第6話:レンジャー試験本番
【荒野の町:ホクストン】
スレイプニルの上で揺られていると、一週間ぶりに人に会えたせいか安心感で眠りそうになり何度か地面に落ちそうになっていた。
なんとか眠らずに町につけたのはいいが、眠気はもう限界に近かった。
スレイプニルから降りると、トーマスさんが話しかけてきた。
「どうする、ナインの坊主。レンジャー試験の続き、明日にするか?」
「どういうことですか?」
「あー…そういえば話してなかったな。自分の相棒になる魔物を連れてくることを条件にしていたが、それで合格になるとは言っていなかっただろ? つまり、相棒となる魔物を連れてきてからが本番というかだな…」
なるほど、確かにそれなら納得だ。
僕のような魔法の使えない無能であればまだしも、強い大人であれば魔物を倒して従えることは難しいながらも出来ないわけじゃない。
毎年一人合格するかどうかというレンジャー試験にしては、簡単すぎるのだ。
つまり、町に帰りさえすればそれでよかったと安堵している場合ではなかったのだ。
元々、僕はレンジャーになるために試験を受けていたのだから、これからが本番なのだ。
体調は万全とは言えないが、それは他の試験を受けていた人たちも同じ条件のはずだ。
僕だけ休んで試験に挑むというのは卑怯というものだろう。
もしこれで試験に合格したとしても、皆は僕をレンジャーとして認めない。
ちょっとふらつきながらもこのまま試験を受けると言うと、トーマスさんは渋い顔をしながら待っていろと言った。
どんな試験になるのかは分からないが、相棒となる魔物は必要となるはずだ。
僕はリュックからシルバーを引っ張り出したが、のん気にもいびきをかきながら寝ていた。
このままじゃ試験を受けることもできないのでペシペシと叩いてみるが、寝返りをうつだけで一向に起きる気配が見えなかった。
どうしたものかと思いながら転がしてみたり、尻尾で遊んでいると見知った顔が近づいてきた。
「なん…、そんなに怪我してるのよ…!」
「あぁ、これ? 対したことないやつだから大丈夫だよ」
「…あっちこっち怪我しておいて、大丈夫だって?」
リップは僕の腕や顔についている傷を震える指でさしている。
小さな傷ならこれまでもたくさんつけてきたが、こんなにたくさんつけることは初めてかもしれない。
というか、一部の傷はシルバーが噛んだ場所だったりする。
「うん、これだけで済んで本当に運が良かったよ。グリフォンに襲われたときは死ぬかもって思ってたし」
「グリフォン?…あんた、グリフォンに襲われたの!?」
僕の言葉を聞いて顔が青ざめたかと思えば、一気に紅潮していった。
ウソだと思われてるのだろうか?
まぁそれも無理もないことだ。
なんていたって、実際に襲われて逃げた僕ですら、あれは本当のことだったのかと疑いたくなる体験だった。
だけど、僕の手で遊ばれているシルバーがいる、これがあの戦い…いや、戦いといえるようなものではないけれど、あの恐ろしい出来事が本当にあった証拠なのだ。
「リップの言いたいことも分かる。ウソみたいな話だよね? だけど、本当なんだよ。こいつを助けるために斧を投げつけてね、そのあと全力で森の中に逃げたんだよ」
「なっ…! そ…それを…それを助けるためにグリフォンに挑ん…ってちょっと待ちなさいよ! あんた、あの赤い森に行ったの!?」
僕とシルバーを交互に指差しながら、震える声で問いただす。
目がぐりぐりと動き、顔色も青くなったり赤くなったりとせわしない状態だ。
彼女が赤い森と言っていたが、僕もなんとなく聞いた覚えがある。
生き物の血をすすり、森そのものが赤く染まっている場所がある。
別名【吸血鬼の赤い森】だとか。
そうか、実際に見てみると別に赤いわけじゃないので頭の中で関連づけが出来ていなかったが、あれがそうだったんだなと今更ながら思い返す。
「酒場の人たちが言うみたいに、実際に赤くはなかったよ。けど、危ないところだっていうのは本当だったよ。だって、あのグリフォンですら食べられたんだから!」
今思い出しても興奮で震えそうになる。
大きな身体と翼を持ち、建物よりも大きなシルバーの親に勝ったグリフォン、それを捕食する森の木々たち。本当によく生きて帰れたものだとしみじみと思う。
パァン!
