マルクス探偵事務所の見習いエドワード

橘 志依

プロローグ

  この世界の始まりは、突然だった。


 その日、7歳の誕生日を迎えたエドワードは、両親からお祝いの言葉を受けていた。


「誕生日おめでとう、エドワード」


 母がそう言ってプレゼントを渡してくれた。


 黄色い包みに入っていたそれは、手のひらほどの大きさ。

中身はもうわかっている。7歳の誕生日には誰もがもらう品だ。


「いよいよ、お前も入学だな」


 父はそう言って感慨深そうにリビングに飾ってある写真と、エドワードを見比べた。


 写真の中で笑う小さなエドワードと、両親。

そして、手の上にあるプレゼントの包み。


 エドワードは両親にお礼を言って、その包みを開けた。


 中に入っていたものは、エドワードが予想した通りの魔石だった。

透明な丸い石は、手の上に乗せると青く染まり始めた。


 これで、エドワードの将来の職業が決まった。



 この世界での職業選択方法は、この魔石の色によって決まる。


 青は、探偵。

ほとんどの人がこの色に染まった魔石を持っている。およそ人口の6割だ。


 緑に染まった人は、警察官になる。

この世界でも珍しい魔力を多く保有している人が、緑に染まった魔石を持っている。

魔石が緑に染まった人は、1割ほどの限られた人間だけだ。


 同じく1割ほどの限られた者しかなれないのが、赤い魔石を持つ裁判官だ。

彼らは魔力こそないが、特別な技能を持っているらしい。らしい、というのは、その技能は公開されていないからだ。


 裁判官になれる人間は特別な学校へ入学し、外部との接触が禁じられる。

唯一、外部と接触できるのは裁判の時だけで、判決を述べることだけが許されている。

 ほとんどの場合は、裁判官の両親を持つ子が裁判官になるので、家族と縁を切る子供は少ない。


 そして、残りの2割は経済を回すための職業であれば、どんな職に就くことも許されている。

 飲食店、宿泊施設、農家、精肉店。色々な職がある。

 彼らが持つ魔石の色は、黄色だ。



 エドワードは、自分の持つ魔石が青く染まったことに安堵の息を吐いた。


「よかったな、エドワード。探偵になりたいって言ってたもんな」


 父がそう言ってエドワードの頭を撫でた。


「うん、マルクス探偵事務所に入るのが目標なんだ」


 エドワードは青に染まった石を握りしめて、無邪気に笑った。


 エドワードが言ったマルクス探偵事務所とは、探偵志願者たちの憧れの事務所である。

所長で探偵のマルクスフォードは探偵称号を過去に28個も獲得している名探偵だ。

彼に憧れている子供は多い。エドワードもその一人だ。


 その日の夜、もらったばかりの魔石を握りしめながらベッドに入ると、彼はすぐに寝息をたて始めた。


 明日からは学校への入学が許されている。

先に入学している友人たちと共に学べるのだ。


 学校でのコースはもちろん探偵就業コース。

このコースで6年間学ぶと、探偵事務所に就職ができる。



 そんな未来を楽しみに眠ったはずのエドワードは、不思議な夢を見ていた。


 ......白いコンクリートでできた建物の一番上に立っている。


 この場所は、学校の屋上だ。

自分はエドワードという人間のはずなのに、彼は自分が浅野良平という人間であることを認識していた。


 同時に、この学校の学生で、推理小説同好会というグループに所属していることも認識していた。


 なぜ、この屋上に立っているのか。


 たしか、同じ同好会に所属している友人に呼び出されたのだ。


 今日は卒業式で、同好会も会員がいなくなり廃部となることが決まっていた。

それなりに楽しく活動していた場所が無くなるというのも、感慨深いものだと思いながら空を見ていると、友人が屋上の扉を開けたのが見えた。


「遅いよ、祐介」


 いつも通りに声をかけると、祐介は笑って謝罪をした。


「悪い。クラスの連中に囲まれちゃってさ」


 口では謝っているものの、大して悪かったと感じていない顔で祐介は良平に近づいた。

良平も、特に怒っていたわけではなかったので、肩を竦めて謝罪を受け入れたことを示すと、何となく空を見上げた。


「今日で卒業か」


 呟いた声は小さかったけれど、はっきりと祐介には届いていた。


「そうだな。同好会も無くなるし、寂しくなるな」


 祐介が同意の言葉を返してくれたことが嬉しくて、もう少し会話ができるのではないかと、わざと屋上の出入り口から遠い柵の方へと向かって、良平は柵に手をかけた。


「楽しかったよな、同好会」

「ああ、楽しかった。推理小説もかなり読んだよな」


 祐介も良平の隣に歩み寄ると、同じように柵に手をかけた。


 その瞬間、柵が崩れ落ち、柵に身体を預けていた良平も、ゆっくりと屋上から落ちていった。

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