第10話勉強会、そして二人の距離・・・
ーーそして放課後。
特に部活や用事のない人達が、円香さんの呼びかけに応じて教室に残ってくださっていた。
「ティーセット、これでいいかしら?」
天音さんが一式持ってきた。
「さらっとこういうのが出てくるんですね。」
天音さんが家庭科室から持ち出したのは高級品ではないけどちゃんとした陶磁器のティーセット。
とりあえず人数分ある。
「どうして、学園にそんな大量にカップがあるんですか?」
「懇親会とか、クリスマスパーティで使うから。」
「紙コップで済ませない辺り、流石はお嬢様学校ですね。」
「そんなに、おかしいかしら?」
「いえ、むしろ素敵だと思います。」
ちゃんとした茶器で飲む紅茶は、やっぱり紙コップより美味しく感じるものだ。
「・・・と、そんなことより、みなさんの分、淹れないとですね。」
「葵、お願いしてもいいかしら?」
「はい、任されました!」
教室だとさすがに電気ポットだから、いきなり全員分とはいかないけれど。
「わ〜、お姉様が淹れてくれるんだ〜?」
「なんか、お姉様、手つきがこなれてますわ。」
そしてカップにお湯を注いで温め始めると、何人かが寄ってくる。
「・・・それじゃ葵、頼むわね。」
「はい、後ほど天音さんにもお持ちしますね。」
天音さんは軽く頷くと教科書を広げ始めている他の生徒たちのほうへ行ってしまう。
「お姉様っ!手伝いなら私に任せてくださいなのです!」
遥さんがやってきた。
そもそもこのクラスの勉強会になぜ1年生の遥さんが?
まぁ、いいけれど。
「というか、別に一人でも平気なんですが・・・。第一弾できましたから、味見してみていただけますか?」
そうこうしている間にも紅茶を注ぎ終え、まずは近くにいらっしゃるみなさんに振る舞ってみる。
「あ、お姉様方、どうぞなのですっ。」
「ほ〜い、じゃあいただきますっと。」
カップをソーサーごと手に取り、それなりの優雅な仕草で飲み始めるクラスのみなさん。
なんだかんだで育ちのいい人たちだ。
「ふぇっ!なに、これ?」
「うわっ、美味しっ!」
「そうでしょう、お姉様の紅茶は絶品なのですよ!」
「どうして後輩ちゃんが自慢げ・・・?でも確かに絶品〜!」
「どうしてですの?お姉様、どうしてこんな美味しい紅茶が入れられますの?」
同級生が尋ねる。
「・・・茶葉がいいからではないかと。」
「そこまで高い葉っぱじゃないのです。安くもないけど、謙遜も過ぎると嫌味になるのですぅ。」
遥さんが口を開く。
「う・・・、すみません・・。」
「まぁお姉様が謝ることないけど〜、
誰かその道のプロに教わったとか〜?」
「まぁ、その、いろいろ・・・。ええと
、お喋りしてないで、勉強もしないと駄目ですよ?」
「仕方ない、勉強しますかぁ。お姉様、紅茶ありがとね。」
「いえ、おそまつさまです。」
「また後で、おかわりもらってもいい?」
「はい、もちろん。」
「じゃ、後でねー。」
そう言って飲みかけの紅茶を持ったまま自分の席に戻る同級生たち。
それを見送りながら、さらに何杯かの紅茶を用意した。
「遥さん。これ、皆さんに配ってきていただけますか?」
「はい、はるかにおまかせなのです!」
遥さんに手伝ってもらって、その間にお湯を沸かし直すとして・・・でも、沸騰するまでに少し時間があるだろうから。
「それが終わったら、私達も勉強しましょうか。」
「よかったら、はるかの勉強みてほしいのです・・・。」
「はい、一緒にやりましょうね。」
「やたっ♪それじゃ、配ってくるのです〜。」
嬉しそうに、お盆にいくつもカップを乗せて、教室の中を回り始める遥さん。
まあ、私が見てあげなきゃね。
上級生に混じって勉強するのも厳しいだろうからこれくらいは『お姉様』としての義務なのだった。
遥さんの勉強を見ながら、お湯が沸くたびに
紅茶を淹れて皆さんに配ってまわる。
しばらくそんなことを繰り返した。
最初は遥さんに手伝ってもらっていたが、途中からは問題集に集中してもらって、一人で教室をまわる。
みなさん、お喋りしながらもちゃんと真面目に勉強している。
「お姉様〜、あの〜、ここなんだけど、教えてもらってもよろしいしょうか?」
「あ、はい。ええと、これはですね・・。」
さっきから時折こんなふうに呼び止められる。
