お姉ちゃん
「佐野とは幼馴染なんだよな?」
『うん、そうだよ?』
いつもの中庭でご飯を食べていると、さっきのことがあり恭ちゃんのことが気になった小坂くんが聞いてきた。
“幼馴染”その言葉が突き刺さる。
「佐野って冷たい奴だと思ってたけど優しいのなー」
そうだよ、恭ちゃんは優しい。だから、ただの幼馴染の私の面倒を見てくれる。お姉ちゃんに言われた通り、恭ちゃんから離れないといけないのに…ダメな私はなんだかんだ離れることができていない。
…恭ちゃんのことを考えるとマイナスのことばかり頭に浮かんでしまう。
また泣いてしまいそうになったけど、なんとか堪えて涙を引っ込ませた。私が被害者面して泣くのはきっと違うから。
みんな私が泣きそうなのに気づいていたと思うけど、気持ちを汲んで何も言わないでくれた。
授業が終わると千枝ちゃんと一緒に学校を出た。千枝ちゃんはレストランでアルバイトをしていて、私の家と同じ方向にバイト先があるので千枝ちゃんがバイトの日は途中まで一緒に帰っている。友達と一緒に下校するってとても楽しい。
千枝ちゃんとたわいもない話をして別れた。その後、私は食材や日用品を買うためにスーパーに寄った。
今日はなにを作ろうとかな…恭ちゃんが夜ご飯を食べに来ると聞くとつい気合いが入る。悩んだ末に餃子と中華スープ、あとサラダを作ることにした。
家に帰って洗濯物を取り込んで畳み、続けて掃除と洗濯をした。全部が終わると丁度いい時間になったていたのでご飯を作り始めた。
お姉ちゃんと2人だけの時とは違い、作っているだけで楽しい。
…美味しいって言ってくれるかな
そんなことを考えながら作っていると、お姉ちゃんが帰って来た。
「ただいま。…何、今日餃子?」
タネを皮で包んでいる私を見て、お姉ちゃんが聞いてきた。
『う、うん。恭ちゃんも来るって言ってたよ』
「…いつ恭哉と会ったの」
私がそう言った瞬間、お姉ちゃんの顔から笑顔がなくなった。何も悪いことはしていないはずなのに、お姉ちゃんが鋭い目で私を見ていて言葉が詰まる。言わないと…怪我したことを心配してくれて教室に来たって。
「ねぇ、聞いてる?」
『け、怪我して!心配した恭ちゃんが教室に…その時言ってたの!』
分脈もぐちゃぐちゃだけど何とか言えた。それだけでもお姉ちゃんには伝わったみたいで睨むような視線が逸れて、私は強張っていた力を抜いた。
「ふーん、怪我大丈夫?」
『うん、平気!』
いつもの優しいお姉ちゃんに戻っていた。
自分の彼氏になる人…いや、もう彼氏になっているのかもしれない。そんな人が他の女の子と話したら嫌だよね…例え妹でも。
鼻の奥がツーンと痛くて、料理を作る手が止まってしまった。
さっきまではあんなに楽しかったのに、今では恭ちゃんに来ないで欲しいと思っている。
「若葉〜!恭哉の分は私が作る〜!」
『わっ!…ビックリした。』
いつからいたのかお姉ちゃんが真後ろにいた。考え事をしていたせいか全く気づかなくて、とても大きな声を出してしまった。そんなこと気にしていないのか、お姉ちゃんは楽しそうに餃子を包み始めた。妹から見てもお姉ちゃんの姿はとても可愛い。
本当に恭ちゃんのことが好きなのだと伝わって来る。
『じゃあ、私は中華スープ作るね。包むのお願い』
「オーケー、任せて!」
お姉ちゃんは鼻歌を歌いながら餃子の包んでいる。その姿から私は目を背けて、痛む胸に気づかないふりをしてスープを作った。
「お邪魔します」
玄関からドアが開く音と、恭ちゃんの声が聞こえた。
「恭弥が来た〜!」
お姉ちゃんは嬉しそうに小走りで玄関まで迎えに行った。焼いている餃子をそのままで行ってしまったので、焦がさないように続きを私がする。
「今日は私がご飯作ったの!」
「ふーん、何作ったの」
「餃子と中華スープ!」
「へぇー、凄いな」
玄関から聞こえてくる2人の会話。
中華スープも餃子もほとんど私が作ったんだけどな…。お姉ちゃんは包丁を握らせると危ない程に料理ができない。今日も包んだ餃子はとてもじゃないけど綺麗ではない。
…一生懸命なお姉ちゃんをそんな風に思ってしまう自分が嫌だ。こんな汚い気持ち知られたくない。
「ほら〜、見て見て!」
そんな嫌なことを考えていると、いつの間にかキッチンまで2人が来ていた。お姉ちゃんは私からフライパンと箸を奪い取って、恭ちゃんに焼いている餃子を見せた。
「ん、うまそう」
「えへへ、もうちょっとだから待ってね!」
私は汚い感情を知られたくなくてキッチンから離れて、箸を並べコップを用意する。
…きっといつかは慣れるから大丈夫
お姉ちゃんと恭ちゃんの幸せを願えるようになれるから、今はまだ無理でもいつかはそうなれると自分に言い聞かせる。
「若葉、怪我は?」
『あっ…全然大丈夫!これはちょっと大袈裟なだけだから』
「これ湿布とかテーピング」
『うん、ありがとう』
持ってきてくれた湿布やテーピングが入った袋を渡してくれた。中にはたくさん入っていて、思わず笑みがこぼれた。
…こんなに使いきれるかな
優しい恭ちゃんのことだから心配してくれたんだと分かる。そんな些細なことで幸せに思ってしまう。
「風呂入った後、手当してやる」
『あっ、大丈夫だよ。自分でできるから』
「怪我の様子を見るついでに俺がやる」
お姉ちゃんとの時間を邪魔したくなくて断ると、恭ちゃんが強い口調で言った。
…お、怒っている?