あの時のことを思い出していると、突然大きな音がした。
何事かと思ってみると、手を振りぬいたリップと遅れてきた頬の痛みで、彼女が僕にビンタしたことが分かった。
「このおバカ!もう知らない!」
目に涙を溜めていた彼女が大声で僕を叱ったかと思えば、走り去ってしまった。
心配させておきながら謝らなかった僕に怒ってしまったんだろうか。
後を追おうかと思ったが、レンジャー試験を放りだすわけにもいかない。
さいわいにも、リップの腰の入ったビンタのおかげで眠気も吹き飛んだ。
次に会ったときに謝って、そのあとにありがとうって言うことにしよう。
僕がビンタされた音を聞いた音で起きたのか、シルバーが僕の顔を見つめていた。
なんでもないということ態度で示すために喉を軽く掻いてやってみたが、気に入らないのかすぐにそっぽを向いてしまった。そうこうしていると、トーマスさんが戻ってきた。
「…なんで怪我が増えてるんだ?」
ビンタされた痕を見たのか、怪訝な顔で見られている。
ついでに、町の入り口でリップとやりとしていたせいか、他の人たちも僕を遠巻きに見ているのを感じ取れた。
自分に気合を入れるためですと誤魔化しておいて、テストの内容について聞いてみた。
「レンジャーたるもの、強くあらねばならない。だが、たった一人の強さというものはたかがしれているものだ。なので、お互いの力を示してもらう」
そう言うと、突然周囲の空気が変わったことを感じた。
いつも笑っているトーマスさんの顔が険しいものへと変わり、僕が知っている人とは違うモノであるように錯覚した。
スレイプニルがトーマスさんの隣へと立つ。
「今から俺とこいつは、お前さんの相棒を殺そうとする。お前さんは降参するか、そいつが死んだら負けだ」
周囲の空気が変わったことを感じ取ったシルバーが喉を唸らせて臨戦態勢をとった。
僕も腰のベルトから手斧を引き抜いて尋ねてみた。
「僕も戦っていいんですよね?」
「もちろんだ。お前さんを殺さないようにはしてみるが、うっかり手が滑って不幸な事故が起きたとしたら謝ることにしよう…お前の兄貴にな」
僕が戦うために武器を構えたのを見て、トーマスさんもソードスタッフを構えた。
杖でもあり、剣でもある武器であり、短い槍のようなものだ。普通の剣などよりもリーチがあり、大の大人でも斬り合うのは苦労するだろうに、身体が小さい僕はさらに厳しいものがある。
向こうと違って、僕は手斧を投げてヒモで手元に戻すということができるが、普通に投げたところで避けられてヒモを切られて終わりだろう。
つまり、なんとか不意をつかなければ勝負にもならないということだ。
どうしたものかと考えていると、ふとポケットにあるサイフのことを思い出した。
トーマスさんに片手を突き出して制止させると、不思議な顔でこちらを見てきた。
僕はポケットの中にあるサイフから一枚の硬貨を取り出してこう言った。
「ここに一枚の硬貨があります。これが地面に落ちたら…」
「なるほど、決闘方式がお好みか? いいだろう」
そういってお互いに武器を仕舞う。
開拓時代の初期からある決闘方式、コインを投げて地面に落ちたときに互いに魔法を打ち出して戦うというものだ。
一歩でも退く、もしくは魔法を避けるなどをすれば腰抜けということになり、負けとなる。
そのため、どれだけ相手よりも強力な魔法を打ち続けられるかが勝敗のカギを握っている。
しかし、僕は魔法を使えないことはトーマスさんも知っているはずだ。
なのにコインを取り出すということは、それと似たような状況で戦おうという意志表示なのである。
僕がコインを投げ、地面に落ちたときに勝負をしかけるという相互の約束を無言で取り交わしたのだ。
僕はコインを指の上に乗せ、しっかりと狙いをつけた。