「なるほど・・・。やはりお姉様の教え方わかりやすいですね。」
「そうですか?」
「すごいよね〜?成績よくて、料理もお茶淹れるのも上手で・・・。おまけに見た目も中身も超カワイイ・・・。ああ、だめ。自分と比較したら哀しくなるから考えないっ!」
「うちのお兄ちゃんのお嫁さんになってほしいよぅ。」
「いや、むしろあたしのお嫁さんに・・・。」
聞いてると男の私は凹む一方だ。
「ほ、ほかに質問はありませんか?」
お嫁さんは屈辱的なので心から勘弁してほしい。
(今、無性に誰かに罵られたい気分・・。)
とりあえず天音さんたちのとこへ向かった。
「ええっとー・・・。」
円香さんが気まずい声を出している。
「どうかされたんですか?この空気・・。」
「あ、葵様、いいところに。」
隣のクラスから参加している結衣さんが口を開く。
どういうわけか、天音さんが教科書も開かずむっつり押し黙っていた。
「お茶のおかわり、お持ちしましたけど・・・。」
「・・・いただくわ。」
不機嫌そうに、カップを突きつけてくる。
「あの、何かありました?」
注ぎながら尋ねる。
「いや、あたしたちにも何がなんだか。」
円香さんが答える。
「天音さん、急に教科書を閉じてしまって。」
「・・・天音さん?」
「何かしら。」
拗ねた感じでとぼけようとする。
「ですから・・・勉強、なさらないんですか?」
「今は必要ないわ。・・なんとなく、そう思ったの。」
「なんとなくって・・・それだと勉強会の意味が。」
「それよりも葵、随分とモテモテだったわね。」
「え・・・、えっ・・・?」
「ちやほやされて、気分が良かったかしら?」
「そんなことは・・・。」
望みどおり罵りに近い目で見られるけれど、別に快感とかは感じなかった。
・・・というか、何が気に触ったのかとビクビクする。
「これって、嫉妬?」
「他の子と仲良くしないでってことでしょうか?」
円香さんと結衣さんがつぶやく。
「・・・そんなことは言っていないわ。」
ええと・・・これってどうすれば?
「お茶汲みの途中なのでしょう?もう行ってもいいわ。」
「あの、ですが。」
「構ってほしいなんて、思っていないわ。」
そう言われると反対の意味にしか聞こえない。
しかし表向きの発言を無視するわけにもいかない。
「わかりました・・・。」
すると結衣さんが天音さんに声をかける。
「あの〜、お暇なようでしたら、しばらく円香さんの勉強をみてあげてくれませんか?」
「・・・鳳凰院さんが教えていたでしょう?」
「葵様がお忙しそうですので、私は遥さんのお勉強を見てこようかと・・・。向こうで机に突っ伏していらっしゃいますし。」
「あ、ホントだっ!」
(・・・渡した問題、難しすぎたでしょうか?)
歯が立たなくて匙をなげている雰囲気だったから、これは少々失敗したかと思う。
「・・私がそっちに行ってもいいのだけど。」
「それって、あたしに教えるのはイヤということでしょうか・・・。」
「そ、そういう意味では・・ないけれど。」
「うぅ、図星っぽい?いやまぁ、生徒がアホすぎるからしょうがないけどね?」
「ちがうの・・・その・・これは・・。」
おどおどした様子で、天音さんは視線を彷徨わせている。
ホントにちょっと様子がおかしいような。
「そういえば・・・用事を思い出したわ。」
「えっ?天音さん・・・?」
結衣さんが不思議そうに言う。
「私、理事長室に行かないと。」
そのまま、そそくさと立ち上がり行ってしまう。
「ホントに行っちゃいましたねぇ。」
「が〜ん。あたし、嫌われちゃってるのかなぁ。」
「いえ、あれはたぶん・・そうじゃなくて。」
天音さん・・・だからなぁ。
「そうじゃなくて、なに?」
「単なる人見知りかと。二人きりになると何を話せばいいかわからない的な?」
「それはそれで落ち込むわ〜。」
おそらくまだ天音さんにとって円香さんたちは『友達の友達』くらいの感覚なのだろう。
そもそも、以前にちゃんと『友達』と認めさせたのは私一人だったかも知れない。
「やれやれですね。とりあえず、遥さんにもこっちにきてもらいますね。」
結衣さんが遥さんのとこへ行く。
「私も手が空いたら戻ってきますね。」
「よろしく〜、葵ちゃん。」
・・・それにしても、天音さんってば。
自分が言い出した勉強会なのに、途中でいなくなるのはちょっとよくないと思いますよ?