『えっと…お、お願いします』
「ん」
急に機嫌が悪くなっている恭ちゃんに、内心怯えつつ伺うようにお願いした。すると、機嫌が戻ったみたいで、間違った返答をしなかったと安心して肩の力を抜いた。
そんなことをしていると、キッチンから焦った様子のお姉ちゃんに呼ばた。キッチンに行って、フライパンを覗くと餃子がぐちゃぐちゃになっていて、餃子の形がなくなっている。
「若葉…どーしよ」
『えっと…これは私が食べるから残っているの焼こうか』
「うん!分かった!」
少し目を離した間に何をしたんだろう。ぐちゃぐちゃになってしまった餃子を見て、何も言えなかった。私が想像していた以上に料理ができないみたいだから、側にいて焼くところを見ていた。
お姉ちゃんは何度も箸で餃子を突こうとするので、それを止める。蒸している時に蓋を開けようとするので止める。最後にカラッと焼いているところで箸で突くので止める。
煩く口を出したのでお姉ちゃんに不快に思われないか不安だったけど、何とか綺麗に餃子が焼き終わってホッとした。
「じゃあ、私と恭弥が食べるから。若葉は後で食べてね?」
『…えっ?』
「あんなぐちゃぐちゃになったの恭弥に見せられるわけないでしょう。若葉は後で食べてね?」
『…うん、分かった』
疑問符が一応ついていたけど、お姉ちゃんの目が笑っていなかった。“うん”と言わざる得ない状況だった。
…折角作ったのに、私は一人で食べるのか。
暗い思考になってしまったので、頭を振って考えるのをやめた。考えてしまったら寂しくなるだけだ。机の上にお姉ちゃんが2人分のご飯を用意しているのを見て、私は逃げるようにお風呂に入った。
大丈夫、大丈夫、大丈夫
私は大丈夫
きっといつかは慣れるから
いつもよりゆっくりと時間をかけてお風呂に入った。
きっとリビングにはお姉ちゃんと恭ちゃんがいる、そう思うと気が重たくてお風呂から出たくなくなった。上がろうと思っては、もう一回お湯に浸って…を繰り返していると長々とお湯にいてしまった。
『…のぼせる』
流石にのぼせそうになって渋々お風呂から出た。
…私は何をしているんだろう。
お風呂に長くて浸かっていても状況は変わらない。そんなこと分かっている。それでも少しでも2人を見たくなくて…諦めの悪いどうしようもない自分に情けなくなった。
髪を乾かす前に水分取らないといけないのに、頭がボーッとしてうまく立つことができない。こんな状態になるまでお風呂に浸かっていたなんて本当に馬鹿すぎる。暫くその場にしゃがみ込んで少し落ち着くのを待った。
流石にご飯は食べ終わっている頃だろうと考えていたのに、リビングに行くとご飯に手をつけていない恭ちゃんが1人でいた。お姉ちゃんの姿は見えなくて、不思議に思った。
「風呂、長い」
『えっと…お姉ちゃんは?』
「知らね、部屋だろ」
明らかに不機嫌な様子の恭ちゃん。やはりお姉ちゃんと喧嘩でもしたんだろう。
とりあえず、私は冷蔵庫からスポーツ飲料を取って飲んだ、のぼせた頭では何も考えられないから。
「のぼせたのか」
『うん…ゆっくりしすぎちゃった』
私の感情を知られたくなくて、誤魔化すように明るく笑った。そんな私を見て、恭ちゃんが眉間に皺を寄せる。
誤魔化したのがバレてしまったのかな…と、内心ビクビクする。
「ここ座れ」
『えっ?』
「髪乾かす」
『じ、自分でできるよ!恭ちゃんはご飯を
「いいから、座れ」
…はい』
恭ちゃんに凄まれるように睨まれてしまい、私は大人しくソファーに座った。恭ちゃんは丁寧にクシで髪をとかしてドライヤーで乾かし始めた。その間無言が続いたけど、髪を乾かしてくれると手がとても優しかった。
恭ちゃんはとても優しい。
表情とか雰囲気とかで誤解されているけど、とても優しいんだ。
…でも、今はその優しさが辛いよ。
胸がキューッと締め付けられ、鼻の奥がツーンと痛んだ。
「ほら、一緒に飯食べるぞ」
『…っうん!』
その言葉で全部を理解した。お姉ちゃんとご飯を食べずに、私を待ってくれていたんだと。そんな恭ちゃんの優しさに耐えきれず我慢していた涙が出てきた。
『こ、これは目にゴミが入っただけだから…』
「ふーん、あっそ」
恭ちゃんにはこんな嘘はお見通しだよね。それでも何も聞かないで、頭を優しく撫でてくれた。
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