「そんな、嘘だろ? 冗談やめろよ」

「ほんとなんだってば。どうして信じてくれないのよ」


 せまっこい配管の中にそんな二人の声が反響していた。


 薄暗い配管の中には二匹の金魚がいた。

 一匹は三尾の和金で、もう一匹は黒い出目金である。

 二匹は狭い配管の中を迷うことなく進んでいる。彼らの横を雀の死骸が流れていった。

 三尾の和金の方は名を野崎日向といい、黒い出目金の方は名を江ノ島周西と言った。

 周西が少し後ろを不満そうに泳ぐ日向の方を振り返る。


「仮にそれが嘘じゃないとしてもだ、俺たちに何の関係があるって言うんだ?」

「だから、嘘じゃないって」

「わかったわかった。嘘じゃないんだな。嘘じゃなくても、俺たちにそんなに関わることではないと思うんだが……」

「それが意外と関わってくるから言ってるんでしょ?」


 二人が話し合っていることは、月曜日に日向の身に起こった出来事についてだった。


*~~~*


 それは、日向が月曜の仕事を終えようとしている時だった。

 暗くて狭くて汚い配管の中を、日向は縫うようにして進む。

 彼女の右のヒレには水のせいでひどく劣化したプラスチックのかけらが握られていた。

 それは先刻回収しようとしたプラスチックのおもちゃの欠片であった。

 あのようなおもちゃなどのゴミは、配管を詰まらせたり、劣化を早くする原因なのだ。

 日向や周西は主にごみの回収や、配管の点検、補修などを仕事としている。


(ああ、ほんとに。さっきのゴミをとり逃した。でも、今日は定時で上がれそうだし、水曜日にまた探せばきっとすぐにみつかるわよね)


 日向の見つけたそのゴミは、だいぶ劣化が進んでいたらしい。耳を掴んだところすぐに折れて取れてしまった。どれくらい前からこの下の世界にいたのだろうと日向は思い、おそらく答えにたどり着かないと見越して、諦めた。

 少し前の方で何かがきらりと光った。


(……なんだ、あれ?)


 その時、日向はまだその現象のおかしさに気がついていない。

 それは自分の居場所を教えるかのように時折光りながら、ふっと角を曲がった。

 日向はそれを追いかけようとして、次の瞬間には顔をしかめていた。

 光るものが曲がった場所は、配管の行き止まりにつながる。

 水がたまり、澱んだ場所。

 日向はそこをひどく嫌った。自分でも何故か分からぬ程にそこが憎く、消し去りたいという恐ろしい衝動に駆られてしまうのだ。

 周西にそのことを話すといつも笑われて、気分が悪かった。


(行くか、行くまいか……)


 日向が思案しているうちにも、奥の方でぼぅっとした灯りがちらつく。

 彼女は決意を固め、そちらの方に泳ぎだした。

 行き止まりの配管に近づくに連れ、水がよどみ、濁っていく。なんだか息苦しくなったような気がして、日向は眉根を寄せた。


(やっぱり来ない方が良かったわ)


 日向がそう思った時だった。


「誰だ?」


 白く濁ったその先からか細い、それでいて自尊心の強そうな声が聞こえた。

 誰かを貶めて、したに見ていないと自分を保てない子供のような不安定な人間。日向はその声の主をそう表現した。

 声の方に目を向けても白い淀みが表情を変えるだけで、その先にいるはずの人物は見えない。


「あなたこそ誰?」

「え、その、私は……」


 日向の問いかけが意外だったのか、声の主は少し言いよどむ。白い中に小さく赤が動いた気がした。


「その、私は……今は事情があって名前は教えられない。でも、『小赤』とだけきみに教えておくよ」

「そう……」


 突然に言葉が偉そうな態度を含んだことに日向は驚いたが、すぐにそれが周西が気に入らない相手にする業務口調に似ていることに気がつき、納得した。


「私も『三尾』と名乗っておくわ。自分の名前も教えられない人には教えたくはないからね」

「ああ、それでもいいよ」

「で、あなたはこんな息苦しいところで何をしているの?」

「私かい? 私は考え事をしていたんだよ」

「へえ、考え事? 何を考えていたの?」


 彼女はそこまで聞いて、自分が恐ろしく滑稽なことをしているのではないかと思った。


*~~~*


 結局、日向はそこで『小赤』の答えを聞くことなく立ち去ってしまったのだ。

 先程その話を周西にしたところで、盛大に笑われてしまった。


「で、実際俺らにその『小赤』様がどれくらい関わってくるんだ?」

「周西、あんたやっぱり馬鹿なの?」

「ああ?」


 日向の言葉に周西は憤慨するのだった。


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月水金魚 八重土竜 @yaemogura

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