いつでも武器を取り出せる姿勢でトーマスさんはコインを見つめ、いつの間にか増えていた周囲の観衆も、喋るのを止めて静かに固唾を飲んで僕らを見ていた。
そして僕は指に力を込めて、コインを弾いた。
だが飛び出したコインは空ではなく、トーマスさんの顔めがけて飛んでいった。
その瞬間に僕とシルバーは姿勢を低くして弾けるかのように飛びかかっていった。
トーマスさんは突然コインが飛んできたため、ギョッとした顔をして飛んできたコインを掴み取った。
この奇襲のおかげでトーマスさんのところまで三歩近づけた。
トーマスさんの懐まで残り四歩…近づきさえすれば、僕にも勝機がある。
相手が同様しているうちに腰の手斧を引き抜き、死角から当たるようにサイドスローで投げつける。
これで一気に勝負が付けられればいいのだが、この町において強さの象徴といわれるレンジャーを相手にそれは無理というものだろう。
避けるか体勢を崩してくれれば儲けものだ。
だが、スレイプニルがそれを許さなかった。
ノーモーションによる風の魔法を使い、手斧を吹き飛ばし、その余波が僕に叩きつけられた。
溜めがなかったため、そこまでの威力はなかったのだが、それでも僕の体勢が崩れてしまった。
だが、シルバーは僕よりも低い姿勢で走っていたため、その影響からまぬがれていた。
今からシルバーに風の魔法を使えば相棒であるトーマスさんごと攻撃することになってしまう。
その逡巡を見逃さず、シルバーが武器を掴もうとしたトーマスさんの腕に喰らいついた。
普通の魔物であればそこで勝負がついたかもしれないが、あいつはまだ子供で腕を噛み千切るほどの力はない。
つまり、勝つためにはどうしても僕がなんとかしないといけないのだ。
風のせいで地面に転がりそうになるも、両手両足で踏ん張ることでなんとか転ばずにすんだ。
この隙に一気に勝負を決めようと武器を持つ手に力を入れようとしたが、違和感を感じた。
手斧を持つはずの右手が動かなかったのだ。
スレイプニルの出した魔法の風は確かにそこまでの威力はなかったが、手斧を吹き飛ばしてヒモをつけていた腕を脱臼させるだけの威はがあったのだ。
とはいえ、ここまできて引き返すという選択肢はない。
動かない右腕は放っておいて、全身でトーマスさんに向かって魔物のように飛びかかった。
まだ武器を取り出せていなかったトーマスさんは残った手で僕を防ごうとするが、がむしゃらに突っ込んだおかげかもみくちゃになりながら一緒に地面へと倒れこんだ。
なんとかトーマスさんにマウントを取る形をとったが、武器を持つはずの右腕が動かない。
これではいくらマウントをとったところで攻撃ができないので何の意味もない。
利き手ではない左腕は無事だが、何回か殴ったところで参ったと言わせることなどできない。
それどころかすぐにでも体勢をひっくり返されてしまう。
そこで僕はシルバーの真似をすることにした。
全身を使い、トーマスさんの顔に全力でしがみつく。
これで簡単には起き上がることはできないはずだ。
だがこれだけでは攻撃ができないはずだが、まだもう一つ戦う方法がある…そう、歯だ。
僕の顎の力でトーマスさんの顔を食いちぎれるかは分からないが、それでも、もうこれしか手が残っていない。
覚悟を決めて僕はトーマスさんに喰らいつこうとする。
「参った!降参だ、お前の勝ちだよナイン」
喰らいつく寸前で、トーマスさんが降参して安堵した。
お互いに殺しあうつもりで戦ったつもりだが、やはり知り合いの顔を食うというのはあまり楽しいものではない。
勝負がついたのでトーマスさんの顔から離れ、まだ噛みついているシルバーをトーマスさんの腕からひっぺがした。
トーマスさんが立ち、僕に手をさし伸ばしてくれた。
その手を握ろうとして、右腕が動かないことを思い出した。左手を出して起こしてもらった。
