許されない愛
それはまるで、荒々しい獣と慈悲深い聖人が覇権を争っているかのようだった。
全身を優しく撫でられ、慈しむかのような接吻が全ての思考を奪う。なんのためにこうしているのか、わからなくなるほどに。
かと思えば、獣のように激しく蹂躙してくる。その激しさに、嘔吐感に近いものが腹からせり上がってくるようだ。
身体が震える。どうしよう、なんのためにここにいるのだったか。自分は今、なにをされているのだろう。
鈴鳴家家主の持つ、無人の寝殿。そこで一夜を共にする二人のことは、誰も知らない。
全身が痺れたように動けない。身体が疼く。
これは、何だという?
苦痛に歪んだ顔を、柑子の手が撫でた。その手だけが聖人のように優しい。
「大丈夫か?」
柑子の声が耳元をかすめるが、それに返事を返すことも出来ない。
苦痛かと言われれば違うものの、当てはめられる言葉は出てこない。
(どうしよう、怖い……)
自分は一体どこへ行こうとしているのだろう。なにが目的だった?
なんの為にここへ来たのか、それが頭の中から消し飛びそうになる。
気を許しては駄目だとあの方も言っていた。だから耐えなければ。愛する人と幸せになるために、これは必要なことなのだから。
「よ、よろしかったのですかっ……柑子殿っ」
身体をよじらせて、熱い息と共にそう吐き出す。その身体を押さえ込んで、柑子は微かに笑った。
「其方から申し出ておいて、今更、牡丹が恐ろしくなったのか?」
「少し……」
正直に答える。今更と言われようが、隠すことは出来ない。
恐ろしい。今自分がしていることが。愛する人と幸せになる為だとわかっていてなお、今すぐここから逃げ出したいほどに。
「そうか。しかし心配は無用。子を成してしまえば牡丹とて手出しは出来ぬ」
子を成す。そうだ、それは自分から申し出たこと。
愛する人のために。そして自分自身のために。
叔母と甥の婚姻が認められないと言うのならば、この手でつかみ取るだけだ。その道は、自分が切り開けばいい。
この身体を使ってその道が開けるのならば、何も惜しくはない。
そのために、ここにいるのだから。
子を成せば側室に迎えればいい。柑子はそう考えているのだろう。そんな日は来ないとも知らずに。
柑子は、これまでに溜め込んできた全てを吐き出すように、くり返し蹂躙してくる。まるで獣のように。
それでいて、優しい声と手で弄ぶ。
「あっ……ありがとうございます……っくぅ……」
体中が軋む。壊れてしまいそうなほどに。
喉からは自分のものとは思えない悲鳴の様な音が漏れ、その音を接吻で塞がれる。
熱い息が漏れた。それは、一体どちらのものだったのか。
「ふん。丁度牡丹にも飽きていた。其方のような申し出をする者も初めてだ。気に入ったぞ」
頭の中が真っ白になる。息をしようともがき、身体が反り返った。その身体を押さえつけ、さらに深く口を塞がれる。容赦なく。
あまりの苦しさに、柑子の剥き出しの背に爪を立てる。本来ならば、傷ひとつ付けただけで罪人となってしまう相手の背に。
しかし、柑子はそんなことに気がつかないほどに一心不乱だ。いや、気がついてはいるのだろう。しかし、やめようとはしない。
目の端に涙が浮かぶ。頭がくらくらする。霞がかかったように。
もう……!
「私はまだだぞ」
柑子の熱を帯びた声色が耳朶を弄ぶ。
もうなにがなんだかわからない。なにも考えることが出来ない。
「我が子を成そうとするならば、まだ楽しませよ」
耳元で囁かれたその言葉とは裏腹に、そっと柑子の手が髪を撫でた。慈しむかのようなその手に、胸の奥が痛んだ。
「仰せのままに……」
ここまで来たら決して引き返せない。これが、良い事か悪い事かなんて考えない。これはそんな無粋な言葉で表せることではないのだ。
愛する人の為に動き、愛してもいない人に弄ばれる。それでも、これは必要なこと。
「柑子殿……っ」
首筋に顔を埋めた柑子に向かって囁く。
愛の為になら、なんだって我慢できる。どんなことでも出来る。
嘘だって厭わない。
それが許されない愛に身を落とした自分の、唯一出来ることなのだから。
◆ ◇ ◆
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