっているわ。」

少し恥ずかしそうに言いながら、そっと私の胸に手を当ててくる。

「ひゃわっ、あ、天音さんっ!?」

「あなた、顔も、性格も、とても可愛らしいのに・・・。でも、時々は男の子にしか見えないわ・・・。」

「胸なんかあれをつけなきゃペッタンコですからね。」

「・・・それも、あるけれど。」

少し拗ねたように服をつままれる。

「皆本さんの、胸とか、太股とか、じろじろ見ていたわ。さっきまで、全然女の子らしくなかった。」

「ぅ・・・そんなに見ていないつもりなんですが。」

「いいえ、見ていたわ。私は、あなたがどこを見ているか、ちゃんと見ていたもの。」

遥さんの寝間着はTシャツ1枚も同然だったから。

揺れる胸や、今にも見えそうなパンツが、気にならなかったといえば嘘になる。

「・・・すみません。」

言い訳はやめて潔く謝った。

「遥さんにも気づかれていそうでしたか?私が男って・・・。」

「それは、大丈夫だと思うけれど・・・。私はあなたのことを知っているからそう見えただけで・・・。」

「バレてないなら、良かったです。」

「でも、そのうちおかしいって思われるかもしれない。」

「ぅぐ、・・・気をつけます。」

「言うだけじゃなく、練習しなくちゃ。」

「練習って?」

「あなたはもっと女の子に慣れるべき。」

そう言うとさらに身体を寄せてきた。

「あ、わ、天音さん・・・。」

「私も、女の子だから・・・これは特訓よ?」

腕が、柔らかな胸に抱きかかえられる。

さらさらの髪が、頬を擦り付ける。

「ひぅあ、・・・駄目ですってば!」

慌てて逃げようとする。

「私だと、練習にならない・・・?」

「そんなことないですけど!すごくドキドキしていますし・・!だから駄目なんですよぅ!」

これ以上は変な気分になってしまいそうで、なんとか邪険にならないよう振りほどく。

「練習なんてしなくても、気をつけますから・・・。」

「そう・・・ごめんなさい。」

「って、天音さん?」

「本当は、そんなの・・・練習なんてただの建前よ。」

「ええ・・と?」

「今だけでいいから・・私のことも見て欲しい。」

「み、見てますよ・・・?」

「・・・皆本さんに、あなたをとられそうな気がしたの。」

「葵と皆本さん・・・すごく仲がいいから、怖かったのよ。」

すがるように、私の服の袖を握り込む天音さん。

「放っておかれて、ヤキモチ妬いているの・・・私は。」

自らそんな告白をして・・・不安そうに私を見る。

「面倒な人だと思った・・・?

嫌いになった・・・? 」

・・・・ああ、この人は。

「そんなことはないですよ。」

「・・・本当に?」

「はいっ。」

みっともない姿を見せてくれて、嬉しく思う。

とはいえ、しょうがない人だな・・とも思う。

自ら孤立しに行って、そのくせ臆病で、寂しくて。

・・・きっと私以外に頼る相手がいないのだろう。

「大丈夫です。いつでも私は、天音さんのこともちゃんと見ています。」

私が感じていたのは、純粋な、保護欲だった。

「天音さんを、1人ぼっちにはさせませんから。」

「これからも、ずっと友達でいてくれる・・・?」

「はい、ずっと友達です。たとえ私たちがお屋敷に戻ったとしても、ずっと友達です。ズッ友です。」

「・・・・そう。でもその言い方、すごく上辺だけに聞こえるわ。」

くすりと、小さく微笑んでくれた。

「でも、ありがとう・・・葵。少し、安心したわ。安心したら・・・眠くなってきたわ。葵・・・、勝手にいなくなったら・・・ダメ・・よ?おやすみなさい・・・。」

「はい。今夜はお側にいますから。おやすみなさい・・・。」

天音さんが寂しがっているなら、私は拠り所になろう。

だけど、きっとそれだけじゃいけなくてーー

(天音さんが、失敗しても、私だけは貴女に失望したりしませんから・・・。)

とても、不器用なこの人と、他の人たちを繋いであげたいと思った。

私が、守ってあげないと・・・。

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