「どうしたナイン、腕を痛めたのか?」
「いえ、大丈夫です。手斧が飛ばされた時の衝撃で肩が外れてしまったみたいで」
「何いってんだ! それは大丈夫って言わねぇんだよ! まずいな、俺は肩を戻すのはできないぞ…すまんな、ナイン。しばらくそのままで我慢してくれ」
「気にしないでくださいトーマスさん。試験のためとはいえ、お互いに殺しあったんですよ? 腕が脱臼する程度で済んで、むしろラッキーじゃないですか」
「…かわいい子には旅をさせろと言うが、一回りも二回りも大きくなったな」
トーマスさんはいつものような笑顔で僕の手を握り、背中を叩いてくれた。
今までずっと自分の力というものを認めてもらえなかった僕にとって、何よりも嬉しい言葉だった。
けれど、その余韻に水をさすような言葉が聞こえてきた。
「あんなのでいいのかよ…」
「アレ、卑怯じゃん」
「決闘の作法を守らないとか、どうかしてるよ」
「これだから無能者は」
これがただの勝負であれば、僕もこんなことはせずに普通に戦うだろう。
だがこれは試験とはいえ、トーマスさんは殺すつもりで僕と戦い、僕もそれに応じる形で殺そうとしたのだ。
だから僕は自分の知恵を振り絞り、死ぬ気で隙を作り出した。
生きるための工夫をこらし、諦めずに戦う工夫が【卑怯】といった二文字に集約されるのに、愕然としてしまった。
グリフォンがシルバーの親を殺そうと空中から襲い掛かった、それも卑怯なのか?
グリフォンを何とかするために森に走った僕とシルバーも卑怯なのか?
我が子を守るために背後からグリフォンに襲い掛かり、森の中に飲まれたあの大きなトカゲの行動も卑怯ということになるのか?
生きるために、命のために戦った結果が、卑怯というたった二文字に集約されてしまうのか?
僕の顔色を見て何かを察したのか、トーマスさんが怒気を放つ。そしてソードスタッフを構えて、上空に向けて大規模な魔法を放った。
火や風でもなく、ただ魔力だけを放っただけにも関わらず、空が震えるほどの轟音がした。
「今の命をかけた戦いをバカにするってことは、俺を侮辱しているってことだな?」
先ほどまで騒がれていた声が静まり、トーマスさんの声だけが響き渡る。
「こいつはコインを取り出し、俺はそれを勝手に勘違いしたにすぎない…俺の油断が招いた俺のミスだ。しかも、そのあとのこいつらのコンビネーションは素晴らしいものだった。即席の相棒だというのに互いが死力を尽くして勝機を掴み取った。どうやれば勝てるのか思考を巡らせ、片腕が動かなくなっても俺にしがみつき、武器がなくとも戦おうとするその闘志を褒めるならまだしも、なぜ罵られなければならん! そして、それに負けた俺はどれだけ惨めだというのだ!」
言いたいことを全て言い切ったのか、トーマスさんは少し満足そうだった。
僕も何か言おうとしたけど、口から言葉が何も出なかった。喋ろうとしても喉に何かがつかえて、嗚咽のような声しか出なかった。
視界がにじみ、目に涙があふれ出ていることが分かる。
無能である自分は誰かに認められたかった、だからこそレンジャーを目指したのだ。家族だからとか、そういう生まれついての特別ではなく、自分の力を評価されて誰かに認められたことが嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかった。
「なんだ、今頃脱臼したところが痛み出したのか? しょうがねぇな、お医者さんのところにでもいくか」
僕が泣いている本当の理由を察してくれたのかは分からなかったが、僕のことを認めてくれた大人の人が手を引いてくれている。大きくて分厚い頼りになる手だった。
異世界ローンレンジャー @gulu
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