第1話「前世の記憶と新しい世界」

 目を覚ますと、ひどい頭痛がしていた。

今日から学校が始まるというのに、最低の朝だ。


 さっきまで見ていた夢のせいか、頭が混乱状態になっている。

僕自身は、良平なのか、それともエドワードなのか。


 どちらかを判断するのは簡単だった。

昨夜寝るときに握りしめたままの青く染まった魔石がまだ僕の手の中にある。

これで、僕がエドワードだということがはっきりと証明された。


 そしてもう一つわかったことがある。

先程までの夢は、僕の前世の最後の記憶だ。


 なぜ、そう断言できるのか。

 それは簡単なことだ。

夢で見たこと以外の良平の記憶も、容易に思い出すことが出来るからだ。


 ......父さんや母さんが聞いたら、変な子だと思うだろうか。


 エドワードは今の自分の両親のことを考えて、伝えることを止めた。

きっと心配してしまうだろう。

今まで、友達からも前世の記憶が甦ったなんて話を聞いたことがない。


 それと、前世で読んだ推理小説の内容も容易に思い出せた。


 ......これは知られたくないな。


 この記憶は、この先探偵をやっていくにあたって、便利なのではないか。

そう、直感的に思ったからだ。


 前世では、浅野良平として平凡な生活を送っていた。

あのまま過ごしていたら、きっと平凡なまま、つまらない人生を送っていただろう。


 今世は、エドワードとして探偵を目指せる。


 憧れていた名探偵が、現実として存在している。

そして、世に認められた存在になっている。

難解な事件を解決していく名探偵が存在する世界に、エドワードは改めてワクワクしてきた。


 先程までの頭痛が嘘のように引いて、身体が軽くなったのを確認すると、ベッドから起き上がった。


 前世を思い出したせいだろうか、馴染んだはずのベッドが初めて見るもののように感じる。


 毎日通る階段でさえも、初めて泊まった場所のような違和感があるけれど、そのうち慣れるだろうと思い、何食わぬ顔で階段を降りてリビングへ向かった。


 リビングに入ると、母さんがいつも通り朝食の準備をしている姿が見えた。


「おはよう、母さん」

「おはよう、エドワード。今日から学校ね。ちゃんと眠れた?」


いつもと変わらない朝の会話なのに、演技をしているような気恥ずかしさがあって、僕は軽く欠伸をして誤魔化した。


「興奮と緊張で寝不足だよ」


そう言いながら、僕は母さんの手伝いをしようと食器棚からカトラリーを取り出して食卓に並べ始めた。


「あら、お手伝いなんて珍しいわね。学校が始まるから一つ大人になったのかしら」


 茶化すような母さんの言葉に「しまった」と言葉には出さずに僕は言い訳を探す。


「あ、うん。今日から学生だからね。僕も少しくらい手伝うよ」


 昨日までのエドワードでは、きっと椅子に座って朝食を待っているだけだったはずだ。

僕は良平ではない。エドワードだ。

そう、自分に言い聞かせながら、エドワードとしての行動を思い返してみる。


 エドワードなら、母さんの手伝いもせずに、学校へ行ける興奮をずっと話続けているだろう。前世の良平とは思えないくらいお喋りな子供だった。


 ......いや、良平の小さい頃もあまり変わらなかったな。


 前世の幼い頃とエドワードが重なって、自分に妙な親近感が沸いてきた。

自分に親近感が沸くというのも変な話かもしれないけれど、どうやっても昨日までの自分と今の自分が繋がらないのだから仕方がない。


 ......なんか、子供に戻るっていうのも恥ずかしいな。


 そうは思っても、味覚はまだ7歳児だ。

母さんに出されたコーヒーにはミルクと砂糖がたっぷり入っていて、それを丁度良く感じるのだから、違和感しかない。


 朝食を取りながら、母さんと今日の入学説明会について話をすることにした。


「母さん、今日の説明会って何を持っていけばいいかな?」


 部屋を出る前に確認した鞄の中身は、筆記用具だけだった。

説明会ならばこんなものかもしれないが、仮にも学生ならば教科書くらい事前に準備されているはずだ。


