こわいもの

@ayano00runa

1.まんじゅう



    私はまんじゅうが怖かった



冗談ではなく、本気で。

お店に陳列されているまんじゅうを見るだけで身体の震えは止まらなかったし、それを口にすることは拷問のように思えた。


何が怖いのか調べようとした事もあった。

丸くて白いのが怖いのかと思い買ったお餅はすぐに胃の中に入り、その時にそれ以外の形のまんじゅうも普通に怖かったことを思い出した。

人間は自分の知らないものを怖がるものだと聞いた時には色々な方法を使い、まんじゅうについて調べた。結果としてはまんじゅうについてただ詳しくなっただけだった。

いつから怖いのか調べようとして両親に連絡を取った時が一番怖かった。というのも、別居している両親にいつからまんじゅうが怖いのか分かる?といった内容のメールを送った次の日に両親は事故で亡くなったのだ。

まんじゅうが怖いのではなく、まんじゅうに呪われていてそれを怖いと感じているのかと考えた事もあったが、まんじゅうに対して悪いことをした記憶もないし、よくよく考えればまんじゅうに呪われるなんてそれこそ御伽話だ。


まんじゅうが怖くても生きていけるか、と諦めた次の日には何故かまんじゅうが机の上に鎮座していた。それを見て両親の事を思い出して吐き気がしたが、その日はただ気分が悪いだけで何も起きなかった。

もちろん、次の日もその次の日も何も起こらなかった。最初のうちはそれを見る度に吐き気を催したが徐々に慣れてきていた。それでもなお、触ろうとすると身体の震えが止まらなかったので、そこに放置することにした。

それはいつまで経っても変色することもなければ変な臭いがすることもなかった。不思議に思って相談した友人が行方不明になった時にはそれを捨てようとも思ったができなかった。…いや、しなかったというのが正しいのかもしれない。


僕はそれを逆手に取ったのだ。

最初は嫌な上司だった。殺人事件に巻き込まれたと大騒ぎになってる中1人ほくそ笑んだ。

苦手な先輩はアルコール中毒で、自分より優秀な後輩は階段から落ちた。

自分に関わると死ぬなんて噂が立った時にはヒヤリとしたが、死ぬのが怖い上司達は僕を辞めさせなかったし、先輩は皆優しくしてくれ、僕の周りの人々は僕に気を使うようになっていた。

その時にはもうお店に並んでいるまんじゅうは怖くなくなり、机の上のまんじゅうを増やしていた。

食べようとしたこともあったが、それはどうしてもできなかった。まんじゅうに直接触れるにはまだ震えが邪魔し、最初のまんじゅう以外は何かの中に入ったままだったし、食べてしまった後の事を想像するとそんな事はできなかった。


まんじゅうを集める趣味ができた頃には恋人もできた。その人はまんじゅうが好きで、僕が必死に集めた知識はその人を笑顔にさせた。

まんじゅうは食べられないことにした。いつかは食べてみたいな、なんて笑って。怖いなんて言えるわけがなかったし、その人がまんじゅうを食べている姿はとても美しかったから怖さなんて殆どなくなっていた。

その人とはすぐに一緒に寝る仲になり、気付けば家に呼んでいた。

彼女は机の上のまんじゅうを見て嬉しそうに笑い、1つを食した。それは本当に美味しそうで、俺も恐る恐る1つ口に入れた。震えなんて気にならなくて、その後の俺は彼の言葉だけしか覚えていない。


「これで一緒」


カレと同居するようになって自分は外に出る必要がなくなった。カノジョは何処かの社長の子供で私は働かなくていいよと笑ってくれた。恋人を待つだけになった僕はただまんじゅうを食す。恐怖を覚えていたのなんか嘘のようで。そして、その人は帰るときに必ずまんじゅうを2個買ってくる。二人で分け合うために。



    おれはまんじゅうがすきだ

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