第5話:レンジャー試験6日目~最終日

【六日目】

 森と荒野の境界線を歩きながら町へ帰ろうとしている。

 このトカゲのエサにするための果実を取るためだ。

 僕の非常食が残り二日ほどしかなく、町へ戻るのに二日ほど掛かる。

 つまり、こいつを飢えさせないようにするためにはこの非常食以外のものを定期的に取る必要があるからだ。

 森からは甘い匂いがするが、流石にグリフォンなどが引きずり込まれるのを見てあの中に行こうとは思えない。


ガブリ


「イッテェ!」


 そんなことを考えていると、またこいつに噛まれた。

 頻繁に噛まれるので嫌われているのかと思っていたのだが、無意識のうちにあの森に足が向かっているのでそれを止めようとしているのだった。

 だが、毎回噛まれていては僕の足がこいつの歯型だらけになってしまう。

 そこで新しい方法を教えてみることにした。

 口を少し開かせて僕の足のズボンをかませる。そして引っ張らせてみるのだ。


「こうするんだ。どうだ、分かったか?」


 キョトンした顔でこちらを見ていたが、何度か繰り返すうちに要領が分かってきたのか、僕の足を噛まずにズボンを噛むようになった。

 これで少しは歩きやすくなるかもしれない。


ステェン!


