私が居た街 2-2

 「今日は何にしようかな~」


 ケースの前で、悩んでいると


「今日はね、『リンゴのシブースト』がおいしくできましたよ。あ、どれもおいしいけど」


そう言いながら、指をさして教えてくれた。


「リンゴかぁ、いいですね。じゃあ、それと、シュークリームください」

「はい。ありがとうございます」


慣れた手つきで、小さな箱を作って、その中にシブーストとシュークリームを入れていく。

シブーストの表面のカラメルがきれいだ。キラキラして、琥珀のように見える。


「ところで、引っ越しの準備は順調ですか?」

「え?」


突然の質問に、心がギュッと締め付けられる。

忘れるためにケーキを買いに来たのに、ふいうちを食らった。


「全然……なんか、進まないです」

「そう、大変ですよね、引っ越し。荷物まとめたり、捨てたりがね。」

「はい……もう、何から手をつけていいのかわからなくて…………はぁ~」


思わず、大きなため息を一つ。


「あ?ため息? また、幸せ逃げちゃいますよ?」

店長がにこっりと笑う。


その言葉に、昔を思い出す。


「そうですね。幸せ逃げちゃいますね」

こっちもつられて笑う。


「引っ越しはいつなんですか?」

「えーっと、来週です。」

「そう。もう、ホントすぐなんですね」

「楽しみなんですけど、ちょっと寂しいかもです」

「あとちょっと。カウントダウンですね。えーっとお会計……620円です」


お財布からお金を取り出して、渡す。


「もう一回くらい、買いに来ます。最後に」

「ありがとうございます。お待ちしてますよ。」


ケーキの箱をもらってお店を出る。


「ありがとうございました~!」


甘い香りを手にもって、来た道を帰る。

てくてく歩きながら、今言われた言葉を思い出す。


「『お待ちしてます』か……。」


ひとりごとのように呟いて歩く。

4年間の思い出が頭の中を駆け巡っていく。

いろんなケーキの味と一緒に。



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