その日、天音さんが帰ってきたのは夜になってからだった。
「あっ・・・。葵・・・。」
「おかえりなさい、天音さん。」
扉が開く音を聞いて、食堂にいた私は玄関まで出迎える。
「た、ただいま。」
なんだか気まずそうで、挙動不審な仕草だった。
「・・・こんな時間まで、理事長のお仕事お疲れ様です。」
「ええ・・・。」
「夕食、一応ご用意してますけど・・・もう召し上がりましたか?」
「・・・いえ。まだよ。」
「では、準備しますね?」
「ええ・・・ありがとう。」
天音さんは、なるべく私と目を合わさないようにしている。
・・・だから嘘をついていると直感する。これでも側使いだ。天音さんのことはすぐわかる。
「あの、何のお仕事だったのか、聞いてもいいですか?」
「・・・どうして、そんなことを知りたがるの?」
「だって、こんな遅くまでお仕事なんて。」
「大したことじゃないから、心配いらないわ。」
「だったら、何故・・・。」
少しだけ責めるような口調になってしまった。
「勉強会、結局戻ってきませんでしたよね?
大したお仕事じゃなかったなら、どうしてなんです?」
「・・・それは。」
「ご自分で言い出した企画なのに、よくないと思います。」
「具体的なことを考えたのは、あなたでしょう?」
「それは・・・ですけど・・・。」
屁理屈に近い反論に、哀しくなってくる。
「・・・あの後は、どうだったの?勉強会・・・。」
「みなさん、それなりに楽しんでいただけたと思います。ちゃんと勉強もして下さいましたから・・・。」
「成功、でいいのかしら?」
「はい、あの様子なら他のクラスで同じことをしても大丈夫だと思います。」
「・・・・そう。少しだけでも、みんなの役に立てそうね。」
だけど、言葉と裏腹に、あまり嬉しそうじゃなかった。
それはきっと、報告を求めたことが話を逸らすだけの目的だったから・・・。
「それよりも、今は天音さんの話です。
あの時、どうして教室から逃げたんですか?」
「逃げてなんかいないわ・・・。」
「いいえ、天音さんは逃げました。円香さんと、私達から。」
「そんなことは・・・。」
このままではよくない。
だから今回ばかりは追及を諦めなかった。
「天音さんは、もっと色んな人と仲良くしたほうがいいです。理事長だからとか、学生会長だからとか、そんなのを言い訳にしたらダメだと思います。」
「・・・・・。」
「お願いですから、もう少しだけ勇気を出してください。みんな、いい人ばかりです。きっと大丈夫ですから。」
お説教を続けると、それまで以上に哀しそうになっていく。
・・・そしてーー
「・・・あなたに・・・私の何がわかるの?」
泣き出しそうな返事に、動揺した。
「言い訳なんかじゃないわ。私は生徒代表だから、今は理事長だから、普通に仲良くなんてなれないの。」
「た、たとえそうだとしても、隠れ蓑にしないでください。」
「黙って。」
「嫌です・・・私とは友達になってくれたじゃないですか。ただの使用人に過ぎなかった私と・・・。」
「それは・・特例なの。友達なんて、あなただけでいい。」
きっと本音では、そんなこと欠片も思っていない。
なのにどうして、この人は孤立しようとするのだろう。
「だったら、他にも特例があっても・・・。」
「だから、もう黙って・・・っ!」
強めの口調で遮られ、私は口を閉した。
天音さんが、こんなふうに感情をぶつけてくるのは、たぶん初めてだった。
「もう、口出ししないで・・・これは命令。」
「・・・わかりました。今は、もう言いません。お食事、温めてきます。」
「そのくらい自分で、できるわ。一人で食べるから・・今日はもう下がりなさい!」
「・・・かしこまりました・・お嬢様。」
主人のように命令されたから、私もまた、使用人みたいに従順な返事をした。
・・・きっと、本来はこれが正しい関係なのだろう。
だけど、こんなやりとりは初めてで・・・。
私は、ただ無性に・・・哀しかった。
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