第3話:レンジャー試験1日目~4日目

【一日目】

 先ずはひたすら西へと歩を進める。

 僕らの町は開拓地の最前線である、つまりそこから先の土地はまだ開拓が進められないほどの危険な地でもあるということだ。

 だが、兄さんから西についての話を何度も聞いている。

 少し南に向かえば人よりも大きな魔物が跋扈しているとても危険な場所であり、日々その地に足を踏み入れた者やそうでない者もエサになってしまっていると。

 中でもサソリの群れはとても恐ろしく、通常の武器ではその殻に阻まれて攻撃が効かないらしい。

 幸いにも魔法による攻撃は効くものの、サソリの群れはとても狡猾であり、正面のサソリに注意を割いているといつの間にか背後の地面からも湧き出してしまい、囲まれてそのままサソリの群れに生きたまま食べられるらしい。

 魔法が使えない僕にとっては一番出会ってはいけない敵であるため、絶対に南には向かってはならない。

 もし出会ってしまえば、それは既に奴らの勢力圏内ということであり、全力で走っても逃げ切れるかは怪しいとことだろう。


 では北はどうかというと、こちらもとても危険な場所なのである。

 魔物の数は少なく、僕らのいる荒野よりも植物などが多く生息している。

 だが、その植物がとても大きな問題なのだ。

 生きているものを誘い捕食するような植物はまだかわいいものだ。

 飛ばした胞子に触れただけで寄生され、わずか数日で全身がキノコになってしまうキノコもある。

 さらに性質の悪いことにその寄生されたキノコも同じ生態であるため、これ一つのせいで町が一つなくなったこともあった。

 その時は町を魔法を使った炎で焼き尽くしたことでなんとかなったが、大きな犠牲を払うことになってしまった。

 ならばその植物が多く生息している地域を炎で焼き尽くしてしまえば開拓できるのではと考えられたこともあったが、それは失敗に終わった。

 水を多く含む植物が多く、炎による延焼が全く効果がなかったのだ。

 それどころか燃えた場所から更に広がるように植物達が広がってしまったため、北部の開拓については見送られることになった。


 最後に西についてだが、こちらは別の意味で困難が待ち受けていた。

 南部のような恐ろしい魔物の群れもいない、北部のような危険な植物もいない。

 だが、他のものもないただの荒野なのだ。

 南部でも、北部でも生きていくこともできないものが追われてたどり着く場所、それが北部と南部の境界緯線上にあるこの西部への道なのである。

 どちらからも追われたと聞くとそこまで危険ではないと思う人もいるかもしれないが、それでも人間にとっても大きな脅威になりえるものが存在している。

 だがその存在すらも飲み込むのがこの道である。

 水も少なく、食べられるものがほとんど生息していないこの地は『飢え』という目に見えぬ脅威に脅かされているのだ。


 本来であれば僕一人でこの荒野に挑むなど無謀としか言いようの無いものだが、僕には兄さんから授かった知識があった。

 北部と南部の境界線を幾度と無く巡回し、生きて帰ってきた兄さんの生存のための教えである。

 先ずは荒野を歩く際には必ず目印を見つけることだという。それに最も適したものがサボテンである。

 サボテンはほとんど水を消費しない植物として知られているが、そのサボテンが育つためには一定の水が必要なのだ。

 特に成長期となるサボテンには相応量の水分が必要である。

 つまり、そういうサボテンを目印にしていけば水がありそうな場所を見つけられるということである。

 ただし、いきなり見知らぬ土地でそんなことを頼りに歩くことは無謀である。

 だから、僕は兄さんがいつも荒野をパトロールしている話を聞くことで水のありそうな場所に見当をつけつつ目印を探しながら歩いているというわけである。



【二日目】

 やはりというか、やっぱり自分の浅知恵というものを思い知らされている。

 目印になりそうなものが全く見つからないのだ。

 歩けども歩けども荒れ果てた大地しか見えず、この広大な大地で自分はどれだけ小さい存在なのかと自問自答しながら歩いている。

 僕は計画を変更し、少し北側に進路をとることにした。

 危険な植物があるが、それでもこの不毛の荒野を歩き続けるよりも安全そうだと考えたからだ。

 ただし、森のように植物が生い茂るような場所が見えるところまでは近づくことはせず、小さな植物がある程度生えているような場所を境界線として、そこを歩くことにした。



【三日目】

 この境界線はとても歩きやすかった。

 荒野とは違い、歩いているだけで風景が変わっていく。

 歩くことがこんなにも楽しくなるだなんて思いもしなかった。

 小さな実をつけた植物を見つけ、口の中に入れるとプチプチと小気味好い食感が伝わってくる。

 しばらくするとほのかな甘さと酸味が口の中に澄み渡り、元気が出てくる。

 水分も空腹も満たされるため、見つけたらとくにかく食べていくことにしよう。


 周囲をよく観察すると、僕も知らない何匹かの魔物を見つけた。

 だが僕に襲い掛かることはなく、周囲の草木などを食んでいた。

 人を見ても襲わないのは、空腹ではないからなのだろうか?