「うわぁ!」


 どうやら遊んでもらうための合図だと勘違いしたのか、そいつはズボンを噛んで思いっきり首を振ってきた。

 そのせいでバランスを崩した僕は思いっきり地面に転んだ。

 これならまだ噛まれたほうがマシだったかもしれない。


【七日目】

 町まであと少し、予定よりも帰るのが遅くなってしまったが、見覚えのある風景が見えてきた。

 ここから先は森の果実がないので、リュックに詰められるだけ詰めていくことにした。

 果実の甘い匂いが僕の鼻を刺激してくるが、また涙やよだれまみれにはなりたくないので我慢する。

 そんな僕の気持ちも知らずに、足元で僕にからみついてくるこいつは早く食わせろといわんばかりのような鳴き声を出して催促してくる。

 まだ休憩にも早いので、リュックから果実を一つ取り出してそれを左手で持ちながら歩き出した。

 なんとかして食べようと果実に飛びついてはかじりつき、一口分を食べ終えたらまた飛びつくというのを繰り返していた。


ガブリ


「イタイって!」


 いつの間にか手に持ってた果実をほとんど食べてたこいつは、今度は手についている汁を目当てに僕の手に噛み付いていた。

 それどころか、手首のところまで口の中に納まっている始末だ。

 気にしないように歩くと、ずるずると尻尾を地面に引きずっている。

 身体の大きさのわりには軽いのだが、それでも左腕にハマったまま歩くというのはかなりしんどい。

 こいつはこいつで、楽が出来ると思っているのかずっとそのままの体勢だ。

 外そうと腕をブンブンを振ってみるが、それに合わせてこいつも身体を揺らすだけなので、飽きるまでそのままにしておいた。

 しばらくすると飽きたのか、手から口を離して自分で歩き出した。

 だが食事の時間になると必ず僕の手ごと食べ、しばらくそのままの状態ですごすことになった。


【八日目】

 試しにリュックをこいつに持たせられないかと思いつき、背中においてみた。

 何だよ、というような目をしてこちらを見てくる。

 とりあえず身体は潰れなさそうなのでその状態で歩いてみるが、このトカゲはじっと止まったままの状態でこちらを見ていた。

 じっと見つめていたが、一向に動く気配がない。

 試しにリュックから果実を取り出して目の前に差し出してみるが、首を伸ばして必死に食べようとしているが、そこから一歩も動けていなかった。


「うん、僕が悪かった。魔物だからって皆が皆、怪力ってわけじゃないもんな」


 そう言ってトカゲの上に置いた荷物を担ぎなおすと、一目散に果実に向かって飛び掛り、また手に食いついてしまった。

 昨日から手加減を覚えたのかあまり痛くは無いのだが、やはりしばらくはブラブラとぶら下がっている状態である。

 そうやってしばらく歩いていると、遠くからこちらに近づいてくる影が見えたので急いで身を低くして岩陰に隠れた。

 トカゲも僕と同じように身を隠したので、地面の土を自分の腕や顔にこすりつけ、少しでもこちらを発見できないようにする。

 影は複数あるので群れをなすタイプのようだが、足音に違和感を感じる。

 こちらに向かっているようなのだが、音に統一感がない…つまり、別々の生き物がこちらに向かって併走しているということだ。

 不審に思いながらもしばらく見ていると、その正体が分かった。

 走ってきているのは足が八本ある馬のような魔物であるスレイプニル、そしてそれに跨っているのがレンジャーのトーマスさんだった。

 そして併走してきている人たちもレンジャーの人たちだったのだ。


「おーい!」


 岩陰から出て大声をあげながら手を振るとこちらに気づいたのか、速度上げてこちらに近づいてきた。

 そして僕の近くでスレイプニルから降りて、僕の肩に手置いてた。


「ナインの坊主、無事だったのか! ずっと帰ってこなかったから心配してたんだぞ!」

「心配かけてごめんなさい。でも、ようやくここまで帰ってこれました」

「ああいや、怒ってるわけじゃないんだよ。ただ、お前の兄貴がな…」

「えっ…兄さんに何かあったんですか!?」

「何かあったなんてもんじゃねぇよ、いきなりお前がいなくなったんだから浚われたんじゃないかって思って町から飛び出しちまったんだよ。しばらくしてから戻ってきた時に俺がレンジャー試験を受けるために外に出て行ったっていったら、また飛び出していっちまったんだぜ」


 しまった、リップとかトーマスさんには伝えていたけど、兄さんに遠出することは話してなかったことをいまさら思い出した。

 急いでいたせいでもあるのだが、せめてしばらく旅に出ます、くらいの置手紙を書いておくべきだった。


「あの…兄さんは今、どうしてますか…?」

「そりゃもう熊みてぇに町のあっちこっちをうろついてるよ。ナインは強い子だ、心配いらないとか言いながらな。だけど流石に一週間も音沙汰なしだと我慢の限界だったみたいでな、こうやって俺達捜索隊の出番が来たってわけよ」

「す、すいません…」


 自分のせいでこんなに大ごとになってしまったことに申し訳なさしか感じない。

 小さく肩をすくませていると、トーマスさんが笑いながら僕の頭をこづいてきた。


「なに、生きて戻ってこられただけ充分だ。お前さんが死んじまったら、あいつは家族を全員亡くしたことになっちまう。そうなったら、自分のことを一生責め続けて、罪の意識で潰れちまうからな。それじゃあ、帰るとするか!」


そう言って、トーマスさんは僕を持ち上げてスレイプニルに乗せる。


「ま、待ってください! 僕、まだレンジャー試験の途中だから手を借りるわけには…自分の足で帰らないと!」

「バッカヤロウ! ただでさえ夜な夜なお前の兄貴が徘徊して怖いって苦情が届いてんだぞ。別に失格にしないし、不正を働くような奴じゃないってことは、俺達が知ってる。いいから黙って乗ってろ」