「筆記用具と魔石を持っていけば大丈夫よ。あとは......」


 母さんはそう言いながら一度部屋を出ると、制服らしき服を一式持って戻ってきた。


「今朝、届いたばかりの新品の制服。食べたら着替えちゃいなさい」


 そう言って制服をリビングの片隅にあるポールハンガーに掛けると、母さんも身支度のために自室へと戻っていった。


 朝食のトーストを急いで食べると、僕も身支度のために制服を手にとった。

一月ほど前に制服を買いに行った記憶がある。そのときに仕立てた制服だろう。

見覚えはあるのに、初めて見るもののように感じて、なんだか制服が眩しく映った。


 焦げ茶色のスラックスに白いワイシャツ。深緑のブレザーと、紺色のネクタイ。

良平の時は学ランだったので、初めてのブレザータイプの制服だ。

何となく大人の仲間入りをした気分になって、早速自室で着替えてみた。



「似合うじゃない。大人の仲間入りね」


 着替えた姿を母さんに見せると、そう褒めてくれた。

少し誇らしくなって、自然と顔がにやけてくるのがわかる。


 ......まぁ、ネクタイの結び方だけは分からなくて助けてもらったけど。


 あとは、筆記用具と魔石が入った鞄を持って学校へ行くだけだ。


 初日は親と一緒に説明会を受けて、午後にクラス見学をして終わりらしい。

次の日からはスクールバスを使って通学をする。

説明会もスクールバスで行けないのかと思ったが、母さんに聞いてみると、説明会でもらう学校のバッチがないとバスに乗せてもらえないそうだ。


「お待たせ。じゃあ、行きましょうか」


 母さんも身支度が終わったらしく、リビングのソファで座っていた僕を呼んだ。

説明会に向かう親だということで、母さんもスーツを着ていた。

濃いベージュのパンツスーツでしっかりと決めている母さんを見て、少し驚いたのは内緒だ。

エドワードとしては見慣れている姿のはずだけど、家にいる母さんはおっとりしていて、柔らかい雰囲気の女性だったせいか、イメージと違ったのだ。


 家を出て、大通りに向かう。

レンガ造りの街並みは、中世のイギリスっぽい雰囲気があってワクワクしてしまう。


 ......この世界で探偵なんて、本当に小説みたいだ。


 イギリスの有名な探偵小説を思い浮かべていると、母さんに腕を引っ張られた。


「エドワード、ちゃんと一緒にいないとダメよ。子供だけで立っていたら警察に強制帰還させられるわよ」

「あ、うん。ごめんなさい」


 一瞬、何のことだろうと思ったが、エドワードとしての記憶を思い返して解った。

この世界では、子供だけで外を彷徨いていてはいけない。

犯罪に巻き込まれてしまう危険性があるからだ。

警察が街を巡回していて、子供だけで彷徨いている姿を見つけると、”強制帰還”という魔術を使うらしい。


 ”強制帰還”は警察が使う魔術の一つで、子供を家に強制的に転移させるそうだ。

転移先は家によって様々だが、リビングに転移先に指定している家庭が多い。

我が家もリビングに転移するようになっている。

子供が生まれた時や、入居したときに、役所に届け出をして転移先は決まるらしい。


 母さんに手を繋がれたまま、ゆっくりと大通りを北上する。

我が家は街の南側に位置するサウスタウンにある。

レンガ造りの大通りを北上すると中心部であるスクールタウンがある。

その名の通り、学校街だ。

学生が唯一自由に歩き回れる街でもある。

この街の中に、今日から通う学校があるのだ。


 スクールタウンに到着すると、大きな門があった。

街と街の間に存在する門で、門番は警察官の中から選ばれる。


 門の受付で母さんが一枚の書類を渡すと、門番の男性が僕の方をちらりと見て頷く。

すると、大きな門が一瞬光り扉が現れた。


「通行許可が下りましたので、お通りください」


 門番の男性がそういうと、母さんはお礼を言って扉の方へ向かう。

置いていかれないように、僕も急いで母さんの方に向かうと、扉が自動的に開いて、青い光を放ち始めた。

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