 よく分からないが、立派な一角をつけた牛のような魔物たちは北側へと向かって歩いていった。

 あれだけ大人しい魔物というものは初めて見た。

 なので、僕はその魔物のあとについてくことにした。

 この大人しい魔物であれば、僕の相棒となるかもしれないと踏んだからだ。


 慎重に彼らの後をつけていったが、予想よりも遥かに上手くいっていた。

 魔物たちは動物のように嗅覚や感覚が鋭敏であるはずなのに、僕には見向きもしないのだ。

 もちろん、見失わない程度に距離を大きくあけているのだが、それでもこちらに気づかないのは不思議な気分だった。

 ただ、彼らが鈍重であろうとも、他の魔物までそうであるとは限らないので、いつでも逃げられるように背後にも注意することにした。


 しばらく彼らのあとをつけると、他の魔物もチラホラと見るようになった。

 大きな背びれのようなものを持つ大型の魔物、足にスパイクのような棘が生えている狼のような魔物、兄さんから聞いたこともない魔物が何匹もいた。

 もしかして、僕の追っているあの牛のような魔物を襲うつもりなのかと息を潜めて観察してみたのだが、どうもそうではないらしい。

 どの魔物も自生している植物を食べながら北へ向かっているようだ。

 毒があるのかは分からないので、魔物たちが食べた植物だけを少しだけ食べながら僕もそのあとに続くことにした。

 幸いにも自生している植物がそれなりにあったことから、非常食や水はそれなりに温存できている。

 ただ、非常食の味が気になって仕方がなかった。こんなにもマズイものだっただろうか?



【四日目】

 あまいにおいがする、もりのおくからただよってくる、まものたちがころがっている。

 かじつがある、むしゃむしゃたべる、あまくて、おいしい。たりない、もっとたべたい。

 おなかがいっぱいになるまでたべたい、おなかがすいてしまう。

 なにか、なにか、なにかたべたい。

 そこで、りゅっくのなかにたべものがあることをおもいだした。

 がぶがぶ、がぶがぶ、ちがう、これじゃない。

 たべてたものをはきだして、つつみをすてる。

 つつみのなかに、なにかがあった。

 これもたべものだろうか。ひろって、くちをあけて、ほおばろうとする。

 なにかがかかれたかみだった。


「ナインへ。これを食べてる頃はもう帰ってる最中かしら?

 大事な仕事や旅から帰るときこそ一番気をつけないといけないってパパから聞いたわ。

 だから、これを食べてるときはもう帰ってないとおかしいってことよ。

 だから、無事に帰ってくるように!

 追伸、その非常食はオマケでちょっと調味料を多く入れておいたからしっかり味わって食べるように」

 

 はらりと、てがみがこぼれおちた。

 そして、さっきはきだした、ひじょうしょくがみえた。それをみてるときもちがわるい、はきけがする、めまいだってするし、しんぞうのおとしかきこえない。

 げぇげぇとくちからたべたものがでてくる、さっきたべた、かじつがでてきた。

 またくちのなかにいれたいとおもったから、つかんで、おもいっきりなげすてた。

 まだまだはきたいのか、またげぇげぇとくちからいろいろなものがでてくる。

 なんどもなんどもはいて、なにもでてこなくなった。

 てがふるえるし、ひざにちからもはいらない。

 なみだがながれつづけるし、よだれもとまらない。

 もりのおくから、あまいにおいがする。

 いきたい、いきたい、だけどだめだ、いまいくと、もうもどれないから。

 にげよう、にげなくちゃ、ここからはやくにげないと、もうもどれない。ちからがはいらない、なんども、なんどもころんだけど、とにかくここからはなれなくちゃ。

 かおがなみだとよだれだらけだけど、なんどもころできずだらけだけど、そんなことよりもこのばしょがこわくてこわくてしかたがない。

 あまいにおいが、ぼくをさそうあのにおいがこわくてしかたがない。

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