 そして岩陰に隠してあった僕のリュックに触ろうとすると、子供トカゲがトーマスさんに噛み付いた。


「なっ! このヤロウ!」

「ま、待ってください!そいつは悪いやつじゃないんです!」


 慌ててスレイプニルから飛び降りて駆け寄ると、子供トカゲはトーマスさんから離れて僕の後ろに移動した。


「イテテテ…毒とかはないだろうな?」

「それは大丈夫です。僕、何度も噛まれましたし」


 そう言ってトカゲを抱えるが、見知らぬ誰かが怖いのか唸り声をあげている。

 トーマスさんと一緒に来ていた人は、武器に手を伸ばしていた。


「見たことないやつだな、本当に大丈夫なのか?」

「まぁちょっと噛み癖はありますけど…でも、こいつは何度も僕を助けてくれたんです。信じてやってください」

「俺もそれを信じてやりたいところなんだが…本当に大丈夫なんだろうな? もし、そいつが町の誰かを傷つけた場合、それはお前の責任になる。お前に、責任が取れるのか?」


 険しい表情でトーマスさんが問いかけてくるが、僕の意思はもう決まっていた。

 ただ、それはあくまで僕だけのものだ。

 このトカゲが本当に僕と一緒に生きていくつもりがあるのか、それともただなんとなく僕についてきただけなのかが分からなかった。

 だから僕は、リュックにあった果実を全部ぶちまけた。

 そして森の方角へと何個か置き、僕はその反対側に一個だけ持って差し出すように果実を持った。


「生きていくだけなら、その果実を食べて森の方まで帰るんだ。お前なら、森に食われずに生きていけるはずだ。だけど、僕と一緒に来てくれるなら…」


 言葉が通じているかは分からない。

 だけど、僕はこいつに聞かなきゃいけなかった。

 僕だけの都合だけじゃなくて、こいつの意思も尊重しなければならないのだ。

 もし、こいつが僕を選ばなければ僕はまた相棒を探すことになるだろう。

 でも、それでもいいのだ。

 ここで無理やりこいつを連れ帰れば、きっとお互いに不幸になるいだろうから。

 しばらくして、僕と遠くにある果実を交互に見たあと、森の方角にある果実の方へと向かった。


「…いいのか?」

「はい。これで…いいんだと思います」


残念だが、仕方のないことだ。

 相棒になるというのなら、互いに敬意を払わなければならないのだ。

 これがこいつの選んだ道なのであれば、それを認めなければならない。

 僕もこいつも両親を失い、一緒に死を乗り越えた。そして一緒に歩き、食べ、短いながらも旅をしてきた。相棒にはなれなかったが、人と魔物による奇妙な共感を持っていた。


ガブリ


「イッダァ!」


 町に帰るために立ち上がろうとすると、僕の手を果実ごと喰らいつくトカゲがいた。

 しかも、果実を抱えている。

 しばらくそのままでいると気が済んだのか、手から口を離した…かと思えば、手にもった果実を僕の手の上に乗せ、再び齧り付いてきた。


「イッタイよ! なんでわざわざ僕に持たせてから食べるんだよ! 自分で食べろよ!」

「ハッハッハッ、凄いじゃねぇかナイン。お前さんを信じてる証だぜ、それは」


 手に喰らい付いているコイツを引き剥がさそうとしている僕を見て、トーマスさんは笑いながら言った。

 確かに、魔物というものは他の野生生物よりも警戒心が高いのだ。

 だからこそ、人からの食べ物を食べようとはしない。

 コイツはコイツで、僕を信じているということをこうやって示しているのだ。


「それじゃあ、そのおチビちゃんも連れて行くとするか。そいつの名前は何なんだ?」


 そう言われて、ずっと名前をつけていないことに気づいた。

 というより、一緒に旅をするのに必要なかったからだ。

 だが、これから一緒にこいつと生きていくというのなら、名前は絶対に必要だ。

 さて、どんな名前がいいだろうか?

 トカゲということで『リザード』、歯が沢山あるし『トゥース』、噛み癖があるし『バイト』というのもある。

 どうしたものかと背中を撫でながら考えていると、手に鱗がついていた。


「おぉ! 汚れてて分からなかったが、綺麗な色をしてるなそいつ」


 トーマスさんが僕の手についた鱗をとって、まじまじと見ていた。

 太陽の光を受け、宝石のように輝く鱗を見て名前を思いついた。


「シルバー…うん、お前は今からシルバーだ」

「銀…シルバーか、いい名前じゃないか。銀には、悪いものを弾くって言い伝えもあるからな」

「シルバーだぞ? いいか、お前の名前はシルバーだ。ちゃんと覚えて―――」


ガブリ


「ガッアァ!」


 顔を近づけて話していたせいか、僕の顔に噛みついてきた。

 さっきまで果実を食べてたせいか少し甘いがしたが、魔物は歯を磨くなんてないだろうし、かなりきつい口臭のせいでちょっと吐きそうになった。

 というよりも、これ下手すると僕のファーストキスが魔物相手ということになるんじゃないかという気もしてきた。

 いや、流石に噛みつかれただけなんだしノーカンなんだと主張したいけれども。


「仲が良さそうでなによりだ。それじゃあナイン、今度こそ町に帰るぞ!」


 僕はトカゲのシルバーを抱えてトーマスさんのスレイプニルに乗ってみたが、かなりバランスが悪かった。

 僕がモゾモゾしているのを感じて察したのか、シルバーはリュックにもぐりこんだ。

 苦しくないだろうかと思ったが、この旅で酷使したせいでできた大きな穴から満足げな顔をひょっこりと出していた。

 そして、僕とシルバーの準備ができたことを確認すると、トーマスさんはスレイプニルに鞭を入れて凄い速さで走り出した。

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